161.過去と今の未来争奪:後編
奢りということで温かい缶コーヒーを貰ったのだけど、何を言い返そうとしたのか忘れてしまった。狙ってやったのであれば、こちらの心の内側を読んでいるに違いない。駄目ね、思考が明後日の方向へ向いてしまっている。
「どうしたの? 唸っちゃったりして」
「勇実さんの所為じゃないですか」
気になる単語をポロポロと零すから、本題から逸れた思考になってしまう。大体、何なのよ。魔窟というよく分からない単語は。話からして集団を表しているとは理解できるのだけど。そういえば琴音も偶に零していたような。
「私から言わせれば、勇実さん達は琴音の中身にしか興味がないように思います。私が必要としているのは全部ひっくるめた琴音なんです」
「そうだね。だから琴ちゃんは私達との将来を考えていない。それが目下の問題かな」
「そんな感じはしていないような気がしますけど」
いつだって琴音は勇実さん達と話していると楽し気にしている。縁を断つような素振りは見せていないと思う。なのに、将来を共に過ごそうとは思わないのかな。
「総君との付き合いは一番長いからよく分かるの。琴ちゃんはちゃんと、琴音としての未来を考えているの」
勇実さんの表情はちょっと寂し気な印象を抱かせる。思えば、勇実さんはずっと一緒だった人と死別したことになる。そして、予期せぬ再会と変り果てた姿となった大切な人と巡り会えた。その心境を私は想像できない。
「でも、琴ちゃんは総君としての立場も捨てないでくれている。私はそれだけで十分だったんだよ。だけどさ、それでも欲張っちゃうのが人間じゃないかな」
再会だけでは足りない。未来もずっと一緒に居たいと思うのは当然よね。私でも同じ思いを抱く自信がある。仮に、琴音と唐突な別れを経験して少しの間だけ会えるのであれば、私も我儘を通すと思う。
「だからさ。香織ちゃんが琴ちゃんとの未来を諦めてくれるのであれば、まだ私達にも希望があるんじゃないかと」
「諦めませんし、譲るつもりもありません」
「だよねー」
勇実さんの言葉を遮るように決意表明をした自分に驚く。それだけ琴音の存在は私にとって大切なものになっていたのかもしれない。付き合いとしては短いけど、それでも勇実さん達に負けないだけ琴音の色々な面を見ているはず。
「戦況的にはこちらが不利。あとは琴音さん次第かな」
「何のことですか?」
琴音をさん付けする意味が分からない。キョトンとした後にニンマリと笑う勇実さんに腹が立つ。私の方が琴音を知っているという様子だけど、それは違う。勇実さんが分かるのは総司という人の行動方針よ。
「琴ちゃんの中にはまだ琴音さんが残っている。そんな気がするのよね」
「えっ、あの性格最悪な琴音ですか」
「性格は悪くないよ。だったら琴ちゃんがあんな行動をするわけがないから」
何か頭がこんがらがってきた。私の知らない琴音がまだ他にもいるというの。それにどうして勇実さんがその事実を知っているのかもわからない。そこへ至るだけの根拠ある行動を琴音はしていただろうか。
「何で分かるんですか?」
「正月に琴ちゃんがやらかした行動でかな。護衛の排除を私達の手を借りてまで本気でやるなんて、普段の琴ちゃんならやらないわよ」
「本人は私怨だって言っていましたよ」
「それもあるだろうけど。総君ならこう考えていたはずだよ。琴音さんの邪魔になる存在なら消えてもらおうと」
過激すぎる考えだけど、琴音ならやりかねないと思ってしまう。でも、ちょっと待って。勇実さんの言い方では、それは今の琴音の為じゃない。本当の琴音の為にやったことになる。それってつまり。
「琴音は立場を譲ろうとしている?」
「多分ね。琴ちゃんもそんな考えになったのは最近じゃないかな。性格が悪かったら、総君でもこんな真似はしなかったはずだよ。それだけ琴音さんのことを大切に思っている証拠のはずだね」
「私は性格の悪い琴音までしか知らないので」
「総君が初めて会った頃の琴音さんだろうね。一夜の思い出は二人だけの大切な記憶だったのかもしれないよ」
新しい情報が続々と入ってくるのだけど、私が一番確認したいのは別。今の琴音が消えて、本当の琴音になってしまうのかどうか。それとも、本人の意思で人格が切り替わるのか。後者ならまだ妥協できる。でも、前者であったなら何としてでも琴音を説得する必要がある。
