171.バレンタインデーのお礼参り①
新年明けましておめでとうございます!
本年もお付き合いくださると大変助かります!
学園の敷地内に入ったので、いつも通りの擬態を行う。口調が変わる程度だが、これが馬鹿にならないほど効果的ではあった。どちらに変わるにしろ、他の生徒達の評価を安定させないといけないからな。以前の琴音や、魔窟時代の自分の評価だけは防がないといけない。
「朝の内に誰かに渡すの?」
「小鳥のクラスが通り道ですから、居たら渡す予定です」
「早々にトラブルの予感ね」
言うな。香織も小鳥相手なら同行する予定なのだろう。下駄箱から内履きを取り出そうと開けたら、見慣れない小箱が複数入っていた。これは、あれか。俺に対するバレンタインデーのお菓子か。
「何で?」
「いや、疑問に思うのはおかしいわよ。琴音だって誰かしらから好意を持たれても不思議じゃないんだから」
「だって、私は女子ですよ」
「琴音だって私に渡しているじゃない」
それは日頃の感謝の気持ちなんだけど。友情的なものになるから友チョコと呼べるもの。だけど、手に持っている物の中にはハート形の小箱。明らかに恋愛対象に渡すようなものじゃないだろうか。
「気にしたら負けですね。チョコに罪はありません」
「現実逃避しているところ、悪いんだけど。下級生が突撃してきているわよ」
だから何でだよ。下級生で接点があるのなんて凛や水無月といった十二本家関連のみ。他の下級生とはほぼ接する機会なんてなかったはずだ。それなのに、どう見ても俺を対象として捉えて、駆け足でやってくる子が複数確認できるのだが。
「如月先輩! う、受け取ってください!」
「えーと、ありがとうございます」
困惑しつつも、断る理由もないので小箱を受け取っておく。その様子を香織は笑いを堪えながら見守っている。多分、俺がどうしてバレンタインを受け取るのか理解していないのが面白いのだろう。
「生徒会での活動で琴音は下級生から頼りにされているのよ」
「何かしましたか?」
「ほら、球技大会で問題が発生して仲裁行動とかやっていたじゃない」
「あれはそもそもの原因が私にあったのですから、当たり前の行動です」
霧ヶ峰さんとの因縁の原因は俺にあったからな。それがなかったとしても、生徒会の一員として仲裁はしただろうけど。それだけで下級生から頼りにされるかな。他にも何かしたのかもしれないが、覚えがない。
「まぁ、自覚のない琴音もいつも通りということで」
「何か含みのある言い方ですね」
「自覚のない琴音が悪いのよ」
一応は周囲の評価は気にしているのだが、悪い話が聞こえてこなければいいかなと思っている程度だからな。率先していい噂を探そうとも思っていない。あとは、小鳥あたりが変なことを言っていないのを祈るばかりだ。
「あっ、木下先輩。いいところに。実はですね」
「ごめんなさい、琴音さん。今は受け取れません」
ちっ、先手を取られたか。木下先輩に綾先輩の分も渡してあの教室に寄らないつもりだったのに。あそこは若干、魔窟のような雰囲気がしているんだよ。汚染されているともいうか。魔窟と比べたら数パーセントくらいしか汚染されていないが。
「もし、強引に渡したらどうなりますか?」
「鉄砲玉役数名が琴音さんのクラスに突撃して、誘拐を企てると思います。指導者は綾です」
「この際、教室に投げ入れましょうか。綾先輩へと名札付けて」
「待機状態のクラスに手榴弾を投げ込むようなものですね。開戦の合図となってしまいますので、普通でお願いします」
両肩に手を置かれて、懇願されたのでは断れないのだが。あとは眼力に有無を言わせぬ迫力があって、猶更下手な手を打てないと思ってしまった。生贄確定か。時間帯どうしよう。
「では、放課後にでも」
「伝えておきます。それと助かります。ずっと、臨戦待機状態は居心地が悪いので」
何で軍隊みたいなことになっているんだよ。やっぱりあのクラスはほのかに魔窟臭がする。でも、方向性は違うか。綾先輩のところは統一された感じ。魔窟は個人が連携するような感じだからな。
「それでは、また後で」
階段で別れて、俺と香織は小鳥のクラスを目指す。といっても、階段からすぐなんだけどな。
