02.捨てる神あれば拾う神あり
適当にデパートに入ってある程度の値段のクッキー箱3箱を購入。痛い出費だ。元々荷物が少なかったから土産が増えてもあまり不自由しないのだが。
「体力無いなぁ、この身体」
両腕が疲れてきた。少ししか歩いていないのに足が痛い。どれだけ貧弱なんだよ。これは本格的に鍛え直さないと。実家の力なんて借りる気もないのだから危ない目にあっても自力で何とかしないといけない。
幸いに生前に色々と身体を鍛えていたし友人達の無茶ぶりで厄介なことに巻き込まれたりでどうすればいいのかは知識としてある。
「取り敢えずどこかで休むか。飯も食いたいし」
丁度目についた喫茶店に入るか。見た目も派手じゃなく中もチェーン店ほど大きくないが、地味でもない程度にお洒落な感じだな。雰囲気も落ち着いていて低音量のクラシックが落ち着く。
端的に言って凄い気に入った。
「いらっしゃい。一人か?」
「はい。あっ、カウンターでいいです」
「そうか。なら適当に座ってくれ。メニューはそこに置いてあるから決まったら教えてくれ」
「分かりました」
カウンターの奥にいるのは店主だろうか。若干白髪が見えるオールバックのダンディな人だ。俺もあぁいった風な顔に生まれたかった。女顔なんて弄られるか虐められるかどちらかだからな。
えっと、一番安いのはどれだろう。うーん、これかな。
「すみません。サンドイッチセットをお願いします」
「あいよ。それにしても欲がないな。普通夕飯替わりならもうちょっと奮発するぞ」
「切実にお金が無いので。節制を心掛けないと今月乗り切れないので」
かなりマジで。
「まだ3月に入ったばかりだぞ。そんなに苦労するのか?」
「今日から一人暮らしです。それで現在の所持金が四万五千位なので察してください」
「い、いやお前それは厳しいだろ。普通に生活していたら無理だぞ」
「ですよねー。水道光熱費に食費。あと部屋に足りない物を増やそうとすると明らかに足が出そうです」
最悪備品を増やすのは貯蓄が増えてからでいいだろう。まずは節制を心掛けて普通の生活を送れる程度には頑張ろう。うん、絶対にお嬢様じゃない。
「ほらよ。珈琲はブラックでいいか?」
「構いません。それでは頂きます」
パクパクムシャムシャと。おぉ、パンはもっちりと中の野菜はシャキシャキ。シーチキンも味が強くなくて俺好み。マジでここに通いたくなってきた。金はないが。
それにしてバイトどうするかな。明日情報を集めたとしても早々に雇ってくれる場所なんて見つからないだろうし。溜息が止まらない。
「美味そうに食いながら溜息吐くとか器用だな」
「これからのことを考えると溜息も出ますよ。ご飯が美味しいのでそれだけが救いです」
「沙織の飯だから当然だろう。しかしなぁ、……お前、ここで働くか?」
「えっ、いいんですか!?」
確かに助かるが同情とかで雇ってもらうとか心が痛いのだが。この店主、いい人そうだし。だけど稼げないと生きていけないし。
「別に同情しているわけじゃないぞ。娘も学校生活が忙しいのか手伝ってくれなくてな。だから人手が欲しいんだ」
「そういう訳でしたら喜んで飛びつかせてもらいます。ただ学園にも許可を取らないといけないので本格的な採用はちょっと待ってもらっていいですか?」
「あぁ、そういうのもあったな。俺なんて見つからなければいいかと思ってたんだが」
「喫茶店ですから同じ学園の人との遭遇率は高いでしょう。そういった時にいらないことを言われるのも嫌です」
「なるほどな。色々と考えているんだな」
「ということで今日はお手伝いということで。それで雇うだけの価値があるか判断してください」
これで役立たずだったら目も当てられない。折角ご厚意で雇ってもらえるのだから役に立ってみせないと。俺の存在がもしかしたら迷惑を掛けるかもしれないのだからそれ以上の貢献をしないと。
「本当によく考えているな。丁度閉店間近だから厨房で皿洗いでもやってもらうか。ついでに沙織に紹介もしないとな。ほらよ、エプロン」
渡されたものを手早く身に着ける。伊達に前世で家族の食事まで作ってない。家事関係ならそれなりに自信はある。カウンターの裏にある厨房に通されると一人の女性が作業を行っていた。
