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最終話:想いを、絆を引き継ぎ、これからを歩み続ける

最終話です。

今までお読み続けてくれまして、本当にありがとうございました!


 兄と姉の住まいがある街。その駅から出てきた私を待っていたのは香織だった。勇実を見ればニンマリと笑顔を浮かべている様子から、最初から仕組まれていたのだろう。私が脇道にそれて、予定が狂わないように。


「はいはい、逃げ出しませんよ」


「やっぱりヒントを与えすぎたかな」


「琴音ならあり得るわね」


 恐らく柊は無関係だな。関係があるのであれば、途中退場なんてしなかったし、弥生が介入してくることもなかっただろう。十二本家相手ならあの先輩達が何かしらの対処を行っているだろうし。


「お察しの通り、私は琴ちゃんをここまで連れてくるのがミッションでね」


「ここから先は私も参戦ね。昼前からずっと外に出されているからお店の方で何をしているのかは私も知らないからね」


「用意周到なことで」


 香織からの情報で状況を推測するのは難しいか。分かっているのは葉月先輩と綾先輩が合同で何かをしているということ。そこに木下先輩も加わっているから中身が見えてこない。木下先輩のやり方は兄も知らないからな。


「お店単体で済むようなことなら大事でもなさそうだけど」


 チラッと勇実と反応を窺うも、こちらと顔を合わせようとしない。香織も同じような反応を返してくる。二人は私を何だと思っているんだよ。顔色だけで何でも分かるわけないだろ。


「私を過大評価過ぎじゃないかな?」


「琴ちゃん相手だとこのくらいが丁度いいと私は思うけどね」


「前からだけど、琴音って何をするかいまいち分からないから」


「私を何だと思っているんだよ」


 これは兄の所為だよな。あの人が好き勝手やっていたおかげで如月琴音のイメージが確固たるものになってしまっている。それでもそれは友人の中だけで留まってくれているのは幸いかな。


「私が一人になって一年か。濃い一年だったな」


「一人になった時間なんて殆どなかったんじゃないかな。初日に私と出会っているんだから」


「夏には私達と再会しているしね。話を聞くだけでも、人を惹きつける魅力はあったはずだよ」


 魅力ね。私個人から言わせれば、そんなものがあるのかどうか疑問でしかない。姉は大人しく、目立とうとはしなかった。逆に二番目は悪い意味で目立とうとした。兄は今までのギャップで注目を集めたともいう。


「私じゃなくて私の周りの影響で注目を集めたと思うけど」


「前半は巻き込まれていたとは思うけど、後半は琴音が率先して無茶していたと思うわよ」


「あれじゃない。香織ちゃんに正体ばれた辺りから吹っ切れたんじゃない?」


「確かにその頃から琴音が無茶し始めたわね」


 正体がバレたから吹っ切れたのではない。兄は姉が生きていると知ったから、記憶に残ろうと足掻いていたのかもしれない。姉が残れば兄が消える。あの頃はそれを可能性の一つとして捉えていたから。


「兄も足跡を残そうと」


「あれは傷跡だと思うわよ。しかも本人以外の誰かに対してのね」


「琴ちゃんは昔から誰かしらを巻き込むからね」


「それは私じゃなくて、兄の所為だからノーカウント」


「同一人物のくせして何を言っているのよ」


 香織からのツッコミに対して何か言えるわけもないな。これは私としての精神的安定を図るための言い訳。兄がやったことを否定する気はない。それは私がやったことと同じだから。


「琴音が変わったと私は思っていないけどね」


「私はちょっと変化があったとは思っているかな。これは私が分けて考えるためのけじめみたいなものだけど」


 勇実にとって兄と私は違う人物だと思いたいんだろうね。兄はもういない。その事実を勇実はきちんと受け止めている。それを駄目にしないために、私は琴音だと認識しているのだろう。


