33.漲るやる気
久しぶりの連日投稿です。
体調がいいとやっぱり書くペースは上がります。
33.漲るやる気
球技大会当日。クラスの朝礼に出席せずに生徒会は実行委員会と共に会場の設営を行っていた。雨が降っていたなら講堂で行うので準備も楽だったのだが、本日はあいにくの晴天だった。ぶっちゃけ暑い。
「最初が大変なだけで私達はサポートがメインですから」
「それなら安心ですけど」
木下先輩の言うことが本当であればこの暑い中を駆けずり回ることはないな。それは助かるが実行委員会の人は大丈夫なのだろうか。内申に有利になるとはいえよくやるよ。
「そうなると私達がすることって基本的に何ですか?」
「各会場からスコアの回収ですね。実行委員会だけで全ての会場を回るのは大変ですから」
「なるほど」
この学園は本当に広いからな。自転車とか貸してくれないかな。流石に徒歩で回るには時間が掛かるし、走るとなると汗だくになるのは確定だろう。
「時間があれば琴音さんのクラスの応援をしてはどうですか?」
「参加してもいいんですよね?」
「長時間は駄目ですよ。特に野球はフル参加すると時間が足りませんから」
緊急性の事態が発生したら絶対に抜けないといけないからな。そうなるとクラス自体に迷惑を掛けることになるのだから頼まれでもしない限り、俺が参加することは無いだろう。
「山田さんは引っ切り無しに助っ人頼まれそうですね」
「実際そうなるんですよ」
聞けば去年は大活躍だったらしい。野球とサッカーの掛け持ちで力技で全て解決したとか。見た目通りの人ということなのだろう。
「木下先輩はどうなんですか?」
「私はあまりスポーツが得意ではないので。小梢さんもそうですね」
「貧血で倒れそうなイメージですね」
「実際その通り」
誇るなよ。そりゃクラスから助っ人として頼まれることは無いだろうな。頼んでおいて倒れられたんじゃ何とも言えないだろう。
「身体を動かすことしたらどうですか?」
「私はインドア派。アウトドア派に鞍替えは無理」
「琴音さんはスポーツ得意ですか?」
「得意というより身体を動かすの好きですから」
好きじゃないと早朝トレーニングなんて続かないから。体育でも動き回っているから助っ人として呼ばれる可能性は高いだろうな。あのクラスの中で俺に遠慮する人はいなくなってしまっているし。でもやるなら全力で応えよう。
「そろそろ開会式の時間ですね。一旦別れましょうか」
一旦、各学年ごとのクラスに分かれて開会式に参加する。あの二日酔いで死んでいた学園長も元に戻っているので恙なく進行しているな。そういえば結果を聞いていなかったな。多分学園長は記憶が無さそうだが。
「如月さん、あとで呼ぶからね」
「暇だったら行きますよ。皆川さん」
バスケ部がクラス対抗のバスケに出ていいのだろうかと思ったが、人数制限を受けての参加は許可されているらしい。つまり相手にもバスケ部がいる可能性が高い。そんな中に素人の俺が参加しても勝ち目があるのだろうか。
「開会式の片付けが終われば、暫く暇ですね」
「暇な間はクラスの応援とかで大丈夫だよ。ぶっちゃけ僕達は本当に暇だからね」
会長がそんなことを言ってもいいのかよ。でも暇なのは本当なのだろう。机や椅子を片付けながら最初は何処に行こうか考える。野球にしようかな。
「それじゃ私は二年の野球の方へ行ってきます」
「なら一試合終わったらスコアを回収して戻ってきてよ。そっちの方が手間省けるからさ」
「了解です」
各学年ごとに会場は分かれている。だからこそ広すぎる会場を回収して回るのは本当に人員を使うのだ。実行委員も大半がスコア回収に走り回っている。
「あっ、自転車使ってください」
生徒会と実行委員会は今日だけとはいえ学園内を自転車で走ってもいいらしい。それは助かるんだよな。俺でもこの中を走って回るだけの体力は保持していないからさ。
「さて試合は始まっているだろうし、片付けで結構時間掛かったからそろそろ終わっているかな」
