183.打ち上げは賑やかに①
安易に終わると言ってはいけませんでした。
イベントをやり終えて部屋に帰宅。結局、俺がアンノーンであるという事実が広まることはなかった。修学旅行の影響で知っている生徒は多いが、なぜか誰も公表しようとは思っていないようだ。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「何で羊羹を食っているんだよ」
「ありましたので」
家主の許可を取れよ。白瀬が宿代の代わりにと持ってきたものだったかな。それで宿代になるわけもないのだが、他にも色々と食材を買い込んでくるのでそれで良しとしている部分がある。
「お嬢様もいかがですか?」
「貰う。一個くらいなら大丈夫だな」
あれだけ動き回ったのだから腹は空いている。夕飯も他のメンバーが揃ってから食べる予定にしているから、時間も少しばかりあるだろう。卒業生がやってくるのはもっと後だしな。
「あー、やっぱり羊羹には緑茶だな」
「番茶でもいけますね」
「準備の方は大丈夫だよな?」
「抜かりありません」
帰宅してから準備していたのでは間に合わない可能性もあったから、今回は美咲も参戦させることにした。準備といっても夕飯はお好み焼きなので、それほど時間がかかるものでもない。
「しかし、相変わらずお嬢様は突飛な行動をしますね」
「巻き込まれたからこうなっただけだ。私だけでこんな馬鹿みたいな計画を立てるわけないだろ」
「いえ、お嬢様なら他の行動をする可能性はありました」
上級生の卒業式で馬鹿みたいな行動をするわけないだろ。魔窟の連中じゃないのだから。一人じゃなくて、その行動に乗っかってくる馬鹿がいない限り、大規模な騒動に発展することもない。今回のはその一例だな。まさか語部が参戦するとは思っていなかったけど。
「一服終了。準備するぞ」
「予定よりも早いのでは?」
「予定よりも早めに乗り込んでくる連中に心当たりがあるからだよ」
白瀬一人が帰宅してくるだけならば、まだ時間に余裕はあると思っていた。だが、それに語部もセットになると時間は大幅に短縮となってしまう。リミッター外させたから行動が迅速になってしまうのだ。
「屋上にヘリって着陸できたかな?」
「普通に無理なのでは?」
だよな。可能だったらシェリーが先回りしていたと思う。打ち上げには彼女も誘っているから、これからどんな混沌が待ち受けているかは予想できない。彼女が欲するような娯楽は用意していないのだけれど。
「うーん。シェリーと彼女たちが変な化学反応を起こさないと助かるのだけど。あと追加は勘弁してほしい」
「面白おかしな方々とお嬢様はよく繋がりがありますね」
「否定できないのが辛い」
魔窟のメンバーならば、おかしいのが標準だから気にもならない。だけど、あの歌姫であるシェリーがここまでタガの外れた存在だったのは予想外過ぎた。俺達の偶像を返せよ。
「やっぱり早かったな」
準備が一通り終わったところで呼び鈴が鳴らされた。さて、誰が一番乗りかなと思いながら玄関を開けると、二人の肩に腕を回しているシェリーがいた。語部は苦笑い、白瀬は諦めたような表情をしているので何となく道中の想像ができる。
「拾ってきちゃった」
「あれは誘拐の部類」
「歩いていたら車に連れ込まれたのよね」
「よく通報されなかった」
誰かに見られていたら危なかっただろうに。そして連れ込まれた先がこの部屋だったのを目撃されていたら、俺まで巻き込まれていたのではないか。やることが突飛なのはシェリーのほうだ。俺なんてまだまだだな。
「それじゃお邪魔しまーす」
「ただいま」
「おー、これが琴音の部屋なのね。イメージ通り、小綺麗で物が少ないわね」
「お帰りなさいませ。そして、いらっしゃいませ」
シェリーが俺の部屋に入ったのは初めてではないから、特に感想はないな。語部の感想は俺の部屋のイメージと変わっていないと思ってのものだろう。これでも物は増えているのだが。来訪者達の所為で。
