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153.二人で一人の未来-前編-

コミカライズ5話目公開されました!

そして、悪役令嬢、庶民に堕ちるのコミックスが

2020年6月24日に発売決定!

更に! 後編へ続く。


 眠るために目を閉じたら、すぐにあの白い場所へとやってきた。早過ぎないかなという考えと、琴音が呼んでいるという思いが頭をよぎる。もう少し、心の準備をさせてくれないかな。


 目の前にいる憤怒の権現と化した小さな琴音に、何かを言えるはずもないけどさ。


「お兄さん」


「はい」


 腕を組み、これでもかと怒っている様子の琴音に対して、俺は直立不動で突っ立っている。何に対して怒っているのか分からない。だって、心当たりが多すぎるから。どれだろう。


「私が何について怒っているか、分かりますか?」


「分かりません」


 正直に答えたら、更に怒気が膨れ上がった気がした。目が合わせられない。蛇に睨まれた蛙って、こんな感じなのかな。軽く現実逃避しつつ、次の発言を待つ。下手に俺が言葉を発すると拗れそうな気がするからだ。


「まず、お父様を殴った。いえ、膝蹴りを叩き込んだ件です」


 やっぱり、好きだった人物にあれはまずかったか。思いっきり鼻血を出させていたからな。俺としてはスッキリしたのだが、琴音としては許せない行為だったのかもしれない。途中で珍しく、俺を制止してきたからな。


「お兄さんが犯罪者になったら、どうするつもりだったのですか!」


「そっちかよ」


「別にお父様がどうなろうと、知ったことじゃありません。自業自得なのですから」


「なら、別に私がやったこともいいじゃないか」


「誰が殺すつもりで一撃入れると思うのですか!」


 正論でございます。ぐぅの音も出ない。琴音としても、一発殴ったら終わりだと思っていたのだろう。俺もそのつもりだったし。だけど、最初の一撃を防がれたのが原因で、理性が吹っ飛んだのだ。


「お兄さん。本当に私の将来を考えてくれているのですか?」


「大真面目に考えているぞ」


「将来に殺人犯という候補を入れないでください!」


「ごもっともで」


 特大のやらかしだな。俺だってそんな候補を入れるつもりはなかった。勝手に動いた身体が悪いのだ。それを言ってしまうと、私も共犯ですか、と怒られそうなので言わないけど。やったのは紛れもなく俺だ。


「そもそも、歌手って何ですか! なれるわけがありません!」


「あれは私の所為じゃない気がする」


「どう考えてもお兄さんの所為です! あんな惨事を企画するなんて普通じゃ考えられません!」


「だって修学旅行の記念になればと」


「だっても、何もありません。他にも案はいくらでもあったでしょう!」


 寝不足状態であんな馬鹿な案を採用した俺が悪かったよ。魔窟の仲間の問題であったから、何かしら力になりたいとは思った。でも、そこへ俺も参加するのはやっぱり違ったのかもしれない。おかげでシェリーに目を付けられたのだから。


「私が歌手って。そんなのできる訳が無いじゃないですか!」


「大丈夫。人間、慣れることは出来るさ。俺もやりたくないけど」


「お兄さんだったら吹っ切れて、やれそうな気はしますけど。私は無理です。人前で歌うなんて恥ずかしくてできません」


 その影響を受けている俺も同じだ。確かに本来の俺であれば気にしなかったな。勇実達と人前でライブをやっていた位だから。ただ、琴音の感性は俺とは違う。基本的に恥ずかしがり屋で人見知りするタイプだ。


「お爺様まで私を当主にしようかと考えているようですし」


「それは無理なんじゃないか? 私が馬鹿な真似をしたせいで」


「確かにお兄さんは馬鹿な真似をしました。でも当主を選ぶのは家族です。世間の評価は二の次ですから、可能性が消えたわけではありません」


 いや、世間の評価を取り入れろよ。他者に対して、気分次第で攻撃を仕掛けた俺が当主にふさわしいわけがないだろ。連帯責任で琴音も当主になれないのだが、琴音だって、当主を望んでいないのは感じている。


