177.卒業は晴れやかに②
シェリーを出演させるためのものは揃えた。ある者は俺の計画に賛同し、ある者は無条件に協力してくれ、そしてある者は脅してやった。こちらも背に腹は代えられないのだ。許せ。
「それで私をこんな場所に呼び出して、どうするつもりなのかしら?」
「悪かったですね、こんな場所で」
呼び出した場所は俺の部屋。喫茶店でも良かったのだが、下手に誰かに聞かれでもしたら話が広がってしまう可能性があるから止めた。当日までシェリーが学園にやってくるのは秘匿しておきたい。
「学園の卒業式で綾先輩と歌ってほしいのです。その出演交渉の為にお呼び致しました」
「ヤダと言ったら?」
「これは学園に在籍している十二本家のご子息やご息女からの嘆願書。それでも拒否しますか?」
これを集めるだけでも苦労したんだぞ。おかげで計画の変更までさせられる始末だし。葉月先輩が難航するだろうとは思っていたが、まさかの伏兵として小鳥まで立ちはだかってきた。あれは本当に予想外だったぞ。
「うーん。でもこれって効力はないわよね?」
「そうですね。まだ当主となっていない子供の嘆願書です。無視するのは簡単でしょう」
「そうね、簡単よね。そして絶対に無視してはいけない願いでもあるわ」
「貴女ならそう言ってくれると思っていました」
「歌姫として願いを聞き届けるのは義務だからね」
それを交渉の材料にした俺は卑怯者である自覚はある。絶対に断れられない方法としてはこれしか思いつかなかった。ただし、問題はここからだ。受けるとは言ったが、あのシェリーが何の条件もないとは思えない。
「もちろん、アンノーンも一緒に歌ってくれるわよね?」
「絶対にそう言うと思いました。答えはノーです」
「アンノーンも中々に策士ね。契約で顔出しNGにしちゃったらコラボだって難しくなるわ。あとは私からのこういう要求を払い除ける狙いもあったのでしょう?」
「もちろんですよ。こうでもしないと貴女や勇実達が私のことを振り回すのは目に見えていました」
未来の道を整備や舗装されようが、こっちだって色々と考えて法を整備したのだ。そっちの要求を邪魔する手立ては少なかったが、それなりに効力は発揮しているようだ。だが、それが通じるのはあくまでも歌手としての道を望んでいる人だけ。
「ですが、こちらにも事情がありまして私も歌うこととなりました」
「何があったの?」
「文月の令嬢に嘆願書を書く条件とされてしまったのです」
おのれ、小鳥。あの子なら無条件で書いてくれると思ったのに。どうにも葉月先輩の影響を受けているような気がする。交渉の手としては悪くない。だって、こっちからお願いするのだから、要求をしてもいいと考えるだろう。
「大変な友達を持っちゃったのね」
「おかげで簡単な計画じゃなくて、ちゃんと考えないといけなくなりました」
「アンノーンとしての契約をどうやって掻い潜るかね。見事に自分の首を絞めたわね」
何で自分が有利になるはずの縛りを、自分ですり抜けなくてはいけないのか。こんな未来を予測なんてできるか。他の条件に変えてもらおうとしたのだが、今回の小鳥はどうしてか頑固で譲らなかった。まさかとは思うが、綾先輩に感づかれたか。
「恐らく葉月と結託したと思います。文月一人なら、譲らないという選択肢は出てこないはず」
「何かしちゃったの?」
「あー、多分。私が知らない間に準備していた計画をご破算にしてしまったのが原因かと」
小鳥よりも先に嘆願書のお願いをしに行ったのは葉月先輩だった。その時に話したときに表情が固まってしまった場面があったな。どうやら俺も誘って綾先輩との演奏を企画していたらしい。それを見事に俺がぶち壊してしまったのだ。
「まさか、二次会でチラッと零していたのが今回の計画に該当するとは思いませんでした」
そんなもの俺でも拾えないぞ。記憶の片隅から引っ張り出してきてやっと思い出したくらいだ。まさかその意趣返しをされるとは思ってもみなかった。問題はもう一つあるというのに。
「演奏をどうするかという問題もありますよね?」
「そうね。音源をただ流すだけでは私が納得しないわね」
これは予測していたから考えることはできた。用意するものはシェリーが妥協できるだけのラインを確保できる演奏者。別に複数人用意する必要はない。最低限、ピアノを弾ける人物だけでいいだろう。
「こちらからシロを用意します」
