after15.後輩を励まして
カナに発破を掛ける。いうのは簡単だけど、実際は結構ハードルが高い。言い方を間違えると更にドツボへ嵌まって落ち込んでしまう。それでも、考えて励ませるほど、私の頭はよろしくない。
「カナ。大丈夫?」
「だ、だいじょばない」
「これは駄目だな。ダメダメの駄目」
「琴音さんは何でそんなに余裕そうなんですか~」
「余裕なんてあるわけない」
私にとってもドームでのライブなんて初めて。これで緊張しないはずがない。これでも私だっていたって普通の人間なんだから。ちょこーとずれている部分はあるけどさ。
「私達にとって、これが初めての観客の前で歌うわけだけど。別に失敗を気にする必要はない」
「だって、大先輩たちに迷惑をかけたら」
「うーん、そこは気にしなくていいかな。私はその点に関しては一切考えていないから」
「えっ?」
うん。失敗した後のことなんて全く考えていない。だって、私達にとってこれが初めてなのだから失敗して当たり前。上手くできたのなら運が良かったということ。そんなフワッとした考えでいい。
「むしろ、ここで思いっきり失敗しちゃおう」
「えぇーっ!?」
「ほら、失敗しても大先輩達がちゃんとフォローしてくれるから。私達は気楽に参加すればいい」
「そうだな。後輩の、しかも娘よりも下の子たちの失敗くらいちゃんと面倒見てやるよ」
「私達はただ好き勝手にやればいい」
「待て。アン嬢の好き勝手は止めてくれ。お前さんの自由はボスに匹敵するかもしれない」
「えー」
幾らなんでもそれはあり得ない。シェリー並みに自由気ままにやるなら、馬鹿達も込みでやらかさないと。そうじゃないと匹敵なんて程遠い。それに、私は兄ほどうまく立ち回れる気はしないよ。
「失敗上等。リカバリーも安心。こんな好条件が初回なんて幸運なんだよ」
「考え方次第ということですか?」
「何事もポジティブに捉えないと。ネガティブに沈んじゃうぞ。しかも、それが癖になると自分の初ライブだって気分沈んだままになっちゃうから」
「琴音さんみたいにはなれません」
「私になろうとする必要はない。私は私。カナはカナなんだから。自分のスタイルを自覚するのがカナにとって必要かもね」
これに関しては私も人に言える立場じゃない。私のスタイルって何なんだろう。基本的に今の私は兄の真似をしているだけでしかない。少しずつでも自分を掴みたくて言葉遣いを姉の方にずらしてみようとは考えている。それだって真似ではないかと思っているけど。
「私も自分探しの最中だから、偉そうなこと言えないけどね」
兄なのか、姉なのか。どんな行動をしても二人の影がちらつく。自分らしさって何なんだろうね。多分、一番それを分かっていないのが今の私。それでも、人生は楽しむものだとあの二人から教えられているし、その正しさも知っている。
「何事も楽しんだもの勝ち。これは私の座右の銘ね」
楽しんで失敗したのなら、それは思い出になる。そしてそれを糧にして、次は失敗しないようにすればいい。何事もトライエンドエラーの連続。これは兄の人生経験かな。ある種、特殊なのは否めないけど。
「成功しても、失敗してもいいじゃない。あとで笑い話になれば万々歳。私達が楽しまないで、見に来た人たちが楽しめるわけないじゃない」
「それは、分かりますけど」
「言っておくけど。この大先輩達は全然優しい方だから。私の知り合い達なんてこっちのことお構いなしにフリーダムかましてくる。ある意味で地獄だぞ」
「それは、私に関係ないのでは?」
「これもいい機会だから、引きずり込んであげる」
よし、これで道連れができた。何か始まりよりも絶望した表情をしているけど、馬鹿達に付き合っている内に心の強度も上がる。唯さんがいい例だ。むしろ、適性があったのだろう。
「アン嬢が付き合いのある連中となるとイグジストの連中か」
「あそこのパフォーマンスは凄いと評判だな。あれって全部アドリブだったのか?」
「終わった後に説教されるのが定番だと聞いている」
「懲りない連中というわけか。上昇志向はありそうだな」
ただ楽しんでいるだけだと思う。おかげで飽きないライブだと評判らしいけど。説教をしているのは社長なのか、唯さんなのか。その両方の可能性があるか。それに私も巻き込まれる未来が簡単に想像できてしまう。
「イグジストの方々。確か、私の通っている高校のOBと聞いたことがあるような」
「カナ。あそこに通っているのか。何の因果かな」
ぶっちゃけ、異常だったのは兄たちのクラスだけで。それ以外はいたって普通の高校だったと記憶にある。でも、兄基準で考えたら誰でも普通になってしまうのではと邪推してしまう。
「OBではあるけど。奴らは、というかあるクラスの連中全員高校への立ち入りが禁止されている」
「卒業生が出禁なんてありえるんですか?」
「それだけのことをやらかしたんだよ。それはもう、色々と数知れず」
校長先生は大いに喜んで、楽しんでいたけど。先生方がもう来るなと言ってきかなかった。兄たちが無事卒業する時なんて本気で泣いていた。あれはもう二度とこいつらと関わらなくていいという安堵からのものだったかと思う。
「どうせカナは学校じゃ大人しくしているんだろ?」
「私は元から大人しいです」
「駄目だよ。青春はもっと楽しんで、馬鹿みたいに騒がないと。高校生活なんて人生で一度しかないんだから」
二度経験した人もいるにはいるけどさ。そんなのは稀だけど。私の場合は二度目だけど、感覚的には一度目と変わらない。だから好きにやろうと思っている。兄の引継ぎなんて知ったことか。
「あの、琴音さんの言っているのって。あの伝説のクラスですか?」
「やっぱり伝説化していたか」
あれだけの騒ぎを生み出しておいて何も噂になっていないとは思っていなかったか。尾ひれがついているかどうか気になるところ。あの騒ぎに追加がされていたら、それはどんな魔境だろうか。
「学校の話はとりあえず置いておいてくれ。重要なのは今だぞ」
「カナのリラックスなら終わったよ」
「だな。アン嬢のお手柄だ」
仕事の話から、日常の話題にシフトすることで緊張感を逸らした。意識し出すとぶり返すかと思ったけど、その兆候はなさそうかな。あとはリハーサルと本番でも変わらないことを祈ろう。
「実際、私なんておじさんたちのおまけなんだから気楽に構えればいい。メインはそっちで、私は登場時間はちょっとだけのはず」
「そうだな。終わりの十分か、多く見積もっても二十分といったところか」
「意外と長い」
「琴音さんがいたら絶対に二十分コースじゃないですか」
「私を何だと思っているんだよ」
「だってシェリーと意気投合しているような人じゃないですか」
失礼な。あの人ほどフリーダムしていない。兄だってその部分は絶対に否定するだろう。あれだけ巻き込まれて、結局あの人の掌の上で踊らされているようなもの。人の人生すら決めてしまうのはどうかしている。
「それじゃ、さっさとリハーサル行くぞ。時間押しているんだからな」
「カナの所為で」
「それは否定できません」
そんな感じでリハーサルを始めてつつがなく終わった。だって、準備運動で本気を出すわけないよ。やるなら本番一発勝負。何をやるかは決めていないけど、フィーリングでやってみよう。終わった後のことなんてその時だよね。