after04.築き始める思い出
本来の私は当日に歌う以外の予定はなかった。その予定が崩れたのは、火花に佐伯先生と学園長の馴れ初めを語った時だろうな。最初の飲み会の場にいたのに、再現の撮影へ参加しないのはおかしいと言われた。
「そもそも、学生が居酒屋の飲み会に参加しているのがおかしいんだよ」
「それは否定しないわ。だけど、撮影に参加するのは義務よ」
「いや、でもさ。蘭」
「嫌だと言っても、拒否権はないわよ」
圧が酷い。蘭もやるならどこまでも突っ走るタイプになってしまったのは、高校時代の黒歴史だな。巻き込まれて、逃げ出せず。そんなのが続いたから、兄たちの流儀が生まれたのだ。恥をかくなら諸共に。
「ただ、教師たちが集まっている飲み会に学生が参加したという事実は隠さないといけないだろ」
「そうね。現役の教師と学園長となれば、世間体は気にしないといけないわね」
「だったら、私本人が出る必要はないよな?」
「適役を放置するはずがないじゃない」
意地でも逃がさないつもりだな。ここまで来たのなら協力するつもりはある。ただ、素顔を晒さないという制限をどうやって解決するか。その点に関しては私が考えるまでもなく、脚本連中が考え出していた。
「それでアンノーンとして出演なのか」
「ちゃんと箱は持ってきたわね」
「来なかったら誘拐する気だったくせして」
「それはもちろんよ」
否定しろよ。兄も家事で忙しかったのに、やってきた魔窟の連中に拉致された経験があるからな。こいつらは本気でそういった行動をする。年齢差がある今だと、警察沙汰になりかねないから勘弁してほしい。
「それに綾香と共演してくれないと困るのよ」
「何でだよ?」
「せっかく、琴音と共演できると楽しみにしていたのよ。それを裏切ったらどうなるか、想像できるでしょう?」
「殴り込みをかけられるな」
「それが嫌だから素直に来たんじゃなかったの?」
撮影の現場は最初の飲み会で使われた居酒屋のてっちゃん。魔窟出身者の経営する店だから、あっさりと許可は取れたんだよな。貸し切りの代償として、後日参加者全員で利用することになっている。
「普通に考えて、頭に箱を被った人物が出演とか馬鹿だよな」
「それでOKを出した脚本家たちに文句を言いなさい」
「真面目にやる気あるのか?」
「これで大真面目に考えているから性質が悪いのよ」
知っている。しかも、本職の脚本家は一人しかいない。他の連中は勝手に口出しして、それが面白ければ採用されるという混沌仕様。それで成功してしまったのが運の尽きというか、本職の奴が大分苦労したらしい。
「それで綾香が佐伯先生役で、学園長役は誰だよ?」
「僕だよ」
「どこから嗅ぎ付けやがった、葉月先輩」
何でしれっと参加しているんだよ、この人は。十二本家の連中にも招待状が届いたという話は葉月先輩や綾先輩から聞いていた。それでも魔窟が行っている行動については一切伝えていない。それなのになぜかいるし、しかも何で参加しているんだよ。
「ほら、僕だって学園長にはお世話になったんだからさ。お返しをする権利はあるんじゃないかな」
「本音は?」
「生徒会でも色々と手伝って貰ったからね。少しでも借りを返さないと」
「本音」
「面白そうなことには参加しないとね」
そもそも、どうやって魔窟の行動と今日の撮影場所の情報を得たのか知りたいんだよ。しかも、魔窟の連中に臆せず交渉して出演権を勝ち取ったのは流石としか言いようがない。
「こいつを加えてもいいの?」
「箱を被って顔が見えないけど、嫌そうな顔をしてそうだね」
「間違いないわね。貴方と琴音の関係がよく分かるわ」
だって、厄介な連中の中に殊更迷惑な存在が混ざってきたんだぞ。誰だって嫌がるだろ。この調子だと時間がかかれば綾先輩まで乱入してくる可能性もある。それを阻止するためにもさっさと終わらせないと。
「何だか、琴音ちゃんの様子がおかしい」
「頭がおかしいのは貴女よ、綾香」
「だって、女の子らしい琴音ちゃんなんて絶対におかしいじゃない!」
