after06.ブーケトスは誰の手に
これで終わりにしたら駄目ですか?
挙式は何の問題もなく、スムーズに進み。感極まった何名かが泣き出す場面もあった。私は特にそういったこともなく、これでやっと肩の荷が一つが下りたかと安堵している。香織はちょっと憧れのような眼差しを向けているだろうか。
「ほら、琴音。外に出てのブーケトスよ」
「全く興味ないのだが」
「もうちょっとこういったことにも興味を持った方がいいわよ」
結婚願望なんて微塵も持っていないのだが。少しのやる気が窺える香織と、滅茶苦茶取る気満々の小鳥と反応は様々だな。何で茜さんもやる気を出しているのかは謎だけど。何、重婚狙い?
「熱気が凄いなー」
「本当に他人ごとね。佐伯先生がこっち狙って投げてきたら爆心地になるんだからね」
「やりそうだな、あの人なら」
私が興味を持っていないのはバレているだろうし。打ち合わせの段階でやる気がないとツッコまれたくらいだからな。まさか馬鹿達の立てた企画を全肯定するとは思わなかったぞ。いいのか、本当に。
「記念すべき日を台無しにされても構わないのだろうか」
「あの先生もなんだかんだと面白さ優先してそうだからね」
「だからっていいのかな?」
「記念にはなるでしょ。それに魔窟の人たちだって成功させようと努力はしているんでしょ?」
「そうであればいいんだけどな」
成功させようとはしているだろうな。企画段階でなら、そこまで惨事が起こるようなものじゃないと確認できている。だが、奴らは土壇場でアドリブを取り入れる可能性があるのだ。そこが一番注意しないといけない。
「ほら、琴音。先生が投げるわよ!」
「そうだな」
一瞬、静流さんと目が合ったような気がしたので一歩後ろに下がっておいた。あれは標的を見定めた目だった。でも、後ろ向きに投げてここへピンポイントで投げ込めるだけの技術を持っているのかは分からない。
「何か女性としてはあるまじき掛け声が聞こえたような気がするんだが」
どっせいは新婦としてまずいだろ。滅茶苦茶エビぞりしていたが腰は大丈夫なのかな。おかげでブーケは空高く舞い上がり、こちらに向かって落ちてきている最中。目算では私すらも追い越していきそうな飛距離を叩きだしているぞ。
「あの人。魔窟に知り合いがいるだろ」
「ちょっと琴音。引っ張って横にずらさないでよ」
「香織。私は危険から遠ざけているんだからな」
上ばかり見上げているから迫っている危機に気付けないんだろう。血走った眼でこちらに迫ってきている女性陣の勢いがヤバいんだよ。下手したら踏み潰されるかもしれないんだぞ。あれは回避しないと危ない。
「小鳥が見事にゲットか」
「ドレスでフライングキャッチはよくやるわね。私だったら怖くてできないわ」
私だってやろうとは思わない。汚れるし、下手したら破ける可能性だってあるからな。それを平然とやれるのはドレスの一着くらい駄目にしても構わないと言えるだけの財力があるからだろう。庶民には無理な考えだ。
「琴音さん! 取りました!」
「はい、おめでとう。あくまで願掛けみたいなものだから、努力は怠らないように」
「はい!」
小鳥に結婚願望があるなんて思わなかったな。何か隣の香織から冷めた目を向けられているのはどうしてなのか。私はただ、小鳥のドレスについている埃を払っているだけなのに。
「琴音。もうちょっと考えて発言した方がいいわよ」
「えっ、何で?」
「小鳥。手加減してあげてね」
「はい! 全力でお相手します!」
誰にだよ。あと会話が全然繋がっていないな。こんなのだから十二本家は話を聞かないと思われるのだ。でも、誰もそれを否定しないのは自覚している証拠だな。少しは相手の意見を正常に聞こうな。
「それじゃ私は待機室に行くから」
「行ってらっしゃい。私はゆっくりと料理を食べているわ」
「ゆっくりできればいいな」
「琴音。まさか」
私が恥を忍んで頑張らねばならないのに、相方を平穏無事に過ごさせるわけがないじゃないか。席は指定になっているのだから、全く知らない人達の場所に香織を案内するはずがないように手配している。つまりだ。
