after07.スケジュールは崩壊し、備品はただ置かれる
何で? 何で終わらないの?
「店長、もう一杯!」
「自棄酒みたいに頼むな。ほら、水」
「くんくん。よし、水だな」
「未成年に酒を出すわけないだろ」
油断してはいけない。だって、ここは魔物の巣窟なのだから。魔窟が主導で動いた披露宴は無事に終わったはず。私の主観だと無事だったのだが、十二本家の連中が爆笑していたのが気がかりである。
「あの連中が爆笑していたのなら、何かしらのハプニングがあったと思うのだけれど。何がトラブルだったのか全然分からない」
「そりゃ、お前たちの主観だと普通だろうな」
場所は居酒屋てっちゃん。披露宴の二次会ではなく、魔窟としての打ち上げ会場。馬鹿達の顔が知られているところは基本的に出禁扱いされているので、基本的に知り合いの経営する場所でしか飲み会が開けない。
「出禁の話が出たのは誰が初めだったっけ?」
「予想外の連中だったはずだな。主力じゃなくて、支援組じゃなかったか?」
主力は兄たちを中心として何をするにも必要となる人たち。支援組は要請によって参加するのが決まる人たち。主に裏方とか、一発芸的な才能がある連中だ。そんな連中が一番最初に出禁されたのは一体何をやったのやら。
「あっちに混ざらなくていいのか?」
「玩具にされるのが分かっている場所に飛び込むと思うか?」
「そりゃそうだ」
まだ飲み始めの段階だから、そこまでの騒ぎになっていない。現在行われているのは反省会。何が駄目だったのか、あれはやりすぎだったのではないかと話し合っている最中。それに私が参加していないのは関わっていないからだ。
「しかし、あの時の二人が結婚して。更には琴音が立役者になるとは」
「私だって予想外だったし、女子高生に頼むことでもなかっただろ」
「正直、琴音が女子高生だったとあの時は思わなかったな」
成人組の中に未成年がいるというわけではない。教師陣の中に女子高生が混ざっているのが間違っているのだ。バレたら大問題のような気がするのだが。だから再現でも正体がバレたらいけなかったのだ。
「そういえば、俺は今回不参加だったが」
「再現には出ていただろ」
「店をジャックしていたお前らに強制出演されたんだよ」
勝手にやってきて、店の中に機材を設置し始めた時の店長の表情は大変面白い物だった。唖然というか、呆然というか。兄としては随分と懐かしい気持ちになっただろう。私はすみませんねと楽しく思ってしまった。
「まともに説明してくれた奴がなぜか箱被った不審者だったのは常識を疑ったぞ」
ちゃんと途中で箱を外して安心してもらったじゃないか。予想外の顔が出てきて驚いていたけど。私だって兄が来てから、ここに戻ってくるのは成人してからだと思っていたんだけど。何で未成年で酒盛りに再参加しているのか。
「それで披露宴での出し物はどうだったんだ?」
「成功したんじゃないか? 私は思いっきり他人のフリをしたけど」
披露宴会場に宇宙服が運び込まれ始めた時は結構な視線を集めてしまった。出し物としては私が二番手だったからな。紹介と共に台車に乗せれたら宇宙服の変人が現れたら、そりゃ不審に思うだろう。
「あの再現の後に登場とか、プレッシャー半端なかったんだぞ」
「完成度は高かっただろうからな。アドリブが含まれていなかったら」
「蘭曰く、やっぱりやらかしたらしいが編集で修正されたみたいだ」
「やっぱりお目付け役がいると違うな。あとは修正できるのが最大の強みだな。ほい、焼き鳥丼」
「サンキュー。当日にやらかした馬鹿もいたけどな」
※※※
宇宙服で登場した私には視線が集中するのは仕方ない。台車に乗せられた私を三人がかりで押している時点であれは何だと疑問に思うだろう。そもそも、アンノーンの登場と言われて現れたのがこれだぞ。頭の中にはてなが浮かび上がっているはず。
「えー、こんな姿で失礼します。ご紹介にあずかりましたアンノーンです。三堂さん、静流さん。ご結婚おめでとうございます。本当にこんな姿ですみません」
「こ、あー、アンノーン君。こちらの無茶を聞いてくれてありがとう。中々に個性的な格好を」
「待って、ちょっと待って。超絶お腹が痛い」
どうやら正体を知っている人のツボには刺さってくれたようだ。静流さんもその一人だけど。でもこれで一安心。これで駄々滑りしたのであれば、この後の歌唱にも影響しただろう。何でこんな羞恥プレイをしなければいけないのか。
