after14.幼馴染を置いて
コラボライブ当日。アメよりも先に部屋を出て、目的地である会場に向かっているのだが。ベースのケースと箱を入れているバッグを持っているので結構な荷物になっている。
「しかし、どこで被ればいいのか」
問題となるのが頭に箱を被るタイミング。会場に入る前だと早めに来た客に見られて、色々と面倒になりそう。やっぱり会場に入ってからがベストか。
「アメと長月は上手くいくかな」
長月にとっては手助けになっているだろうが、アメにとってはいらぬお世話にならなければいいのだが。恋愛を応援して、友情が壊れたのでは意味がない。
「琴音。目的地までもうちょっとだけど準備はいい?」
「助かります。晶さん」
「護衛が仕事なんだから、これくらいは仕事の範疇よ」
本来であれば、マネージャーである唯さんが送迎をしてくれるはずだったのだが。馬鹿共が騒ぎ始めてそれどころではなくなったらしい。やっぱりコラボの一番目が自分達じゃなかったのを不満に思っているのだろう。
「お嬢様の護衛が、歌手の護衛になるとはねー。琴音の人生はやっぱりおかしいわ」
「それに巻き込まれている晶さんも災難ですね」
「厄災の元凶が何を言っているのよ」
それは兄でーす。私はまだ迷惑を掛けておりませんので無罪です。ただ、いずれは私も何かしらの馬鹿をやらかすとは思っている。だって、兄の性格を引き継いでいるのだから。何もなく進めるとは考えていない。
「しっかし、アコードとコラボね。年齢差結構あるけど、どうやって知り合ったのよ」
「酔っ払って記憶吹っ飛びましたか」
霜月家の正月歌謡祭で、酒をしこたま飲まされていたのは兄の記憶に残っている。よくそれで翌日に二日酔いにならなかったと思うよ。代償は記憶が残っていない点か。
「歌謡祭で共演して気に入られました。今回のはその延長だと思っています」
兄は結構楽しんでいたから、あの件に関してはイベントの一つと思っておく。歌手としての方向性が定まってしまった瞬間だったかもしれない。
「あとは馬鹿達が大人しくしていてくれることを願っていますよ」
「変なのに好かれているわね」
「全くです」
いずれは勇実達とも一緒にライブしないといけないだろう。だって、他の事務所とコラボしておいて自分の所属している奴らと何もしないのはおかしい話になってしまう。
「それじゃ、会場に到着したわね。私も一緒に行動するけどいいわよね?」
「問題ありません。危険もないと思いますけど」
「正体がばれる危険性なら、どこにだってあるじゃない。そのサポートもしてあげるわ」
「ありがとうございます」
もう晶さんをマネージャーにした方がいいんじゃないだろうか。そう思えてしまうけど、断られるだろうね。何より、晶さんにスケジュール管理や他との交渉とかの適性はなさそう。口には出せないけど。
「さて、まず向かうのはトイレですね」
「変装の定番ね。私は入り口で誰かが入ってこないか見ておくわ」
入った瞬間と出てくるところを見られるのが正体バレの原因だと私は考えている。ただ、箱を被った不審人物が会場の中を歩いていると通報されないといいが。
「お待たせしました。行きましょうか」
「改めて見るけど、変な格好よね。それで前は見えているの?」
「穴が空いているだけに見えますけど、何か色々と計算されつくされた設計らしいです」
無駄なところに高度な技術を注ぎ込むのは、技術者としての宿命なのだろうか。制作過程の楽しさ、面白さでどこまでも没頭してしまうのだろう。完成後のことなんて考えないで。
「箱を被って、ベースケースを背負った女性と。黒服にサングラスを装着した女性。傍から見ると怪しすぎるわね」
「全員振り返っていますね。こういうのは呼び止められるまで無視するのが一番です」
「手慣れているわね」
兄がね。変な格好をして街中を歩くという行為をやっていたのだ。あれは、何だったか。仮装して学校へ行こうとしていたのは確かだけど、何のイベントだったか。兄がうろ覚えな記憶は、私も上手く記憶を拾い上げられない。
「控室に行くの?」
