番外-放送事故は空騒ぎ:前編
最近真面目な話ばかりだったので病が発症しました。
本当に何も考えずに書いたので意味はありません。
ただ、明るく馬鹿になりたかったのです!
どうして俺はこんな場所にいるのだろうかと、一人場違いに現実逃避を実行しているのだが、それで現在の問題が解決することはない。それは分かっているのだが、真面目にどうしてこうなったのか。
「今回のゲストは私のコネをフルに使って、新年早々の大物だよ。何とバンドグループ、イグジストの連中をお呼びしました!」
「イグジスト代表イサだよ! 他の馬鹿達は諸事情により収録から除外したので悪しからずー!」
「はい。早々に予定をぶち壊されて、怒りに拳を震わせている私です。そんで馬鹿三人の代わりが頭に白い段ボール被った変質者なのはどうしてなのかな?」
それが俺だよ。車に乗った直後にこれを被せられて、ラジオ局に連れてこられた気持ちが分かるか。しかもこの段ボール、明らかに物作りが得意な知り合いが作ったものだろう。段ボールとは思えないフィット感があるのだが。
「うちに新しく入った新人だよ。今回は紹介も込みで連れてきちゃった」
「随分と奇抜なファッションセンスね」
「私だって好きでこんな格好をしているわけじゃない」
「だって、本人が意地でも顔出しはしたくないと駄々をこねるからさ。しかもそれを契約条件に盛り込んじゃったもんだからさ」
「よくそんな条件を飲んだわね。イサの事務所は」
俺だってそう思うさ。ただ一度だけ公共の電波に乗った無名の歌い手に、そこまで事務所が折れる必要なんて思う。そりゃシェリーが絡んで注目度は上がったけど、不利になるような契約は結ばないだろう。
「貴女、これからこの子と付き合うなら苦労するから注意した方がいいわよ」
「もう知っている。今回だって晩御飯奢ると言われたから誘いに乗ったら、拉致られた」
「通報しようか?」
「大丈夫。やるなら自前で事足りる」
「アンちゃんがそれを言うとマジで怖いんだけど」
勇実達に対する強硬手段なんて色々と用意できる立場だからな。師匠と義母による教育的指導。そしてこちらの護衛とおじさんによる隔離処置。両方セットで付けてやろうじゃないか。
「本当ならイグジストの紹介とか、本人達のエピソードなんかを期待していたんだけど。まずは新人もとい、被害者の紹介が先ね」
「我が事務所、期待のホープのアンノーンだよ!」
「どえらい爆発物を持ち込んできたわね!?」
「すみません」
「アンノーンは悪くないわ。そんな注目歌手を誘拐紛いの方法で連れてきたイサが悪いの。はい、そこ。反省しなさい」
「何かごめーんね?」
誠意の欠片も感じられなかったので、真横から側頭部を鷲掴みに渾身の力を込める。公共の電波に乗せてはいけない類の悲鳴が出てしまったが、そんなもの俺が知るか。
「なーんか懐かしい場面を見ているような気がするのは私の気のせい?」
「むしろ、この場面を見て引かない貴女も場慣れしている気がするよ」
俺と勇実のやり取りは昔からだ。それに目の前のパーソナリティを担当している女性だって魔窟の愉悦部出身だからな。この程度でドン引きしないのは知っている。でもあくまで今の俺とは初対面だから。
「しかし、噂のアンノーンがまさかこんな姿を晒してくるなんて。頭、大丈夫?」
「意外と快適なのが不思議」
「いや、そっちの意味で言ったんじゃないんだけど」
大丈夫だ、ちゃんと意味は伝わっている。しかし、この見た目はダンボールだがフィット感があり、視界用の穴が動く心配がない。その割に窮屈でもなく、息苦しくもないと匠の技が光るような逸品。しかもちゃんと後ろに纏めている髪を出せる穴まで付いている。
「お値段、お幾らだった?」
「ざっとこの位」
「「っ!?」」
勇実が立てた指の数と片手の丸で大体の値段は把握した。そのあまりにも馬鹿みたいな金額に俺と彼女ですら絶句したぞ。これ、材質は絶対にダンボールじゃないな。もっと別の何かであるということだけは分かった。
「いやー、有名人だとお金の使い方も荒くなるのかな?」
「馬鹿な使い方をしているのは間違いない。そして依頼を受けた方もノリで特注品にしたのが何となく分かる」
「作ってから金額請求とかあくどいことしてそうだよね」
「実際にそれだったから、笑顔で前蹴りしてやったよ」