「今の琴ちゃんが消える可能性はほぼ無いと思うから、私としては琴ちゃんの意思を尊重するよ」
「確信があるんですか?」
「この間会った時、特に別れ話もなかったからさ。琴ちゃんの性格なら何かしらのアクションはするはずだもん。それがないということは琴音さんに何か言われて、説得でもされたんじゃないかな」
やっぱり私よりも、勇実さんの方が琴音を理解していると思い知らされた。内面を知っているだけで、ここまで何でも理解できるものなのかな。他人から語られても、納得できる根拠なんてない。でも、ここまで自信満々に言われたら信じようとも思えてしまう。
「琴音さんは凄くいい子だと思うよ。庇護欲を駆り立てられるタイプかな。うん、今の琴ちゃんと真逆のタイプだね」
「よくそこまで妄想ができますね」
「段々遠慮が無くなってきたね。いい感じだよ。確かに私は以前の琴音にも、その前の琴音さんにも会ったことがない。でもさ、琴ちゃんが守りたいと思う女の子は知っているつもりだよ」
それは琴音じゃなくて、総司さんの趣味嗜好の話にならないかな。でも、私が知っている琴音もそんな子を心配するかもしれないわね。誰の所為でその子の未来が、かなりおかしな方向に向かっているのかは考えないでおこう。
「仮にその子が琴音の後を引き継いだら。絶対に大変な目に遭いそうな気が」
「うーん。どうだろうね。楽しい人生になるとは思うよ」
中身の人物が入れ替わっても、絶対にこの人達は付き纏う気満々ね。言うなれば、大切な人の形見になるのかな。最初の琴音がかなりの苦労を背負い込むのは確定だよね。なんだかんだで私も付き合うような気がするけど。
「小鳥がどんな反応を示すのか怖い部分もあるわね」
それ以外の十二本家の人達もまた変わった琴音に対して、どのようなアプローチをするのか気になってしまう。元に戻そうと画策するか、それとも変わらずに接してくれるか。前者だったらどんな騒動が起こるのか怖いわ。
「でも、本当に琴音は変わらないんですよね?」
「本人に確認したわけじゃないから断言できないけど、私としては殆どないと思うよ。言ったでしょ、前の琴音さんはいい子だってさ」
それだって勇実さんの妄想だよね。それでも少しだけ安堵してしまう。以前の琴音には悪いけど、私としては琴音に代わってほしくない。私として必要なのは、現在の琴音。それ以外とどのように付き合えばいいのか分からない。
「さて、宣戦布告も済んだし、私は他の面子と戦略的会議をしないと」
「綾香さんとかも巻き込むつもりですか?」
「うーん、私から言い出さなくても勝手に参戦してくるよ。必ずね。他の面子だって似たり寄ったりだよ。賑やかになるだろうね」
苦労する琴音が目に見えるわ。それだったらさっさと琴音をこちらに引き入れたほうが賢明かも。こっちとしても気になるし、心配になってしまう部分がある。あとは琴音の真意もちゃんと確認しておかないと。
「それじゃ香織ちゃん。また後でねー」
こっちの返事も聞かずにさっさと走り去っていった勇実さんだけど、ずっとペースを握られぱなっしだったわ。あんな人とずっと付き合っていた総司さんもきっと頭のおかしな人だったのね。
「ちょうどいい機会かな。今回の旅行で琴音から聞くのは」
ただ、晴美や宮古が一緒の時には聞けない話ね。どこかで二人っきりになるタイミングがあればいいのだけど。もし駄目だったら、終わった後にでも私の部屋に呼べばいいか。機会を作ろうと思えば、何度だってあるのだから。
「それと、一応小鳥に伝えておく必要もあるわね」
タブレットを貰った代価として、琴音に関する情報を渡す約束をしちゃったから。流石に今回の話は持ち出せないけど、旅行に行くことくらいはいいかな。今更、一人増えても問題ないでしょ。
「小鳥相手なら他の二人もそれほど抵抗はなさそうだし」
学園での休み時間に私と同じで琴音がいる教室にやってくるから。他の十二本家ほど恐れ多くはない。苦労を背負い込むのは琴音だけど、それは必要経費としよう。こちらとしては見ている分には面白いし。
「あれ、私も勇実さんみたいな思考になっていないかな?」
頑張れ、琴音。私は傍から見ているだけだから。
まさかコンセントが丸焦げ状態になっているとは思いませんでした。
思いっきり火花散っていましたからね。火事一歩手前でしょうか。
エアコン交換のために調べていなかったら危なかったです。
何で私は九死に一生みたいなことを書いているのでしょうか。