34.スポーツマンシップとは
最近ネタもなく平和です。
まだ三日も経っていないですけど。
34.スポーツマンシップとは
バスケの後半戦。俺が試合に入って熱気に包まれていた会場が一瞬で冷めた。うむ、相変らず琴音の影響力は凄いな。ヤジが飛んでこないだけマシではあるんだけど。
「気にせず行こう」
「分かっていたことなので最初から気にしていませんよ」
こうなることは予測済み。クラスメイトの方が大丈夫なのかと思っていたが、皆もあまり気にしている様子は無さそうだ。やっぱり予想はしていたのだろう。
「それじゃ私が跳ぶから」
ジャンプは皆川さんか。この中で一番身長が高いからな。次いで俺だけど。最初にやることは分かっている。何たってノーマークだからな、俺は。舐められてますなぁ。
「如月さん!」
ジャンプボールで叩いて直接パスかよ!?確かに速攻できるけど無理矢理すぎるだろ。いや、上手くいったからいいけどさ。
「これで九点差」
スリーポイントであっさりと得点。マークが付いていないと本当にアッサリと決まるな。さてこれで相手は俺の事を気にするか、まぐれだと思うのか。だけど考える間は与えないぞ。
「分かり易過ぎ」
ゴール下からのパスに応えられるのが一人しかいないのだからパスコースが分かり切っている。相手側に俺しかいない状況だったから、先程のはまぐれだと思っていたのだろうな。カットとな。
「六点差」
カットして速攻でスリーポイント決めて逆転できるだけの差まで詰める。
「ナイスプレー!」
「でも問題はここからですよ」
相手の俺を見る目が変わったからな。やっと琴音としてではなく試合相手として見るようになったということだろう。これで相手から油断が消えたな。
「というか苦戦するほど本当に強いんですか?」
「挑発しない。相手は部活と趣味でやっている経験者の集まりだからかなり強いよ」
それはそれは。油断していると確かに食われるな。露骨な挑発に乗らず、俺に付いたマークは一人。抜こうにも中々上手くいかないな。
「これは確かにキツイですね」
「如月さんが入って大分マシになったんだけどね。こっちも経験者で固めないと守勢に回ってもジリジリ離されるから」
それで前半十二点差で終わったのはある意味で凄いと思うぞ。俺と交代した人だって頑張っていたのに、助っ人として頼まれたとしても交代は可哀そうではないだろうか。
「流石に体力が持たないのよ。何試合していると思ってるの」
「有り余っているのは私位ですか」
「いや、会場を自転車とはいえ走り回っているのに何でそんなに体力が余っているのよ」
日頃の鍛錬の賜物だからな。努力は裏切らないとはよく言ったものだ。ただし本職の人には敵わないんだけど。点差が縮まらないなぁ。
「全部スリーで狙えない?」
「無理ですよ。マークが付いている状況だとあんなに綺麗に決まりません」
狙おうにもライン外だと撃たせてくれないんだよ。最初ので大分警戒されているようだ。常に俺には誰かしら一人は付けられて好きに動けない。代わりに味方の方が手薄になっているのだが、それでも決め手に欠けている。
「残り二分。この状態ですと詰みですね」
「ところがどっこい。相手側が交代だってさ。吉と出るか凶と出るか」
ここで代える意味が分からない。今の面子でずっとこの状態が続くのであれば相手側の勝利は間違いないだろう。なのに代えるということは体力切れだろうか。
「んっ?何か見たことある人ですね」
「あれ?あの人ってバスケ経験者だったかな」
俺と皆川さんで疑問に思っていることは違うのだが。はて、本当にどこで会ったんだったかな。琴音としてではなく俺として会ったと思うんだけど。多分どうでもいい時だったから忘れたんだな。
「速攻!」
相手がシュート外してこちらがボールを獲得したので急いで相手陣地に攻め込まないと。先程交代した人が俺のマークに付いているのだが経験者じゃないな。抜くの難しくないから。
「うわっと!?」
何かに躓いて思いっきり転んでしまった。全力疾走しようとしたら結構勢い付いていたからな。というか躓くようなものなんてないよな。それよりも試合を優先しないといけないからすぐに立ち上がって相手陣地に向かう。
「残り四点差」
「それよりも派手に転んだけど大丈夫?」
「多分膝擦り剥いた位だと思いますから大丈夫です」
俺が追い付く前に味方がシュートを決めていた。膝がジクジクと痛む位だから動く分には問題ない。あとで保健室に行かないといけないけど。
「何を考えているのやら。目撃者多いのに」
「一回だけなら事故だからじゃないですか。二回目がどうなるかは分かりませんけど」
そして今回の件で思い出した。以前に俺を呼び出したのがさっき交代した人だった。皆川さんが言った通り何を考えているのやら。先程のは審判が見てなかったらファール取られなかったけどさ。
「とにかく気を付けた方がいいよ」
「そんなこと言われてもねっ!?」
守備に戻っていたら思いっきり体当たりされた。ラグビーじゃないんだぞ!バスケやる気ないんだったら出てくるなよ!
