184.打ち上げは賑やかに②
やっぱり終わりませんでした。
ホットプレートを使用して、お好み焼きを複数枚同時に焼いていく。好みは人それぞれだが、最初はオーソドックスなものでいいだろう。ある程度腹が膨れれば、各々が勝手に焼き始めるしな。
「はい、お待ち」
「デスソースある?」
「そんな特殊な調味料は用意していない。諦めろ、激辛党」
あんな一舐めで舌に激痛が走るような物を常備しているわけないだろ。度胸試しで過去にクラスの何名かがチャレンジして軒並み脱落したのを覚えている。あの勇実でさえ、水を求めて猛ダッシュしたくらいだ。
「職業柄、喉は大事なんだろ。激辛とか大丈夫なのか?」
「私に普通程度の辛さが通じると思う?」
「「思わない」」
俺と白瀬の言葉が重なった。シェリーは何を言っているのか分かっていない様子。語部の味覚は死んでいるのではないのかと魔窟でも疑問に思われている。でも、地獄料理には普通にブチ切れていたな。
「うまー」
「琴ちゃんの料理はこれが初めてだけど、腕は落ちていないようね」
「言っている意味が分からないわね」
「こいつらの妄言に付き合っていたら、疑問符だらけになるから適当に流してください」
琴音になる前から俺はそうしている。偶に聞き逃せないものが混じるから油断していられないけど。ふざけた会話の中に悪質な詐欺みたいに言質を取るようなもの自然と混ぜるな。しかもそれを録音しやがるからな。
「アンちゃんの手料理はこれが初めてだけど。お酒が進むわね。茜さんが気に入るのも分かるわ」
「あの人は私の外見を気に入ったのが始まりでしたけどね」
病院で出会ってから、まさかここまで長い付き合いになるなんて思わなかったけど。そしてその家族とも繋がりができるなんてな。ここまで賑やかで、他人の迷惑を考えない家族だと誰が想像できたか。
「琴ちゃん。現状の最大火力を一枚!」
「あいよー」
「マスクが必要」
「シロちゃん。説明してもらっていい?」
用意した材料で最大火力となると七味、タバスコ、鷹の爪、赤唐辛子といったところか。質を求めても仕方ないので、量で攻めよう。下拵えは美咲に任せようかな。すり鉢で潰すのは危険な作業だから。
「はい、完成」
「わー、真っ赤なお好み焼きね」
「琴ちゃん。メイドさんが泣いている」
「コラテラルダメージだ。気にするな」
防具を一切用意していなかったから、カプサイシンが直撃し続けたのだ。目と鼻が大変なダメージを負っただろうけど、美咲なら大丈夫。この後にちゃんとケアしてやるからな。甘味による絨毯爆撃で。
「貴女たち、いつもこんなことをやっているの?」
「「「これが私達の日常」」」
馬鹿をやるのなんて珍しくもないどころか、毎日こんなものだからな。大人しかったのなんて初めて揃ったときぐらいだっただろうか。それも数時間後には騒ぎになっていたが。あれは無自覚な馬鹿が悪い。
「程々の辛みね。これはこれでイケるわ」
「あれで味が分かる?」
「私にも分からない」
味見をする勇気を俺は持ち合わせていない。美咲にあーんをしてやったが、全力で首を横に振られたからな。明らかな地雷には突っ込まないか。これが馬鹿の誰かなら強引に口を開けさせて捻じ込んでいたのだが。奴らに対しては良心の呵責なんて起きもしない。
「一口いいかしら?」
「「止めろ」」
「そんな風に止められたら、むしろ食べたくなるじゃない」
「「私達は止めたから」」
こればかりは俺と白瀬の意見が正しい。見た目からして爆発物だと分かるものをどうして欲しいと思うのか。語部が美味しそうに食べているから興味が出たのだろうが。あれは語部が特殊であるから大丈夫なだけ。一般人が食したらどうなるか容易に想像できる。
「シェリーにあーんできるなんて夢にも思わなかったわ」
「あーん。もぐ、ぼふぉ!?」