「「おー、本物のメイドさんだ」」
「あら、アンちゃんにも専属の人がいたのね」
「お嬢様専属の侍女。美咲と申します」
本当に立ち振る舞いは見事なほど綺麗なのに。これでポンコツなのが不思議でならない。初見では美咲の駄目っぷりに気付かない場合がある。甘味を見せたら、あっという間に化けの皮が剥がれてしまうけどな。
「お腹空いたわー。打ち上げの献立は?」
「お好み焼き。準備する時間がそもそも少なかったからな」
「やりー。久しぶりに味わえるわね」
「脳天直撃フライ返し乱舞をやる?」
「食い物で遊ぶな」
魔窟でお好み焼きパーティーをやった際、あまりに人数が多かったので出来上がったものをひたすら投げ込んでいたんだよな。それを皿でキャッチしていたのだが、我先にと争うために何人かの頭に直撃していたのだ。熱々のお好み焼きがな。
「卒業生が来るまでまだ時間はあるけど。先に頂くぞ」
「あの子たちも個人的な付き合いがあるものね。来るまで待つのは耐えられないわ」
仲のいいグループで飲食を行うのは珍しくないからな。そっちを優先してもらって、終わったらこちらに来る予定になっている。それまでこの連中がどのような状況になっているか分からないけどな。ようこそ、地獄へかな。
「ねぇ、アンちゃん。お好み焼きなのにチョコソースが用意されているのはどういうことかしら?」
「罠」
「やっぱりこういうのは用意しておかないとね」
「懐かしい」
発端が誰だったのかは忘れた。勘違いでクレープ用の材料持ってきちゃったとほざいた馬鹿がいたんだったか。ラベルで明記しておかないと普通のソースと見分けがつかないのが悪辣なのだ。何人か知らずに食べて咽ていたのが懐かしいな。
「貴女たちも何気にノリのいい遊びをしているのね」
「キャベツたっぷりのお好み焼きに生クリームとチョコソースマシマシトッピングは中々にえぐかったわね」
「海鮮風お好み焼きにあのトッピングの方が威力は高かった」
「よく喧嘩にならないわね」
「「「えっ、普通に喧嘩になるよ」」」
俺達の言葉に流石のシェリーも苦笑いしか出ないか。チョコに普通のソースを混ぜて、お好み焼きに塗り込んだ馬鹿もいたな。直前で気づいた奴が、実行犯に食わせていたが。因果応報である。
「今回はホットケーキミックスも用意したから、馬鹿やるならそっちでやれ」
「普通の甘味」
「今回は私達も普通を楽しむわよ。馬鹿担当はいないのだから」
愉悦担当にも良識のある人物は存在している。誰も彼もが馬鹿一直線ではないのだ。ただし、そういった奴らも悪乗りしだすと止められない事態に発展するのだが。今回は大丈夫そうだな。
「アンちゃん。お酒はある?」
「茜さんのストックを出せばありますよ。遠慮なんてしませんよね?」
「ちゃんと代金は支払っておくわ」
「琴ちゃーん。タバスコはー?」
「ちゃんと自分で食うなら出してやる」
「何を混ぜよう」
「以下、同文」
用意した俺も悪いが、普通に罠を活用しだすからな。誰が犠牲者になるのか分からないが、シェリーがそれに当たってしまったらどうしよう。その後の展開がさっぱり分からない。
「何と言いますか、この状況に慣れるものなのでしょうか」
「私から言えることは一つだけ。慣れろ」
流石の美咲も現在の状況に困惑しているようだ。それぞれが自分勝手に動いている所為で、給仕役の美咲はどんな風に動けばいいのか分からない様子。基本的に放置していればいいのだ。何かあれば口を出してくるからな。
「罠にだけは気をつけろ」
「見極めができるといいのですが」
見た目の偽装を完璧にこなす奴は今回不在だ。何とかなるだろう。ただし、俺はその偽装ができるとだけ言っておく。恨み晴らしておくべし。
何で突発的に打ち上げとか考えたのでしょうね。
お陰様で終わる気配はどこかに去っていきました。
もしかしたら、次であっさりと終わるかもしれませんけどね。