170.魔窟流のバレンタインデーとは
本年最後の更新となります。
今年もお付き合いくださり、ありがとうございます!
色々なことがあった冬休みも終わり、それからは何事もなく日常は続いていた。俺と琴音の同化が進んでいるらしいが目立った変化は起こってはいない。俺は俺で、琴音らしさは最初の頃と変わりない。
「我ながら、結構な荷物になったな」
今日はバレンタインデー。以前ならば好きな相手にチョコレートを渡す風習ではあったが、今だとお世話になった人にも送るようになった風物詩。俺も例に漏れず、作りはした。数が多くなってしまったのは仕方ない。
「でも、配らないわけにはいかないよな」
学園でお世話になった人は多い。それこそ最初の頃の琴音に対して、分け隔てなく接してくれた人達には絶対に渡さないといけない。だからこそ、この量になってしまったのだ。貰って迷惑にならないよう工夫はしているけど。
「対策はばっちりだと思うんだけど」
約一名だけ受け取るのを拒みそうな気がするんだよな。特別扱いするわけではないが、その人物に渡すものだけは他とは違う。色々と考えた結果だけど、拒否はされないだろう。意図に気づいたら物凄く嫌そうな顔をしそうだけど。
「おはよう。何か荷物多くない?」
「おはよう、香織。バレンタインデーだからな。はい、これは香織の分」
いつも持ち歩いているバッグからではなく、別のバッグからクッキーを取り出し、香織に手渡す。チョコチップクッキーにしたのは暖房の効いた教室に置いておくと溶ける恐れを考慮したため。市販品みたいに溶けにくいように作っていないからな。
「琴音はもうちょっと勿体ぶるとかしてもいいと思うわよ」
「さっさと渡しておかないと時間が取れない可能性があるからな」
「何人に渡すつもりなのよ」
「結構沢山」
人数は多いけど、大半はあっさりと終わる予定だ。問題となるのがクラスが違っていたり、場所が離れている人物だな。そこでどれだけ時間を取られるのか予想が付かない。
「それじゃ、私からもあげるわ。……何で警戒しているの?」
「ちょっと過去の経験で」
魔窟時代を思い出して、伸ばした手を途中で止めてしまった。イベントの日となると暴走する馬鹿達が多かったからな。男子も馬鹿だが、女子も思考回路ぶっ飛んだ奴はいたものだ。
「勇実さん達との過去?」
「その通り。バレンタインデーにビックリ箱から飛び出してきたチョコレートを受け取るような経験があるか?」
「ごめん。何を言っているのか分からないわ」
箱を受け取って、開けてみてと言われたから蓋を外したらチョコが顔面目掛けて飛び出してきたんだぞ。反射的に叩き落としたわ。それで俺が悪者みたいに言われたのだから、理不尽だと感じてもおかしくないだろ。
「他にも何かあるの?」
「私の愛を受け取れー! と野球のボールサイズのチョコボールを豪送球で投げてきた馬鹿もいたな。通学鞄で打ち上げてやったけど」
「打ち返したんじゃなくて?」
「校庭でやったからな。他の生徒に当たったら危ないだろ」
馬鹿はやるがなるべく他の生徒に迷惑を掛けないようにしていたからな。ほぼ無駄な気遣いだった気はするけど。例外なく迷惑は掛けていたから。それでも俺としては被害を最小限に止めていたのだ。
「落ちてきたのはちゃんとキャッチしたの?」
「あんな凶器、素手で受け止められるはずがないだろ。中身ぎっしりのチョコボールだぞ。鈍い音で地面にめり込んだんだからな」
打った瞬間の重さから判断して、キャッチは諦めた。それこそグローブが必要になるレベルだった。周りの生徒だってドン引きしていたくらいだ。鞄の中身が悲惨な状態になったので、そいつに弁償請求したのだが。全く悪びれていなかったな、あいつは。
「何というか。想像の斜め上というか、規格外な行動をしているわね」
「他には屋上から受け取れ、愚民共! とか言ってチョコをばら撒いていた馬鹿もいたな。即刻、鎮圧部隊が出動したけど」
「受け取る人いたの?」
