180.卒業は晴れやかに⑤
本番直前。
屋上に向かう最中に着替えを済ませておく。学生はいったん教室に集まることになっているので、空きの教室はそこそこ存在しているからな。学生服でサプライズイベントをやったのでは身元を特定される原因にもなるし。
「この格好の時点で誰なのかまでは分からないか」
シェリーが用意した服装に左脇には箱を抱えている状態。部外者として連絡が回りそうな状態だが、学園側の許可は取ってあるので問題なし。もし怪しまれても学生証を提示すれば済む話だ。
「シェリー! 段取りはきちんと守ってください!」
屋上のドアを開け放って、文句をいう私に対してヘッドセットを投げて寄越すことで返答してきた。つまり、そんなものは知らないと。自由奔放すぎるのも困りものだ。扱いには慣れているけどさ。
「その文句は私だけじゃなくてシロちゃんにも言うべきじゃない?」
「その相手がすでにとんずらしているから貴女に言ったんですよ」
俺から文句を言われるのが分かっているから、白瀬の奴はすでに戦線から離脱している。今頃は俺の部屋に向かっている最中だろう。受け取ったヘッドセットを片耳に装着して、準備を整える。
「だって暇だったんだもん」
「いい大人が子供みたいなことを言わないでください」
「心はいつだって童心のままよ」
お決まりの台詞を言うなよ。実年齢を加味しても、俺よりも上なのに。どうして俺が保護者みたいに監督しなければいけないのか。でも、だからこそこんな馬鹿みたいな企画に参加してくれたんだよな。
「衣装を用意してもらったのは助かりました。流石に自分で揃えるとなると金額的に」
「アンちゃんは格好良さを重視した方がやっぱり映えるわね。箱を被らなければだけれど」
「撮影をするのであれば、これを被るのはシェリーだって了承していたじゃないですか」
「そうなんだけど。いつになったら素顔でやってくれるのかしら」
だって、仮に、もしもこれで有名になってしまったら喫茶店でバイトができないじゃないか。香織からも将来はあそこで働いてほしいと打診されているのだ。アンノーンを目的とした来客はこっちとしては望んでいない。
「でも、本当にこれを公開するつもりですか?」
「出来次第ね。それに撮影だけじゃないわよ」
「他にも何かするつもりですか?」
「つもりというか、もうやっているというか」
おい、そんな話は聞いていないぞ。ドローンを飛ばして撮影を行うという話は事前の打ち合わせで聞いている。他に何かをするなんて話すら出していなかったじゃないか。シェリーが取り出したスマホから聞こえてくる音声。その声には聞き覚えがある。
『いやー、外に出ての放送なんて初めてね。意外なスポンサーさんのおかげで設備が整ったとは聞いていたけど、こんなものを企画しているなんて思わなかったわ』
ちょっと、待て。急いで箱を被って素顔を隠した。聞こえてきたのは魔窟の出身である語部の声。つまり、現在ラジオの放送をしているというわけだ。それがどうしてシェリーが流しているのか。答えは簡単だよな。
『初の外出放送の舞台はとある学園の卒業式! いやー、学生の卒業式なんて私にとっては何年前のことかな』
現在、屋上はフェンスの総入れ替えということで立ち入り禁止となっている。もちろん本当に入れ替えを行うのでフェンスが存在しない危険な場所。頼んだのはシェリーで、学園長もそれを了承したんだよな。落ちないよう気を付けながら、外枠に近づいて下を確認すれば語部の姿が見える。
「宣伝ってやっぱり大切よね」
「貴様ー!」
「放送枠もスポンサー権限でちゃんとこの時間を指定してもぎ取ったのよ。やっぱりこういう時は有名税が生きるわね」
用意周到すぎる。こっちに内緒でこんな準備をしていたとは。そしてなぜよりによって魔窟の奴が関わるような放送局を選んだ。あれか、以前に俺が出演した影響か。
