154.二人で一人の未来-後編-
悪役令嬢、庶民に堕ちるの書籍が
幻冬舎コミックスより、2020年6月26日に発売決定!
読者の方々のおかげです。
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俺と琴音の二人がお互いを大切に思っているのは分かった。そして、どちらも自分が消えて、相手を残したいと思っている。だからこそ、話は平行線のまま。解決策であるお互いが残るという選択肢がない以上、当然かもしれない。
「でも、今までは琴音だって私の中にいたんだよな?」
「お兄さんを繋ぎ止める為に必要でしたから。他人を私の中に入れても、すぐに消えてしまうものです」
消えなくても、本来の身体との違いで精神的に狂うかもしれないな。その違和感がなかったのは琴音のおかげだったのかもしれない。俺の記憶を封じていた実績もある。色々と俺の為に頑張っていたんだな。
「琴音の頑張りは分かったんだが。私よりも、自分で環境改善した方が良かったんじゃないか?」
「お兄さんが何をしても、後悔しないと決めていましたから。最近はその決意が揺らいでいますけど」
思えば、こうして琴音と会ったあの日から俺の行動方針が変わっていたのかもしれない。琴音としてではなく、俺としての行動。元々、琴音の後釜を引き継ぐつもりはなかったけど、それでもどこかで遠慮していた部分はある。その枷が外れた結果が今だな。
「お兄さんが暴走したらどうなるのか、身を以て知りました」
「暴走していたつもりはないのだが」
「今まで溜まっていた鬱憤を全部出していたような感じだと思いますよ」
「そうかな?」
「そうでもなければ、あそこまで魔窟の方々と関わりを得ようとは思わなかったはずです」
琴音として生活していた時は魔窟関係については基本的に受け身だった。今では積極的に利用している気はする。琴音に言われなければ、自覚すらしなかったと思う。
「それにお兄さんが消えてしまったら、悟さんとの約束はどうするつもりだったのですか?」
「もちろん、琴音を参加させるつもりだった」
「全力でお断りします」
悟と約束したのは来年の正月に行われる新年会への参加だ。今年は俺がドタバタしそうだから無理だと伝えたら、来年になっただけ。おかげで悟の動きを封じることに成功したのだが。その代償はあまりにも大きい。
「ちなみに全員参加の可能性がかなり高いぞ」
「精神的に私が死にます」
一年後の話だから、スケジュールを合わせるのは可能だろうな。ほぼ、同窓会だ。現在、魔窟の連中は大部分がおしおき中だから、まだ連絡は回っていないと思う。でも、回り出したら大騒ぎになるだろうな。
「私も行くのは嫌だな」
「お兄さんは鎮圧役ですよね。私にそんなことができるわけありません」
「大丈夫だ。琴音なら順応するさ」
「無責任な信頼をしないでください」
狙いは確実に琴音となるはずだ。だからこそ、俺だって行きたくないのだ。本来の俺であったのなら、久しぶりの集まりだから参加する気はある。でも、弄られると分かっている場所へ自分から行こうとは思わない。
「ドタキャンしたら、絶対に何名かが誘拐犯として現れるだろうな」
「護衛と一戦やらかすつもりですか」
酷い惨状になりそうだ。おじさんが激怒する様子が脳裏をよぎる。そして、俺が連帯責任で怒られるだろうな。なぜ、悪い事をしていないのに俺が説教されなければいけないのか。
「だから、琴音。残ってくれ」
「冗談も大概にしてください、お兄さん。残るのは絶対にお兄さんです」
先程までの、相手の為に残ってほしいという思いはどこへやら。将来の面倒事を押し付け合っている状態になってしまった。他にも面倒事はあるのだが、一番の脅威はやはり魔窟が集まる新年会だろう。
「それにお兄さんの場合は消滅という言葉が正しいでしょうけど、私の場合は少々違います」
「同化みたいなものか?」
「そうですね。お兄さんと文字通り、一つになるのが正しいでしょう。急速な同化は不都合が生じそうなので、緩やかに進めるつもりではいますけど」
いきなり俺が女性らしく、そして今よりも大人しくなってしまえば、周囲の人たちが混乱するだろう。何より、俺自身が戸惑うと思う。事情を琴音から聞かされていなかったら、何が起こっているのか自覚できたのかも怪しいな。
「でも、主人格は私なんだよな?」
「当然ですね。将来の責任を取ってください」
せっかく、琴音の為に面白おかしい将来を作り上げたというのに。俺だけの所為じゃないけど。歌手になるなんて微塵も考えていなかったし、当主自体もなるつもりはなかった。なのに、どうしてか候補に入っているのはなぜか。
「私は人生をお兄さんに譲ったのです。何の未練もない私がもう一度人生を送っても、それはただの浪費です。でも、お兄さんは目的を持って、行動してくれます」
「今は目標が無くなっているけどな」
「だけど、すぐに次の目標を立ててくれると信じています。妥当な所で将来設計でしょうか」
琴音に対する評価を変える。父親を殴るが今までの目標ではあった。前者は順調に進んでいるかもしれないし、後者は完璧にやりきった。なら、新しい目標を立てる必要はあるな。でも、将来か。
「それが一番の難題だと思っているけどな。十二本家の人間を一般の会社が雇い入れてくれるとは思えない」
「個人経営を目指すか、私達でも遠慮しないでくれる場所を捜すしかありませんね」
