幕間:思いは未来へ託す
最終章前の幕間です。
やることをやり終え、最後の眠りにつく。名残惜しくはあるけど、あくまで人生の延長戦だったのだ。そんな機会を貰えただけでも感謝しないとな。結局、どうしてこうなったのかは謎のままだったか。
「お疲れさまでした。お兄さん」
「琴音もお疲れさん。これで全部終わったな」
「はい。私達がするべき準備は終わりましたね」
誰かに別れの挨拶をしたわけではない。俺と琴音が消えても、代わりとなる存在がいるのだ。やったのはお祝いの準備。新たな誕生を祝して、俺たちなりの歓迎を準備したのだが。
「これは末妹も喜んでくれるでしょう」
「いや、私もやった手前。あまり言いたくはなかったんだが」
「何ですか? 何か忘れものでもしましたか?」
「やり過ぎじゃないか?」
誰かにお祝いを頼んだわけではない。部屋の中を俺たちなりに仕掛け満載にしたまではいいのだが。冷静に考えてみるとここまでやる必要があったのかと思えてしまう。むしろ、目的を見失っているような気がさえするな。
「そうでしょうか?」
「冷静に考えてみろ。琴音なら、これをやられたらどう思う?」
「キレます」
「少しは考えろよ」
何で即答で返してきたんだよ。でも、その意見には同意する。俺だって目覚めて、すぐにこんなことをされたら怒声を張り上げるぞ。それほどまでにやりすぎたという実感がある。
「私達と同じ感性をしているのなら、絶対に怒るぞ」
「でも、将来に対する不安だって吹っ飛びませんか?」
「怒りで塗り潰すのもどうかと思うぞ」
何で俺がツッコミ側に回っているのだろうか。本来ならば、琴音が俺に対してツッコミをするはずなのに。最後だからって羽目を外し過ぎていないだろうか。俺も人のことは言えないけどさ。
「私達の未来を引き継ぐということは、将来が確定してしまっている状況ですよ。それに不満や不安を覚えても不思議じゃありません」
「その為にやりましたと言われて、納得すると思うか?」
「私なら悪乗りし過ぎたと思います」
「実際、その通りだからな」
俺と琴音で一つずつ何かを用意するつもりだった。でも、これもやった方がいいかなと考えたら、最後だし全部やるかと実行してしまったのだ。末妹に対する遠慮も何もあったものじゃない。
「お兄さんだってノリノリで準備していたじゃないですか」
「それは否定しない」
「でも、本当にどんな性格になるのかは指定していないので結果は分かりませんよ」
「私達がそれを確認することもできないからな」
末妹が目を覚ました時には、俺も琴音も存在していない。記憶も、感覚も全部、末妹に渡すことにしているから。どんな反応をするのか見れないのは残念であるが、仕方ない。
「私達が全部決めて生まれる存在は可哀そうですから」
「なるべく、自分らしく行動してほしいよな」
「その結果、私達が敷いてしまった未来を踏み外したとしても」
「それは無理だな」
「やっぱり、無理ですよね」
踏み外せるような未来になっていないからな。ガッチリと舗装されて、一歩でも道から外れようとすれば元の道に戻そうとする輩が絶対に現れる。それほどまでに強固なガードレールが存在しているのだ。
「多少、性格が変わった程度でシェリーが見逃してくれるはずがないだろ。あと、唯さんだって自分の将来の為に引っ張っていくぞ」
「ままならない人生になってしまいましたね。全部、お兄さんの所為ですけど」
「あれは不可抗力だ。私は悪くない」
「常識的な行動をしてから、その言葉を発してください」
修学旅行で思い出を作るためにシェリーを呼び、なぜか気に入られ、結婚させるための応援歌を歌ったらラジオで放送されたんだぞ。どこにも俺が悪い要素はないはずだ。
「琴音だって先輩たちに正体がバレたじゃないですか」
「あれは不可抗力です。私は悪くありません」
「完全に凡ミスだったろ、あれは」
