162.文月からの刺客①
時系列が元に戻ります。
三話で分割しましたので、一日毎に投稿予定です。
リフトから降りる際になぜか晶さんがこけたのは意外だった。聞けば未経験者だとか。瑞樹さんも少し齧った程度だと話しているけど、人選として大丈夫なのか。本来であれば、慣れているベテラン者を選ぶはずだけど。
「まさか、ごり押した?」
「経験者の俺とおっちゃんで対応できるだろうという結論が出たんだよ」
確かにスキーをチョイスした恭介さんと伍島さんは立ち姿に不安定さはない。いや、それでも役に立たない二人を側近の護衛に選ぶかな。ジーと恭介さんを見れば、そっと視線を逸らした。おい、こら。
「大丈夫だって。俺達以外は経験者を揃えているんだ。不測の事態に対しての対処は可能だ」
「それならいいのですが」
一番いいのは不測の事態が起きないことだけど。先程から気になる人物がいるんだよな。シーズン中だということでそれなりの利用客がいる中で、何となく気になる程度の違和感がある。それが何か分かるまでは行動するつもりはないけど。
「まぁいいや。自主申告。初心者は挙手で」
俺の言葉に手を挙げたのは俺、香織、宮古、晶さんの四人。いや、あんたは手を挙げるなよ。晴美と瑞樹さんは少しばかりの経験者。そしてベテランなのが男性二人か。暫くは初心者用のコースを往復だな。
「それでは教師役をお願いします」
「それ、俺達の仕事じゃないよな」
いいじゃないか。どうせ仕事なんて殆どないのだから。誰かに教わったほうが上達するのも早い。自己流だと何か致命的な間違いがあったら危ないだろ。俺だって多少は齧った程度の知識しかないのだから、一番頼りになるのは経験者だ。
「仕方ない。準備運動は済ませているから、大事なことから教える。ヤバいと思ったら、転べ」
もちろん、言葉だけで終わらないのが恭介さんのいいところだ。これが晶さんだったら、本当に言葉だけで終わると思う。ただ、正しく理解していない香織や宮古は怪訝そうな表情をしている。補足しておくか。
「予期せずスピードが出たり、誰かとぶつかりそうになると思ったら、無理せず倒れたほうがいいんだよ。転び方もちゃんとレクチャーしてくれるはずだ」
「顔面からいったら、かなり危ないからな。あとは尻を着いた程度じゃ止まらないから気を付けるように」
スキーやスノボーで基本的な点を簡潔に教えてくれる。どうやら恭介さんは両方を習熟しているようだ。真剣に聞いているこちらとは違い、晶さんはとりあえず行動して失敗している。あちらは伍島さんに任せておけばいいか。
「以上の点を気を付けるように」
「最初はゆっくりとだな。無理だと思ったら、恭介さんに保護を頼もう」
「やっぱり経験者がいると違うわね。私達だとまともに滑れるようになれるまでで一日が終わっちゃうわ」
ペアは俺と香織。宮古と晴美になっている。離れた位置に見覚えのある他の護衛の人達もいるから、万が一何かあっても大丈夫だろう。とりあえず、ゆっくりと滑り、感覚を掴むことから始めるか。
「やっぱり膝の使い方だな。あとは上半身でバランスを取りつつ、視界は正面だけ見ていないで全体を把握するように」
「琴音。それは頭の中がこんがらがってきそうなんだけど」
「慣れ方は人それぞれだからな。香織は自分のペースでやるといい。無理に付いて来ようとすると怪我するから」
トライ&エラーも大事だけど、もっと重要なのは怪我をしないようすること。せっかくの旅行なのに、怪我をして楽しめなくなるのが一番残念だ。それに俺だって自分だけで楽しもうとは思わない。ちゃんと香織達のペースに合わせるさ。
「うん。段々と掴めてきた」
「早いわよ!」
恐々とゆっくり滑ってくる香織から文句を言われるけど、こればっかりはな。俺だった時だってこれほど早く慣れることはできなかった。やっぱり十二本家の人間って身体能力が高いのかな。でも、葉月先輩とかは頭脳派だし、それぞれで違いはあるか。
「失敗例とかも見ているからな」
「例えば?」