奇しくも俺のクラスの試合は第一試合。相手は何組だったか。そこまで覚えていなかったんだよな。到着してみると九回表で二対ゼロで負けていた。
「あれま。負けてる」
守りが終わって、次はうちのクラスの攻撃か。この調子だと負けるだろうな。やる気はあるんだろうが、如何せん相手のピッチャーが良すぎるな。あっという間にツーアウトだ。
「如月さーん、代打お願ーい!」
自転車に乗りながら傍観を決め込んでいたらクラスの子に呼ばれてしまった。別に構わないんだが、相手側は露骨に嫌な顔をしているぞ。どうせ打ち取ったら文句を言われるとか考えているんだろうな。そんなことはしないよ。
「こっちは諦めているから気軽に行ってきていいよ」
「なら打ち取られても大丈夫ですね。かっ飛ばしてきます」
矛盾していることを言いつつ打席に立つと味方から応援が飛んでくる。それに相手側は驚いているがこっちとしては当たり前のことなんだよな。
「スポーツ精神に則って下さい」
「言われなくても分かっています」
審判からの意味のない忠告を受け取りつつピッチャーを見据える。多分相手は野球部の男子だろう。そんな相手に素人が打てるとは思えないよな。幾ら変化球を禁じられているといえな。
「ストライーク!」
取り敢えず一球見逃してみる。球速も確かに速い。それに今の俺の様子を見て相手側は打てないと勝手に判断したのだろう。随分と余裕のある表情をしている。
「余裕ぶっこいていると打たれるよー!」
何処からともなく聞こえてきたヤジに視線を向けると会場の外にいる人のようだ。あれは幸子さんか。となると次の試合は小鳥のクラスかな。まぁいいや、取り敢えず今は。
「ふっ!」
投げ込まれた球を打つだけ!伊達にバッティングセンターで140キロの速球を打ちまくってはいないのだ。変化球を使われていたら無理だろうが、ストレートなら問題なし。
「「「ヨッシャー!!」」」
味方側の歓声が凄いな。そんなことを考えながら全力疾走中。こんな広い球場でホームランなんて打てるか。救いなのは外野手がもたついている間にどんどん進めることだな。多分あまり野球に触れていなかった人達が後ろに回されたのだろう。
「はい、ホームイン」
ピッチャーが優秀だったからか外野手がガタガタだったな。ボールが内野に戻ってくるまでの間にホームインすることが出来た。うむ、ランニングホームランなんて初めてだ。小学校の野球だと偶に見るけどさ。
「一矢報いました」
「ナイスバッティング!いやぁ、予想外にイケたね。次の男子が続いてくれたら尚いいんだけど」
「ストライク!バッターアウト!」
「終わりましたね」
「残念無念。流石にピッチャーが良すぎるよ。如月さんも御免ね」
「構いませんよ。いい思い出作りになりました」
何しろ人生初めてのホームランだからな。経験者ばかりだったらギリギリスリーベースを狙えたかな位だったから。こういう機会でもないと無理だっただろう。
「それでは私はスコアを回収して戻ります」
「お疲れさまー」
クラスの人に別れを告げて自転車に跨り、また移動。その際に幸子さんと小鳥にエールを送っている。ただ小鳥が試合で活躍できる様子が全く想像できないんだよな。バットに振り回されそうだし。
それから他の会場を回ってスコアを回収しながら思ったのだが、意外にも全体的な士気が高い。普通ならどこかやる気がない所があっても不思議じゃないのに。
「回収してきました」
「ご苦労様。試合の方はどうだった?」
「残念ながら私のクラスは負けましたね。相手のピッチャーが優秀で手も足も出ない様子でした」
「今年はやる気が違うからね。経験者ガン積みでいくクラスが多いの何の」
「何で今年はこんなにやる気が漲っているのですか?」
「そりゃ優勝賞品狙いだからでしょ。私だってあんな賞品が用意されていると知っていたら実行委員会に立候補しなかったよ」