「一組、ファール!」
審判がまともな人で良かった。むしろあれで反則取られないと困るんだよな。もうバスケじゃなくなるから。
「盛大にやらかしてくれるね。ほら、捕まって」
「ありがとうございます。流石に今のは私もイラッと来ました」
「ちょっと部活仲間に聞こうかな。何であんな人を出したのかって」
「如月さんを一人で抑えられる秘策があると聞いたから出したんだけど。こんなことになって御免」
相手側の人が謝りに来たのだが、共犯でないのなら別にいいよ。
「観客も結構熱くなっていたのに一気に冷めたね」
俺が出て冷めていた空気も試合が進むにつれて再び盛り上がっていたのに。まぁファール取られないようにあまり人に当たらないようにプレイしていたのが功を奏したのだろう。
「というか試合が進みませんね」
「何か揉めているね。揉める理由が全然分からないんだけど」
「あの子、如月さんが絡むと周りが見えなくなるタイプだから」
一番面倒なタイプだな。そして自分は正しいことをしていると思っているのだろう。皆が俺のことを嫌い、こうなることを望んでいると勝手に解釈しているのかな。そうであれば今回の行動も何となく納得できるけど。
「お昼まだかなぁ」
「当事者が何を言っているの。文句でも言って来たら?」
「私が行ったら更に面倒事になりそうなので嫌です」
「何か如月さんのイメージが違うね。あそこまでバスケ出来る時点で別人かと思ったけど」
琴音が動けるイメージなんて誰も思っていなかっただろうな。だから最初は相手が油断してくれたんだけど。しかし審判に文句言っているのが長いな。全然先に進まないんだけど。
「だから前を見ていなかったから偶然当たったんだってば!」
その言い訳は苦しいなぁ。明らかに進行方向調整しながら突っ込んできたのは他の人達が見ていたんだから。ついでに俺が転んだのも彼女が足を引っ掛けたみたいだ。
「あれは本気で言っているのでしょうか?」
「本気で言っているから困るのよ。あぁなった理由も如月さんに対する嫉妬だけなんだけど」
「何それ。如月さん悪くないじゃん」
「自分の方が優秀だと思っているのよ。それなのに会長から推薦されて生徒会入りしたり、球技大会でも活躍しているのが気に入らなかったんでしょうね」
見事なまでの私怨だな。それで前回の件も納得できたけど。俺が生徒会室に出入りしていることが気に食わないから行くなとか。会長に睨まれたくないから直接不信任案を出したくなかったとか。
「よくクラスで孤立しませんね」
「一応自分の派閥?みたいなもの持っているからね。如月さんが絡まないとまともだから」
派閥なんてものがこの学園にあるなんて初めて聞いたな。四組に関しては小鳥を温かく見守る勢だろうか。しかし長いな。いい加減試合再開してくれないだろうか。
「球技大会を真面目にやる気がないのであれば退場したまえ」
唐突に学園長が現れたな。競技を見て回っているのは知っていたがいつの間にここに来ていたのだろう。でも考えると延長しているようなものだから午前中の最後になっているのかもしれない。
「ですがこの審判が!」
「私もこの試合を見ていたのだが、あれが君の故意であったことは明らかだ。それは会場にいる皆が見ている」
最初からいたのかよ。というか明らかに相手は頭に血が上っているな。今の状況で学園長に口答えしても何らメリットがないというのに。
「学園長も如月を擁護するのですか?」
「個人を擁護しているつもりはない。それに君の所為で競技自体が中断しているのが分からないのか」
「お腹減りました」
「如月さんはちょっと黙っていようね」
だって真面目にお腹減ったからさ。それに俺はこれからスコアを回収して戻らないといけないし、保健室に行って治療を受けないといけない。昼休憩の時間が減るのは分かっている。大丈夫、ここからじゃ俺達の会話は届かないから。
「くくくっ、本当に変わったね。如月さん」
謝りに来た人が笑いを堪えている。協議が中断して結構経つからね。段々とイラつきも収まってどうでも良くなってきたよ。早く競技再開しないかなぁ。
「このままでは君のクラスを失格扱いにしないといけなくなるが」
「私はそれでも構いません」