『アンノーン効果って本当に凄いわね。彼女のおかげでうちの放送局は有名になったし、まさかあんな大物がスポンサーになってくれるなんて。地方から全国になるのはいつかしら?』
「本当にスポンサーになったのですか?」
「アンちゃんとシロちゃんの知り合いみたいね。直接会ったけど、あの子も中々に面白い子じゃない」
ヤバい。シェリーが着々と魔窟の連中と知り合っていく。俺経由であるのは確かだけど。頼むからパフォーマンス関係で奴らを雇わないでくれ。間違いなく、俺も加えられてしまうから。
『スポンサーからのタレコミによれば、もう少ししたらサプライズイベントが始まるらしいけど。まさかあの二人によるデュエットが再びとは思わなかったわ』
「スポンサー自身が暴露してどうするのですか!」
「宣伝には必要なことだったのよ。許して頂戴」
その顔は満面の笑顔であった。何が楽しいんだよ。俺にとってはまた恥辱が放送されるというのに。覚悟を決めたはずなのに、それが揺らいでいるぞ。これは本当に予想外だった。
『もうあの子を毎回ゲストで呼べばいいかな。いや、無理か。盛大な喧嘩になるし、関係ない連中まで集まってきて混沌とするわね。流石に御しきれる自信がないわ』
「私だってない」
「カオスな放送って面白そうだけど、放送禁止用語とかプライバシーの侵害とかあると困るわね」
それが分かっているからこそ、語部だって魔窟の連中が出演するのを躊躇っているんだよ。俺を呼ぶということは、興味を持っている連中が集まってくる可能性が高い。その危険性はあれも理解しているはず。テンション振り切った場合はやるだろうけど。
『卒業生が出てくるまでもうちょっとかな。いやー、興味深げにこちらを眺められるって自分が有名になったみたいでちょっと嬉しいわね。パフォーマンスできない自分が恥ずかしいわ』
「初の顔見世放送の割に堂々としているわね、あの子」
「恥というものをぶん投げているような連中の一人ですからね。思いっきり手を振っていて、何もできないとは何なんでしょう」
あっ、こっちに気付いたな。別に居場所を隠しているわけじゃないからいいけど。こっちに向かってピースサインをしている意味は何なんだ。勝利宣言にしては違うような。
『そんな足りない部分を補うために私の友人を捕獲した次第だよ。褒めて、褒めて』
語部の後ろに隠されていたのは縛られている白瀬の姿だった。そうか、捕まったのか。あいつに依頼したのは卒業式でのピアノ演奏だけだったのだが。運悪く語部に発見されたんだろうな。ざまーみろ。
「シロちゃんは対応できるの?」
「無理。基本的に口下手ですから。音楽関係なら饒舌になるけど、ラジオ放送とかに参加できるはずがありません」
だから思う。何のために捕獲したのだと。多分だけど、姿を見かけたから捕まえただけだと思う。魔窟の行動に理由を求めてはいけない。あたふたと会話を引き出そうとしている白瀬の声が笑えるよ。
「さてと、そろそろ時間ね。準備は万端よね?」
「誰かさんの所為でこの場からすぐにでも逃げたくなりました」
「そう思って入り口は封鎖してあるから安心して頂戴」
鍵を掛けた程度じゃないよな。内側から何かを打ち付けている音が聞こえてくる。木材だよな。まさか金属板で封鎖していないよな。逃走不可能とかじゃなくて、完璧に閉じ込められているじゃないか。
「3、2、1、スタート!」
「あー、あー、マイクテスト。マイクテスト。はい、OK出ました」
「サプライズイベントとはこういうものと証明してあげるわ! 卒業生の皆、ご卒業おめでとう!」
「祝いの場は勝手に整えた! 盛大に祝うから覚悟するように。私はもう逃げ道塞がれたけどさ!」
こうなればヤケクソでやってやろうじゃないか。後のことなんてその時に後悔すればいい。今を全力で突っ走る。それが俺らしいのだから。
メインを食ったサブとか久しぶりな感じがします。
二次会以来かな。プロットなんて微塵も形が残っていませんけどね。