「考え方は人それぞれだから、私から何も言わないよ」


「相変わらずドライなことで」


「香織が何も言わずに今までの話を信じてくれたのは予想外だったよ」


「人格については色々とあるそうじゃない。世の中、不思議なことでいっぱいなんだから疑うよりも、信じたほうが楽しめそうじゃない」


「香織ちゃんも琴ちゃんに毒されちゃったね。そうだよ、何事も楽しむのが一番だよ」


 楽しみを優先した結果生まれたのが魔窟という変人集団なんだよ。これから先、私も彼らと交わるようなイベントはあり得るだろう。尚且つ、兄が交わしてしまった約束もある。まだ期日は随分と先だが、それを履行する必要はあるだろう。


「約束か。兄が残していったものは多いな」


「何を残していったのかな?」


「勇実だって知っているだろ。新年会もその一つなんだから」


「皆、楽しみにしているよ。忘年会でもいいんじゃないかってほどだからさ」


「あの人達が総出の新年会とか正気?」


 香織は正月の騒動も綾先輩経由で知っているからこその感想なんだろう。常人があの変人たちを知っているのであれば、当たり前の考えだろう。私だって関係なければ逃げ出したいさ。


「約束は守らないとな。それがどんなに嫌なものでも」


「そんなこと言っちゃって。本当に楽しみにしているのを知っているよ」


「いや、これは本当に嫌がっているほうだと思うわよ」


 もみくちゃにされそうだし、何をさせられるか分かったものじゃない。そんなイベントに率先して参加したいと思うわけないだろ。まだ会っていない厄介者だっているのだから。


「それで現在の問題に戻るんだけど。見た目はそれほど変化はなさそうかな」


 駅から喫茶店まではそれほどの距離はない。喋りながら歩いていればあっという間に辿り着く。外見はいつも通りの喫茶店。違いがあるとすれば、『close』になっている点か。今日は営業日のはずなんだが。


「貸し切り。となれば、それなりの人数が中にいるということかな」


「琴音。言っておくけど、この状況だけでそこまで推測できるのはどうかと思うわよ」


「常に最悪の状況を考えるのはいいけど、警戒し過ぎるのも疲れない?」


「私よりも柊の方が異常だろ。あれなんて普通に考えられない状況すら警戒しているぞ」


「しほっちはねー。うん、考えるだけ無駄かな」


「また濃い人みたいね」


 とりあえず、この場に柊の話題は捨てておこう。中に人数がそれなりにいるとしたら、どんな状況を想定すべきか。葉月先輩と綾先輩、木下先輩は確定として。他の面子が誰なのかが問題だな。


「あとは目的か。私が関係しているのは確かだけど、兄や姉に一切の連絡を取っていないのが状況としては不気味か」


「入れば分かることなのに」


「琴ちゃんは石橋を叩いて渡る派だから」


「それ以外の人は?」


「一番ぶっ飛んでいる人で石橋じゃなくて手摺を渡る派かな」


 香織、そこは鼻で笑って否定するような場面だからな。決して信じて口元を引き攣らせる場面じゃない。それが真実だとしてもな。だが、勇実が言っていることも正しい。あれこれと考えるよりもさっさと中に入れば分かることなんだ。


「祝い事だと思って覚悟を決めるか」


「お店の中に入るのに覚悟は必要ないと思うわよ」


 ドアノブを掴み、覚悟を決めてドアを開ける。たとえ何があったとしても死ぬことはないだろう。ドッキリだとしてもそれは今朝の兄姉の件で耐性を得ている。あれ以上のものなんて早々用意できないだろう。


「「「ハッピーバースデー!!」」」


「は?」


 盛大に鳴らされるクラッカーと、舞い飛ぶ紙吹雪。それらに関しては今朝の二番煎じだからどうでもいい。私が驚いているのはどうして誕生日として扱われているかだ。しかも集まっている面子がおかしすぎる。


「何、この人数」


「ふっふっふ、それは僕達が声を掛けたからさ」


「琴音の誕生日だと言ったら、これだけの面子が集まってくれたのよ」


 仕掛け人の葉月先輩と綾先輩の言葉に更に驚く。喫茶店の中はさながらすし詰め状態と変わらないもの。せめて誰かを外に出していてもいいと思うほどだ。入り口から中に入れないのだが。


