198.九歩目は私ではない、私を知る人
やる気を漲らせた琴ちゃんが父親のところへ向かう。その背中は総君と瓜二つのように見えるのはやっぱり色んなものを引き継いでいるからだろう。でも、どうして琴ちゃんの家族は複雑そうな表情をしているのだろうか。
「何かあるのかな?」
「お姉様が昔に戻ったのではないかと思って」
琴ちゃんのことは以前の昔話語りで色々と聞いている。嬉しそうに、楽し気に父親の元に向かっていった琴ちゃんがファザコンを再発させたと思われているのね。それは間違いなんだけどなー。
「しほっち。琴ちゃんの様子はどうだった?」
「相手の心配をするレベル。しかも、命の心配をね」
「やる気は殺の文字が付く方だからねー」
家族に対して容赦ないのは総君を引き継いでいる感じだよね。家族を大事に、そして間違っているのであれば方向性を元に戻す前に、きつい制裁を与える。そこは、総君の親が影響しているんだけど。あと、私の母親も。
「人が簡単に変わるはずもないよね」
「お姉様は豹変しましたが」
琴ちゃんの妹ちゃんも容赦ない気がする。総君と琴ちゃんってやっぱりどこか似ていたのかもしれない。だから二人は一緒になったのかな。ただ、総君と琴ちゃんが二人揃った状態で出会っていたら魔窟の中でも屈指のコンビになりそう。
「琴ちゃんにとっては好転したともいえるかな」
「素敵なお姉様になりました」
「お姉ちゃんと触れ合えるようになった」
ずっと妹ちゃんの後ろに隠れていた弟ちゃんもやっと話してくれたよ。何で警戒されているのかさっぱり分からないけど。こっちも琴ちゃんと似ているように見えない。琴ちゃんの外見って父親のほうに寄っているのかな。
「勇実。弟君をどう見る?」
「あれを琴音の家に連れてきたら絶対に駄目だと思ったよ」
「だよねー。絶対に暴走するのが目に見えるよ」
琴ちゃんの家に連れてくる人選は選ばないといけないと思ったほど。この庇護欲が溢れてきそうな見た目の弟君と、保母さんの俗称を与えられた人物を出会わせてはいけない。下手したらワンマンアーミーと化す事態になりかねない。
「私達も人のことはいえないけど、人間としてどうかと思う性格しているからどこでスイッチが入るか分からないのが何とも」
「それでも何人かは把握しているよね。一番分からないのはしほっちだけど」
「臨機応変って大事だよ」
「突発的なイベントほど迷惑なものはないよ」
事前の準備なんてしていないのに、突如として起こる騒乱は色んな人達にダメージを与える。それは私達だって例外じゃない。いかに察知して自分の身を守れるかが重要になる。だから裏切りが横行するんだよ。
「さてと、これからどうしようか」
「琴音が行っちゃったから、私達としてはすることがなくなったかな。特に目的があったわけでもないし」
しほっちにとってはただ何となくで付いてきたのだろうけど、私は目的があって琴ちゃんと合流している。今日の出会いは偶然ではなく必然。魔窟と十二本家が力を合わせたら、居場所を把握するのなんて簡単だよ。
「どうせ私は捕獲されるのが分かっているから、そっちのイベントには干渉できそうにないかな。特に何もしないけど」
「何で知っているし?」
「偶然なんてないからだよ。勇実が何の目的もなくあんな場所に出没するとは思ってないよ」
偶にだけどしほっちの勘の良さは厄介である。猪突猛進で何も考えていないように思えて、大体の可能性は常に考慮しているのがしほっちの恐ろしいところ。その可能性をすり抜けてくるしほっちの災難は訳が分からない。
「しほっちには頭を使ってほしくないなー」
「魔窟で培った部分が大半だけどねー」
お互いにのんびりと会話をしているけど、琴ちゃんがいなくなった所為なのか如月一家の興味が私達から逸れている。今なら好き勝手できそうだけど、琴ちゃんが戻ってきたときに激怒されるのも嫌だし。ここは大人しくしておきますか。
「それにしても、庶民的な琴ちゃんに慣れ過ぎている所為でこんな豪邸に住んでいたイメージが全然湧かないね」
「中身があれだったんだから仕方ないんじゃないかな。親しみやすさのほうが感じられやすいし」
総君だった琴ちゃんは知っているけど、その前の琴ちゃんを知らない私にとってはここが友達の家ではなく、全く知らない人の家にしか感じられない。でも、しほっちは別のイメージを抱いているのかもしれない。
