173.バレンタインデーのお礼参り③
前回の番外編があまりにもキリが悪い場所に入ってしまったので、
後日掲載順序を変更する予定です。
ご迷惑をおかけしてすみません。
昼食を早めに済ませ、下級生がいる階へとやってきたのだが。やたらと視線を受けているのはどうしてなのか。滅多にこちらの階には立ち寄らないから、物珍しさのためかな。怯えられている雰囲気でもないし、気にしなくてもいいとは思うけど。
「そういえば、凜たちがどのクラスにいるのか知りませんね」
「そこは僕がフォローしますよ」
なぜか隣には長月弟がいた。いや、本当にいつの間にそこにいたんだよ。さっきまで誰もいなかったよな。他の下級生はほぼ近寄ってこない。話しかけても問題ないと思ったから、そちらに尋ねようと思ったのだが。
「とりあえず、はい」
「ありがとうございます。でも、僕と如月先輩に接点なんてありましたか?」
「兄に渡しておいて、弟に渡さないのもどうかと思いましたから」
長月兄弟に世話となった覚えはない。だからこそ、渡すのならば二人にと決めていた。それに他の十二本家に渡しておいて長月だけ渡さないとなれば、何かしらの禍根になるかもしれないからな。
「それで、何で私を待っていたのですか?」
「兄から如月先輩からチョコを貰ったと連絡がありまして。それならこちらにも来るだろうと思ったのです」
「別に教室で待っていれば良かったじゃないですか」
「僕の立ち位置は裏方に属していますので。誰かしらのフォローをするのが好きなんですよ」
さて、これをどのように捉えればいいかな。兄は率先して表側で行動し、弟は裏側でそのフォローをしている。普通に受け止めるならば、兄想いの弟と思えるのだが。相手は十二本家の人間だ。そんな単純なものじゃないだろう。
「悪だくみもほどほどにしておいてくださいね」
「やっぱり、如月先輩なら気づきますよね」
裏側から状況を操作して、兄にとって、そして自分にとって都合のいい状況を作り出す。それがこの弟のやり方なのだろう。以前に絡まれた際、都合よく現れた長月には違和感があったのだ。それはこの弟が情報を与えていたのだろう。
「ただ、今の如月先輩は上級生並みに危険度が上がってしまったので干渉するのは控えていますよ」
「人を危険人物に該当させないでください」
「自覚を持っていただけると助かるのですけどね。下手に手を出すと色んなものが大挙で押し寄せてきそうですから」
別にそこに悪意が含まれていなかったら何も起きないぞ。ただし、俺が喧嘩を買ったと判断された場合、他の十二本家や魔窟の連中が参戦してくる場合が想定される。被害甚大だな。
「そういえば、弟君の名前を知りませんね」
「それを面と向かって言える如月先輩も図太いですね。応人です。ちなみに兄は武人ですよ」
「そのフォローは感謝ですね。いつも長月呼びだったので名前をド忘れしていましたので」
「そんな気はしていましたよ。いつまでも兄のことを名前で呼びませんから」
呼ぶ理由もないからな。それに弟と一緒の場面もなかった気がする。何に気を使っているのか知らないけど、なぜか一緒にならないんだよな。だから名前で呼び分ける必要性もない。
「それでは凜のクラスに案内してください」
「凜さんなら、あちらですね」
それにしても廊下で長月弟と一緒にいるだけで、なぜか見物客が増えているんだよな。これといった特別な会話をしているわけでもないのに。上級生がこちらの階にいるのはそれほど珍しいのだろうか。
「凜さん。如月先輩がお呼びですよ」
「琴姉が? 何か用ですか?」
「はい。こちら、バレンタインデーのチョコクッキーです」
「ありがとうございます。その為に?」
「その為ですね。こちらに用事なんてありませんから」
下級生組に用事がある場合など、綾先輩に追いかけられて助けを求める以外にないからな。そんな事態が起きたこともないけど。基本的に学園の中ではあの人も大人しい部類に入る。
「それにしても、応人さんも凜さんも随分と雰囲気が違いますよね」
普段とさ。長月弟もそうだが、普段はここまで礼儀正しく受け答えなんてしない。口調が変わっているだけではなく、行動自体が大人しく感じる。
「琴姉にそれを言われたくはありません」
私の場合は行動自体はいつもと変わらない。変わっているのは口調だけ。それなのにどうして変わっていると遠回しに言われなくてはいけないのか。
「何かのきっかけで行動自体が起爆するような方ですからね。如月先輩は」
「突発的に暴走するから綾姉と大差ないのは困りものですね」
「貴方たちを巻き込んだ覚えはないのですが」
「むしろ、巻き込まないでください。ただでさえ、綾姉だけで持て余しているのですから」
俺の暴走に一番巻き込まれているの誰だろうか。特に印象に残っている場面はないが、一緒にいる比率から考えれば香織が有力候補な気がする。それでも、そんなでもないか。この先は分からないけどな。
「修学旅行、お正月と如月先輩の奇行は増えてますからね。僕達としても危機管理能力は高めていかないと」
「お正月に関しては凜さんも一緒に楽しみましたよね?」
