17.大事な交渉
無事にとは言い難いですが復帰しました。
そして早々に誤投稿で12話の改訂版を深夜に上げてしまいました。
何をやっているんでしょうねぇ。
17.大事な交渉
昼に一悶着あったが、あまり気にしないでおこう。教室に戻った皆川さんが黄昏ていたが、それも気にしない。どうせ噂がまた流れて、彼女に迷惑が掛かるだろうが、あれは俺の所為じゃない。
悪いのは全部あの会長だ。そう思うことにしよう。
「学園長、入りますよ」
放課後にやってきたのは学園長室。目的は昨日の報酬を頂くためだ。さっさと報酬を頂いておけば、これ以上無理難題を言われることもないだろうと考えてのことなんだけどな。
入れば相変らず仕事をしている。本当にワーカーホリックじゃないのかと疑いたくなってくるな。
「今日はどうした?」
「昨日の報酬を頂きにきました。さっさと寄越してください」
「なら、丁度良かった」
学園長が取り出したのは腕時計だった。俺が店長から貰っていたあれだ。あそこまで壊れていたというのに学園長が持っている腕時計は壊れる前と何ら変わらない姿をしている。
学園長に修理を頼んでいて良かった。
「ありがとうございます」
「結構苦労したぞ。まさかのプレミア級の珍しさだったからな」
「それほどですか?」
「著名な職人の手によるもので部品ですら入手困難だった。結構な額が飛んだな」
えっと、店長と沙織さんは何者なんだろう。話を聞く限り、どう考えても一般庶民が持つような腕時計じゃないよな。これ時価幾らの品なんだよ。それをポンと見知らぬバイト候補に渡すのもどうかと思う。
「どうした?受け取らないのか」
「すみません。ちょっと考え事していました」
まぁ二人について考えないでおこう。どうせ聞く気もないし、俺と二人の関係が変わる可能性もないだろう。あくまで雇い主とバイトだからな。
「食券と珈琲はそっちの棚に準備済みだ」
指示された棚はいつも珈琲を取り出している場所。そこにいつもは無い筈の紙袋が用意されているから、これなんだろう。さっさと回収して去ろう。また変なことを聞かれても困るからな。
どうせ昨日の課題なんてまだ用意できていないだろう。
「それでは失礼します」
「生徒会の方はどうだ?」
それは聞かないで欲しい。凄い面倒臭いことになっているのだから。そもそもこの事態を引き起こしたのは学園長なんだよな。マジでこの人は何を考えているのやら。
「会長に付き纏われています」
「なら会長からは信頼されたということだな」
「私が勝ち取った訳ではないです。学園長の声があったからこそ、生徒会長は信頼することにしたのでしょう」
俺一人だけでは絶対に無理だろう。なにせ去年のことがあるからな。まず接触を持つようなこともないと思っていた。ただ、あの三人はいいだろうが、残りの二人については不安な部分がある。まぁ拒否されたら潔く去るだけだがな。
「私だけではないさ。君の仕事ぶりを評価したのだろう。使える者は何でも使うからな、彼は」
「いい迷惑です」
最後に苦言を呈して学園長室を去る。露骨に注目を集めるのは好きではなかったが、今朝の一件と昼休みの件で注目を集める結果になってしまった。俺と生徒会が接触を持ったことは生徒達の中で注目の的になっているだろう。
それが会長の狙いなんだろうが。
「失礼します」
「待っていたよ。それじゃ返事を聞こうか」
ニヤニヤしている会長が腹立つな。他の二人はどうなるか興味津々のようだ。こちらは生徒達の気持ちを代弁しているのだろう。
「条件を付けます。第一に私用を優先させてもらいます。私にも付き合いというものがありますから、晩御飯を作る時間になったら帰ります。それと食材の買い出しもありますから」
「それは仕方ないね。確か君は一人暮らしだったね」
それ位の情報は掴んでいるのだろう。なら俺の交友関係についても会長なら調べていても不思議じゃない。ただし手を出してきたり、交渉の材料にしてきたのなら容赦はしないが。
「第二に土日祝日夏季休暇などの活動はしません。アルバイトがありますから」
「それも了承するよ。しかし如月家のお嬢様がアルバイトをしているなんてね」
「楽しいですよ。色々な人と触れ合えますから」
喫茶店が混んでいない時はよく常連の人達と歓談している。有益な情報もあれば、下らない噂話など千差万別で飽きることはない。セクハラ発言には店長から拳骨が飛んでくるなど店員とお客の距離が近いのも面白い。
「第三に残りの二人が難色を示したら去ります。以上です」