この人が沙織さんなのだろう。娘がいると言っていたのだから多分店主の奥さんかな。髪はショートで邪魔にならないようにバンダナをしている。可愛らしい顔立ちに付けているから違和感があるが不思議と似合っている。
「沙織、ちょっと聞いてくれるか」
「何?そっちの嬢ちゃんは誰?」
子供がいるとは思えないだけ若く見えるんですがお歳は一体いくつなんだろう。下手すりゃ姉妹だと言われても納得するぐらい若い。というか可愛らしい顔立ちなのに口調が凄いぶっきらぼうなんだが。
凄いギャップだ。
「これから雇おうと思っている子だ。そういや名前を聞いてなかったな」
「そうでしたね。如月琴音です。どうか宜しくお願い致します」
「へぇ」
職業柄きっちりとしたお辞儀は得意だ。というか謝る場合にも使うのだからこれがしっかりしていないとどうにもならん。というか沙織さんが興味深げに見ているのは何故だろう。
琴音の記憶でもこの人とは今日が初対面のはずなんだが。
「その年でしっかりしてそうね。私は橘沙織。そいつの嫁よ。しかし如月か。何処かのお嬢様というわけじゃないよな」
「まさかだろ。お嬢様なら家計に悩んだりバイト考えたりとかしないだろ。あぁ、俺は孝人だ」
「いえお嬢様で合ってます。でもそれは気にしないでください。私はあくまでも私なので」
あっ、二人揃って目を丸くしている。そりゃお嬢様がバイトするとか言わないだろうな。だがこっちは真面目に切実なのだ。例え時給が安かろうが職を手に持っていないと不味い。
それに二人に隠していた所でいずれはばれるだろうし不信感を持たれるよりは今暴露した方がマシだろう。例えこれで雇用の話が無くなったとしても。
「えっ、マジで?本当にあの我儘お嬢様で有名な如月の?」
「おい、沙織!?」
「やっぱり結構有名なんですね。否定はしません。確かにその我儘お嬢様で有名な如月家の者です。といっても屋敷から追い出されて絶賛絶縁状態ですから一般人だと思ってください」
「何か噂と全然違うね。噂だと家柄に胡坐をかいて理不尽な命令をするとか聞いていたが。これだと別人だよ」
「いえ、噂は本当ですよ。ただ変わろうとしたきっかけがあっただけの話です。これがそうなんですけどね」
二人に見えるように左手首を見せる。そこに刻まれている一筋の線を見て二人の表情が歪んだ。そりゃ気持ちのいいものじゃないだろう。さて怒られるか拒否されるかどっちだろうなぁ。
「孝人、すぐに腕時計を取ってきて。琴音は正座!」
この後滅茶苦茶怒られた。それは前世で色々と経験していた俺でも怯えるくらいに怖かった。そりゃ言っていることは分かりますよ。勝手に命を捨てるなとか、家族のことを考えろとか、その後の迷惑も考えろとか。全く持ってその通りなんだが、琴音にその考えが全くないというのが実態だったんだよ。
「反省した? 反省したんなら時計付けてさっさと食器を片づけるわよ」
「了解しました!」
渡された腕時計を見れば革ベルトの結構値段が高そうな立派なものだった。これ付けて食器を洗ったら壊れるかもしれない。そう思って沙織さんを見れば早くしろと睨まれたので気にせず付けることにした。
いいのかな、壊れたから弁償しろとか言われても無理なんだが。で水仕事を開始しても何も言われないからいいか。
「手馴れているね。噂ならこういったことは経験ないと思ったけど」
「人生色々です。慣れるのが早いだけです」
まさか前世で散々やっていましたとは言えないから適当に答えておく。ただやっぱり喫茶店だけあり結構洗う量が多い。こりゃ明日は筋肉痛かな。琴音の身体は本当に脆弱だ。
バイトで迷惑を掛けないように本当に鍛えないと。
「いやぁ、琴音のおかげで早く終わった。これなら採用しても問題ないだろう。ただこういった裏方以外に接客もあるから覚悟しておくように」
「望むところです」
沙織さんから許可も貰ったし正式にここで働けるようだ。ふぅ、助かった。これで普通の生活に向けて第一歩だな。
「あっ、ご飯食べてく?晩御飯はカレーだから遠慮はいらないよ」
「いや琴音はさっきサンドイッチ食ったばっかりだぞ」
「頂きます!」
「食うのかよ!?」