「四方八方を十二本家の連中に囲まれる苦労を味わえばいい」
「琴音ー!」
「さらばだー」
香織の叫びを背景に待機室へダッシュしていく。あとで文句を言われるだろうが、それは甘んじて受けよう。どうせ何をされたかとかの愚痴になるのだから、酒の肴にはなるな。飲酒はしないけど。
「者共ー。どんな感じ?」
「どんな感じも何も、始まったばかりだから語部が司会進行しているだけだぞ。あとは白瀬のBGMが流れているくらいか」
出番がまだのために、魔窟のメンバーは大体この部屋に集まっている。そして、裏方の仕事が終わり撤収までやることがない連中もだ。やはり、これからのイベントがどのようなものになるのか気になっているのだろう。
「最初は私達もやることがないか」
「琴音は今のうちに着替えを済ませるんだよな?」
「お前が用意した衣装にな。太鼓判を押すような衣装というのが気になるが」
正体が一切バレないような衣装を健一経由で依頼していたのだ。流石にドレスの上から着れないだろうとラフな格好を美咲に用意してもらっている。主にTシャツとジャージの下だな。
「大丈夫だ。絶対に正体がバレないものを用意した」
「腕前は信じている。ただし、悪乗りしていなければな」
箱を被るだけでは格好でバレる可能性もあった。なら、全身を隠せて私ではないと印象付けるものが必要だったのだ。そんな奇抜なものを用意できるとしたら魔窟の誰かしか思いつかなかったのだ。
「衣装は隣の部屋に用意してあるから確認してくれ」
「了解」
他のメンバーは部屋に備え付けられたディスプレイへ視線が釘付けとなっている。私だってお茶でも飲みながらのんびりと眺めていたいのだが、まずは着替えと衣装の確認だ。
そして、部屋の扉を開けて目の前にあった衣装を確認した瞬間、扉を閉めて先程の待機室に殴り込みをかけることとなった。
「健一ぃ! 貴様ぁー!」
「どうだ? 力作だっただろう」
「誰が宇宙服一式を用意しろと言った!」
「顔どころか体格すらも隠せる目的に合った一品だろ」
何でこいつは自信満々に語ってやがるんだ。どこの世界に結婚式の披露宴に宇宙服で登場する歌手がいるんだよ。出オチで盛大に滑り散らかす未来が見えてしまうぞ。何、今回の私はその担当か?
「ちなみにバックアップ装備をしているが中身がエアコンのバッテリーと酸素ボンベだからまともに歩けないどころか、立てないと思うぞ」
「欠陥品!」
背面に重量過多でバランス取れないんじゃないか。そしてその二つを背負っているということは全体の重量も相当なものなんだろうな。そもそも、皮だけの宇宙服ではなく本格的なものを目指したことは分かっている。
「えっ、これでどうしろと?」
「インカム装備で全ては解決する」
手渡されたインカムで察したさ。箱を被っていた時からインカム装備がアンノーンとして標準装備になっている。生声なんて一生聞けないだろうな。さて、問題となるのはどうやって登場するかだ。それによって印象は変わる。
「備品として運び込まれるのがベストか」
「宇宙服が運ばれている時点で注目の的だろ」
「他にどうしろと?」
「気合で歩け」
「無茶言うな」
歩けないと言ったのはお前だろうに。問題があるとすれば、座った状態で歌わないといけない点か。兄はいつも立った状態で歌っていたし、私の感覚もそちらに合わさっている。それがどんな影響を与えるか。
「健一。追加注文だ。私を立たせる装備を何とかしろ」
「ふっ、そんなこともあろうと準備に抜かりはない」
立たせるギミックと、姿勢固定用のギミックを台座に仕込んであるらしい。そもそも台座って何だよ。私は一体何によって運び込まれて、晒し者にならないといけないのか。
兄よ、貴方の仲間はやっぱり頭がおかしいよ。
やっぱり終わらなかったよ、ちくしょー!
またフラグ回収したと言われるよー。
何で4話の予定が、倍近くなるのかな。
多分次回で終わるとは思いますがGWが終わるのでお時間ください。