181.卒業は晴れやかに⑥
宣言と共に学園でのライブが始まろうとしていた。最初からいきなり歌いだしたりはしない。持ち曲も一曲のみなのだから、急いでも仕方ないから。それに生徒達がまだ事態を把握できなくて乗ってきていない。その為に何が必要なのか。舞台をもう一つ作ればいい。
『リミッター解除して、思いっきりやれ』
『オッケー!』
ハンドサインで語部に通知。 言葉で場を盛り上げるのは語部ともう一人の役目だったからな。上を俺とシェリーが、そして下ではMCとして語部が舞台を作る。即興の設営ではあるが、何とかなるだろ。
「卒業式は終わったけど、どうやら彼女たちにとっては全てが前座! 本番は今からのサプライズライブの開催だったー!」
失礼の極みである卒業式を前座扱いの発言だが、間違っていないので否定できない。保護者あたりから苦情来ないかな。でも、来たとしても矛先は語部に向かうか。それを承知で喋っているのかは謎だ。
「いつまでも輝き続ける巨星である歌姫シェリー! 片や謎に包まれた箱型頭部の新星アンノーン! そんな二人の登場なのに喝采はどうした、生徒達!」
「あの子、雇おうかしら」
「止めてください」
声を拾う部分を押さえながら俺に聞いてきたが、それだけは本当に止めてもらいたい。でも、語部のおかげで生徒達も状況を飲み込めたように屋上まで盛り上がりの声が響いてきた。
「一曲程度で私が満足するわけないのに、誰も予想していなかったのかしら」
「それにまた巻き込まれているんですけど」
「私とアンノーンの仲じゃない」
仲も何も、俺とシェリーの付き合いなんて長くもないし、回数も数度だけだぞ。まるで長年一緒に活動しているみたいに言わないでほしい。それが誤解を招く原因になるのだから。
「実際、私はこれからどんな曲を歌うのかサッパリ分からない! それぞれが歌うのか、それともデュエットなのか。期待に胸が膨らむわね、諸君!」
本当は外の準備が整うまで俺とシェリーの会話で時間を稼ごうとしたのだが、その必要はなさそうだな。適任者がいたから使ったのだが、やっぱり本業は伊達じゃない。
「二人がいるのは学園の屋上。その姿を見ることはできないけど、その為の機材が続々と校庭に集まりだしたよ。えっ、これ無償でやるの? 太っ腹ー!」
シェリーとの企画だからこそ、資金は潤沢に使える。ハッキリ言えば、俺はここまでの規模を想定していなかった。校内放送で声を届けられればいいと思っていただけなのに。なぜ大型モニターやスピーカーが複数台も搬入されているんだろうな。
「そのまま中に閉じこもっていていいのか、生徒諸君! そんなもので満足するのか! 時間は有限! 開場の時間は残り僅かだよ!」
「あいつ、今が放送中だということを忘れていないかな」
「それだとリスナーに失礼ね。なら、こうしましょう」
やれるかじゃない、やれという声が聞こえる。強権発動してまで何をしようとしているのか。何となく予想はできるけどな。ここまできたら俺もやるしかない。すでに逃げ道なんて微塵も残っていないのだから。
「はーい、リスナーの諸君。君たちの歌姫であるシェリーよ」
「引き摺られるように舞台に上げられたアンノーン。まさかの出演に驚きが隠せない」
「そんなこと言っちゃって。ノリノリじゃない」
「この表情を見て、よくそんな大嘘がつけるよな」
「おーと、ここで二人が放送に参戦だぁー! これは私としても大ラッキー!」
一応はお前に対して許可を出した責任もあるからな。これで放送局をクビにでもなったら寝覚めが悪い。その場合はシェリーが雇ってくれそうだけど。専属のMCとか、他のミュージシャンに貸すとかで。
「改めて、卒業おめでとう! 人生で一度しかない日を記念して私達は歌うわよ」
「今回のイベントは知り合いに頼まれて行うもの。企画者はシェリー。私にこんなことができるわけがないから」
「どの口がいうのかな?」
「箱を押し潰すな。息苦しい」
「その知り合いが超気になるけど詮索しちゃ駄目よね。そんなわけで知り合いさんに感謝ー!」
わぁー、と校庭に集まっている生徒たちが沸き立つ。一人がテンション高く、目立つ行動をしていれば他の人達もそれに乗ってくる。一人が異常なら、それ以下なら大丈夫だろうという心理かな。その点で言えば、魔窟の人間は一人として適任だな。
「へい、アンノーン! 今回歌ってくれる楽曲は何?」
「私に振るな。慣れていない私よりもシェリーが適任だろ」