さっきのだけでちょっと物足りなかったんだよな。それに食える時に食っとけば食費が浮く! 節約の道はこういったことからコツコツとやっていくのが始まりなんだ。
まずは部屋に帰ったらコンセント全部抜いておこう。
「それじゃ家の方に行こうか。こっちと続いているから移動は早いよ」
「それではお邪魔します」
ということでお宅の方に移動してみると一人の少女がすでに食卓に着いていた。多分この子が娘さんなのだろう。活発そうな見た目に服装はそれに合わせているようだ。
俺を見る目が厳しいな。そりゃ知らない人が母親と一緒に食卓にやってきたら怪訝そうに見るよな、普通。
「香織。こっちはバイトとして雇った子」
「如月琴音です。どうか宜しくお願いします」
「はっ!? えっ、如月琴音ってあのお嬢様の!? そんな人を雇うの止めてよ、お母さん!」
うわぁ、凄い嫌われているな。そりゃ当然だけど、琴音のことを知っているということは同じ学園の子なんだろうな。同い年か先輩かな。うん、先輩は無いな。
「いやぁ、噂と違ってしっかりした子だよ。全然お嬢様という感じもしないからな」
「現在絶賛庶民ですからね」
「えっ、どゆこと」
「屋敷から追い出されて本日から一人暮らし開始です。あとは今までの行いを反省して意識改革中です」
意識改革といってもすでに改革は終わっているのだが説明するのが面倒だし、信じてもらえるはずもないからなぁ。まず他の人達のイメージを変えていかないといけない。
確実にこれが一番難しいのだが。
「信用できないんだけど」
「一目見て信用しますと言われても私が信用できません。お店に迷惑を掛けませんのでお願いできないでしょうか」
こういったのは長期的に見てもらってから判断してもらうのがベスト。初見で信じられたら、むしろこっちが疑うわ。といっても学園が始まったら誰も話しかけてこないし挽回しようにもいい方法は思いつかない。
とにかく誠心誠意を見せることが大事だろう。今みたいに素直に頭を下げるとか。
「いや別人でしょ。あのドギツイメイクしてないから誰か分からなかったし、学園でのイメージから掛け離れている」
確かにあの厚化粧はないな。素材はいいのにあれの所為でイメージ最悪だったからな。何が原因であれが似合っているとか思ったのか謎だよな。原因は分かっているけど。
ちなみに今はスッピン。化粧の仕方が分からないというのもあったが病院で化粧なんて出来ないからな。これからも化粧をする気もないが。
「それにムカつく位我儘で人のことを考えないし口調はあれだし」
「香織!」
「本当にすみませんでした」
俺のことじゃないがこの身体の持ち主がやったことは全部俺が受け止めないといけないことだ。それがこの身体を譲ってもらったことに対する俺の誠意になるだろう。
というかせめて家族からは信用して貰わんと罪悪感が半端ない。それに沙織さんみたいに信じてくれそうな人もいるのだからそういう人の信用を落とさないようにしないと。
「はぁ、お前らもその位にしろ。飯が冷めるだろう」
「でも父さん!」
「なら店長として言わせてもらう。琴音を採用するのは俺の判断だ。だから責任は俺が持つ!」
「いえ、責任は私が持たないと意味ないですよ」
「部下の責任は店長が持つものだ。それが社会のルールだろ」
「確かにそうですけど。でもそれとこれとは」
「あぁ! いいから飯を食うぞ。沙織、皿!」
よく出来た人だよなぁ。前世でもこういう人が上司だったらどれだけ嬉しかったか。でも今更の話か。そういえば将来のことも考えないといけなかったな。就職か進学か。
もしかしたらずっと屋敷から追い出されたままかもしれないのだから真剣に考えないと。
「ほら、考え事してないで食え」
「あっ、すみません。それじゃ頂きます」
孝人さんの言葉で現実に戻ってきた。いつの間にか目の前にカレーライスが置かれているから結構深く考えていたんだな。というか横からの視線が痛い。
横から意識を外しながら取り敢えず一口。おっ、中辛で結構スパイスが効いている。そりゃ喫茶店開くくらいなんだから飯が美味いのも当然か。
「美味しいですね。さっきのサンドイッチもそうですけど沙織さん料理が上手ですよね」
