after02.不吉な門出の入室
話は春休みに戻る。盛大なドッキリ誕生日から数日が経ち、いつも通りバイトをしていた時に奴がやってきた。それは私にとっても予想外であり、最初に見たときは次は何のドッキリだと思ったほど。
「イエーイ。取材にやってきたよ」
「当店の取材はお断りしておりますので、お帰りください」
「えぇー」
本当は取材NGというわけではない。受けられるものは店長を通して、きっちりとお答えしている。ただ、それでも取材にやってくるのは稀なのだ。原因としては来店客に問題があるのだろう。
「このお店で下手なことを書くと業界から抹殺されると噂になっているから、プレッシャーが半端ないのよ」
「否定できない来店者がいるのが辛いです。それでご注文は?」
「店員さんのお勧めで。私が用事あるのは琴音ちんの方だからさ」
「私ですか?」
変な語尾を付けられたのだが、今更なので気にしない方向で行こう。それにやってきたのは兄の友人である火花。魔窟では諜報活動に秀でている人材である。現在はジャーナリストをやっているのだったか。
「皐月家から出会いから結ばれるまでの再現VTRの制作を依頼されたのよ」
「正気か?」
「どこで知ったのか分からないけど、担任の結婚式でやったあれが流出したらしいわ」
学生の域を超えたあれか。確かに佐伯先生も話していたから情報自体は伝わっていると思った。まさか映像まで入手していたとは。そこは予想外だったが、十二本家の力を使えば容易かもしれない。
「制作に関しては魔窟側から得意な連中を引っ張ってきたわ。ただ、出演者の選考が難航中ね。やっぱりスケジュールを押さえるのが大変みたい」
「元々からの仕事があるだろうからな。そこをキャンセルとしてやるとなると、色々と問題もあるだろう」
十二本家の依頼だからといって、他の仕事を投げてしまえば信用問題にもなりかねない。そこら辺を調整できないと上手く立ち回れない。あとは急な依頼でもあるから難航しているのだろうな。
「私は脚本の為に情報収集担当ね。瑠々だとスキャンダルを拾ってきそうだから」
「妥当な人選で。はい、ご注文のお品物です。それではごゆっくり」
「だから私が用事があるのは琴音ちんだと言ったじゃない」
ちっ、逃げられなかった。それに私が知っている馴れ初めなんて最初と最後だけだ。その途中で何があったのかなんて一切知らないんだぞ。何となくひたすら飲んでいただろうと想像できるだけだ。
「仕事が終わった後でなら」
「アポ取りは重要よね。はい、私の名刺。終わったら連絡頂戴ね。ドタキャンは許さないわよ」
「そんな後が怖い真似をするか」
約束を破ったら何をされるか分かったものじゃない。ただでさえ、こちらの住所だって数人にバレているのだから魔窟の奴らが突撃してくるとも限らないのだ。兄ですら、速攻でやってくると思っていたほどだぞ。
「あー、なるほど。この美味しさなら通う訳が分かるわ。それに記事にし難いのも。下手に混むと恨まれるかも」
「グルメ系も担当しているのか?」
「基本的に私は雑食だから。ネタになりそうなものだったら何でも担当するわ。でも、ジャーナリストはこれでお終いだけど」
「転職?」
「そそ。やっぱり夢は追いかけないとね。というわけで、写真家を目指すわ」
火花が情報担当であるのは事実であったが、それは数々の現場を写真に収めていたのもあった。元より写真が好きなのだから、最初に写真家を選択しなかったのは兄たちも驚いていたな。
「その最初の仕事が皐月家の結婚式なら幸先としては吉じゃない。ここがターニングポイントだと思ったわ」
「脚本の情報収集に、当日の撮影担当か。忙しそうだな」
「好きなことなら頑張れるわよ」
確かにその言葉は分かる。好きだからこそ、頑張れるのだが、その逆だってある。好きなのに苦痛に感じ始めると何かしらの気分転換が必要なんだよな。そして、滅茶苦茶脱線し始めるのが偶にある。
そして、普通にゆっくりして火花は帰っていった。魔窟の中でも穏健派だから話がスムーズに進んで助かったな。これが他の奴らなら強引に話を進めようとするから喧嘩になるのだ。
「バイトも終わったし、連絡するか」
『終わったー?』
「そういうわけだから合流するぞ。場所はお店の前な」
『りょーかい』
共通の知っている場所で簡単に思いつく場所はここだからな。火花がそれほど離れた場所にいなければ、時間だってそれほど掛からないはず。掛かったとしても香織と雑談でもしてれば時間は過ぎてくれるさ。
「お待たせー」
「秒で来るとは思わなかったぞ」
「効率的に考えるなら出待ちするのが一番だったからさ」
