158.緊張は霧散し、弾ける
本日、コミカライズ7話更新日のはず!
更新時間はお昼頃ですね。
全てをシャットダウンして、本気で寝てやった。旅の醍醐味は移動中の会話という人がいるかもしれないが、自分の痴態で盛り上がる会話に参加するつもりは微塵もない。後で綾先輩に苦情を入れてやろう。そして、新幹線から降りて、駅から出たのだが。
「寒っ!?」
防寒着を着込んでいるのに、寒さが肌に突き刺さる。これが零下の世界か。隣を見れば、他の三人も俺と同じように震えている。地元では零下にまで気温が落ちるのは珍しい。だけど、テンションは下がらない。逆に滅多にできない経験となってテンションは上がる。
「予定では、この後バスで移動だよな?」
「その必要はないわ」
晴美に尋ねたのだが、返答は俺の腕を摑んだ晶さんから返ってきた。反対側の腕は瑞樹さんに摑まれている。どうしてここで俺を捕獲する理由があるのか。周りに助けを求めようとしたのだが、なぜか納得するような視線が向けられている。
「琴音。因果応報よ」
「私が何をしたと」
「修学旅行と正月で自分が何をしたのか思い出してみなさい」
香織の返答に俺ですら納得してしまった。確かに過去にやらかした所為ではあるな。護衛の人達の警戒心が今まで以上に上がっている。でも、今回は何かをやらかすつもりは微塵もない。平和な旅を望んでいるのだ。
「移動用の車は私達で用意したわ。不確定要素は全部潰してあげるから覚悟しなさい」
それは俺の行動を縛るのではないだろうか。行動の一つ一つを監視されるのは間違いないな。絶対に俺が一人で行動する事態だけは防いでくるはず。どうする、撒くか。いや、土地勘も一切ない場所で大立ち回りしたところで俺が危なくなるか。
「琴音。逃亡する前提で考えていない?」
「ソンナコトナイヨ」
付き合いの長い香織には思考が読まれてしまっていたか。実際、逃げる必要なんてないんだよな。今回の旅行プランは晴美と宮古が組んだものであり、俺はその行程に従うだけ。完璧に受け身なのだから問題を起こすつもりはない。
「正月で学んだんだ。私が率先して前に出ると、事態が悪化していくと」
「十二本家や魔窟の人達が参戦してくるわね。葉月先輩から貰った『逸脱者対正規軍』の映像は凄かったわね。あれで特撮じゃないんだから」
「待て。いつの間にそんなものを受け取っていたんだ」
「郵送で送られてきたわよ」
なぜ、あの二人は香織に暴露するような真似をするんだろう。絶対に何かしらの裏がありそうな気がする。卒業したら出会う機会は少なくなるだろうと思っていたけど。絶対に喫茶店に来るよな。香織を懐柔するつもりか。
「香織を情報源にするつもりか」
「私を何かに巻き込むの止めてくれない?」
いや、すでに巻き込まれているから諦めたほうがいい。卒業したのならば、俺の行動を直接眺めるのは無理になる。なら、俺の近くの人間から情報を仕入れようと考えても不思議じゃない。その為に香織へ便宜を図っているのかもしれない。
「会話はそこまで。さっさと移動するわよ」
「琴音ちゃんには悪いけど。今回は私達が引率するから無駄な抵抗はしないでね」
両腕を掴まれて、ズルズルと引き摺られていく俺を三人は写真を撮りながら笑っていた。助ける気は微塵もないのだな。護衛の人達が引率者であるのならば、トラブルが起きてもすぐに対処してくれるだろう。そこら辺は最近の出来事で鍛えられているからな。
「今回は何人くらい付いてきた?」
「常時は私達四人。待機組で六名が控えているわ。これでも人員は絞ったのよ」
総数十名か。確かにいつもに比べたら少ない。でも、追加の人員を用意するだけ俺を警戒しているという訳か。これは暫く大人しくしていないと警戒度が上がってしまうか。せめて、いつも通りの人数になるまでは馬鹿な真似は出来ないかもしれない。
「確保してきたわよ。周囲に警戒するような人物はいた?」
「報告によればいない。ただ、あの化物レベルの奴らだとこちらの警戒網を突破してくるのは確実だな」
