174.バレンタインデーのお礼参り④
バレンタイン、上級生編!
昼休みは最後に水無月からの恨み言で締められた。後で覚えていろと言われたが、何を覚えていたらいいのかさっぱり分からない。意地悪をした覚えはあるけど、悪いとは思っていないのだから。
「さて、どうしようかな」
放課後を迎えて、これからの行動をどうすべきか迷ってしまう。ただ愚直に突っ込んではこちらが手痛い一撃を貰いかねない。葉月先輩はどうにかなる気がする。一番警戒しないといけないのはやっぱり綾先輩だな。
「むしろ、こっちから仕掛けるか」
俺にできることは策を弄して電光石火の如く、一撃離脱を試みること。簡単に言ってしまえば、考える暇を与えずに手渡して逃げるのみ。その為に必要なものは購買で買えるかな。
「葉月先輩、いますか?」
「はいはーい。待っていたよ、琴音君」
購買に立ち寄ってから、上級生の階に立ち入った。下級生組がどのクラスなのかは知らなかったけど、上級生は以前からの付き合いで誰がどのクラスにいるのか把握している。最初は面倒ではない葉月先輩からだな。
「何か変な期待しているみたいですけど、友チョコみたいなものですよ」
「チョコというより、クッキーだね。本気のチョコを手渡されたら、それはそれで困るけどさ」
十二本家の長男長女の恋愛とか、どれだけの障害があるのか予想できないな。むしろ、俺と葉月先輩がそういう関係になるのも想像できない。お互いに友人同士がちょうどいいと思っているからな。
「琴音君には色々とお世話になったから、ホワイトデーはちゃんとお返ししないといけないね」
「気合を入れなくていいですよ。普通のでお願いします」
「はっはっは、それは無理な相談だね」
何をするつもりだよ。それにホワイトデーは卒業式間近だろ。卒業前に馬鹿騒ぎをするのはお勧めしないぞ。肝心の卒業式が雁字搦めで一切の身動き取れない状態にさせられた経験がある身として。卒業証書授与で縄で縛られ、その縄を教師が握った状態で受け取りに行かされるとは思わなかったぞ。
「僕が頑張らなくても、他の人達がやってくれると信じているよ」
「煽らないでくださいよ」
「女性陣よりも男性陣は大人しいから、煽るくらいがちょうどいいと思っているよ」
問題事を起こすのは決まった面子。葉月先輩、綾先輩、そして俺。ただし、それに便乗するのは小鳥や凛といった女性陣がメインとなっている。男性陣はどちらかといえばストッパー的な役割を持っている気がしている。
「皆、ノリがいいのは美点だよね」
「その後で後悔するのか、それとも楽しいと思うのかで心の疲労が違いますよね」
「長月君が前者、水無月君が中間、弟君が後者だろうね。それぞれの性格がよく出ていると思うよ」
「兄と弟と足して二で割るとちょうどいいですよね、あそこの兄弟は」
「あそこは兄弟でいい味出していると思うよ。愚直にどこまでも真っ直ぐな兄に、裏側から兄をサポートする腹黒弟」
「最近、その弟にロックオンされている気がするのですが」
「うーん、でも彼から積極的に琴音君に絡むとは思えないかな。むしろ、警戒されているはずだよ。予測不能の暴走特急としてね」
そっちか。計画的な犯行をする点で言えば、葉月先輩と方向性は似ている。だけど、そのスペックとなれば一段階くらい下になってしまうかな。つまり、突発的な、予測不可能な出来事に弱い。それを自覚しているからこそ、俺を警戒しているのか。
「さて、その暴走特急君はいつまで時間稼ぎしているのかな?」
「焦らすのもそろそろ限界でしょうか。誰かが派遣される前にこっちから打って出ないと面倒な事態になりそうですよね」
「やっぱり何か企んでいたんだね。でも、僕は同行しないよ」
「それは意外ですね」
面白い事態になるだろうから、てっきり葉月先輩も一緒に来ると思っていたんだけど。クラス対俺となれば物量で負けてしまう。それならば、知略面で優れた葉月先輩が参戦してくれると助かるのだが。あとは最終手段で生贄役。
「あのクラスは僕に対しても容赦ないからさ。安全地帯がないのは不安で仕方ないよ」
「木下先輩も敵対側に回ってしまうから、こちらの手の内を知られてしまっているのも大きいですね」