当主になるにしろ、個人で会社を経営するにしろ、色々と学ぶ必要がある。大学へ通うのは必須か。元々そのつもりではいた。十二本家の一員として大学へいくのは当然だからな。俺も考え方を元に戻さないといけないか。
「その点で言えば、あの喫茶店は理想的な職場だよな」
「あの家族は本当に変わっていると思います。十二本家の人達が数多く通っているのに、驕らず、媚びず、一般客と変わらない扱いなのは凄いですよ」
あの家族の心臓は何で出来ているのだろうか。琴音として最初に会った時ですら、正体に驚きはしたけど、その後は平然としてた。普通に考えたら、疑うとか、特別扱いするかのどちらかだと思うよな。
「本当にあの家族との縁は大事にしないとな」
「だからこそ、お兄さんが必要なのです。私では、上手く付き合える気がしません」
本来の琴音であれば、いらない遠慮をするだろうな。バイトだって、琴音は未経験であり、俺の経験がそのまま引き継がれる訳でもない。突然の豹変であれば、香織だって何かを察するだろう。それが関係に亀裂が入らないとも限らない。
「お兄さんが築いた縁です。私が引き継ぐものではありません。お兄さんだからこそ、私達の将来を作り出せるのですよ」
「本当にそれでいいのか?」
「それが私の望んでいる未来です。お兄さんが作り出した未来を、私は見てみたいのです」
真っ直ぐに向けられる決意の瞳。そこに後悔も、諦観もない。あるのは俺に向けられるのは、引き受けてもらいたいという強い思い。俺の思いよりも、それは何倍も強く、揺らぐことのないもの。
「負けたよ。でも、期待外れの結果になるかもしれないから、その責任は取れないぞ」
「大丈夫です。お兄さんなら、私の期待以上の成果を作ってくれます」
その信頼はどこから生まれてくるのか。再び琴音として振る舞って、大人しくしているとは思わないのかな。いや、周囲が騒がしいのは変わらないから、気苦労が絶えない気がする。確かにこれなら、琴音も断るか。
「琴音の声はまだ私に届くのか?」
「どうでしょうね。本来であれば、私の意識は一年程度で消える予定でした。お兄さんの所為でその計画も狂ってしまいましたから」
「私が、琴音として意識しながら生活を再開したら、どうなる?」
「また最初からですから、振り出しに戻った感じですね。一年をかけて、お兄さんとの同化を進めます」
それだったら、俺として意識して生活した方がいいのではないかと思ったが。その結果は俺の消滅であり、琴音が望んだ未来ではない。琴音の決意を見た今なら、俺は自分の意思を曲げる覚悟を決めたのだ。
「声を出せるのなら、遠慮する必要はないぞ。その方が私としても気分的に楽だ」
「お兄さんと一緒に楽しめるといいですね」
楽しむというか、気苦労を分かち合うような気はする。抱えている問題は将来について、霜月や文月を含む十二本家との関係。魔窟の乱入かな。改めて課題を考えると意外と多い。これからに不安しかないぞ。
「それでは、お兄さん。また機会がありましたら、会いましょう」
「私としては何回でもいいぞ。それこそ、遠慮する必要はない。私達は同じ琴音なのだから」
最初のように琴音になろうとするのではなく、自分は琴音であると意識する。それでも、俺としての過去を捨てたわけではない。俺であった過去を持ったまま、新たに琴音として生きる決意を持つ。
「世界的にも私達だけだろうな。こんな内面をしているのは」
「だからこそ、お兄さんの意識が大事なのです。意外と脆弱なのですよ、お兄さんの意識は」
「琴音のおかげで今の私は存在できているんだったな。その努力を無駄にしてしまって、ごめん」
「前回、説明不足だった私にも非がありますから、仕方ありません」
怒ったり、悲しんだりしていたけど、今は俺に向かって微笑んでくれる。学園の生徒達は苛烈な印象しかない琴音だが、本来は穏やかな性格の持ち主であった。今、そのことを覚えている人がどれだけいるか。でも、俺はその事実を忘れたりはしない。
「そろそろ、時間ですね」
「また、会えるよな?」
「私はずっとお兄さんの中にいるのですから、いつでも会えますよ」
それが嘘かどうかの判断はできない。前回も、そして今回も、琴音の目的は俺への忠告だった。それ以外で琴音がこの場に俺を招待した事が無い。俺に対する干渉を抑える必要があるのかもしれないが、どのような目的があるのかまでは分からない。
「それでは、お兄さん。さようなら」
「またな」
琴音と触れ合える機会はもうないのかもしれない。それを意識したら、自然と琴音を抱きしめていた。普段なら女性と抱き合うのは恥ずかしいと感じるのだが、不思議と穏やかで安心感がある。同一の存在なのであるという、証明なのかな。
「楽しい未来にしような」
「お兄さんの頑張りに期待していますよ」
やれることしかしないけどな。琴音との二度目の邂逅。それは確かに俺の心に変化を与えた。琴音としての自覚と、彼女の為と自分の為に将来を選び取る。やることが明確になったとも言える。
ただし、忘れてはいけない。俺らしくを。
せっかく、書籍化できるのなら精一杯頑張ろうと思ったら、
筆者、やっちゃいました。てへ。
作業量的に後悔するほどの大増量予定となっております。
他にも色々とお伝えしたいのですが、詳細はもうしばらくお待ちください。
ちなみに、鋭意製作中です!