「何か私が持っている琴ちゃんのイメージと、しほっちが持っているイメージに差異を感じられるような」
「そんなの簡単だよ。私は小さな頃の琴音を知っているから。今と昔を知っているのであれば、差異が生まれるよ」
その話は初耳だし、魔窟の誰も知らない話なのかもしれない。何で幼馴染の私が知らないのに、しほっちが知っているのか。若干嫉妬心が芽生えるけど、すぐに消えた。しほっちだからで納得できてしまうから。
「小さな琴ちゃんってどんな感じだった?」
「それは私も知りたいです」
「妹ちゃんも参戦してくるのかー。弟ちゃんも知りたい感じ?」
「うん」
素直でよろしい。興味がないふりをしていただけかな。そもそも琴ちゃんが友達を家に招くような行為をするとも思えない。琴ちゃんにとってここは仮想敵地だったのかもしれないし。敵は一人しかいなそうだけど。
「といっても、私もそれほど交友を深めたわけでもないからね。勇実に分かりやすく言うなら、総司が二人いたような感じかな」
「例えば?」
「私の言動に息ピッタリに溜息を吐く」
目に浮かぶ光景かな。双子ちゃんたちには悪いけど、総君と琴ちゃんの二人を妄想すると兄妹のように思えてしまう。それは今のイメージも合わさった結果かもしれないけど。ただ、しほっちもそう思っているのならそれほど変わりはないのかな。
「印象としては小さいながらも責任感があり、だけど自己主張せず大人しい感じかな。あれは場の流れを制御する方だね」
「なるほど。水面に水飛沫を上げるようなしほっちとは正反対と。総君は力づくで流れを変えるタイプだから、柔と剛が合わさった状態かな。うっわ、凄い厄介」
途中から現在の琴ちゃんを戦力的分析してしまった。総君と琴音さんの特性を引き継いでいるとしたら強キャラなのは間違いない。あとは、どうやって相手の想定を上回れるかが勝負の分かれ目かな。総力戦は絶対にいつか開催されそうだし。
「大人しいお姉様というのが想像できません」
「お姉ちゃんは昔も今も押し進める方だと思っていた」
やっぱりそっちのイメージが強いよね。大人しい琴ちゃんは失礼だけど、全く想像できない。むしろ、男性だった頃よりも積極的なような気はしていた。それは周囲の状況がそうさせていたのかもしれない。
「ただ、今の琴音が本気を出したらどれだけのことができるか未知数なんだよね。あれは絶対にパワーアップしている」
「一年ごとにパワーアップしていくなんて、底が知れないね」
「素敵なお姉様が強化されるのは素晴らしいことです」
「お姉ちゃんは最強」
「ヤバいわ、この双子」
「ノリが魔窟側を感じさせられるねー」
しほっちも笑顔を浮かべながら若干引き気味だね。そういえば双子はシスコンを拗らせつつあるとか琴ちゃんが嘆いていたかな。如月の業みたいだから諦めているみたいだけど。
「さてと、そろそろかな」
「何が?」
「弥生が襲撃してきそうなタイミング」
何で分かるんだろうと疑問に思うけど、聞いたとしても野生の勘とか言いそうなんだよね。あとは経験則かな。連絡を入れたのは先程だけど、こんなに早く襲撃してくるものなのかなと思ってしまう。
「奥様。弥生のお嬢様が来訪のご挨拶をと」
「柊さんの予測通りとは。これは想定戦力を引き上げる必要があるかしら」
あれ、何か魔窟対十二本家の抗争が想定されていないかな。別に争うつもりはないけど、イベントとしてなら参加したいかな。正月は残念ながら参加できなかったし。どこかの遊園地とか貸し切りにしてくれたら大変面白そう。
「しほっち。何でクラウチングスタートの体勢?」
「初手撃滅のため」
何を想定しているのかな。それも十二本家のご令嬢に対して撃滅する発言も正気度を疑うよ。私だってそんな発言は簡単にできない。やれるとしたら性格とかをある程度把握している琴ちゃんくらいかな。
「レディ、ゴー!」
扉が微かに動いた瞬間を見逃さずにしほっちは動き出した。初動は完璧。初手から突っ込んでくる人物がいるなんて普通の人ならば考えないだろう。そう、普通であったのなら。
だからこそ言おう。彼女の対応は完璧だったと。
時間があれば書き進められる。
これが正解なんですよね。
ラストスパート、行きますよー!