163.文月からの刺客②
さて、どうしたものかと悩む。そもそもアグレッシブな動きとはどのようなものか。慣れてきたとはいっても、まだベテランほど滑れるわけではないのだから。もしかして、跳べというのか。
「誰がこれを置いた?」
「隣の席の人だね。小鳥関係らしいよ」
近いな、おい。宮古の言葉に顔を向けたくはなかったけど、確認しないと駄目だよな。隣を向けば、普通に見れば一般客と見間違う格好の四人組の女性がいた。こちらにカメラを向けていなければな。撮影許可取れよ。
「撮影班の方ですか?」
「その通りです。お嬢様のご命令により、今回のお仕事を請け負いました」
「撮影班って何?」
「文月家専属の撮影を得意としている侍女集団。赤ん坊の成長記録や、イベントでの動画及び写真撮影を任務としている」
以前の文月家訪問で散々写真を撮られたので覚えている。というか、その中の人達だった。凄まじく呆れたような表情を向けてくる三人だけど、十二本家としてはこんなおかしな集団を抱えているのは普通だからな。
「小鳥はどうしたのですか?」
「旦那様を撃破後、奥様に撃破され、今回のご旅行を断念した次第です。その代わりに琴音様のご勇姿を撮影してくるよう願われたのです」
「ぶれないねぇ、小鳥ちゃんは」
晴美よ、俺の頬が引き攣っているのを察してくれ。それの被害者になるのは俺なんだぞ。どうして小鳥がそこまで俺に固執するのか分からない。カッコいい女性なんて世の中には沢山いるだろうに。俺が琴音に変わったらどうなるだろうか。
『興味を無くしてくれると助かりますね』
『友達が減るぞ』
『普通にお付き合いする分には構わないのですが。お兄さんを相手にしている時の小鳥さんは勘弁してほしいです』
あのテンションだからな。放置していると寂しそうな子犬のような雰囲気を出してくるのがまた何とも。そして対応すると尻尾をパタパタと振る子犬のような反応を示す。以降、ループだな。
「それで、アグレッシブな動きというのはどんなものですか?」
「技などを決めてもらえますと大変助かります」
「素人に何を求めているのですか」
「大丈夫です。十二本家の人間ですと大抵のことはできるはずです」
何、その変な信頼のされ方は。以前にも言ったが十二本家の人間にだって得意不得意がある。この人達にとって俺は肉体派だと思われているのだろうか。だからって、初挑戦のもので初日から高難易度の技とかできるはずないだろ。
「仕方ない。休憩後、ちょっと別行動させてもらう」
「何をするつもり?」
「頂上から滑り降りてくる」
「意外と普通の方法にしたわね」
香織よ、それ以外に何をしろと。特設のコースはあるけど、あれはそもそも跳ぶこと前提のものだから無理だ。やれと言われても、絶対にやらない。幾ら身体能力に優れている琴音でも無理だろ。失敗例を見ている身としては、やれる気が全くしない。
「この程度しかやれませんからね」
「無理を言っているのはこちらなので構いません。できればエアを撮影できれば文句なしなのですが」
「私に死ねと言いますか」
エアを披露する前にジャンプしてぶっ飛んでいく未来しか見えない。空中制御なんてできるわけがないだろ、馬鹿野郎。顔面から落ちていったら誰が責任を取ってくれるんだよ。ちらりと護衛を確認すると全力で首を横に振っている。それは絶対にやるななのか、それとも文月と関わりになりたくないのか、どっちだよ。
「小鳥を誘った責任を取って、香織も一発芸を披露すべきじゃないか?」
「あはは、何をトチ狂ったことを言っているのかしら、この子は」
笑顔で拳を押し付けてくるな。誰の所為でこんな事態になっていると思っている。でも、香織も悪いわけではないか。小鳥との約束を守ったら、こんなことになっただけ。結局は巡り合わせが悪かったとしておこう。