「思いっきり失礼なことを言ってやがるな」
いつの間にかちゃん付けされているのは、女性だと認識されたからだろうか。それはそれで良い傾向だと思う。以前の綾香なら、私=兄という図式が出来上がっていたが、今はそれが崩壊したようだ。
「これを機に、正しい距離感で私に接してほしいな」
「いや、でもこれはこれで有りかも。容姿が変わったわけでもないし、性格もほぼ変化なし。ただ、女の子ぽくなっただけなら何の問題もないわね」
「誰かこいつの頭のネジを正しく捻じ込んでくれ」
絶対に変な方向でセットされているぞ。しかし、言葉通り最初は困惑していた綾香だったが、今はいつも通り獲物を狙う目へと戻っていた。これでは今までと何も変わらないじゃないか。
「私がいる前で変な行動はさせないわよ。それに、綾香はまず葉月君への演技指導を優先しなさい」
「くっ、保護者がいる前じゃ無茶は出来ないわね」
「いつから蘭は私の保護者になったのかな?」
「いやー、不甲斐なくてすまないね」
葉月先輩が苦戦している理由は理解している。それは、蘭と綾香が求めているクオリティが高いことが原因である。恐らく、葉月先輩なら何となくでもそれなりにやれるはず。だが、二人が求めている完成度はその更に上なのだ。
「表情を作るだけじゃなくて、その時に相応しい雰囲気を作るというのが中々に難しくて」
「感情演技が一番分かりやすいかな。その場面に合わせた感情を過去の思い出から引っ張ってくるというのが基本だけど」
「それは綾香さんからも聞いたよ。更にその感情を今の場に相応しい物へカスタマイズするというのが最難関で」
「おい、素人に何を求めているんだよ」
「「やるなら徹底的によ」」
十二本家相手にも容赦ないな、この二人は。あと、結婚式用の再現VTRはもっと気楽な感じでやらないだろうか。どうして、ここまでガチの作り込みをしているのかさっぱり分からない。
「私は箱被りで助かったかな。今は感情演技できないから」
「借りものじゃ無理なのかい?」
「正直にいえば、蘭と綾香が求めるような完成度まで上げられない。今回は真似するようなものだから何とかなるとは思うけど」
生まれてからそれなりの時間しか経っていない私に、演技で使えるような幅広い感情の思い出はまだない。そりゃ、この短期間に喜怒哀楽の三種までは経験している。でも、それでもその感情には上限が設定されている。
「借りものの思い出に自分を重ねても、それは結局兄の思い出に浸かるだけですから」
「君も難儀な立場だよね」
この話を二人には聞かせられない。兄が完全消滅したと知る人物は少ない方がいいと思っている。二度目の喪失は下手したら一度目を上回るショックを与えるかもしれないから。でも、兄を知る人たちはそんなもの関係なく、私へ接してきそうだけど。
「言ってしまえば、私は生まれたばかりの赤ん坊ですよ。それなのにこんな無茶な要求をされるものを残されても困ります」
「それが君の本音なのかな? 僕には建前の様にしか聞こえないけど」
「気のせいです」
本音でもあり、建前でもあるかな。兄が残していったもので迷惑なものはそれなりの数はある。でも、実際にそれを体験してみるとむしろ楽しく思えてしまう。人間、偶には馬鹿みたいに騒いでストレス解消しないといけないのだと。
「そのストレスを作ったのも兄ですけど」
「地産地消だね」
何で自分に罠を仕掛けて、自分で引っ掛かってストレスを溜め込まないといけないんだよ。自虐にもほどがあるだろ。他人から見たら、そんな風に見られているんだぞ。何の羞恥プレイだ。
「二人とも、撮影を開始するわよ」
「「はーい」」
とりあえず、一つずつ解決していくしかないか。これが私にとって、最初の大きな思い出になるとか嫌すぎるんだけど。
予定外のものを書くと終わらないと分かっているのに。
GW残り二日。自分でも本当に終わるのか全く分からなくなっている最中です。
というか四話で終わらせるつもりがあったのか、甚だ疑問です。
やるか、泣きの一日使用。