「大ジャンプからのコース外へドロップアウト。そのあとの捜索願」
「大事件じゃない」
「あいつ等だからな」
遭難したとしても自力で帰還してくるような奴らばかりだから、それほど心配はしていなかったな。回収された後に馬鹿やった奴はきちんと説教を受けていたけど。あれは誰だったかな。特攻隊長かな。
「しかし、晴美が経験者なのが予想外だな」
「何でも両親が嗜んでいるらしいわよ。それに付き合っているから、自然とできるようになったみたい」
なるほどね。両親の影響か。俺の義母はどちらかといえば頭脳系だから、あまりこういったところに連れてきてもらった覚えがないな。基本的には仲間内で動き回っている方が多かったし。偶に拉致なんかもされていたな。琴音の身でそれをやられていたら、大事件に発展してしまうけど。
「宮古が危なっかしいな。身体に力が入り過ぎて、逆に安定していないな」
「普通は転ばないように身構えるものよ。あっさりと順応している琴音がおかしいの」
単純に度胸が据わっているだけなんだけど。転ぶ必要があると思ったら、迷わず実行する。手遅れになるよりは何倍も良い結果になるはず。ただし、状況にもよるけどな。その結果が明らかに罠であり、悪い結果となるなら我慢も必要だ。
「足が固定されるだけで、ここまで動き辛くなるなんてっ!?」
「顔面は危ないって」
顔から倒れこみそうだった香織を支えつつ、そっと周囲を観察する。やっぱりというか、怪しい人が何名かいるな。同じような人物がずっと付いてきているのであれば、こっちだって気付く。護衛の人達も気づいていて行動していない点から、危険性はないと判断できるけど。
「心当たりはあそこしかないよな」
「何のこと?」
「香織。私の予定を小鳥に伝えたな?」
そこで顔を逸らすのは肯定していることになるからな。護衛には何かしらの通知があったのか、それとも護衛が確認したら伝えられたのかどちらかだな。俺でも気付くような尾行だから、そこまでの精鋭ではないのかな。比較対象は瑠々だけど。
「小鳥にはタブレットの借りがあるから」
「別に私も秘密にするつもりはなかったからいいけどさ。この対応で小鳥が来れないのも分かったし」
どうやら文月家家族会議での勝者は両親だったみたいだな。父親は論外だとして、あそこの母親は強すぎる。幾ら小鳥でも突破、または論破するのは不可能に近い。それに予定を先に入れているのであれば、プライベートを捻じ込むのは無理だ。それをやってしまえば、ドタキャンになってしまう。
「私が顔を向けた瞬間にカメラを隠すのは露骨すぎるだろ」
「本人にバレているのなら、もう堂々とやっても構わないんじゃない?」
「それだと私が落ち着かない」
なぜプライベートの旅行で他人から撮影されなければいけないのか。あれはどう見ても静止画ではなく、動画を撮影しているだろ。いや、静止画担当もいるか。あの小鳥がやりそうなことは、やり過ぎくらいに考えるのが妥当かもしれない。
「気にしなければいいじゃない」
「言っておくけど、あれには私以外にも香織も映っているからな」
「謀ったわね!」
「どっちがだよ」
どう考えても陥れられたのは俺だろ。協力者である香織を小鳥だって邪険にはしないだろう。あの子が敵として認識するような人物は多くないと思う。それこそ露骨に何かをしない限りは。
結局、気にしない方針にはした。一時間程度の練習ではあったけど、俺は慣れ、香織もそれなりに滑れるようになったけど、宮古がまだまだだな。そして、一旦休憩となったのだが、そこで予期せぬトラブルが発生した。
『もっとアグレッシブな動きを要求します』
「指示出すのかよ」
席を離れた僅かな時間になぜか手紙が置かれていて、中身を確認したらこんな文章だった。なりふり構わないのかよ、あいつ等は。
居間のテレビが逝かれました。
今年の夏は家電特攻属性でもあるのでしょうか。
PCやエアコンを買い替えて、TVまでとなると流石に貯蓄がヤバいです。
娯楽が減れば作業が加速するのですが、辛い!