確かにそれはあるけどさ。それまで一体何をして暇を潰していたのか謎である。社会人になったのだから、それなりに抱えている仕事をこなしていたのかもしれない。知らない方がいいことでもあるか。
「どこかのお店に入る?」
「いや、晩御飯の買い出しして私の部屋で話そう。アニキと聖女ちゃんの近況とかも聞きたいし」
「おっ、私が三人目とか光栄だね。にしても、二人の近況とかゲロ甘だよ。語る私だって胸焼けするレベルなんだから」
アニキと聖女ちゃんは魔窟の仲間ではない。同じクラスではなかったのだが、それでも魔窟との接点は他よりも密接だった。そもそもアニキは火花の実の兄だからな。絡みやすいのもあったのだ。
「あの二人が喧嘩するような場面なんて想像できないな」
「くっつけるのが大変だったのは琴音ちんだって知っているでしょ」
「当事者だからな」
兄も参加しての企画で色々とやったのは知っている。その色々で大惨事に及んでしまったのはあれだが。そのおかげで二人の距離感が縮まったのも事実である。何が結果を出すのかは分からないものだ。
「聖女ちゃんが対総司の最終兵器になるなんて誰も思わなかったよね」
「あれには勝てない」
別に聖女ちゃんが特別な何かを持っていたわけではない。本当にただの一般人だ。それでもブチ切れた兄を前にして気丈にも立ちふさがり、一歩も引かなかったのは称賛に値する。あの勇気と真摯さには流石の兄でも勝てなかった。
「さて、私の部屋に到着したわけだが。何を聞きたいんだよ?」
「それもあるけど。参謀から頼まれたこともあるんだよね」
「悟も参加しているのかよ。それで何?」
「琴音ちんには神輿になってもらうよ」
「は?」
その言葉を正確に理解することができないのは私が兄でない証拠。兄だったら即座に状況を理解して、何かしらの対策を立てただろう。でも、私にはこれからの状況を予測することができなかった。
「琴音ちんも皐月の結婚式には参加するのよね?」
「招待状も届いたし、出演も依頼されている」
「アンノーンとしてね。よし、言質は取れた」
火花が取り出したのはスマホ。ここから読み取れるのはどこかに私の出演を情報として流出すること。そして、その行き先なんて容易に想像できる。だが、魔窟にそんなものを流してどうするのか。
「琴音ちんとの共演。これに参加しないとかモグリでしょ」
「私を餌として他の魔窟の連中を参加させるのが狙い? そんなものが効果あるなんて思えないけど」
「いやいや、効果抜群だよ。特に狙っている獲物にとってはね」
自分の将来に影響するだけあって火花も手段を選んでいないな。しかし、私が出ることで効果のある人物ね。候補を思い出して、該当する人物に思い当たった。スケジュールを押さえるのが一番大変な奴が。
「よし! 釣れた!」
「綾香が参戦か。蘭が泣いているぞ」
スケジュールを調整する奴のことも考えてやれよ。しかし、綾香ね。私と会って、それでも態度を変えないでくれるかな。兄に対する恋心を持っていたのであれば、私の些細な変化にだって気付くはず。
「いや、態度が変わってくれれば大助かりか」
あのスキンシップ過剰が無くなるのであれば助かる。女性としての意識が目覚めた私でも、あんな行為をされたのでは恥ずかしくなってしまう。せめて、友人位の関係に戻ってくれ。
「それじゃ全体連絡を取るために、琴音ちんもグループに参加してね」
「えっ、この蟲毒の中に放り込まれるの?」
「半信半疑の連中もいるからさ。証拠は突きつけるものだよ」
「いや、そもそも私が指揮するわけじゃないんだから、全体把握する必要はないよな?」
「ちっ、バレたか」
しれっと私を幹事にしようとしやがったな。だが、その程度なら私だって察することができる。私がやってはいけないパターンは蟲毒の中に入ること。これから先、魔窟の馬鹿達との付き合いが増えるとか胃がおかしくなる。
「仕方ない。この手だけは使いたくなかったけど」
「察し」
「うん。グループに入らないのであれば、綾香にここの住所を暴露する」
「はい。パスワード教えろ」
「諦めるの早いね」
私の平穏が確実に崩壊するのが分かっているからな。私の変化を察するとかの問題ではない。下手したら、兄と同じになるまで何かしら仕掛けてきそうで怖いんだよ。そして、私がグループに入室したら。
『如月琴音。参戦します』
えーと、阿鼻叫喚の訳分からん文字がずらりと流れていくのだが。目で追うのすら難しい。隣にいる火花はテーブル叩きながら爆笑しているし。ちなみにこれで参加表明者が七割となり、私が幹事となってしまった。
なぜGWに終わらせると言ったのに信じてくれないのかな?
私だってやる時はやるんですよ。
すでに計画とか構想は破綻しておりますが。
四話程度で終わる未来が一切見えないです……。