「お兄さんが家族の仲を修復してくれた結果です。実家へ引き戻す策を考えているかもしれませんよ」


「令嬢にはなりたくない」


「なら、お兄さんは色々とやるべきです。自分が消える可能性を考えないで」


「それは無理じゃないかな。だって目の前に本物の琴音がいるのだから」


「やっぱり、あれが悪影響を与えていましたか」


 最初にこの場所へやってきて、本物の琴音がまだ生きているのを知ったのだ。それなら、俺が消える場合の可能性を考えるのは当然だろう。


「私が一番怒っているのは、お兄さんが消える覚悟を持ったことです」


「私は琴音の身体を借りているんだ。それを元の形に戻すのは悪い事じゃないだろ」


 死ぬのとは違う。感謝の気持ちを込めて、琴音へと返して、俺が消える。俺としての未来ではなかったけど、それでも人生の延長を与えてくれた琴音には本当に感謝している。


「お兄さんは気付いていないかもしれないけど。私とお兄さんの力関係が徐々に私へ傾いてきているのです」


「だから、琴音が表の方へ声を出せるようになったんだな」


 ずっと俺は琴音として生きなければいけないと覚悟を持っていた。その前提が崩れたことによって、今までのバランスも変わったのだろう。あくまでも俺は他人だ。本来の身体の持ち主である琴音へ天秤が傾くのは当然だな。


「それだけじゃありません。一時的にですけど、私の意識が優先された時があったのです」


「いつ?」


「霜月家で歌唱を披露した時ですね」


 あれかな。カナを歌わせた代償で、歌いたくなかった曲を披露して、その後に会場から早足で逃げ出そうとした時かな。あれは俺らしい行動じゃなかったのは確かだ。俺だったらマイクを誰かに投げつけて、更なる身代わりにしようとしていたはず。


「お兄さんは私の覚悟を無駄にするつもりですか?」


 先程までの怒った顔から、悲しそうな表情へと琴音が変わった。そんな顔をされても、俺はどうしていいか分からない。琴音としては俺に消えてほしくない。でも、俺は琴音へ人生を返したいと思っている。どこまでいっても平行線の思い。


「人の思いを無駄にしようとは考えていない。だけど、私は死んでいるんだ」


「それなら私も同じです。私だって一度は死んだのです」


「でも琴音は生きている。俺と違って、身体だってある。なら、私よりも琴音が優先されるべきだ」


 もう、身体も残っていない俺よりも、全てが揃っている琴音が元に戻るのは当然だろう。琴音とバトンタッチして、今度は俺が琴音がどうなっていくのか見るのも悪くはないと思っている。十二本家や、魔窟連中との絡みは面白そうだな。


「お兄さん。いい話みたいに私へ引き継がせようとしても、そうはいきません。せめて、責任は取ってもらいます」


「何か、悪い事でもあったか?」


「人間関係と将来が大変な事態になっているのを自覚してください!」


 人間関係ならば十二本家と魔窟。将来は当主と歌手が該当するか。確かに本来の琴音であれば、接点がなかった連中が集まっているし、将来も考えられないものが揃っている。俺でも頭を抱えるだろうな。


「それに、お兄さんを退場させるつもりは全くありませんからね!」


「だけど、琴音の方が力関係で上になっているんだろ?」


「そうですけど。お兄さんも簡単には消えませんよ。だって、私の身体には馴染んでいるのですから」


「そうか?」


「お兄さんはすでに、女性としての自覚を持っています。まだ、私になってから一年も経っていませんけど、もうお兄さんの身体と言っても過言ではありません」


 女性らしく過ごしている自覚はないのだけど。琴音として恥ずかしくないように振る舞わないといけないとは思っていた。その結果が、女性らしさに繋がったのかな。うむ、自分で言っていて説得力がない。


「なぁ、私と琴音が二人揃って残る方法はないのか? ほら、二重人格のケースみたいに」


「私とお兄さんとでは前提が違います。二重人格はどちらも自分自身であるからこそ、成り立ちます。でも私とお兄さんは他人。今の状態は奇跡的なバランスと、私の意思で強引に成り立っているのです」


「凄い事をやっているな」


「ふっふっふ、私もやればできる子なのです」


 小さな琴音の薄っぺらい胸を反らしながら自慢げに語っている。それが可愛らしくて笑ってしまったら、不機嫌になってしまった。悪い悪い、と謝ったら少しだけ機嫌を直してくれたようだけど。


「私とお兄さんがずっと一緒はないのです。零か百か。どちらかの意識がなくなるのは決まっています」


 そして、話は振り出しに戻るか。俺が消えるか、琴音が消えるか。話の決着がつくのはまだ、しばらくかかりそうだな。

人生色々とありますが、本当に何があるか分かりません。

ちなみに筆者は発売日しかまだ知りません。

おひたし先生にお任せですから。もちろん告知も!

発信できる情報が何もないのですよ……

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 地の文だと『俺』なのに琴音との会話は『私』…前から使い分けていましたっけ?
[一言] >発信できる情報が何もない いわゆるひとつの「便りがないのは良い便り」? 特別でないおだやかな日常が一番の賜物ですね。
[一言] 流石に2人ともが残るという都合のいい選択肢はなしなんですねぇ。 それはそれとして将来はアレな感じになったけど現状は改善したからって主導権渡されてもそりゃ困りますよね(笑)
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