「いけずなことを言わないのー。大丈夫。アンノーンも場慣れしているから。私と戦場を乗り越えてきた仲じゃない」
「そんな記憶はない」
語部と共演したのなんて前回の放送以外にない。戦場というのは魔窟時代を言っているのだろう。戦場というよりも蟲毒の表現が合っている。全員が強化されるような恐るべきものだったけどな。敗者がいなかったんだよ。
「じゃー、こっちに振ろう。シロ、あの二人が歌うのは何かな? どうせ共犯でしょ?」
「私に振るにゃ。こういった場ぎゃ苦手なの知っているでひょ」
「カミカミだねー。仕方ない。この子は人質だよ。解放してほしかったら喋れ、アンノーン!」
白瀬に突き付けられた凶器はマイクであった。生徒達のテンションも上がっているから笑っているけど、普通ならしらける場面だ。奴のリミッターを解除させたのは失敗だったかな。
「二人の掛け合いも楽しいけど、そろそろ時間だから私から解説するわ。今回の曲は私の持ち歌を二人用にアレンジしたものよ」
「流石に新曲は間に合わないから、その点についてはすまない」
「時間が圧倒的に足りなかったからね。持ち込み企画は時間に余裕を持ってやるべきよ」
逆に言えば、知っている曲だからこそ、俺も間に合ったのだ。これが本当に新曲だった場合、デビュー曲なんて練習している暇もなかったな。そういったスケジュール管理も流石としか言いようがない。
「設営準備完了の報告ありがとー! 舞台は整った。あとは主役たちの準備はどうかなー?」
「こっちは覚悟完了。シェリーは聞くまでもないな」
「やる前からOKよ。一曲限りだから聞き漏らさないように。それでは『希望を持て、さすれば挫けない』を」
「曲名が違う。英語じゃなかった?」
「同じだけど、違いは出さないと。ミュージック、スタート!」
シェリーの宣言と共に曲が流れ、ドローンが複数台周りを飛び始める。緊張とかはないな。人に見られているという感じもしない。俺の視界に入るのは遠くの景色と青空。そして、最高に笑顔なシェリーの顔だけ。
誰もいない屋上。広すぎるステージでただ突っ立って歌っているだけでは芸がない。リハーサルでは動きなんてなかったが、本番の今は自然と体が動いてくれる。気分も上々。失敗するイメージは微塵もない。
思いは一つ。ただ、今を楽しんでくれ。それだけだ。
「ご清聴ありがとうございましたー!」
「あー、やっぱりしんどい。シェリーと歌うと毎回これだから勘弁してほしい」
「いやいや、アンノーンもちゃんと成長しているじゃない。その証拠が下からの歓声よ」
ちゃんと聞こえているよ。何をどうやって歌っていたのかは記憶にない。思うままにやっていただけだからな。こんなものが映像として使われるのかは謎だ。さて、あとはどうやってこの惨状から逃げ出すかだな。計画はすでに立ててあるけど。
「いやー、中々に完成度が高かったね。そこのところ、どうなの。シロ」
「やっぱり、こ。アンノーンは本番に強い。練習の時もこのくらい普通にやってほしい」
「あちゃー。この子を引っ張ってきたのは間違いね。色々と危ないわ。連帯責任で私まで怒られそう」
思いっきり俺の本名を言い掛けやがったな、あの馬鹿は。語部が白瀬からマイクを遠ざけなければ、どんな爆弾発言をするのか分かったものじゃない。テンションは弾けているが、理性は失っていない。
「もう舞台からは下りられないわね。アンノーンのファンはちゃんといるのよ」
「ここまできて引き下がったら、それこそ格好がつかない。やれるだけはやるさ」
「みんなー、聞いたわね! 言質は取ったわよ!」
そういえば放送されているんだったな。証人が何人いるのか分からない。デビューシングルを出すのが決まっているから後悔もない。それがなかったら盛大に慌てていたな。そして撤退手段の音が聞こえてきた。
「私達によるお祝いのステージはこれにて終了。皆の記念になってくれたのなら嬉しいわ!」
「それでは、またいつか!」
近づいてきたヘリから落とされた梯子にシェリーが掴まる。こうして間近にヘリの音を聞く機会なんてないから知らなかったが、本当に爆音だな。周囲の音なんて全く聞こえなくなってしまった。
「「未来を楽しめ! ご卒業おめでとう!」」
シェリーはヘリで上空に舞い上がり、俺は屋上から身を投げて下に落ちる。
魔窟の台詞は自分でも何を書いているのかさっぱり分かりません。
次回で卒業式編は終わりになると思います。
終わるのかな、これ。




