18.バイト先でのあれこれ
そう言えばバイト先の話を書いてなかったことを思い出しました。
12話改訂版を除けば、これが復帰一発目の作品です。
18.バイト先でのあれこれ
生徒会の活動に巻き込まれて、色々と私生活の予定が崩れてきているが今の作業が終われば暫く俺は解放されるらしい。この後の作業はそこまで急いでやる必要がないのだと。
本当の意味で臨時だと分かって、ホッと胸を撫で下ろしたものだ。
「おはようございます」
そして活動に参加してから最初の土曜日にバイト先に顔を出す。もちろん働くために来ているのだ。手を洗い、消毒を忘れずに行い、エプロンを装着して厨房に入る。そこではいつも通り沙織さんが仕込みを行っている。
「おはよう、琴音。生徒会に入ったらしいけどこっちは大丈夫なの?」
「情報源は香織ですか。生徒会は臨時での起用なので私は本当に忙しい時しか活動しません。それに会長に条件を提示したのでバイトの方に影響はありません」
「ならいいけどさ。学園生活が私生活を縛っていたら意味がないからね」
休日を使ってまで学園に貢献しようとは俺だって思っていない。会長はより良い学園生活をと考えて行動しているかもしれないが、俺にとっては現状を変えるので手一杯なので他人のことにまで首を突っ込んでいる暇はないと考えている。
その割に学園長に相談されたり、生徒会に参加したりと矛盾しているんだけど。
「そうだ、沙織さんにお願いがあるんですけど」
「バイト代の相談なら旦那に頼むよ。私はノータッチだから」
「いえ、そうではなく。来週の土曜日にバースデーケーキをお願いできないかと」
「誰の誕生日?」
「妹と弟です。双子なので誕生日が同じなんです。ちなみに誕生日はその日じゃないですけどね」
誕生日は平日だが、流石に学園が終わってから実家を訪ねる訳にもいかない。来週の土曜日に関しても訪問前に美咲に連絡を取って、父がいないことを確認してから訪問する予定なのだから。
父がいた場合は美咲に渡して、バースデーカードでも添えて貰う。父と対面することだけは絶対に避けないと。
「普通は手作りとか考えないのかい?」
「素人が作っても確実に美味しいものが出来るとは限りませんから。それに私もケーキは作ったことがないので」
簡単なクッキーとかなら作ったことがあるが、ケーキとか本格的なお菓子は俺だってノータッチだ。色々と材料を買って失敗するよりなら、専門に作っている人に頼んだ方が安上がりだろうしな。
何より、あの姉弟に渡す最初の誕生日プレゼントなのだから美味しい物じゃないと。
「沙織さんの腕を信用しています。それでお願いできないでしょうか?」
「代金は貰うけどいいかい?」
「大丈夫です。それは最初から考えていましたから」
従業員だからと言って甘えてばかりはいられない。払うものはしっかりと払っておかないと、後で禍根を残すかもしれない。それに腕時計を貰っておいてこれ以上、何かを貰うのも気が引けるからな。
「うーん、せめてデコレーション位はやらない?」
「飾りつけ位なら大丈夫かと」
「じゃあその方向で行こうか。やっぱり少しは琴音も手を加えないとね」
「ならもう一品作りましょう。クッキー位なら私でも作れますから」
「完璧手作りとお祝いの品と。いいんじゃないかな。作るのは来週の土曜の朝にしようか」
「お願いします」
作り置きよりは当日に出来た物を届けた方がいいだろう。となるとクッキーは厨房を借りて作ることになりそうだな。材料は俺の持ち込みとして、作業は沙織さんに見てもらうことにしよう。
その方が美味しく作れそうだからな。
「それじゃこの話はまた今度。今は今日の仕事をしようか」
「分かりました。手伝うことは何ですか?」
一旦、話を保留にして開店準備を始める。お店の料理に関しては俺もまだ作ることは出来ないが、仕込み位はやっている。あとは店内の掃除などが俺の担当となっている。
時間になれば表のカードをオープンにして来客を待つだけだ。
「いらっしゃいませ」
オープンに切り替えて最初の客は決まっている。結構若い男性か、同じくらいの年齢の女性なのが俺が働き始めてから通例となっている。というかここまで来ればどういう人物なのか想像できるんだよな。
母や会長の話からこの人達だと当たりは付けている。
「お冷です」
「すまないな」
だから今日は気を遣って水を提供していた。流石に珈琲を無料で配るわけにもいかないからな。それにしても相変らず朝から疲れたような顔をしているよな。そんなに朝のトレーニングはきついのだろうか。
ちなみに今回は男性だ。
「お仕事大変ですか?」
「あぁ、特に朝がな。それさえなければ楽な仕事なんだが」