「変な請求されそうだからと一般生徒は誰も受け取らなかったな。掃除が大変だった」
拾ったチョコは魔窟で処理したとも。犯人の口の中に目一杯詰め込んでな。あれは地獄絵図だった。口に入りきらなかった分は男連中が持ち帰ることになったのだが、味は悪くなかった。一応は手作りだったらしい。思考回路さえまともだったなら、受け取る奴だっていただろうに。
「その所為で次の年から魔窟のクラスだけバレンタインデーに持ち物検査されて、チョコを没収されたな」
「うん。学校側の判断が正しいわ」
俺もそう思うよ。没収されたチョコはちゃんと帰りに校門で返却されていたから、学校外では好きにやれという意思表示なのだろう。学校でやるから面白いのにと愚痴を零していたのは誰だったか。
「一応、聞いておくわ。ホワイトデーは?」
「馬鹿の割合で言えば、男連中のほうが多い。それで分かるだろ?」
職人たちが本気を出し過ぎたあれは、学校側にとって忘れられない思い出になっただろうな。誰が時限爆弾そっくりに作った菓子を学校に持ち込むんだよ。持ち物検査した教師が悲鳴を上げて、ただちに俺達が犯人逮捕して締め上げたぞ。
「傍迷惑なバレンタインデー、恐怖のホワイトデーと教師から恐れられたな」
「幸せなイベントのはずなのに、どうしたらそうなるのよ」
「私が知るか。馬鹿共が規格外なのが悪い」
おかげでまともだった自称常識人たちが大忙しだった。学校のためにと思って対策本部を設置したのに、教師は誰も参加してくれないし。制裁行動している俺達も相当ヤバい部類だと思われたのかな。
「聞くだけだと面白そうだけど、何となく勇実さんに絡まれそうで嫌ね」
「勇実は苦手か?」
「あのテンションと、ぶっ飛んだマイペースがちょっとね」
ふむ。別に嫌っているわけではなさそうだな。俺と一緒にいる限り、勇実はいつでも来襲してくる。苦手意識なんてその内、無くなるだろうな。あれの勢いはそんなものを問答無用でぶち抜いてくる。
「良い人だってことは分かっているんだけど。破天荒すぎてついていけないのよ」
「魔窟の連中なんて殆どあんなものなのにな」
むしろ、何で俺は順応してしまったのだろうかずっと疑問に思っているほどだ。俺だって常識人枠に収まるはずなのに。そのことを魔窟連中に話したら、信じられないものを見たような表情をされたな。解せぬ。
「でも、今年は平和なバレンタインデーになるわね。そんな馬鹿な真似をする人達は学園に」
「いないと思うか?」
「……」
そこで沈黙してしまうのは肯定してしまっている証拠だぞ。去年が何もなかったとしても、今年になって急に何かを仕出かすような連中に心当たりはある。そして、香織はある人物の本性を知ってしまっている。
「でも、琴音が何とかするわね。うん」
「そこで私にぶん投げられても困るんだけどな」
「だって、琴音が発端になるのは分かっているから」
そこで俺も黙ってしまうのだから自覚はあるんだよな。こちらから渡しに行くのは確かだけど、その際に何が起こるのやら。小鳥の反応は何となく予想できるけど、彼女から何を渡されるのか全く想像できない。
「昼休みにさっさと弁当食べて、配り歩こうと思っているんだけど」
「無事に教室に帰れるといいわね」
「同行は?」
「すると思う?」
だよな。騒ぎの渦中に率先して飛び込んでくるキャラじゃないのは理解している。これがお祭り好きの奴なら、鉄砲玉扱いできるのに。何でバレンタインデーに気が重くならなければいけないのか。
「今日って、幸せになるイベントだよな?」
「例外はどこにでもあるものよ」
喋りながら辿り着いてしまった学園が、なぜか伏魔殿に見えてしまったのは気のせいかな。それでも魔窟の頃よりは平和だろう。そう思わないとやってられないのだ。
小ネタ:時限爆弾風お菓子はその場で解体され、通学の生徒に配られました。
今年最後がこんな話になるとは筆者も理解不能です。多分、番外編の影響でしょう。
それでは、良いお年を!