「そして、やってまいりました。山頂付近」
「すでにヤケクソ気味になっているな」
天気は快晴で、景色も素晴らしい。撮影班の人に一枚くらい風景写真を頼んでおくか。そのくらいの報酬があってもいいだろ。こっちはあくまでも善意の協力をしているのだから。そして、俺の保護としての貧乏くじを引いたのは恭介さん。
「それでどっちを選ぶ。真正面の最短急勾配と、安心安全の長距離斜面」
「後者一択です。初心者が上級コースを選んでも悲惨な目にしか合いません」
そっちは本当に無理。明らかに初心者が挑戦していいコースじゃない。転んだとしても、そのまま滑り落ちていきそうなほどの急斜面なんだぞ。アグレッシブ通り越して、恥ずかしい動画が出来上がってしまう。
「最初は緩やかに。慣れてきたらそれなりの速度を出せれば納得してくれるでしょう」
「こっちとしても危険なことに挑戦してほしくないからな。相手が納得するかは別だが」
強引なほどに跳ぶ方向を推してきたからな。何回、できるわけがないと言い張ったか。確かに跳ぶこと自体はできる。着地を度外視すればだけれど。明らかに事故動画が出来上がってしまうのに、動画班はそれでいいのか。
「それじゃ、出発ー!」
「あまり無茶をするなよ」
する気はないけど、テンションが上がってきたら分からないな。今回の件に関しては動画を見るのは小鳥だけだし、広めたとしてもそれほど多くはないだろう。それに、ただ滑っているだけのなのだから恥ずかしくもない。格好だって普通だし。ならば、怖じ気づく必要はない!
「一般客に迷惑は掛けれないけどな」
『ぶつかりでもしたら、大変ですからね』
流石に山頂付近ともなれば、人の量も多い。こんなところでスピードを出し過ぎても危険だ。それにまだ俺はスノーボードを体験して数時間も経っていないのだ。突発的な事態に対応できるほど慣れていない。
『時間の問題な気はしますけどね』
「琴音が優秀なおかげだろ」
それほど声量を上げていないので、風の音で俺の独り言は周囲に聞こえないはず。琴音との会話は普通にできるようになっているけど、彼女曰くずっとこのままではいられないらしい。いつかは自分の声は届かなくなると。
「ここで疑問が一つ。撮影班があの二人だけだと思うか?」
『まさかですね。この程度の手勢で小鳥さんが満足するはずがありません』
「だよな」
話しかけてきた二人以外にも小鳥が送り込んできた撮影班がいるはず。そのはずなのだが、ピッタリと後ろを追従してくる二人以外にカメラをこちらに向けてきている人が見当たらない。
「というか、何でカメラで撮影しながら滑れるんだよ」
『見事なまでに一般客を避けながら、こちらを追従してきますね』
俺が見ている光景は琴音も見えている。だけど幽体離脱みたいに俺の視界以外のものまでは見えない。あくまでも同一の身体を共有しているだけだ。それでも思考、相談が同時にできるのはありがたいな。
「身体も温まってきたし、そろそろギアを上げるか」
『無茶は駄目ですよ。怪我なんてしたら、また心配されるのですから』
「ごもっともで!」
修学旅行の二の舞だけは勘弁だな。それでもここで何かしらのアクションをしないとテイク2を要求されるかもしれない。これ以上、プライベートを侵食されるわけにもいかないだろ。だから一発OKを貰うしかない。
「ぶっちぎる!」
『それだと失敗になりますよ!』
琴音からの制止を無視しして速度を上げていく。もちろん自分で制御できる限界を超えないように。無茶をしないのは重々承知しているのだ。一般客とぶつかるのだけは何としても避けなければ。事故だけは注意しないと。
琴音と琴音が合わさり、思考力二倍!
しかし、相変わらずこの作品はリアルの季節と逆行していると思います。
夏真っ盛りに冬の場面って。