白瀬に呼ばれた程度で俺と入れ替わったのだから。素を丸出しだったために速攻で先輩たちに正体を知られる羽目になったが、あれは琴音にとっていい経験になったか。どれだけあの先輩たちが厄介なのか思い知ったからな。
「そういえば、先輩たちのサプライズはどうなったのですか?」
「あれから一切の連絡がないから分からないな。日付すら指定していないのに、合わせることができるのか?」
「勘で当ててきそうではありますよね」
「あの先輩達も常識外れな部分があるから否定できないな」
一切の連絡を絶っている時点で不吉な予感しかしないのは先輩たちの日頃の行いの所為だろう。碌でもないものを準備しているのか、それとも真面目な催しになるのか全然分からない。
「末妹。実際は次女の抜け殻に私達の記憶と感覚を突っ込んだ存在ですけど」
「今まで立てていた計画はどうなったんだとツッコミたいぞ」
「ベースを一から作るとなると時間も技術も足りなかったのですから仕方ありません。むしろ、無理でした」
「プランBがあまりにもやっつけ作業で開いた口が塞がらなかったぞ」
「私もこれで上手くいくなんて思いもしませんでした」
次女はあの自殺未遂で完全に存在が消滅していた。未練なんかも全部断ち切るためにあんな行動をしたのかもしれない。そして残ったのが抜け殻となった意識。そこに試しにと記憶と感覚を入れてみたら自我が生まれたのだ。
「これはあれでしょうか。お兄さんの我が強すぎた影響でしょうか?」
「今だと琴音だって十分に存在が濃くなっているぞ」
「最初の頃は私達を足して割ったら、丁度いいくらいだったはずですよね」
人との付き合いによって性格が変わるような人物もいるだろう。琴音の場合は、俺の影響を受けた結果かもしれないが。むしろ、十二本家や魔窟の連中と関わり合って性格が変わらない奴がいるのだろうか。
「末妹はどんな子になるのか、想像できますか?」
「出来るわけないだろ。私と琴音のハイブリッドとか想像できない」
「更には次女の残り香が影響を与える可能性だってありますね。まさしく完全体です」
「嫌な完全体だな」
次女がいい行いをしていた記憶がないのだが。その後を引き継いだ俺が言うのだから間違いない。でも、頭の回転は良かったんだよな。どうしたら父の機嫌を悪くできるかを全て行っていたのだから。
「私の予想では、お兄さん六割。私が三割。次女が一割あるかどうか不明な程度でしょうか」
「ほぼ私かよ」
「お兄さんの我が強すぎる所為ですよ」
そんなにかな。誰かの中心に立つような存在でもないし、率先して行動していたつもりもない。ただ、自分のやりたいことに対して真っ直ぐに突き進んでいただけなのだが。琴音だって今だとその傾向が強くなっている気はする。
「それでは、最後の仕上げをしましょうか」
「いつまでも喋っていては進まないよな。末妹の未来のためにさっさと退場するか」
お互いの手を重ね合わせて、ほのかに輝いている球体を包み込む。この球体が末妹の核。記憶と感覚の全てを譲渡するために、俺と琴音は意識を集中させる。
「お兄さん。お疲れさまでした」
「琴音もな。楽しい人生の延長をありがとう」
最後を彩るのは涙じゃない。お互いに満面の笑顔でお互いを褒め合う。俺と私はここで終わるけど、新しい彼女がこれからを進んでくれる。そうすれば、俺と私が忘れられることはない。だって、彼女は違う私たちなのだから。
「「頑張れ。負けるな」」
末妹に対する最後のエールに声を出して笑い合ってしまった。スタートラインが本人にとってのマイナスなら後は何があってもプラスにしかならない。それは俺が知っているし、琴音だってずっと見てきた。
だから、きっと大丈夫。
思いは託すけど、罠も残していくねを実践する二人。
構想段階では悲壮感があったはずなのに、書いてみたら思いっきり楽しんでいる二人でした。
次回から最終幕が始まります。