185.打ち上げは賑やかに③
次こそは、次こそは絶対に卒業式編が終わります!
打ち上げ開始から二時間ちょっと経過したくらいでチャイムの音が聞こえてきた。訪問予定を考えれば間違いなく卒業生組だろう。美咲には引き続き、惨状の処理を行わせて俺が応対に赴く。
「いらっしゃい」
「何か凄く疲れているみたいですが、大丈夫ですか?」
「やっと沈められたので」
木下先輩の当たり前の対応が胸に染み入る。馬鹿達の報復を受けつつ、こちらも負けじと反撃していたので更に体力を消費してしまったのだ。おかげで奴らは自滅したともいえるが。
「琴音君の格好も酷いものだね。エプロン、破損していない?」
「後で弁償金を貰う」
途中で取っ組み合いに発展したからな。エプロンは留め具のボタンが吹っ飛び、着ている服も引っ張られたので伸びてしまった。酒が入って力加減間違えやがって。必ず弁償させてやる。
「まずは上がってくれ。だけど、惨状に関しては何も言わないで」
首を捻る二人と、こちらを睨んでいる一人をリビングに案内する。そして、惨状の後片付けをしている美咲を見て、三人とも絶句した。屍が三人も転がっていたら、そうもなるか。ちなみに死んではいない。
「いらっしゃいませ、霜月様。葉月様。木下様。片付けはもうすぐ終わりますので、少々お待ちください。お嬢様、適当に隅へ寄せる程度でよろしいのですよね?」
「あとは適当に毛布でも被せておけ。それと近くに水と黒い袋を置いておくように」
「承りました」
酔い潰した三人の足を引っ張りながら、移動させている美咲。こんな短時間で潰せたのは僥倖ともいえるが、こちらが受けた被害もそれなりに大きい。口直しに何かを飲まないと味が分からない状態だ。
「一体何をしていたのかな?」
「ママまで酔い潰れるなんて。お酒に弱くなくて、自分の限界は熟知していたはずなのに」
「シェリーは自爆してから早かった。興味本位に食ったのが悪いんだよ」
口直しのものを要求されたが、俺が素直にそんなものを用意するはずもない。辛さではなく、苦みも混ぜ、更にはひたすらに甘いものを与えたから酒が進む、進む。だからあっさりと沈んでくれた。厄介だったのはこちらに対して容赦のない魔窟の馬鹿達だ。
「他の二人は酒を飲んだ後に激しく動いて、酔いが回ってダウンだ。自業自得だ、まったく」
食い物で酒の速度を上げたら、琴音のちょっといいとこ見てみたいとか歌い始め、なぜかこちらの衣服を脱がしに掛かってきたからな。全力で抵抗しつつ、焼酎の瓶を口に突っ込んだり、唐辛子をまとめて食わせたりしたら潰れた。
「ひたすらに疲れた」
「うん。その場にいなくて良かったと思うよ」
「お疲れ様です、琴音さん」
「あー、これはどっちだろう。巻き込まれずに済んで良かったのか、そんな場面を見れなくて残念だったのか」
綾先輩。それは前者が圧倒的に正解だからな。母親であるシェリーですらあっさりと沈むような場面だぞ。巻き込まれていたら、素面の面子なんてさっさと食われるのがオチだ。
「琴音さん。この食べ物の残骸は何ですか?」
「雑な甘味を目指したなれの果て」
「それを甘味だと、私は絶対に認めません」
珍しく美咲がブチ切れるようなものだった。ひたすらに甘さだけを追求したような食べ物は、お菓子が大好きな美咲ですら拒否反応を出すほどのものとなっている。甘い以外の感想が出てこない食い物を料理といっていいのだろうか。
「食べ物で遊ぶのは良くないですよ」
「遊ぶというか、相手を潰すための武器だよ」
「料理を武器にしないでください」
普通に注意されてしまった。一般人代表の木下先輩の言葉は確かに正しい。正しさだけで物事が進むわけではないけど。時には色々なものを武器としてないと乗り越えられない場面だってあるのだ。主に魔窟との抗争の際には。
「それじゃ木下先輩。今日頑張った美咲に最高の甘味を一つお願い」
「材料はどれでも使っていいのですか?」
「冷蔵庫の中身も使っていいよ。どうせ私じゃ使えないものも含まれているから」
白瀬が買い込んできたものは本当に様々だ。果物から、調味料。俺だって見たことがない物も含まれている。何でそんなものを買ってきたのか聞いたら、面白そうだったからと答えた。彼女らしい答えだったけど、扱えないものが増えるのはよろしくないのだ。