「ありがとう。ちなみにこのカレーは香織が作ったのよ」
「へぇ、お店に出しても遜色ないレベルですよね」
「お世辞を言った所で私は変わらないわよ。お替りする位ならあるからしたかったらいいなさい」
このツンデレである。ご馳走様です。何とか微笑みそうになっているのを無理矢理隠そうとしているがバレバレだ。この両親に育てられたんなら悪い子にはならないだろう。
いやぁ、微笑ましいな。こんな妹が欲しかった。
「な、何よ」
「可愛いなぁと思いまして」
「はぁ!?」
「そうよ、香織は可愛いの。ツンデレなのがいいのかな」
「お母さんまで!」
「香織は可愛い。これは正義だ!」
「父さんまでいい加減なこと言わないで!」
弄られキャラだな。しかしこういう家族だからこういう性格になったんだろうな。
「あっ、お替りお願いします」
「空気読め!」
香織さんの突っ込みも何のその。美味しいものは一杯喰わないとな。次にいつ食えるか分からないのだから。あぁ、節制を考えると憂鬱だ。
「何黄昏ているのよ」
「節約しながらの自炊だから色々と考えないといけないですから。最悪素うどんで凌ごうかと」
「あんた、本当にお嬢様だったの?何か話を聞けば聞くほどイメージが崩れていくんだけど。はい、お替り」
そりゃ中身は庶民の男だからな。今からあの豪華な生活に戻れと言われても素で引くわ。むしろ心が休まらないから遠慮したいくらいだ。
「ありがとう。これからの生活はそういう感じになりますね。生活費五万円だと色々と考えて使わないとすぐに底を付きますから」
「えっ、五万円って大金だと思うんだけど」
「何も考えずに使うと水道光熱費で一万から二万、食費だって外食とかしていたら同じくらい掛かるし電話代は分かりますよね。家賃の心配がないだけマシですけど」
「うわぁ、全然足りないじゃん。だからバイトかぁ。一人暮らしって憧れるけど大変なのね」
「というか妙に詳しいな。琴音は一人暮らししたことないよな?」
「色々と調べましたので」
やべぇ、前世の暮らしの所為で妙に生々しく語ってしまった。ただ考えなしに使うと電気代だけでありえないだけ掛かってしまうのだからそこだけは考えないと。
夏は地獄なんだよな。エアコンなんて贅沢品だし。夏前に扇風機でも探すかな。
「そういえば家事も得意そうだったね。皿洗いとか片付けしか見てないけど妙に慣れていたから」
「さ、沙織さんまで」
ヤバい、ボロが出そう。だが手馴れていない感じで手を抜いても怪しまれるだろうし尚且つ採用してもらえるかどうかすら危ぶまれてしまう。なら家事スキルについては隠す必要はないだろう。
前世から女子力高いとか言われていたからな。あっ、何か凹む。
「まっ、いいじゃないか。うちとしては助かるんだし」
「いや原因は店長の所為でこうなったんですよ」
「そういえばもういい時間ね。もし良かったら泊まっていく?」
「沙織さんの申し出はありがたいのですが、恐らく管理人さんに今日行くという連絡がいっているはずなので」
「あぁ、そりゃ無理は言えないな。まっ、次の機会とするか」
「父さん本気?」
「本気も本気だ。やっぱ従業員と親睦を深めるにはこういったイベントがないとな」
「あっ、そういえば私の番号教えていませんでしたね。えっと、紙とかありますか?」
「書かなくてもいい。私のスマホに登録するから番号教えなさい」
「えっ、いいんですか?私の番号を知っているとばれたら大変じゃないですか?」
「いいのよ。私が決めたことなんだから。ほら、さっさとしなさい」
おぉ、改革への第一歩が一日目から踏めるなんて順調だ。そして白紙だった電話帳にも登録が! そして香織さんから両親に飛んでそれが更に私にも来るから更に増えた!
何か感動するなぁ。
「何でそんなに嬉しそうなのよ?」
「白紙から一気に三件も増えたので嬉しいのです」
「えっ!?」
そんな可哀そうな子を見るような目は止めてほしい。確かにボッチだったから何を言われても否定はできないが。沙織さんも孝人さんもそんな微笑ましく見ないで!
一話の長さがバラバラなのが、ある話だと倍以上になっているし。
見切り発車怖い!
ちなみに一人暮らしの生活費とかは割かし適当です。
筆者、実家暮らしなので。