「あー、私から一言いいかな?」


「おっ、感謝の言葉かな」


「これだけの準備をした僕達にはふさわしい言葉をどうぞ」


 それじゃ遠慮せずに叫ぶか。この場に相応しい言葉をな。


「私の誕生日は一か月後だ!」


 私の叫びに全員の注目が私から葉月先輩と綾先輩にシフトする。全員がまじかよといった表情をしているのが大変笑えるのだが。苦笑いしている面子もいるな。それは私の誕生日を知っている人達だろう。


「「ドッキリ大成功ー!」」


「馬鹿だろ、この二人」


 どこから出したよ、そのプラカード。何で私の誕生日だと出席者を騙す必要があったのかさっぱり分からない。全員がプレゼントをどうすべきなのか迷っている様子。そりゃ一か月先まで仕舞っておくわけにもいかないからな。


「店長。何でネタばらししなかったんですか?」


「そりゃ口を塞がれていたからな。こっちとしては貸し切りの代金が美味しかった」


 交換条件といったところか。イベントとしては悪くないし、馴染みの客も多いから問題は無さそう。問題があるとすれば、席数が全く足らない点か。そこは葉月先輩達も考慮しているだろう。


「外の席の準備ができたから表でも裏でもどっちでもいいから移動してねー」


 葉月と霜月の使用人部隊も総動員しているみたいだな。そうでもなければ、こんな短時間で席の設置なんてできないはず。こういったイベントだと本当に手を抜かないな。理由は後で聞くか。


「自宅の方も開放しているから、分かる人はそっちでもいいぞ」


 店長も大盤振る舞いだな。自宅を開放なんて身内の集まりでもない限りやらないのに。集まっている面子は私と交友のある人物たちばかりだから、悪さをする人はいないだろう。大いにふざけそうな面子も揃ってはいるが。


「ヤバいほどの混沌と化しそう」


 兄はどれほどの縁を結んだんだよ。過去の連中がちらほらといるし、何だったらすでに酒盛りを始めてやがる。それに現在の関係の大人組まで参戦しているし。絶対に現在組が後悔するような目に遭うからな。


「ほらほら、本日の主役はこっちだよ」


「勝手にドッキリの首謀者組に入れるな」


「だって他にいい言い訳がないじゃない。ねぇ、新生琴音ちゃん」


 姉の不手際によって先輩達には私の存在がバレているのが厄介だ。今回の祭りを頼んだのは兄と姉なのだが、二人にとって自分はもういない頃の騒ぎだから勝手にやってくれ程度に考えていたのだろう。ちょっと戻ってきて現状を見てくれないかな。


「琴音君にとって誕生日なのは本当なんだからさ」


「タイミングは琴音の姉から伝えてもらっていたから、何とかなったわね」


 ちくしょう、まだジャミング効果が残っていたのかよ。それよりも信じられないのが、嘘の記憶を私に残していったこと。先輩たちとは一切の連絡を取っていなかったのではないのか。自分に対して情報戦仕掛けるとかあの兄と姉は一体何なのか。


「敵わないな」


 二人が合わさった上位互換のはずなのに、二人が協力していたら一切勝てる気がしないのはどうしてなのか。こちらが倍の性能をしているとしたら、あの二人は二乗の効果を発揮しているような。


「それでここまでの場を準備した僕達に何かないのかな?」


「最高の賛辞が欲しいわね」


「惨事の間違いだろ。とりあえず、ありがとうとだけ言っておく」


 ハイタッチする先輩たちだが、木下先輩がいないのは気にしないでおこう。どうせ犯行役を二人に押し付けて、自分は関係ないとばかりに離れているのだろう。やらかしている先輩達ならば、スケープゴート役にはうってつけだな。


「朝から色々とあって疲れているというのに」


「ダブル琴音君に大層やられたみたいだね」


「あの二人が相手だと私達でも厳しいものがあると思うわね。事前準備の期間なんて与えたら何をされるか分かったものじゃないわ」


「分かる。凄く分かる」


 その結果がボコボコにやられた朝の私だから。先輩達ですら警戒している兄と姉の存在がやっぱり大きいと思う。尊敬はしないけど、凄いとだけ思うのだ。運命のいたずらで手は組めなくなってしまっていたけど、それはある意味で正解だったのかな。いや、出会うことが幸せだったが正解だね。