勇実が肉体言語に踏み切るのも珍しい。大抵は笑って流してしまうのだが、今回だと請求金額が破格過ぎたのがいけなかったか。アホな依頼をしたお前も大概だけどな。
「それで一応はこれ、生放送だよな? 進行しなくていいのか?」
「はっはっは、そんなもの面子を見て諦めたわ」
向こうでディレクターらしき人が頭抱えているのだが本当に大丈夫なのかよ。世間話しかしていないぞ。俺としてはこのままでもいいのだが、番組のことを考えると流石にまずいだろう。
「仕方ない。ちょっとはリスナーに情報提供しないと怒られるわね。イグジストはどうでもいいや。アンノーンは正体不明を貫くの?」
「だってアンちゃんは超恥ずかしがり屋なんだよ。人前で歌えないよねー?」
「はい、あんたは黙っていなさい。その口の軽さが正体暴露に繋がりかねないのを分かりなさい」
いらないことまで喋りだしそうだからな。勇実がコントロール不能なのは魔窟にとって共通認識だ。何だってこんな奴をゲストに呼ぼうと思ったんだよ。彼女も上から何か言われたのかな。
「えーと、早速リスナーから質問が届いているわね。性別どっち?」
「どっちだろうね?」
「胸に立派なものあるのだから一目瞭然だと思うわよ」
「もしかしたら大盛りのパットかもしれないぞ」
「そこまでする度胸があるのなら、恥ずかしがり屋という説が消え失せるわよ」
頭に白いダンボールを被り、胸にパットを仕込むような変質者にはなりたくないな。そんな疑いを掛けられているのは誰の所為なのか。横でニコニコ笑顔を浮かべている幼馴染は後で説教だな。
「次の質問はっと。何か凄い勢いで質問が増え続けているんだけど」
「私の人気のおかげだね!」
「絶対に違うわ。アンノーン効果も凄いわね。そこのところ、本人としてはどうなの?」
「帰りたい」
「ここまでテンションが真逆なのは大丈夫なのかと思うわ。足して二で割ったら丁度良さそうだけど。被害者なのは理解しているから、もうちょっと居残れ」
遠慮がないな、こいつも。薄々とはいえ俺の正体についても感づいているだろう。勇実と交友があって、ここまで親しくしている場面を見ているのであればグループで話題となっている琴音だと察することはできる。
「次の質問ね。イサとアンノーンの関係は?」
「腐れ縁」
「マブダチだよ!」
声を揃えて全く違う言葉が出てくるのもあれだよな。俺を憐みの表情で見つつ、勇実には可哀そうな子を見る感じで流しているけど俺の言葉に間違いはない。死んだ後にまた付き合うのは腐れ縁以外の何物でもないだろ。
「仲がいいのは分かったわ。そういえばアンノーンといえば、シェリーとの付き合いもあるのよね?」
「付き合いというか、引きずり回されているが正解。勝手に話が進み過ぎなんだよ、ちくしょぉー!」
「相当に溜め込んでいるわね、この子。この間、発散したんじゃないの?」
「馬鹿達のやらかしで私の気苦労が増えたのに発散も何もあったもんじゃない」
「発端を作った子が何を言っているのよ。私も参加したかったわー」
「軟禁さえされていなければ、私達だって参加できたのにねー」
絶対に実況解説付きの動画が仲間内で回るから、こいつが参加しなくて良かったよ。あと外で待機している馬鹿どもも勇実の発言に同意するな。お前たちは顔が知られている分、あんな堂々と立ち回れないだろ。
「おっと、そろそろ楽曲流さないといけない時間だわ。本当ならイグジストの曲を流す予定だったんだけど」
「大丈夫。オチは予想できている。絶対に止めろよ!」
「ディレクター! アンノーンのデータ残っている? 許可なんて本人が目の前にいるから大丈夫よ」
本人が許可していないのに勝手に話を進めるなよ。あっ、唯さんが何か話しているけど絶対に許可を出すだろうから止めないと。席から立ち上がろうとしたら、両肩を押し込まれ、椅子から立ち上がれない。
「はいはい、諦めて頂戴。これも貴女の宣伝の為よ」
「アンちゃん。注目度を上げてどんどん逃げ場を無くしてあげるからね!」
分かってはいたが、ここには外道しかいなかった。
書き終わって一言。
「何がしたかったんだろう、私は」と真面目に声が出ましたね。
後編ではちょっとツイッターで質問ありますかと尋ねた回答を載せています。
本当に何がしたかったんだろう……。