200.十一歩目は期待と不安を抱えて踏み出す
すみませんが、次回予告詐欺となりました。
頭の痛い光景。簀巻きにされている人がいるのはまだいい。それはある程度慣れているから。ただ、その人物が直立していることか。胴体には縄が結ばれており、その先を握っている人物に見覚えはないな。
「何だこれ?」
「琴ちゃん、おかえりー」
「あの新種の犬と見知らぬ飼い主は誰?」
簀巻きで直立しているのは柊で確定。頭は何とか出しているから顔は分かる。縛っている縄を持っている人物も消去法で考えれば弥生だろう。見た目としてはそれほど強そうに見えないが、奈子とかもそうだからな。
「あー、一応自己紹介しておく。如月琴音。そこのワンコと友人だな」
「弥生美鈴よ。捕獲協力サンキューね!」
元気一番を体現しているような女性だな。気配からして厄介そうな雰囲気を感じるな。柊の話からして身体能力が馬鹿みたいに高いから、意識の隙間を潜り抜けるか、想定外を複数用意する必要があるかな。
「いやー、柊が如月家に逃げ込んだ時はちょっと諦めちゃったよ」
「問答無用で乗り込んでくると思った」
柊の同類ならそのくらいの無茶はしてくると思ったけど、ちゃんと理性は残っていたか。そうでもなければ十二本家の次期当主になれないよな。魔窟の連中なんて理性をどこかに投げ飛ばしているような奴ばっかりだから。
「ワンワン!」
「お前はもうちょっとプライドを持てよ」
「機動力の九割を封じられたら、プライドなんて捨てないとやっていけないよ」
「柊は捨てちゃいけないもの捨て過ぎなんだよ」
「それは私も分かるなー」
同意する勇実とよく分からない様子の弥生。こればかりは付き合いの長さと、奇行を見慣れているかどうかだな。プライド以外に危機感も捨てている様子は頻繁に見受けられる。
「それでどうやって捕まったんだ?」
「初手ドロップキックから足首辺りを掴まれて、そのまま振り回されてからのマットに叩きつけられていたよ。あの流れは見事だった」
「お姉様。私は人間が時計の針の様に回ったのを初めて見ました」
「凄かった」
「分かりたくなかったけど、容易に想像できた」
勇実と琴葉の説明で大体の状況は分かった。つまり、先制攻撃を外されただけではなく、反撃を受けて捕まったと。しかし柊のことだから完璧な奇襲を仕掛けたと思う。それを何の苦も無く捕獲できてしまうとは。弥生、恐るべし。
「それじゃ私はこれで失礼させてもらうわね」
「弥生。私から一ついいかな?」
あっ、これは嫌な予感がする。魔窟の家訓『死ぬなら諸共に』を実行する気だと。それは勇実も感じ取ったのだろう。身構えているこちらを一瞥してニヤリと笑う柊に、私達の予感が合っていると思ったよ。
「そっちの勇実という子なんだけど。奈子並の運動神経があるよ」
「あんな戦闘サイボーグと比較されても困るよ。私なんてまだまだ。ゴリラとウサギじゃ比較対象にならないでしょ」
「この馬鹿は」
調子に乗って口が軽くなってしまったのか。それとも柊なら何も考えずに巻き込もうとしていると思ったのか。柊の特性は色々とあるだろうが、タイプで言うならこいつも万能型なのだ。つまり、罠を仕掛けている。
「琴音ー。そこに落ちているスマホ取ってー」
「はいはい。どうせ録音していたんだろ」
「そりゃモチのロンだよ」
「謀ったなぁー!」
弥生の件に巻き込むのは無理だと考えて、目的を変えたのだろう。つまり、弥生ではなく奈子の標的となるように仕向ける。はっきり言ってとばっちりでしかないのだが。こればかりは柊の読み勝ちか。
「はっはっは、一緒に地獄へ落ちろ」
「しほっちぃー!」
奈子を戦闘サイボーグとかゴリラとか呼んでしまったのなら、制裁は免れないだろう。しかも録音された音声が証拠となってしまうのなら。青い顔をしている勇実と、勝利を確信した笑いを上げる柊。何とも対照的な構図だな。
「さっさとその狂犬を連れて行ってくれ」
「なーんか被害が広がりそうだからそうさせてもらうわ」
弥生が柊に足払いを行い、地面に倒すとそのまま引き摺って行く。バランスを取るのすら難しい状態の柊がそれをどうにかできるはずもない。むしろ、直立できていたのが不思議だ。