「それじゃ本日の主役である琴音君から一言、挨拶を貰おうか」


「何なら一曲歌ってもいいわよ」


「拒否権ない上に無茶ぶりするな。挨拶くらいならやるよ」


 これだけ私の誕生日に集まってくれたのだから一言くらいは挨拶はしないと。たとえ今日が本当の誕生日じゃなくても。確かに私が生まれたのは今日だけど、如月琴音としての誕生は違う。そこだけはきちんと分けて考えないと駄目だ。私ではあるけど、如月琴音は兄も姉も同じ。


 忘れてはいけない。如月琴音は三人とその他一人の存在だということを。私の役目は如月琴音としての全てを引き継ぎ、忘れないこと。


「本日お集りの皆様。偽企画の私の誕生日に参加していただき、誠に申し訳ありませんでした」


 謝罪は大事。それがたとえ私が企画したことでもなく、私も被害者の一人だとしても。どこから恨みが飛んでくるのか分からないからな。特に誕生日プレゼントまで用意してくれた人にとっては。


「費用は全額この二人が負担しますので、レシートなどがありましたら提出をお願いします。あっ、後日でもいいですからね」


「ヘイトを全部私達に向ける腹積もりかな?」


「むしろ恨みを減らす手伝いをしてくれていると思うよ」


 金で恨みが減るのであれば安い物だろう。その後は相手の人間性にもよるけどな。鴨だと思って金銭を要求してくる馬鹿ならば、自分が猟銃で撃たれる存在だと思い知らされるだろう。特にこの先輩達相手なら。


「この一年は色々な人にお世話となり、皆様には大変助けられました」


「琴音君。硬い、硬い」


「折角の宴会みたいなものなんだから、パァーとやっちゃいなさいよ」


「日頃の鬱憤を晴らすために盛り上がっていこうー!」


 我ながらテンションの上げ下げが激しいと思ってしまった。確かに私も挨拶としては硬いと感じていた。だから元気よくやってみたら、盛り上がるのは一部の奴らだけで他は苦笑いの様子。


 兄さん。貴方が過去も諦めずに繋いだ縁は、豊かな人達との出会いを与えたことでしょう。


 姉さん。貴女が見守っていたおかげで、心豊かな思い出を与えてくれたことでしょう。


 そして私からは、厄介な案件を残していったことを絶対に忘れないからなと。もしも、二人と出会える機会があったのならば文句の一つや二つくらいは叩きつけてやる。


 だから、これからの私をちゃんと見守っていてください。どのような結果を私が導き出せるかを。


 如月琴音としての私達はまだまだ歩み続けるのですから。

2015年から書き始め、やっと物語としての一区切りがつきました。

ここまで書き続けられたのも読者の方々が居てくれたおかげです。

改めて、お礼申し上げます。本当にありがとうございました。

一応、本編で書いておいてやっていないことがあるので後日談をやろうと思っています。

春:覚悟を決めろ、皐月結婚式編。

夏:燃え散れ、長月初恋編。

秋:潜入せよ、兄の母校学祭編。

冬:戦々恐々、魔窟新年会編。

この4エピソードは書くつもりではいます。正直どれだけの期間が必要なのか分かりません。

これからは魔窟の方を主軸に書くのでこちらの制作は遅くなると思いますので。

それでは、もう少しだけのお付き合いをしていただけると助かります。

長らくお読みいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結ランキングから見つけて一気に読ませてもらいました。登場人物がどれも濃くて楽しかったです [気になる点] 魔窟の連中のストーリーが登場スピードに対して足りず各キャラの容姿や個性が想像しに…
[一言] 完結おめでとうございます。なろうで初めて読んだ作品です。無事完結していただけて嬉しかったです。
[一言] 完結おめでとうございます! 本作はなろうの中でトップのお気に入りでした。 今でも1話から周回しています(笑) 長い間お疲れ様でした。
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