「その予定ですけど。どこなんでしょうね?」
「ちょっと。前を迷いなく進んでいるから、てっきり知っていると思ったじゃない」
「だって、この格好で誰かに聞けると思いますか?」
「あー、うん。躊躇するわね。それに聞かれた方も困るわ。仕方ない、私が聞くわよ」
サングラスを外して、施設の関係者らしきと思われる人物に楽屋の場所を尋ねている。ところで、なぜ説明を受けた係員は私のことを見て納得したような顔をしているのだろうか。
「聞いてきたわ。意外と近くまで来てたみたいよ」
「それは僥倖。さっさと行きましょう。何か見世物になっているみたいです」
「間違っちゃいないわね」
そして楽屋にやってきたのだが。ネームプレートにアンノーンと書かれているのは納得する。だが、なぜ中が騒がしいのか。おおよその予測は立てられるけどさ。
「何で私の楽屋に集まっているのですか?」
「そりゃ、アン嬢を待っていたからだ」
いつか共演したおっさん達。あの時はお互いにただ楽しむだけを目的としていたから、何もかもが適当だった。それでもそのクオリティはプロとして相応しいもの。
「ここには俺達だけだから、素顔を晒しても問題ないぞ」
「誰かが入ってきたら、どうするのですか?」
「なら、私が外で見張っているわ。それなら安全でしょう」
私の返事も聞かずに、晶さんは楽屋の外へと行ってしまった。確かにこれなら誰かがやってきたら分かる。問題があるとすれば、どうしてこの人達が待っていたのか。
「流石は如月家のご息女だな。あんな優秀そうなボディーガードが付いているとは」
「そんな十二本家のご息女をコラボ相手として選んだのはどうしてなんでしょうね?」
「ボスからの命令だ。私以外とも共演して話題を作れ。そして、技術を磨けとさ。何でアン嬢を俺達の事務所に引き込まなかったんだろうな、ボスは」
「最終目的は共演とかではなく、勝負にしようとしているんじゃないですか?」
「勝てる気がしねーな」
「全くです」
生ける伝説と化しているとまで言われている相手と勝負したところで、それは勝負にすらならない。そんなの私だって分かるし、おっさん達だって知っている。
「命令ではあるが、俺達としては別に気にもしていない。だって、命令の内容的に俺達は関係ないからな」
「そりゃ、私しか対象になっていませんからね」
「いや、対象はアン嬢だけじゃないんだよ。ほら、部屋の隅を見てみろよ」
「うん? あれってカナですか?」
「そうそう。何も詳細を聞かされずにここへ連れて来られて、俺達と共演だと聞いたらあんな状態になっちまった」
「中学生。いや、高校生になったんですね。それでも大ベテランと共演とかドッキリにしてもやり過ぎですよ」
「俺達に言うなよ。全部ボスの企みなんだからよ」
部屋の隅で体育座りしながらガタガタと震えているのは武者震いじゃないよな。過度なプレッシャーは身体にも悪いというのに。シェリーもスパルタなことで。
「あんな状態でリハーサルなんてできますか?」
「むしろ、アン嬢の肝の座りようが異様だと思うぞ。これが初めてのライブだろ?」
「何度シェリーの無茶ぶりに付き合わされたと思っているのですか?」
「いや、アン嬢のそれは元からだと思うぞ。流石は十二本家のご息女」
「それは関係ないです。私は私なんですから」
家柄は関係ない。ここにいるのはただの歌手であるアンノーン。大体、兄の無茶とか、魔窟の連中の騒ぎによって変な耐性を手に入れてしまっている。私は最初からそれがあるけど。
「とりあえず、カナを何とかしますか」
「頼むわ。俺達、年配よりも年の近いアン嬢のほうが適任だと思ってな」
それで私の楽屋で待っていたのかよ。本気で困っているようだから、色々と手を尽くしたのだと思える。私の、いや。兄の手が通じるかどうかはカナ次第だけど。
「さーて、それじゃ発破を掛けますか」
前回の歌謡祭でカナの負けん気の強さは知っている。なら、その方面で攻めればいいか。その後のことは、その時に考えればいい。
つまり、行き当たりばったり。これもイベントの醍醐味だと思っておこう。