「ちょっと衣装選択にミスがありまして、このような格好になりました」
「宇宙進出をやるとは流石は私のライバル」
「勝手に一人で宇宙に行っていろ、未来の歌手」
「ヤッバ、聞こえないと思ったらめっちゃ聞こえている」
不思議な機能で収音はばっちりなんだよ。無駄に高性能で扱いに困る。一応は制作費を支払っている立場なので、終わった後は私の持ち物になるのだが。私の部屋がますますカオスになってしまう。こんなでかい置物なんて本気でいらないのだが。
「ちゃんと言っておきますが、この衣装は私の要望ではないことをお伝えしておきます。馬鹿が張り切った結果です」
「多分、正体を隠したいと言ったから要望通りだと僕は思うね」
「はい、そこの元会長。ちょっと黙っていろ」
確かに一番大事な要望だけ伝えて、他の部分をお任せにしたのは私の失策だった。兄だったら他の連中の考えを予測していただろうけど。こういったポンコツな部分は姉の影響だろうか。
「それじゃスタッフ。私を立たせろ」
「自立できないとか欠陥品じゃない」
その通りだよ、香織。これで動けるのなら、まだ着ぐるみとして活用できたかもしれない。だが、残念なことながら一人で着ることすら難しい一品に成り下がっている。目的達成したらあとはどうでもいいんじゃないんだよ。
「それではリクエスト通り、歌わせていただきます」
これ以上、格好についてツッコまれて私がツッコみ返すのはもういいんだよ。さっさとやって終わらせたい。私をこの格好から解放してくれ。歌っている間は誰もが静かに聞いてくれたのは救いだった。
だが、本当の地獄はここからだった。
「ご清聴ありがとうございました。それでは私はこれで失礼いたします。スタッフー」
「あー、悪いがアンノーンには延長戦に突入していただく」
「は?」
待て。よく考えろ。延長戦なんて話は聞いていないし、それを健一が知らせるのもおかしい。これが学園長や静流さんならアンコールだと理解できる。だが、魔窟の奴がその台詞を吐くのは嫌な予感しかしないぞ。
「それじゃ宇宙服の備品は移動しまーす」
「備品扱いしてんじゃねー!」
こっちが動けないことをいいことに好き勝手しやがって。人目がある以上、私はこれを脱ぐことはできない。つまり、中に人間が入った置物。私の扱いが酷いことになりそうな予感。
「はーい、続きましてイグジストによるミニライブの開催だよー」
「備品は喋っちゃいけないよな」
「こらこら、逃げちゃ駄目よ。アンちゃーん」
逃げようと沈黙しようとしたら、さらなる参加者によって逃げ場が無くなってしまった。どうして勇実達のライブステージにシェリーまで上がっているのか。そもそもライブはもうちょっと場が温まった後を予定していたはず。
「スタッフさん。アンちゃんはステージ中央に配置して頂戴」
「イエス、マム!」
「いつの間にか魔窟を掌握しているし」
「何かさ。逆らっちゃいけない気がするんだよ。雰囲気としたら初音さんとかのあれが」
どうしてか、魔窟の連中は母親属性にとことん弱いのだ。原因としては勇実の母親や兄の母親が原因なんだけどな。最初の攻防なんて俺達が負けるわけないだろと舐めていたら、瞬殺された記憶がある。兄と勇実はそれを予見していたのだが。それ以来、魔窟にとってトラウマになっているんだよな。
「皐月君。私たちのことはBGM程度に思ってくれていいからね。満足いくまで歌うだけだから」
「カラオケ気分かよ」
「私は別にいいけどねー」
「なら音量は最低にしておくか」
自由人に自由人を合わせるとスケジュールが崩壊してしまう。そして、抑え役が備品となってしまえばどうなるか。思考放棄でどうにでもなーれと投げやりになってしまうのだ。もう、私の責任はないな。
『琴音。そっちは任せるわね』
「カラオケ気分でいいか」
裏方の蘭から指令が飛んできたのだが、備品の私に何かできるわけもない。諦めて、ただのBGM役となるしかないのだ。
次回こそ、絶対に終わらせてみせます!
これを言い続けて何回延長戦をやっているのでしょうね。
おかしいんですよね、ちゃんと構想上は終わるはずだったのに。
いざ書くと一話に収めるのすら難しくなるのです。
多分、きっと、恐らく、次は終わります。