「承りました」
「それにしても琴音君。薫に対しての言葉遣いも変えたんだね」
「何となくね。綾先輩にはフレンドリーに話しておいて、他の人に対して言葉遣いが違うのも変だと思うし」
「それよりも琴音。あれは一体何の真似よ?」
「どれ?」
「私を前座扱いした件よ!」
「その文句はそこで酔い潰れている母親に言え。私のメインは二人の合唱のつもりだったんだから」
その予定を大幅に変えてしまったのは綾先輩の母親だ。娘よりも自分の楽しみを優先してしまったのだから仕方ない。俺にだって非はあるだろうが、文句を言われる筋はない。俺は悪くないのだ。
「琴音君から頼まれて署名したけどさ。僕としてもメインはシェリーと綾の合唱だと思っていたよ。それがまさかあんなことをするなんてね」
「ママが私に対して笑顔を浮かべた時点で、絶対にこれは前座扱いだと思ったわよ。自分の楽しみはこの後だって」
「流石、親子。通じ合っているね」
「だから琴音を睨んだのよ。ママが楽しみにするなんて絶対にアンノーン絡みだと思ったから」
「だって綾先輩と一緒に歌ってもらう代償が、アンノーンとして参加することだったんだから仕方なかったんだよ。私だってやりたくなかったんだよ」
「その割にはノリノリだったじゃない」
「やるなら全力だろ?」
「そこが琴音君らしいよね。全校生徒も盛り上がっていたし、元生徒会長としては満足いく最後だったよ」
ぶすーと不満そうな綾先輩と、ニコニコと語る葉月先輩の対比が面白いな。木下先輩もそんな二人の様子を微笑みながらホットケーキを焼いている。この三人の関係もこのまま変わりそうにないな。恋愛よりも、親友という関係がいつまでも続くと思う。
「はい、出来ましたよ。ラズベリーソースも添えてありますので、口直しに付けてみてください」
「頂きます!」
嬉しそうに飛びつく美咲。やっぱり木下先輩の腕前は俺よりも上だな。ホットケーキの上に乗っているのはバターと蜂蜜。そして脇にはバニラアイスとラズベリー。シンプルゆえに腕前が試される構成だな。
「そうです。これなんです。ただ甘いだけの食べ物なんて甘味じゃありません。あれはただの砂糖の塊です!」
断言しやがったが、間違ってもいないんだよな。二段重ねのホットケーキの間に、隠しきれないだけの砂糖をぶち込みやがったからな。その上にチョコソースをぶちまけ、更に蜂蜜を重ね、その上にホイップクリームを乗せるとか狂気としか言いようがない。
「レモン水で口直ししてなかったら、何を食っても甘かっただろうな」
「それはお嬢様に感謝です」
まず標的にされたのが俺だった。ホットケーキにナイフを入れて、ザクッと音が鳴る時点でおかしいのだ。羽交い絞めにされていた俺に食わないという選択肢はなかった。その後になぜか美咲も巻き添えを食らっていた。やっぱり魔窟の攻勢は無差別だな。
「甘みと酸味の調和。幸せです」
「お粗末様です」
「お嬢様が私に優しいのは違和感がありますが」
「こんな狂気の宴に巻き込んだのだから、労いもするさ」
流石に可哀そうだったからな。ここまでの惨事になるなんて俺だって最初は思っていなかったさ。やっぱり語部のリミッターを外したのは間違いだったのかもしれない。引っ張られるように白瀬まで昔に戻ったから。何で一回外したら元に戻らないのだろう。
「三人に言っておくけど、お酒もほどほどにな」
「この光景を見せられると、お酒の怖さがよく分かるね」
「私もこんな醜態は見せられないわ」
「そうですね。あのようにはなりたくありませんね」
悪い見本が三人も転がっているからな。良かったな、酔っ払って暴れている最中にやって来なくて。俺も三人を撃沈している様子を見られてなくて良かったと思う。
「酔っていなかったお嬢様も理性がおかしくなっているように見えました」
「言うな」
ちょっと昔に戻っていただけだ。美咲が俺の様子に恐れ戦いていたのは内緒にしておこう。
もう、続けるだけのネタが枯渇したと思います。
だからこそ、ちゃんと宣言します。次で終わります!
いい加減、最終章に入りたいのです!
それと感謝が遅くなり、申し訳ありませんでした。
レビュー、ありがとうございます!