182.それは未来への負債
終わりませんでした。ごめんなさい。
5/26サブタイトルを変更しました。
屋上から身を投げたといっても、ちゃんと命綱は結んでいる。その為に屋上の床に留め具を打ち付けてロープとフックを繋げられるようにしていたのだ。もちろんリハーサルも行い、安全確認もしてある。
「何度やっても怖いな」
するりと下の教室に入り込み。すぐさま命綱を外す。シェリーが上に、そして俺が下に落ちたのはまだ映像として生徒達に見られていたはず。勘のいい生徒なら俺がどこに消えたのか察するだろう。生徒達がいる正面の校庭側でなく、反対に身を投げたとしてもだ。
「さっさと移動しないとな」
「It was a wonderful song!」
「Thank you」
空き教室に待機していたキャシー先生がハグしてきたが、俺も慣れたものだよ。とりあえず肩を叩いて開放してくれるように頼む。本当に時間がないからな。名残惜しそうに離れると、教室の床の一部を開けてくれた。これぞ秘密の脱出路。
「それではまた後で」
突貫工事の割に、ちゃんと施工は考えてあるんだよな。ちなみにこの脱出路の案を出したのは学園長。十二本家の連中は揃いも揃ってお金の使い方を間違っていないかな。たった一回の計画に学園を改造する馬鹿がいるとは思っていなかった。
「よっと」
「もうお前が何をしても驚かなくなったな。とりあえず、お疲れさん」
「近藤先生もお疲れさまでした」
三階から二階へ。ロープも梯子もなく、身体能力だけで落下移動をしているのだが、天井の一部に掴まって一旦停止しているから意外と大丈夫なんだよ。世の中には二階から飛び降りても平気な奴がいるからな。
「普通、ここまでやるか?」
「発案者は学園長ですから。私だってここまでの脱出は考えていませんでした」
やるなら徹底的にやれと言わんばかりに突貫工事を始めさせたからな。流石の俺も唖然としたぞ。確かにこの方法なら脱出口を隠蔽してしまえば、どこに消えたのかは予測できないだろう。だが言おう。誰がここまでやれと言った。
「それでは失礼します」
「気をつけて帰れよ」
そして二階から一階へと落下する。最後の階は保健室。一応は正体を隠しているのだから信頼している教師が待機しているようにしてもらったのだ。だからキャシー先生、近藤先生と続いて最後に静流先生が待機してくれている。
「よし、成功」
「何も聞かされていなかったら不審者が降ってきたと通報しているわね」
「この格好ですからね」
頭の箱はまだ被り続けている。でもこれでやっと外すことができるよ。保健室の窓はカーテンで外から見えないようにしてもらっている。そうしなければ、今までの行動が全部無駄になってしまうからな。
「ふぅー、さっぱりした。さっさと着替えて他の人達と合流しないと」
「楽しめた?」
「それはもちろん。私が楽しくなかったら、見てくれた人たちだって楽しいわけがありませんから」
「やっぱり、琴音はアーティスト向きの考え方をしているわよ。それなら私の結婚式でも一曲お願いね」
ギクッと俺の動きが固まってしまう。その話は何とか逸らして、なかったものとしたかったのに。今回のイベントと違って、静流さんの結婚式では大勢の人の前で歌わないといけない。人の目がある状況でまともに歌える気がしないのだが。
「あのー、その話なんですが。録音じゃ駄目ですか?」
「生歌希望ね。貴女がどうしても無理だというのであれば、無理強いはしないけど。彼が何というかしら」
「強権発動でしょうね」
静流さんはまだ良識のある対応をしてくれる。問題となるのはやっぱり学園長だな。同じ十二本家であるから、俺に対しても強気で責められる。歌うのを回避するよりも、いかに正体を隠すかを考えた方が楽かな。
「謹んで歌わせていただきます」
「あら、意外と諦めが早かったわね」
「そういうということは、茜さんにも何かさせるつもりでしたね?」
「だって、私だけが生歌を聞いたといったら詰め寄ってきたのよ。嫉妬を向けられるこっちの身にもなってみなさい」
その様子が簡単に想像できるな。俺が歌ったといったときも、どうして私には歌ってくれないのかと催促されたくらいだ。幾ら隣人でも恥ずかしいということで拒否はしたのだが。諦めるはずがないよな。