「琴音の友人は面白い方ね」
「ただでは転ばない方でしたね、お姉様」
「あんな方法もあるんだね、お姉ちゃん」
「頼むから、あれから学ばないでくれ」
双子の教育上、魔窟のやり方を見せるのは駄目だな。確かに相手を蹴落とすや、他に対して被害をもたらすという意味であれば魔窟のやり方は理に適っているだろう。経営に応用できる箇所もある。ただし、色々と敵を作りやすいのもある。
「琴ちゃん、助けてー」
「こればかりは私にもどうにもできない。潔く奈子の制裁を受けておけ。いつ来るか分からないが」
「それが一番嫌なのよー」
タイミングが分かれば覚悟だって決まる。だけど、いつ制裁がやってくるのか分からないのでは不安を日々感じてしまう。柊も地味に嫌な方法を選びやがったな。それほどまでに弥生に連れていかれるのが嫌だったか。
「だからしほっちには頭を使ってほしくなかったんだよー」
「柊が頭脳戦を仕掛けるなんて稀だからな。誰だって可能性を考慮しない。知っていた勇実だってこの有様だ」
「普通に私も連れて行こうとする流れだと思ったよ」
どうせ勇実を連れて行ったとしても弥生が満足するような結果を得られないと思ったのだろう。その場合、嘘をついた柊が追い詰められる可能性だってある。だから別の方法を選んだのだろう。
「魔窟屈指の厄介者は伊達じゃないな」
「前線、遊撃、後衛。どこに配置しても有効とか性能おかしいけど。どこに配置しても味方が混乱する可能性もあるのはどういうことなのかな?」
「それが柊だからな」
突拍子もない行動をするから味方が混乱するんだ。指揮者ですら呆れるか、頭を抱えるかのどちらかだからな。悟ですら柊を作戦に組み込むのは難色を示すほど。扱いが難しすぎるのだ。
「柊自身は遊撃が一番向いていると言っていたから、そこの配置が一番多かったな」
「最初の対戦の時なんて全員が想定外の動きをされてかき乱されたからね」
「お姉様。何の話をされているのですか?」
「ちょっと変人たちの過去をな」
あまりここで過去の話をするものじゃないな。どうして私が魔窟の過去を知っているのかと突っ込まれたら言い訳するのが面倒くさい。そろそろ実家から退散するタイミングかな。
「母さん。父は多少性格の改善が見込まれていたから、相談位は乗ってくれ」
「琴音には振られたようね」
「母さんの助言かよ。私があの父に手を差し伸べるわけないだろ」
正月にあれだけのことをやったんだぞ。私が父を手助けする可能性なんて僅かしかない。それだって共通の敵が相手の場合だけだ。それ以外だと絶対に手を貸さないつもりでいる。
「家族仲良くも難しいものね。それはずっと前から分かっていたことだけど」
「それに関しては反省している。だけど、それとこれとは話が別だから」
「琴音も強情ね」
我が身を振り返れば、家族仲が悪くなっていた原因の一端は如月琴音にもある。だけど私はきちんと反省して行動を改めて結果を示した。だから今度は父が行動で示さないといけない。それでも私が認めるとは限らないけど。
「そろそろ移動しないと拙いかな。母さん、私は予定があるから今日はこれで帰る」
「気を付けて行ってらっしゃい」
その言葉に違和感を感じたのはどうしてか。母、そして双子の様子からしてあまりにもアッサリし過ぎている気がする。いつもなら泊っていけと一言位はあるはずなのに。これは何かあるな。
「琴ちゃんが行くんなら私も移動だね」
そしてずっと私の後を付いてくる勇実。出会ったことも偶然ではなく必然だと考えると、考えられる可能性は幾つかある。その中で一番確率が高いのは。
「あの先輩達か」
行く先は馴染みの喫茶店。そしてそこで何かが待っているのは確か。あの先輩たちが何を用意しているのかは私にも予測がつかないな。楽しみと不安の両方を抱えながら私は実家を後にした。
本当ならキリのいい200話で終わりにしようと思ったんですよ。
予想外に柊で尺を取られた気がします。
でも次こそは、多分、きっと最終話の流れになるはずです!