「あら、それなら構わないわ」
良かった。シェリーが白瀬の存在を知っていた。作詞作曲をメインとしているが、演奏者としても白瀬は優れている。といっても弾ける楽器はピアノに限定されているが。元々はそちら方面で育てられていたらしいからな。
「本当にアンノーンの交友関係は広いわね」
「どちらかというと狭い方なんですけどね」
魔窟がそれなりに有名人となっている奴が多いからな。一点突破の特技を持っている奴が、それを活かせる職業に就いていれば当然ともいえる。だけど何で悪評が流れてこないのか不思議ではある。落ち着きがある連中じゃないのに。
「あとは私の問題となりますが。全校生徒も加わった合唱という形ではどうですか?」
「それだと娘と一緒に歌うという目的が不完全じゃないかしら?」
やっぱりそれを指摘されるか。最初から合唱という形を取ってしまえば、シェリーを呼ぶ意味が薄れてしまう。だったら呼ばないで合唱だけをすればいいと。シェリーと綾先輩の二人の場面を作らないといけないのだ。
「やっぱり私も加わると目的達成が困難ですね。一曲を二人で、次の曲を合唱では?」
「だったら、一番を私達で、二番を卒業生か全校生徒にした方が盛り上がると思うわよ」
「妥当なのだとそれですね。ただし、問題があります」
「文月からの要求ね。合唱で納得してくれるかしら」
十二本家を理解している人がそんな考えを持つのであれば、可能性はあるか。俺も同じ思いを持っているし。合唱となれば、俺の声なんて簡単に搔き消される。それだと約束が未達成と言われても納得できるから。
「完全に私が足を引っ張っている」
「二年生代表でアンノーンも一緒に歌うのがベストだと思うわよ。一年生代表は当然、凜ね」
「それが嫌だから、必死に考えているのですよ」
親しい友人たちには声色で俺がアンノーンであるとバレているのだ。シェリーと親しく、そして一緒に歌ったのを修学旅行と比較されては正体が知られる可能性が高くなってしまう。そうなっては進級した後が大変になってしまうだろ。
「うーん、発想を変えよう。この手なら正体がバレる可能性は低いし、目的達成にもなるはず」
「面白い話?」
「どうでしょうね。当初の予定は変えません。シェリーは綾先輩を誘って壇上で歌ってください。卒業生か全校生徒での合唱をどうするかは任せます」
「それなら途中参加を推すわね。皆も一緒にと声を掛ければ参加してくれるでしょ」
無難な方法ならば俺もただの生徒として参加するだけ。本当ならこのまま終わりたいのだが、先の問題と、そしてシェリーが納得してくれないだろう。何でここまで気に入られたのかは分からないが。
「はぁ、結局色々と手を借りないといけないですね。やっぱり、一人でやれることには限界があります」
「それはそうよ。私だって一人でここまで上り詰められた訳じゃないわ。サポートしてくれる人達がいたからこそよ」
十二本家の人間だとしても、個人でやれることには限界がある。使用人でも部下でも使えるのならばいいが、俺にそんな権限はない。むしろ、知らない人を無茶に付き合わせるのは多少気後れしてしまう。
「それで、何をするつもり?」
「こういう作戦を考えています」
打ち合わせを始めるにつれて、シェリーの表情が輝きだしてしまった。結構馬鹿な作戦を話しているはずなのに、何でそんな期待するような顔になるんだよ。それこそ無茶苦茶な作戦なのに。
「アンノーンはやっぱり面白いわね」
「それで返事は?」
「その線で行きましょう。私も全力を出せるのだから拒否するはずがないわ」
「私が死にかけるのです」
またシェリーの全力に付き合わなければいけないと思うとちょっとだけ後悔してしまう。体力的にも、精神的に疲弊するからな。とりあえず、了承は取り付けたからあとは準備するだけだな。
「終わったような気でいるようだけど、まだ私の要求を伝えていないわよ」
「それはなしの方向じゃなかったんですか?」
「まさかよ。それで私の要求だけど6月までにデビューシングル出してね」
「あ、はぁぁ!?」
予想の何段階も上の、それこそ無茶ぶりにもほどがある要求がされるなんて誰が思うよ。
完結も見えてきたので次回作について考案しました。
過去、未来、完全新作を色々と書いた結果、結局過去に飛ぶことにしました。
今度の主役は魔窟です!
活動報告に新作の試作バージョンを掲載しておりますので、興味のある方はどうぞ。