「噴火したら大変なの分かるでしょ?」
「事前に教えておきます」
荒れる茜さんには遭遇したくないな。もみくちゃにされそうだから。愚痴は垂れ流される場合は多いけど、噴火した場に遭遇した時はないな。通常ですらテンション高めなのに、それを超えるとなると対処できる自信がない。
「歌うのはいいのですが、結婚式の段取りはどうなっていますか? 一応、私も参加した方がいいと思うのですけど」
「まだ連絡が取れない人が多いのよ。結構前に噂になった人たちを集めようかとは思っているのだけど」
「どんな人たちなんですか?」
「当時は高校生で担任の結婚式を盛大に祝った人たちよ。それが凄い評価が高かったらしくて、当時のメンバーを探してはいるのだけれど」
「その計画を今すぐ止めてください。大惨事になります」
流石の俺でも真顔で忠告してしまった。その連中には心当たりが大いにある。だって魔窟の連中だから。白瀬が独自に作った入場曲なんてその場で会場側が買い取ったくらいだ。噂になっていたのも知っている。
「琴音は知っているの?」
「全く知りません。だけど、私の勘が言っています。絶対に止めておけと」
高校時代ですらあれだったのに、それからグレードアップした奴らの凶行なんて止められるはずもないし、何をやらかしてくれるのか想像できない。しかもそれに琴音となった俺が加わるとか。悪夢でしかない。いや、その時には俺ではないのか。
「知っているんじゃない。連絡取れない?」
「大惨事になると忠告しましたよね?」
「思い出に残る結婚式になるならいいわよ。だって、当時の人達は大絶賛だったのだからさぞかし記念に残るようなものだったのでしょ?」
担任の教師は胃潰瘍を患ったがな。そりゃ奥さんや出席者は喜んでくれたさ。こんな結婚式もあるんだなって。こっちは楽しんでもらえればと一生懸命考えて、練習して抜かりなくやったつもりだったんだ。でも、最後の挨拶で担任の胃をぶち抜いた。
「連絡は取りません。そこは自力で何とかしてください。もし、それで彼らが了承したのであれば、私も覚悟を決めます」
十二本家のオファーであろうとも奴らは普通に断りを入れるだろうからな。面白いと思わないのであれば参加はしないだろう。問題となるのは交渉の仕方だ。他の連中にも声を掛けていると言われれば、奴らは絶対に乗ってくる。それに俺も参加すると知られれば、お祭り騒ぎだろうな。
「後で連絡ください。段取りの打ち合わせには参加しますから」
「分かったわ。何があるのかは良く分からないけど、貴女が大変だということだけは分かったから」
この案件どうするかな。日程を考慮するならば、俺と琴音の計画はすでに終わっている頃。残件処理を任せるにしても荷が重すぎる。琴音だってさっきからブツブツと呟いている。これは相当にヤバいな。
「琴音ー。大丈夫?」
「気分は落ち着いたので大丈夫です」
香織や宮古、晴海がやってきたのでこの話はいったん終わりを迎える。卒業式の最中に気分が悪くなり、教室に向かう最中で俺だけが保健室に向かったという事情にしておいたのだ。本当のことを知っているのは香織だけだけど。
「いやー、最高のライブだったわ。琴音は残念だったわね」
「分かっていて言っていますよね、晴海」
「本人が秘密にしているのだから、私達がばらすわけないじゃない」
「でも、最後の飛び降りは心臓に悪かったよ」
「演出ですよ、宮古。ちゃんと命綱を結んでいるのは映像にも映っていたでしょう」
あそこだけは編集されるだろうな。だって、命綱をせっせと結んで、それから飛び降りるとか格好悪いじゃないか。それ以外の部分はどうだろう。歌うのに一生懸命で自分が何をしていたのか分からない。
「これでやっと卒業式が終わりましたね」
「琴音。しみじみと言っているところ悪いのだけど」
「何ですか?」
「現実逃避しても何も変わらないわよ」
香織の言い分は正しい。俺にとって卒業式のイベントはまだ終わっていない。だって、俺の部屋に卒業生の二人がやってくるのだから。しかも、それ以外の連中だって絶対に来る。
打ち上げという名目でな。
人を避けた拍子に物を落とす。
拾おうとした拍子に近くのカバーを尻で押し、ロックが解除される。
屈んだ自分の頭部にカバーが直撃。
あるあるだと思います。




