189.これは次に繋げる為の布石③
終わると言い続けて、やっと卒業式編が終わります!
木下先輩から離れず、綾さんを警戒。葉月さんの言葉は聞き流さず、何かしらの裏がないか常に思考を回していく。おかしい、完全プライベートのはずなのに全く油断できない状況となっている。
「何というか、女性らしい琴音君に違和感しかないね」
「私達だとやっぱり琴音の印象が強いからね。むしろ、個性としては強烈だったわ」
「女性らしさという面では隙だらけでしたね」
「最初の頃は私も口を出さないようにしていましたから」
下手に私が干渉するとお兄さんは私との交代を宣言していたはず。誰かの人生を代わりに送るよりも、元の人格をサポートしようとしていたとは思う。でも、お兄さんの言葉通りに動いていたら大変な事態になってそうですけどね。
「つまり、如月君の存在を琴音君は知らなかったということかな?」
「はい。私は人生を諦めていました。だから、彼には私が死んだものと思って新たな人生を歩んでほしかったのです」
「彼は人生を謳歌しすぎじゃないかな?」
「琴音ちゃんのこと、一切気にしていなかったわよね」
「我が道を行くをまさしく実践していました」
『本人が表に出ていないからって、言われ放題だな』
それはお兄さんの責任なので諦めてほしい。私らしくではなく、お兄さんらしくを行動の指針にしていたのですから仕方ないのもあります。やると決めたら一直線なのですから。
「十二本家らしいはずなのに、どこかずれていたのはそういうことなのかな」
「今までの十二本家の人間とは違う行動だったのは確かね。あれを真似しようとする人はいないわね」
「一般的な感性を持っているようで、常識的とはいえないものもありましたね」
「褒めているように聞こえませんね」
他人から見たら、やっぱりお兄さんも変わり者と映っていたのかな。それは過去の行動の影響だとは思うけど。年齢的にお兄さんが魔窟で色々とやっていた頃に戻っているから、その感覚が戻っていたのかもしれない。
「私だと大人しく、目立たない存在だと思いますね」
「それは言えているかもしれないね。君は問題を起こさず、そして自分一人で大概のことはこなしそうだよ」
「変化に興味を持ったとしても、こういう風な付き合いまで発展するようには思えないわね」
「ですが、生徒会の戦力としては大いに期待できると思いますから。葉月さんなら加入させたかもしれません」
「どちらにせよ、卯月と戦っていたから加入は考えていたかもしれないね」
「私だと胃が痛くなる毎日だったと思います」
暴走する葉月さんを木下先輩と共に諫める毎日とかあまり考えたくない。それに、もしもの話をしても今には繋がらない。ここまでの縁は全部お兄さんのおかげ。私では到底ここまで辿り着くことはできなかった。
「でも、これからは如月君と琴音君の二人を相手にしないといけないのかな。それはそれで面白そうだけど」
「いえ、私と彼は近々消えます」
当たり前のように話したら、三人とも固まってこちらを凝視してきた。そして、片付けを行っていた美咲までも信じられないようにこちらを見ている。私は決定事項を伝えたつもりだったのだけど。
「冗談だとしても笑えないよ」
「そうよ。これからが楽しくなるんじゃない」
「琴音さん。よく考えてください」
「お嬢様。本気ですか?」
どうやら信じてもらえないようだけど、すでに計画は最終段階に入っていて変更は許されない状況になっている。お兄さんとも協議して、私達にとってベストを追求した結果がこれなのです。
「如月琴音という存在を残すために必要な措置です。私も彼も、覚悟は決まっています」
「そもそも、どうして君たちが消えないといけないのかな?」
「私と彼とのバランスが崩れたのがきっかけです。このままではどちらかが消滅しないと自己を保てないのです」
「琴音ちゃんも琴音も消えたら、何が残るのよ?」
「妹が残ります。私と彼の記憶を持った、新しい私です」
私が消えて、お兄さんが残る。お兄さんが消えて、私が残る。それだったら問題はなかった。でも、そのどちらも選ばなかった結果、どちらも消えないといけないという結果しか残らなかった。
「内面的な話なので口頭での説明はできません。感覚的なものなので言葉では語れません」
問題は分かっている。全くの別人の人生を統合した一人として記憶を維持することができない。それぞれの人生は一人の人間のもの。それは絶対に混ざり合わない。子供の頃の記憶を引っ張り出して、二つの記憶が出てきたらどうなるか。バグが発生するのは当たり前の話。
「私と彼は一つに纏まることができないのです。だから消える。それが正解なのです」
「極論の様に聞こえるね」
「ですが、これ以外に方法がないのも変わりません」
では、二人の人生を残すのであればどうすれば良いのか。私達とは違う別人を作り上げればいい。それだったら、私とお兄さんを分けて考えることができる。姉の人生、兄の人生と。そして、彼女の人生はこれからスタートすると。
「私は言ったはずです。私は人生を諦めたと。そして、彼もすでに人生を譲る覚悟があるのです」
私も、お兄さんもすでに死んだ身。お互いに未練はあるだろうけど、託すことに躊躇はない。だって、今の人生は奇跡的な延長でしかないのだから。そして、その延長はいずれ終わってしまう。だから、過去をなかったものにしない為に私達は妹に託す。