「走る距離を減らすつもりはないですよ。むしろ増やしましょうか」
「勘弁してくれ。……あっ」
「油断し過ぎですよ」
それだけ告げて他の来客へと対応する。会話の中に混ぜただけだからすんなりと漏らしてくれたな。護衛の人達はやはりこの人達だったな。それにしても朝のトレーニングが辛いとはな。こっちは無理なく走っているというのに。
それにしても妙に来店の客は男性に偏っているのが気になる。
「琴音が働いてくれて助かるな。今までよりも来客数が増えたからな」
「そうなんですか?」
「平日は左程変わらないんだが、琴音がいる休日になるとお前目当ての客が増えるからな」
「まさに看板娘ですか」
そういえば沙織さんは店内に顔を出すことはないから、必然的にお客の対応は店長がしているんだよな。やっぱりお店の中に花があった方が来客の数に影響するんだな。経験のあるバイト先では当たり前のように女性とも働いていたから全然気づかなかった。
しかし俺が看板娘ね。全然似合わないな。
「よく働くし売り上げにも貢献してくれる。これはいい誤算だったさ」
「それは良かったです。っと、来客ですね」
偶に店長と会話しつつ接客を行っていく。男性が多いと言っても女性客が少ないわけでもない。沙織さんのケーキなども好評でリピーターは多い。元々俺がいなくても売り上げに心配はなかったらしいが、やはり働き手が二人だと手が足りなかったのだ。
だから俺を雇ってくれたともいえる。
「そんなに働かされて怪我は大丈夫なのかい?」
「いつの話をしているのですか、源さん。それに大丈夫じゃなかったら店長に怒鳴られていますよ」
「当たり前だ。貴重な従業員に無理させるわけにはいかないだろ。それとも源、俺はそんなに非情な男に見えるか?」
「冗談ですよ、店長。俺だって若い子と話をしたいだけなんだからさ」
怪我が治って働き始めたら、結構なお客さんから心配された。土日には確実にいるであろう俺が二週間位顔を見せなかったのが理由だったのだが、意外と人気があったらしい。来店してくる人達は琴音の過去を知らないからな。
偶にセクハラ発言をしてくる人もいるが、そんな人には笑顔で威嚇しておく。もちろん店長からの睨みも追加だ。
「源さん、休日の度に来店していますけど彼女とかいないんですか?」
「凹ませないでくれ、琴音ちゃん」
二か月位は休日の度に来店してくれて優良顧客なのだが、私生活が順調というわけではないだろう。もしくはその前に振られていたのだろうか。あとは合コンに失敗したとか。偶に凄く落ち込んで来店して来る時があるからな。
「あっ、いらっしゃいま!?」
「来ちゃった」
来ちゃったじゃねーよ!?何で笑顔で母が来店してきてるんだよ。事前に連絡もなく唐突にやってきて俺も度肝を抜かれたわ。美咲め、情報のリークを忘れやがったな。
「偶に来ているぞ。琴音の母親は」
「初耳なんですけど、店長」
「言ってないからな」
人の悪い笑みを浮かべる店長だが、絶対に分かっていて言わなかったな。俺を驚かせるのが目的だろうけど、それは成功だな。滅茶苦茶驚いたわ。
「何で母が」
「もちろんお前のことを心配してだろ。琴音の様子を聞きに来てたからな」
「何で私に言わなかったのですか」
「そっちの方が面白そうだったからな」
やっぱりかよ。となると沙織さんも知っていたんだろうな。俺が心配を掛けていたことへの意趣返しかもしれないが。
「琴音、ケーキセットをお願い。飲み物は紅茶ね」
「当たり前のように注文しているし」
慣れているな。しかも紅茶の種類を言わない辺り、店長にそこら辺は任せると言う事なのだろう。何回位来ているんだよ、全く。兎に角、いつまでも棒立ちしていても仕方ないから、注文通りにトレーに品物を乗せて母のテーブルに置く。そして対面に座ってみた。
「目的は何ですか?」
「琴音、少しは歩み寄れよ。そんな調子だと家族の会話に聞こえないぞ」
店長にも言われてしまったな。美咲にも言われたのだが、まだ俺の意識が琴音の母を自分の母親だと認識できていないんだよな。俺としても母親というものがどういうものなのか分からないのも問題なんだよな。
「店長さん、私は気にしておりません。琴音がこうなったのは私の責任なのですから」
それは違うと言いたい。言いたいけど、俺から掛けられる言葉が出てこない。俺は琴音ではないから、貴方のことを母親だと思えないとも言えない。母親というものがどういう存在なのか分からないとも言えない。
だから無言になってしまう。
「それで琴音がいる時に来た目的だけど。再来週に誕生日じゃない、あの子達の。だから一回帰って来れないかなと思って」