実行委員会の人達とは打ち合わせで何度も顔を合わせているので今の俺に慣れている。だから普通に会話する位は出来るようになっているのだが。そんなに賞品が人気あるとは思わなかった。
「そんなに欲しいですか?」
「プレミア級だからね。今までそんな賞品なかったし、何と言っても女子からしたら生徒会長のコスプレ写真を堂々と保持できるんだよ。マジで狙うわ」
俺は若干引いております。熱く語るのはいいのだが、それに付いていけない。確かに開会式で賞品の説明をした時の熱狂は凄かった。会長も木下先輩も人気あり過ぎだ。
「如月さんも写真集持っているんだよね。私に譲る気ない?」
「ありません。それにそれは不正行為になるので駄目ですよ」
「そっかぁ。でも優勝する可能性が高いのはやっぱり三年生のクラスだろうしなぁ」
「おい、何を抜け駆けしているんだよ」
「そうだぞ!俺達だって欲しいんだ!もしかしたら水着姿だって」
いや、ないから。ただし写真集の中身についても喋るなと言われている。そっちの方が面白いからだそうだ。確かに男子は水着写真も収められているかもしれないと鼻息を荒くしていたな。そんな事実はないというのに。
「あの、仕事しなくていいのですか?」
実行委員会が賞品で揉めている間にもスコアは回収されてきている。殆どの競技が通常の半分位の時間でやっているために終わる時間が早いのだ。その分、自転車で走り回っている人達は汗だくになりつつある。
「もうちょっとで予選会が終わりそうだから大丈夫だよ。それよりも本当に中身の話は駄目?」
「駄目です。というか実行委員会の人達は私に慣れすぎじゃないですか?」
「最初の登場でイメージがガラリと変わったからね。何で会長とコントしているのよ」
馬鹿なことをやり始めた会長を俺と木下先輩で止めただけなんだよな。生徒会では日常茶飯事の光景でも他の人達からしたら違うんだろう。外面だけはいいからな、あの会長。
「生徒会の貴重なストッパーですから。今更いなくなられると私が耐えられません」
「木下先輩、お疲れ様です。でも以前までは木下先輩だけで会長を止めていたんですから私がいなくても」
「ではこう考えてください。生徒会で琴音さんだけが会長を止められると」
「……末恐ろしいです」
凄いな、木下先輩。よく今まで一人で耐えていたよ。俺なら愛想尽かしてさっさと生徒会から去っているかもしれない。でも確かに楽しいという部分もあるんだよな。
「私なら会長が何か言っても許しちゃうんだけど」
実行委員の人、それだとカオスになるぞ。外面がいいだけで随分とイメージに違いがある。それは俺も同じだが。ただし俺の方は悪いイメージだけど。
「如月さーん!ヘルプー!」
何故か実行委員の人達と雑談していると、クラスメイトからお呼びが掛かった。次は何の競技に呼ばれるのやら。えっと、まだ終わっていないのはバスケとサッカーか。どちらも時間が決まっているから予定通りと言えるんだけど。
「バスケが苦戦しているの!皆川がヘルプだってさ!」
「木下先輩。行ってきても問題ありませんか?」
「大丈夫ですね。ついでにスコアの回収もお願いします」
了承も貰ったことだし急いで行かないとな。苦戦しているということは前半が終わり掛けているのだろう。第二クォータまでしかないから急がないと間に合わないかもしれない。
「かっ飛ばすか」
こういう時に自転車が使えるのはありがたい。掛け持ちしている人達にとって最大の敵は会場までの移動だからな。スタミナがごっそり持っていかれる。そうなれば助っ人どころじゃないから。
「うっわ、結構負けてる」
点差は十二点差か。まだ後半が始まっていないとは言っても前半でこれだと後半も離されそうだな。俺が加わっても何とかなるのだろうか。
「やるだけやりますか」
取り敢えずクラスメイトに到着したことを知らせないとな。意外と観客が多いことに驚いたけど、ブーイングとか出ないといいな。
本当なら一話で球技大会を終わらせたかったのですが無理でした。
詰め込み過ぎな感じになりそうだったので。