最初の一噛みで悶絶したぞ。好奇心猫をも殺すとはまさにこれだな。額からは大量の汗を流し始め、目からは涙が、鼻を抑えているあたりはプロの根性だな。そこまでいったら人前に見せられる顔じゃなくなる。
「はい、ビール」
「うぐ、ぐぅ、ごくっ」
「そこで水を差し出さないあたり、琴ちゃんも鬼畜」
「人数を減らすには潰すのが一番だろ」
「私達の飲み会だとそれが当たり前だけど、シェリーをそれに含めていいの?」
「私は同列だと考えている」
気分で他人を巻き込んでのライブを開催するような人物だぞ。どう考えても魔窟基準と同列で構わない。シェリーの場合は打算も加わっているけど。アンノーンの注目が上がれば、最初に見出したシェリーの注目も上がるだろうからな。
「一口だけなら小ダメージといったところかな」
「超激辛カレーは持続ダメージが酷かった」
「私はイケたのよね」
「あれは語部ですら汗を垂れ流していたくらいの危険物だったからな。気合と根性で食っていた柊も大概だったが」
食った奴らの感想は腹が燃えるように熱く、尻も酷いことになっただったな。それが次の日にも残っていたのだから相当な持続時間だ。俺は危険だと判断して回避したのだが、怖いもの見たさでチャレンジしていた馬鹿達が多かった。
「魔窟屈指の防御力は伊達じゃなかったわね。皆が次の日も苦しんでいる中で寝たら治ったと言っていたじゃない」
「日付を超えたらリセットでも掛かっているんじゃないのか?」
「矛が奈子なら、柊は盾。しかも自動修復付き」
「貴女たちの会話に出てくる魔窟という単語は何なのかしら?」
「この二人みたいな連中の集まり。個性はそれぞれで違うけど、扱いは凄まじく難しい。取説すらないからな」
ここまで関わったのならシェリーに話しても問題はないだろう。いや、問題しかないのだが注意くらいは教えておいてほうがいいだな。利用しようと思ったら、逆に食われるパターンだってあるのだから。
「うぅー、一本だけじゃ辛みが消えない。アンちゃん、もう一本!」
「無限ループ入った」
「自分だけ安全圏だからと油断していると狩られるぞ」
「皿は死守している。語部からの攻撃はない。だから大丈夫。もぐもぐ、ゴリッ。謀っああぁぁ!?」
仕込んでおいた唐辛子を思いっきり噛んだな。その様子を見ていた俺と語部は大爆笑。いつから俺が何もしないなんて思い込んでいたんだよ。言ったよな、人数を減らすなら潰すまでと。それの中には語部と白瀬も含まれているのだ。
「いやー、我々の飲み会らしくなってきたわね」
「語部には何を仕込んでやろう」
「私に激辛は通用しないわよ」
そんなのは百も承知だ。だけど、辛みではなく苦みならどうだ。お好み焼きなら間に挟んでしまい、見た目を偽装してしまえばバレる確率は減る。その証拠が悶絶しながら酒を煽っている白瀬。だが、その様子を見ていた語部だって警戒はしているだろう。
「すでに隣で仕込まれているのを見ているのだから、私は中身を確認するわよ。もぐ、ガリッ。ガリ? くぁぁ!?」
遅効性の苦みに苦悶の表情をする語部。誰が次のから仕込むなんて言ったんだよ。語部に配膳した激辛お好みの中に身体に大変良い錠剤タイプの栄養薬を混入していたのだ。ただし、噛み砕くと凄まじく苦い物を。これは白瀬の差し入れである。
「酷い地獄絵図です」
「これを卒業生に見せられないから今のうちに潰しておきたいんだよ」
美咲ですらドン引きするような光景だな。真似したら絶対にダメなパターンだ。まだ人数が少ないから、これだけで済んでいるが。人数が多いと恨みの連鎖が発生してしまう。
「仕掛け人のお嬢様が一番の安全圏です」
「作っている本人が自分に罠を仕掛けるわけないからな」
ただし、目の前の奴らが報復してこないとも限らない。一人は自爆だけど。さて、卒業生が来るまでに潰しきることができるかな。
LEEカレー50倍が一番ヤバかったのを記憶しています。
あれで味がしっかりと分かるのが不思議でなりません。
お陰様で辛さに耐性が出来ました。