「楽しくはありましたけど、最後の大騒ぎには参加しなくて本当に良かったと思います」
やっぱり報道関係に情報が流れるのを止めたといっても、独自の情報網までは防ぐことができなかったか。それでも俺と魔窟との関係の真実を掴めたとは思えない。俺から依頼されて、報酬の為に働いていたエキストラだと思われているだろう。
「如月先輩の伝手は謎が多そうですね」
「彼らとの縁は複雑なものですから。私でも手を借りるのは躊躇するほどです」
「私には嬉々として手を結んでいたように見えましたよ」
映像まで手に入れていたのかよ。もしかしたら、葉月先輩が知り合いにだけ映像を流したのかもしれない。あれは娯楽映像として見たら、それなりに楽しめる。だけど、凜からしたら巻き込まれた想定を考えて恐怖したのかな。
「さて、それでは下級生組のメインディッシュに行きましょうか。水無月さんのクラスは?」
「隣ですね。凜さんはどうします?」
「琴姉がそんな風に言うのであれば、付いていかない道理はありません。私達とは違う、何かを水無月君に仕掛けるのでしょうから」
面白いネタを見つければ、率先して乗ってくるのが霜月家だよな。別に見られて困るものでもない。他人から見たら、特別扱いのように思えるかもしれないが、水無月本人にとっては迷惑以外の何もでもないものを手渡すつもりだ。
「悪夢がやってきた」
「開口一番に失礼な物言いですね」
「ただでさえ、バレンタインデーで辟易しているというのに」
「理由はお察しします」
長月弟や凜と違って、水無月は平常運行だな。それでもなるべく口調に気を付けているような感じはする。学生相手に本気で口を開いたら、それこそ孤立しそうなものだからな。
「なら、俺には何も手渡さないでくれ」
「いえいえ、ちゃんと受け取ってくださいね」
何もあげなかったら、俺が何のために水無月の元にやってきたのか分からないじゃないか。他の人達とは違って、水無月にはちゃんと箱に入れたチョコレートを手渡す。それだけで水無月の表情が歪んでいる。そんなに嫌かよ。
「清瀬に何て言い訳すればいいんだよ」
「義理というか、ただの友チョコですから。心配する必要はないのでは?」
「それでも嫉妬の炎は燃え上がるんだよ」
本当によくそれに水無月は耐えていると思うよ。別に弱みとかあるわけでもないはず。あるとしたら惚れた弱みくらいか。お互いに両想いを自覚しているのに、なぜ清瀬さんはそこまで心配する必要があるのか分からない。
「ちゃんと清瀬さん対策を打ってありますので安心してください」
「如月先輩の対策とか、絶対に碌でもないことだろ」
「箱を開けてみれば分かりますよ」
恐る恐るといった感じで水無月が蓋を開ける。それを回り込み、後ろから覗き込むのは凛と長月弟。この二人にとっても気になる内容なのだろう。私が立てた、清瀬さんに対する対策というものが。
「嫉妬深いのであれば、こちらから祝福してあげればいいのです」
「バレンタインに関係ないだろ!」
速攻で蓋を閉められてしまった。中に入っていたのはホワイトチョコレートと、ストロベリーでコーティングしてあるチョコ。見た目でいえば、紅白風味のチョコである。そしてプレート状のチョコには一言添えてある。
『お幸せに』
これならば嫉妬深い清瀬さんでも、逆に大いに喜んでくれることだろう。水無月の感情とかは無視しての話ではあるけどさ。顔を真っ赤にして、こちらに反論してくるのだが、恥ずかしさなのか怒っているのかは分からないな。
「バレンタインデーに恋の応援をするのは理に適っていると思いますよ」
「流石は琴姉。やり口がえげつない」
「裏を返せば、十二本家の長女からの祝福ですよね。外堀完璧に埋められましたね」
俺としては清瀬さんからの嫉妬を逸らすためにやっただけなんだけどな。あとは水無月がどんな反応をするのか見てみたくもあった。ただ、この作戦には致命的な欠点がある。ちゃんと水無月が私から二人に対して贈ったと言ってくれないと意味が通じない点だ。
「頑張ってくださいね、未来の旦那さん。ちゃんと証拠映像の提出もよろしくお願いします」
「ただの罰ゲームじゃないか!」
失礼な。俺としてはちゃんとした祝福なんだぞ。どんな映像が送られてくるのかは、正直楽しみにしている部分はあるけどさ。あとは清瀬さんがどんな反応をしてくれるのかも気になる。
「これで他のチョコのことなんて気にならないはずですから、大丈夫ですよ」
「致命的な何かを俺が食らうのだがな」
「そこは気合で乗り越えてください」
そのおかげで俺は大体のことに対する耐性を手に入れたのだから。それに清瀬さんの好感度が最大まで上昇すれば、嫉妬に狂うことも少なくなるだろう。これに関しては希望的な観測だけどな。
証拠映像が送られてきたのは一週間後だったのだが、あまり思い出したくない。最初の清瀬さんの眼光があまりにも恐ろしすぎたから。
番外編の差し込み順番的に本気で反省しております。
もうちょっと説明を入れるなりすれば良かったんですけどね。
ただバレンタイン編は5話くらい必要だったので、絶対に間に合わないと判断したためです。
次は上級生に突撃する予定です。
※変更点:二番目の琴音が感じた違和感を削除。