「ちょっと!?」
独断専行ここに極まりかな。これには謝りに来た人も慌てるよな。どれだけ頭に血が上って正常に機能していないのやら。ただその結果は俺としても不本意だ。不完全燃焼過ぎる。
「学園長。彼女の行為とクラスの人達は関係ありません。というかさっさと競技を再開したいのですが」
「勝ちを拾えるというのにか?」
「こんな結果で勝利を貰っても嬉しくありません。それに他の人達だって納得しませんよ」
俺の言葉に会場から「そうだ!そうだ!」と援護の声が飛んできた。折角ここまで試合が進んでいるのにたった一人のどうでもいい行為で反則勝ちを拾って何が面白い。やるなら最後まで全力でやろう。
「使いたくない手ですが、生徒会として通告します。時間が押していますので、彼女を交代して競技の再開を要請します」
俺のイメージが悪くなるかもしれないが強権を発動させてもらう。いつまでも揉めていたら一向に進まない。それだと午後の競技にも影響を与えてしまう。全体的な遅延は阻止しないと。
「勝手に決めないでよ!」
「君は少し黙りたまえ。如月が言っていることの方が理に叶っている。生徒諸君もこれでいいだろうか!」
学園長の声に応えるように会場から拍手が沸き上がる。よし、これで競技の再開が出来るな。あとはこの問題児をどうするかだが、学園長に丸投げしよう。俺が首を突っ込んでも碌なことにならなそうだから。
「それでは後のことはお願いします」
「この子は私が連れて行こう。逆転できるといいな」
「最善は尽くします」
自分から勝利を遠ざけることになったけど仕方ない。クラスメイト達もあれで勝利を拾っても嬉しくなさそうだったし。特に皆川さんが不満を持ちそうだ。全力で挑んでいた意味がないからな。
「ちょっと厳しめに当たりますのでファール取られたらごめんなさい」
「構わないよ。相手はまたフルメンバーに戻ったんだから、その位やらないと逆転できそうないからね」
結論からいうと負けました。中断して全体のモチベーションが落ちたかと思ったのだが、逆に何故かヒートアップして凄い試合になってしまった。ボール取るのに必死で全員プレーが荒くなったけど見応えのある試合にはなったね。
「はぁはぁ、流石にきつかった」
「ラスト二分からはすでに球技大会レベルじゃなかったね。何処の試合の決勝戦よ」
滴る汗を拭いながら顔を上げると目の前に香織がいた。観戦に来ていたのだろうか。全く気付かなかった。
「それにこの蒸している会場で長袖着ている琴音は異常よ」
「事情知っているだろ。流石に競技へ出るんだから腕時計付けれないし。壊れたら大変だ」
「壊れたら直せばいいじゃない」
あの腕時計の価値を考えるとそんな簡単な話じゃないんだよ。しかし香織はあの腕時計に関して知らないんだな。あの腕時計ってどういった経緯で喫茶店にあったんだ?
「それにしても琴音が運動部に所属していないのは勿体ないね」
「今からでもバスケ部に入ってもいいよ」
「そうしてくれると助かるね。即戦力間違いなしよ」
皆川さんに先程の謝りに来た人に勧誘されたがお断りいたします。時間的な余裕がないからね。それに生徒会所属で掛け持ちは出来ないよ。
「生徒会所属なので無理です。さてとスコアの回収していきますからまた後で」
自転車に跨り本部へと戻る。火照った身体に風が気持ちいいなぁ。胸元少し開けて風が入るようにしているから長袖でも通気性はよし。
「今回の件で琴音のイメージ、回復したんじゃない?」
「もうプラス域に行ったんじゃないかな」
「他のクラスの私からしても今回の件は好印象だね。スポーツマンシップを良く分かっている」
「それで連れて行かれた子だけど。どうなると思う?」
「琴音なら特に何をするわけでもないと思うけど。あの学園長だからね」
この会話が後のフラグになるとは三人共思っていなかった。俺もこんな話をしていたと聞いたのはフラグが終わった後だったからな。あの学園長は何で毎度面倒臭い事態を引き起こすのやら。
恋愛物の短編を書こうとしたら絶望物の短編を書いていました。
何でそうなったのかは筆者も全然分かりません。内容読み直して軽く凹みました。
本当に何をやっているんでしょうねぇ。