「それが目下の問題かな。僕からも説得はしてみるけど、あとは本人達の問題だからね」
これだけは譲れない。殺伐とした雰囲気は好きじゃない。それにしても会長なら無理矢理二人を納得させる行動をすると思ったが、意外にも本人達の意思を尊重するようだな。それとも二人も賛成すると思っているのだろうか。
断ってくれないかな、本気で。
「薫も小梢君も今の条件でいいかな?」
「私は構いません。こちらからの強引な勧誘でもありますから。誰の所為でとはいいませんが」
「私も構いません。これで楽になります」
「君達、少しは本音を隠そうね」
木下先輩は露骨に会長を非難しているし、斉藤さんに至っては自分のことをぶっちゃけている。影が薄いのに、何故か濃いような人物。不思議な人だな。
「それじゃ色々と決まったことだし、仕事を始めようか」
俺も席に着いて、昨日残していた作業を再開する。相変らず処理して確認して、提出するだけの作業。訂正も当たり前のように入るし、逆にこちらから去年の決算で不思議な場所を見つけて意見する。指摘された箇所は後日庶務の人が聞きに行くらしい。
緊急性を要するものは会長が率先して出ていくのだが、おかげで作業が滞ってしまう。
「本来、各部活との連絡役は庶務の仕事なのです。だからこそ山田さんを採用したのですが」
なるほど。確かにあの顔と体格なら運動部に凄まれても一歩も引かないだろう。逆に凄んで威嚇しそうだからな。だけど、性格が真逆だったら面白いよな。気弱とかさ。
「その代わりに事務の作業が出来ないのでは本末転倒では?」
「適材適所ですね。外での作業では重宝しますから」
力仕事に秀でている人がいないと困るという事か。確かに生徒会の仕事が全部事務作業とは限らないからな。そういう人が必要なのは分かるが、両立できる人を何故に選ばなかったのか。
そこら辺は会長の好みなのかな。
「私の適材適所って何でしょう?」
「事務能力でしょう。処理も早く、確認も的確。それに疑問に思ったことはすぐに確認していることですね」
うーん、普通に仕事をしていた頃を思い出してやっているだけなんだけどな。処理を早くしないと終わらないし、確認を怠れば大変なことになる。それに勝手に判断したら怒られるから。すでに癖になっているんだよな。
食生活の乱れなんて当たり前だったからこそ、今があるんだよ。
「それにやっぱり花は大事だよ。むさ苦しい職場なんて僕がゴメンさ」
「会長、戻ってきたのならさっさと確認してください」
「扱いが酷いなぁ」
あんたが確認していかないと作業が全然進まないんだから当たり前だろう。最終確認は一番上の人と相場が決まっている。偶に丸投げされる事態になるが、ここではないだろう。むしろあったら俺も投げるわ。
後のことなんて知ったことか。投げた人が悪いのだ。
「君達、仕事早くない?」
「その為に私を勧誘したのでしょう?」
嫌がらせのように会長の席に書類を乗せているからな。すでに俺達三人は終了モードに入っているが、会長は確認作業で手一杯。指摘が入った部分には付箋を貼って忘れないようにしていくだけ。
どちらにせよ、時間が差し迫っているのだから今からやるだけ中途半端に終わってしまう。
「そうか、仕事が早くなるだけ僕の負担が増えるのか。なら薫にも会長権限を代行させようかな」
「お断りします」
即答でバッサリと断られていた。そりゃ一番大変な職を代行させられるのであれば普通に断るよな。それに木下先輩に抜けられると下の作業が遅滞する。この人も仕事のできる人だからな。
会計の人がどこまで出来るのかは分からないが、俺が入った意味が無くなるのではないだろうか。
「思うんだけどさ。生徒会の女子は僕に厳しくないかな」
「私は強引な勧誘の結果です」
「私はそういう現場を見ているからです」
「私はゲームの時間が無いから」
斉藤さんだけ理由が違うような気がする。そこまでゲームをしたいのなら何で生徒会なんて一番時間を食われる場所に入ったのか。内申狙いかな。それと成績のためとか。
確かにこの学園で生徒会に入っていたというのは結構な箔が付く。
「よし、今日はここまでにしよう」
時間は昨日と変わらない。だけど昨日みたいにファミレスに行くわけでもない。連続で行くのであればやはり、有り難味が薄れるのだろう。当たり前のように要求されても困るよな。
さて、明日がどうなるかだな。