「綾だけならまだ何とかなりそうだけど。知略面で薫が参戦すると僕一人だと手が足りなくなりそうだよ」
基本的に綾先輩は手の内の裏側を読もうとはしない。突貫覚悟で策をぶち破りに掛かってくるのが常套手段。物量が同じ程度なら負ける気がしないけど、今回はこちら側が圧倒的に不利。
「恐らく私の手の内も木下先輩に読まれていると思います」
「なら、琴音君はどうするんだい? 更に裏をかく?」
「速度でゴリ押します。一撃離脱でさっさと逃亡します」
「それも手ではあるけど。妨害されると弱いのがあるよ」
「速度系は妨害に弱いのが定番ですからね。あとはこちらの予測次第になります」
妨害を受けるのであれば、その為の対策を立てればいい。この場合なら確実に逃げられるルートを作らないといけない。といっても、教室となれば前後のドアしかないのだ。そこをどうやって確保するかが重要になってくる。
「さて、どんな仕掛けを用意してくれるのかな。琴音君なら小細工と力押しの両方を兼ね備えてくれるだろうから」
「基本的に力押しだと思いますよ。それでは、そろそろ出陣します」
「ご武運を」
本当に付いてくる気はないのか。葉月先輩は最初の頃は綾先輩が苦手だと思っていたのだが、それは違うな。本当に苦手としているのはあのクラスなのだろう。一丸となって襲われては葉月先輩ですら捌ききれないのだろう。
「さてと、それでは行動開始としましょうか」
後ろ側のドアを少しだけ開いて中の様子を窺う。誰一人として欠けることなく、席に座っているのはホームルームの為に教師を待っていると思うだろうな。すでにホームルーム終わった後だから異様な光景でしかないけど。
「本当にどうやって統率したのやら。あっ、気づかれた。ほいっと」
一人だけに気付かれたのでは足りない。ドアをコンコンとノックして複数人の気を引く。同時にある物体をドアの隙間から投げ入れる。それこそ手榴弾の如く。実際、投げ入れたのは板チョコだけどな。
『早い者勝ち!』
購買で買った板チョコに付箋紙を張り付けていたのだが、それを見た学生の反応は劇的なものだった。ずっと待ての指示を受け続けた犬のように、滑り込んできた餌に飛びついていく。男女関係なく奪い合いになっているが、色々と大丈夫なのかよ。
「好都合だけど」
餌に食いついたのを確認してすぐにドアを閉め、前側のドアに急いで走る。中が混乱している間に行動に移す。ドアを開き、目的の人物をすぐに見つける。どうせ、教卓らへんにいるだろうと当たりを付けていたが、まさしくその通りだった。
「はい、どうぞ!」
「あっ、ちょっ!?」
相手に考える隙を与えない。電撃作戦というのはこういうものだろう。クッキーを強引に綾先輩の手に握らせたら急反転して、入ってきたドアにダッシュで戻る。そこにはすでに、木下先輩がドアを閉めようとしている最中だった。だけど、それは読んでいる。
「えっ?」
「すみませんが押し通ります!」
取っ手を掴んで閉められたドアは少しだけ隙間を残した状態で動かなくなる。その隙間に指を入れて、強引に、そして力任せに一気に開く。指先だけと手全部を使ったのなら、後者が勝つのは当たり前。
「仕込み勝ちです!」
「追手が掛かるでしょうけど気を付けてください」
突入する前に教室のドアの間に空のペットボトルを残しておいたのだ。だから閉めた際に隙間ができた。片付けは木下先輩がやってくれるだろう。最後に忠告してくれるのはありがたいけどな。
「逃げ込めれば私の勝ちだ」
「後で覚えていろー!」
負け犬の遠吠えが聞こえてくるが、すでに俺は綾先輩のクラスから遠ざかっている最中。追手がかかろうが、次の目的にたどり着いた時点で俺の勝ちは確定する。普通の生徒なら尻込みするような場所だからな。職員室は。
「魔窟に比べれば楽勝だな」
奴らなら突入段階で拿捕されるのが目に見える。さて、これで残すは大人組だけだな。
何で手榴弾ネタを拾ってきて使ったのかは謎です。
発熱状態で書いたのが原因だとは思いますけどね。
現在は平熱まで下がったので、いつもの思考回路になっています。
つまり、安定の馬鹿です。