奴らはテロリストレベルで警戒しないといけないのだろうか。今回に限ればその警戒も無駄なのだけど。俺が言った所で信用してくれないか。だって、魔窟の連中は神出鬼没だから。俺もいつエンカウントするのか全く予想ができない。
「情報収集しておきますか?」
「止めてくれ。琴音が発信したのならば、奴らが集まってくるかもしれない」
伍島さんまで俺を止めるのかよ。あの悪夢のような魔窟たちの蹂躙は護衛の人達に多大なるダメージを与えたようだな。俺だってオチが分かっている行動はしないさ。下手したら本当にすっ飛んできそうだからな。
「今回の旅行については馬鹿達に一切伝えていないので大丈夫だと思いますよ」
「琴音からの発言であろうとも油断はできない。おかげで俺達がどれだけ屈辱を味わったか」
恭介さんが歯軋りするほど悔しがるなんて、あいつ等は一体何をやらかしたんだよ。奈子と壮絶な格闘戦を繰り広げたのは知っているけど、瑠々が死体蹴りでもやったのかな。あれの性格的にネタの為に煽りを入れていただろうし。
「何か、いつもと雰囲気が違うわね。夏の時はもっとフレンドリーだったと思うけど」
「それはね、晴美。琴音が馬鹿な真似をした結果よ」
鬼気迫るものがあるよな。俺は気にしないけど、このままだと他の面子に威圧感を与えてしまう。それだと楽しい学生旅行にはならない。だったら、俺が何をすればいいのかも分かっている。
「護衛が自分達の為に対象を縛るのはどうかと思いますよ。それと、対象以外に威圧感を振りまくのは如何かと。それでは正体が割れてしまいます」
「正論だけに言い返せないわね。でもね、琴音。私達はそれだけの事件に巻き込まれたのよ」
「それはそれ。これはこれです。切り替えこそが大事な場面もあるはずです。私が望んでいるのは平凡な旅行。それを邪魔するのであれば、牙を剝きますよ」
俺の暴走がどのような結果となるのか分かっている護衛の方々は一様に黙り込む。ただ、俺の発言はブラフだ。この状況で暴走するつもりはない。だってする理由がないし、ここでは地の利を生かせず俺が負けるのが確定的だからな。
「無駄な緊張感はいらないだけです。もっと楽しみながらいきましょう。私達の旅行ではありますけど、参加者には晶さん達も含まれているんですから」
交通手段を確保してくれたのだから、道中は一緒だ。なら、旅は道連れ世は情けというじゃないか。一蓮托生で地獄へ落ちるのではなく、楽しく行程を過ごそう。年齢は違えど、お互いを知っているからこそ会話に花が咲くというもの。
「それはつまり。飲んでもいいということかしら?」
「おい、誰かこいつに緊張感を再注入しろ」
よし、晶さんのタガは外れたな。ついでに恭介さんもいつも通りになってきた。伍島さんは諦めたように溜息を吐いているし、瑞樹さんなんてこちらのファッションに興味津々となっている。やっぱり、護衛の人達も個性が濃いな。
「琴音の煽りに乗ってあげるわよ。要するに、私達は賑やかし役になればいいのよね?」
「要約するとそうですね」
「だったら今までのストレス発散の意味も込めて、私達の慰安旅行にしてあげるわよ!」
「おい、マジで誰かこいつの暴走を止めろよ!」
それは恭介さんのお仕事だな。煽った俺が止める道理はない。今までの雰囲気から一変して、こちら側の面子も苦笑いを浮かべている。上がり下がりが激しくて、本当に済まないな。だけど、慣れれば大丈夫。俺のように。
「琴音ちゃんはスキーとスノーボードどっちをやるの? ウェアはどうするの? 私が選んでもいい?」
そしてもう一人の女性である瑞樹さんまでタガが外れてしまっているご様子で。どうせ毎年通う訳でもないからレンタルでいいだろうとは思っているけど。ファッションショーで時間は潰したくないな。ここは香織と協力して何とかしないと。あのクリスマスイブ前の惨劇だけは避けたい。
車内配置は以下の通り。
恭介 伍島
晶 琴音 瑞樹
晴海 香織 宮古
絶対に逃がさないという意思の表れでしょうか。