目的はそれか。こっちとしては元々行く予定だったから構わないんだが、今の母との会話で双子とどういう風に接すればいいのか分からなくなった。俺は一人っ子だったしな。
「あの子達は私のことをどう思っているのでしょう」
だから母に率直に尋ねてみることにした。双子にとって琴音という存在はどのようなものなのか。何とも思われていないのか、それとも忌み嫌われているのか。
「あの子達に嫌われるのが怖いの?」
「今までやってきたことを考えれば嫌われるのは当然です。でもこれからは違う関係を築きたいと思って」
琴音と家族との関係の修繕。父は除外されているが、せめて双子達とは和解したいと思っている。以前の琴音しか印象にない双子がどのような行動に出るのか予測がつかないからだ。予想だが、来年にはうちの学園に入学してくるだろう。その為にも関係を修繕しておきたいのだ。
「あの子達は琴音を嫌ったりはしていないわ。ただどう接すればいいのか分からないだけ」
「それだけですか?」
「えぇ。貴方が何故あのような行動をしていたのかは分かっているから。聡いと言ったでしょ」
「いえ、聡いとかのレベルじゃないと思います」
琴音の奇行を見ていたのは小学生から中学生の間だろ。その年齢でそこまで理解しているのであれば聡いでは済まないと思うんだが。
「今の琴音なら大丈夫だと私は思っているわ。そうでもなければこうやって確認に来ないわよ」
「それもそうですね」
「おい、琴音」
なら学友と接するように双子と距離を縮めればいいのかと考えていたら店長から声を掛けられた。何だろうと顔を向けると、店長が顔を顰めている。本当に何だ?
「だから家族に対して他人行儀は止めろと言っているだろ。香織に話しているみたいにしたらどうだ」
「そんなに変ですか?」
「あぁ、あくまでお前は目上の人と話しているように見えるぞ」
そういう風に接しているからな。友達以外には基本的に俺はこういう接し方を心得ている。それは前世から変わらない。親切にしてもらっていた隣家の人達にも基本的にはこの口調だったしな。だから殆ど癖なんだよ。美咲に関しては目上に見えないんだよ。
でも家族に対しては駄目なんだろうな。
「じゃあ、母さん。これからはこういう口調になるがいいか?……こんな感じですか、店長」
「確認するなよ。それにそれでいいだろ」
「琴音、もう一回!」
「何を?」
目を輝かせてテーブル越しに迫ってくる母に仰け反ってしまう。そして一体何をもう一回なのか全く分からないのだが。何か変なことを言ったかな。
「私のことをもう一回呼んで!」
「母さん」
呼んでみたら感動しているかのように身を震わしている。何だ、これ。というか接客を放り出して母と会話していていたことに気づいて、慌てて周りを見渡して見ると何とも言えない雰囲気で見られていることに気づいた。
凄い暖かい眼差しで見られているのだが。
「何だ、これ」
「皆、ほっこりしているんだよ。こういう現場なんて滅多に見られないからな。接客はいいぞ。全員自分達で注文して持っていっているから」
いつの間にセルフサービスになってんだよ。というか空気読み過ぎだろ。一応謝罪の為に頭を下げたら、全員から気にするなという風に手を振られた。いい人達だな、全く。
「おーい、話が進まないから戻って来い」
「ごめんごめん。琴音に母さんなんて呼ばれるとは思わなかったら」
「前はお母様と呼んでいたんだから変わらないだろ」
「うーん、感じ方が違うのよね。私としては母さんの方が嬉しいかな」
そこら辺の感覚は全然分からないな。呼び方一つでそんなに違うものなのだろうか。
「それで誕生日の話なんだが、少し早いけど来週の土曜日に向かおうと思っている。その時の父にもよるが」
「来週の土曜日ね。私の方で調べておくわ。後で携帯に連絡を入れるわね」
「夕方だったら大体出れるから、その時くらいに頼む」
「意地でもあの人に予定を作らせるから、任せておいて!」
「無理はするなよ」
「お前ら、父親に対して酷くないか?」
「「全然」」
これに関しては母と同意見だからハモってしまった。それに対して店長が目に見えて落ち込んでいるが、多分自分のことを重ねたのだろう。だが店長よ、うちの父と比べたらいかん。
貴方はいい父親だと思うよ。
活動コメントで血圧の話がありましたが、筆者低血圧です。
95~65だったかな、一番新しい数字は。
仕事で食生活がボロボロの時は65~50の時がありましたね。
看護師の人から5回位測り直され、医者からは死にますよと有り難いお言葉を貰ったこともありました。
真面目に仕事について考えた瞬間でしたね。