「満足しているのです。私も彼も。この一年は本当に賑やかで、楽しかったのですから。その思いも私達は消したくない」
お兄さんが何を思い、私がその時に何を思っていたのか。どちらかではなく、その両方を妹に与える。これは私達の我儘でしかない。妹にとって重荷になってしまうかもしれないけど、私ならきっと背負ってくれる。
「どのような私になるのかは分かりません。でも、この選択を私達は後悔しません」
私に近いか、それともお兄さんに近い私になるのかは本当に分からない。全く違う私になる可能性だってある。それでも、それが如月琴音であるは間違いない。それでいいの。大切なのは私が残ること。
「君たちは似ているね。決めたら絶対に譲らないところとかさ」
「これってあれかな。話を聞いたのだから、妹を私達色に染めてもいいという許可を貰ったのよね」
「綾。それは解釈が違います。真面目に聞きなさい」
「大真面目なんだけど」
誰も私達の考えを否定してこないのはありがたいのだけど。そんな許可を出すつもりはない。自分にとって都合のいい方向に受け取ってしまうのはどうにかならないのかな。妹が変な道に進まなければいいのだけれど。
「お嬢様の決定に異を唱えたくないのですが。ご家族にはお話を通さなくてよろしいのですか?」
「話したところで信じてもらえるとは思っていません。こんな話を信じてくれるのは常識を踏み外した人たちだけです」
「言外に僕達が異常だと言っているよね」
「酷い話だわ」
「その中に私も含まれているのは心外です」
葉月さんと霜月さんが常識的だとは絶対に思えない。そして、木下先輩はそんな二人と付き合っていて常識の概念が他の人とずれている。だから、すんなりと私の話を信じてくれている。
「それにしても、こんな話をされた後に今日は泊めてと言えないわよね。話の流れ的に」
「綾でも空気を読むのですね」
「あまりにも話が重すぎるのよ。一人の人生の分岐点を聞かされた後に無理を言えるわけないじゃない」
「綾ならそれでも押し通ると思っていたよ」
「あんたたちは私を何だと思っているのよ」
良かった。霜月さんにも微かな良心が残っていて。こんな話をしておいて、宿泊なんて許したら私も何を話したらいいのか分からなくなっていたから。でも、霜月さんは全然気にせず色々と突っ込んできそうな気はする。
『私からの提案を伝えてもらっていいか?』
『構いませんが。何を頼むつもりです?』
お兄さんから言われた内容を吟味して、私の表情が緩む。それは確かに必要なことかもしれない。何より、その内容はこの三人が適任者である。
「なるほど。頼んでみる価値はありますね」
「琴音君からかな? 一体何を頼まれたのか聞いていいかな?」
「私からの提案だ。妹に盛大なサプライズをしてやってくれ。内容は全部、葉月先輩や綾先輩に任せる。木下先輩には修正などを頼みたい。だそうです。これは私からのお願いでもあります」
お兄さんからの提案、私からのお願いを聞いた三人の表情は、ちょっと怖くなるだけの笑顔だった。まさか木下先輩までそんな顔をするとは思っていなかったんだけど。何でスイッチが入ったのかな。
「後輩の新たな門出を僕達に任せるなんて、後悔しても知らないよ」
「腕が鳴るわね。どうせ大学が始まるまで暇だから、準備は幾らでも進められるわね」
「舵取りは期待しないでください。二人のモチベーションがかつてないほど上がっている感じがします」
本当に大丈夫なのかな。お兄さんは何とかなるだろうと声を掛けてくるけど、私からしたら心配でしかない。本気を出した三人がどのような催し物を開くつもりなのか全然予想ができないから。
「本人がいる前だと作戦会議もできないね。場所を変えようか」
「私はママを連れ出さないといけないわね。誰か呼ばないと」
「琴音さん。今日は私達の為に準備してくれてありがとうございます。この恩は妹さんに返しておきますね」
行動が早すぎないかな。何で居座る気満々だった人達が早々に退散を決め込むのか。後で日程だけ相談すると言って、帰っていったんだけど。不安が増してしまったのは私だけのよう。
「琴音ちゃーん。練習をする」
「白瀬さんもマイペースですね」
新しい私の為にやるべきことは沢山ある。まずは一つずつ課題をクリアしていかないと。サプライズに興味はあるけど、その時には私もお兄さんも消え去っている。だけど、絶対に楽しいだろうと確信が持ててしまうのは先輩方を信頼しているからかな。
「景気づけの一発を期待していますよ」
新たな一歩は楽しい思い出にならないといけませんからね。
フラグとは何か。それは自分の発言がきっかけで何かが起こること。
「一週間、ネタもなく乗り切ったー!」と自信満々にツイートした次の日。
担当者さん、交代の一報が届きました。
正直、かなり狼狽えました。事実を飲み込む前に自分にツッコんだほどですから。
担当者さんには本当にお世話になりました。この作品が書籍という形になったのは担当者さんのおかげですから。
相談に乗ってくれたり、提案を真摯に受け止めてくれたり、無茶ぶりをされた時もありました。
本当にこんな私を支えてくださり、感謝しております。
これからもご健勝のことを願っております。
そして、後任の担当者さん。こんな何を引き起こすか分からない馬鹿者ですが、これからよろしくお願いします!