「琴音さん! 来てくれたんですね!」
こっちが呼ぶ前に小鳥が走り寄ってきたのは予想通り。ただし、その手に握られている大きめの箱はちょっと予想外だったかな。もうちょっと小ぶりでもこちらは大丈夫だったのだが。
「はい、こちら。バレンタインデーのお菓子です。お世話になったお礼です」
小袋をちょっとだけラッピングしたものを小鳥に手渡す。あとは変な誤解が生まれないように言葉を添える。愛を込めましたなんて言ったら、小鳥は興奮のあまり倒れそうな予感がする。絶対にやらないけど。
「ありがとうございます! それじゃ、こちらは私から。たっぷり愛情を込めさせてもらいました!」
「あ、ありがとうございます」
「香織さんにはこちらを」
「ありがとうね」
何か俺と香織ので大きさが三倍くらい違わないか? そこをツッコむ勇気を俺は持っていない。そして受け取ったチョコが物理的にではないけど、重い感じがしたのは気の所為かな。
「琴音さんからもらったお菓子は大切に保管させていただきます!」
「いや、賞味期限もあるから早めに食べてほしいのですが」
「ドライフリーズしたら永久保存できますよね?」
「ちゃんと食べてくださいねっ!」
「……分かりました」
そこまで葛藤しなくてもいいだろ。何で食べてもらうのをここまで強調しないといけないんだよ。下手したら部屋に飾りそうな狂気を感じたぞ。それだけは止めてほしい。
「そこはかとなく、不安になってきました」
「小鳥だから仕方ないと思いなさい」
それで納得してしまっては何かが終わりそうな気がするんだよ。小鳥の動作から警戒心を抜いてしまうと、致命的な出来事に発展しそうなんだよ。ただでさえ、こっちの動きを追っているぽいのだから。
「そういえば、小鳥はスキー場での撮影はどうだったの?」
「ちょっ!?」
あえて、そこに触れていなかったのに。うっわ、小鳥の表情があり得ないほど緩み切っているぞ。これは人前で見せていい表情じゃない。このクラスは耐性が出来ているような気はするけどさ。
「良き、仕事ぶりでした。撮影班には臨時のボーナスと特別休暇を支給しました」
「大盤振る舞いですね」
「それだけのものを提供してもらいましたから、当然の報酬ですよ」
あの人達が必死になっていた理由が分かったよ。文月はちゃんと働きに応じた報酬を用意してくれる。それが分かっていたからこそ、あそこまで頑張ろうとしていたのだろう。それ以外だと小鳥の喜ぶ顔が見たかったとかがあったのかもしれない。
「小鳥はいい子ですね」
頭をナデナデしてあげよう。こうすると子犬を愛でている気分になるんだよな。俺としてもほっこりするし、小鳥も、うん。人様に見せられない表情再びだな。周りも微笑みから、苦笑いに変わってしまっている。
「あとで編集した動画を私に送ってくれたら、嬉しいかな」
「はい! 香織さんにもお裾分けします!」
独り占めしないのは小鳥の美点だよな。だけど、それを俺も一緒に見る羽目になると思ってしまうのはどうしてか。以前の歌唱祭よりは精神的に楽だとは思うけど。だって、ただ滑っていただけだし。
「何だろう。凄く嫌な予感がしてきました」
「どうしたのよ?」
ゴーグルや帽子で顔は出していない。体型もウェアで分かりづらい。そこまでの条件が揃っているのであれば、アンノーンとして利用しようと思う輩がいたとしても不思議じゃない。そして編集したのはあの文月家だ。クオリティの保証ともなる。
「証拠隠滅ができない!」
「何、物騒なことを言っているのよ」
唯さんに、いや。魔窟の連中に嗅ぎ付けられたら終わる! 小鳥からデータを回収するなんて実質不可能だし、あの嗅覚が警察犬以上の連中が見逃すとも思えない。完璧に状況が詰んでいる。
「香織。幸せってどこにあるのでしょうね?」
「ちょっと、本当に大丈夫!?」
達観した表情で、訳分からない言葉を呟く俺に本気で心配した声を出したな。大丈夫、いたって思考はまともだ。とりあえず、一回あり得ない未来を忘れよう。大事なのは今だよな。
ちゃんと恩返ししないと。
バレンタインデー編の始まりです。
前回はうん、あれは何だったんでしょうね。
気の迷いが爆発したと思ってください。
それでは、本年もよろしくお願い致します!