次の日、朝に会長による攻勢が無くなっていたことに安堵しつつ、教室に入るとクラスメイトから色々と質問された。生徒会とどういう関係なのか、和解したのか、嫌がらせを受けていないかと。
そりゃ昨日の内に話題は事欠かないほど提供したのだから予想はしていたが、がっつきすぎじゃないか。
「生徒会からは勧誘されただけです。結果については今日には決まるでしょう」
これ以外に言えないんだよな。下手に学園長からの後押しがあったとか話したら更に詳しく聞かれることは分かっている。そこに触れられると色々と困る部分が出てくるから俺も話題に出さない。
学園長の恋愛相談に乗っていると言った所で信用される可能性も低いだろうけど。
「さてとどうなることやら」
結局、今日一日会長から俺に接触してくることは無かった。本当に目的を達成したのか、それとも残り二人の説得に時間を使っているのかは分からないがこちらとしては助かった。
どうにも注目されるのは苦手なんだよな。
「失礼します」
生徒会室に入ると確かに二人ほど人数が増えている。手前にいるのが山田さんで、俺が昨日まで座っていた席にいるのが会計の人なのだろう。そういえば会計の人の名前を聞いてなかったな。
となると俺は何処に座ればいいのだろう。
「如月と会うのは久しぶりだな。会長の言葉があったから今までのことは水に流そう」
「それはありがとうございます、山田さん」
庶務の山田さんは会長を全面的に信頼している感じだな。この人については問題ないだろう。むしろ過去に琴音が何をしたのかすら覚えていない感じがするのは気のせいだろうか。
「俺はどうでもいい。仕事の邪魔にならないのなら問題ないだろう」
会計の人は本当にどうでも良さそうだな。というか、このパターンだと誰も拒否しないという事か。つまり俺の生徒会入りを反対する人がいない。
「会長、買収とかしていないですよね?」
「君が僕のことをどういう風に見ているのかよく分かったよ」
「あまりに展開が都合良すぎる気がするので」
わだかまりが無さ過ぎるのが怪しいんだよ。会長ならそれぐらいやりそうだしな。確認の為に木下先輩を見てみると首を横に振っているからそういう事実はないのだろう。
少しでも文句が出たらさっさと帰るつもりだったのに。
「席は小梢君の隣に用意したから」
確かに昨日までなかった机とPCが用意されている。準備良すぎだろうと思うが、突っ込む気にならないので素直に従って席に着く。そしてPCを立ち上げてパスワードを知らないことを思い出す。
「斉藤さん、お願いできますか」
「分かった。それと名前で呼んでくれて構わない」
「分かりました、小梢さん」
同じ生徒会に所属したからか、小梢さんの口調が砕けている。俺が如月であると分かった人は大体敬語で喋ったり、関わりになろうとしないからこういう人物は大切にしたいと考えている。
「佐伯も如月さんに負けないようにした方がいいよ」
煽るなよ、会長。俺が気にしなくても、佐伯さんが滅茶苦茶気にしているじゃないか。こういった場合に起こり得るミスだって簡単に想像できるぞ。スピードを優先した確認ミスが続出するのだ。
いつも通りのペースでやれば問題ないのに。
「佐伯さん、会長の言動に惑わされないでください」
「ふっ、分かっているさ」
俺からの忠告に答えてくれるのは有り難いのだが、先程の作業速度よりも上がっているのは気のせいだろうか。無理はしないで欲しいんだよな、作業が遅くなるから。
プライドが高いのも困りものだ。それに俺が輪を乱している感じになっていないだろうか。原因は会長だが。
「会長、あまりふざけたことをすると怒りますよ」
「私も如月さんに賛成です」
「厳しい秘書が二人になった感じだね」
ヘラヘラと笑う会長に俺と木下先輩は額を抑える。この状況を楽しんでいるのは分かるが、せめて忙しい期間を抜けてから遊んでほしい。まだ仕事があるうちに遊ばれてもこっちが困る。
木下先輩の態度からいつものことだということは分かるのだが、勘弁してほしいな。
「ここは女性陣がまともなのが救いなのです」
「木下先輩、それは問題点です」
男性陣が頼りにならないとかどうなってんだよ。真面目に仕事して遊ぶ会長に、プライドの高そうな会計、事務で役に立たない庶務と癖の強い男性陣が揃っている。面子をもうちょっと考えることはしなかったのか。
厄介な所に入ったかもしれない。
ストックの数はそんなに増えませんでした。
ブランクという訳ではないのですが、何故か進まないんですよね。
次話は学園からちょっと離れた話となります。