152.家族会議
家族団欒。琴音がグレてからこんな光景も珍しいのかもしれない。約一名が揃っていない状態だけど。さて、この後の展開は読めているし、目的も達成したからさっさと逃げるか。
「それでは私はこれで失礼します」
「あら、琴音。これから家族で重要な会議をしないといけないのだから帰っては駄目よ」
母さんの指示により出入口が使用人達によって封鎖されてしまった。いつの間に家の中を牛耳ったんだよ。もしかしたら馬鹿親父よりも家庭内での立場が上になっていないか。まさかの実家が敵地となってしまった。
「お母様。重要な会議とは何ですか?」
「琴音の将来を決める重要な家族会議よ」
第一回如月家家族会議の開催である。嫌な予感しかしない。
「おや、もう将来を考えているのか。今の琴音ならば当主となっても問題はなさそうだと儂は思うのだが」
「私としても賛成ね。あの馬鹿息子よりも琴音ならちゃんとした如月家を形成できると思うわ」
「お父様、お母様。琴音の将来は当主ではなく、もっと別のものになる可能性があります」
「ほぉ、それは何かな?」
「歌手です」
「「は?」」
爺様と婆様が間抜けな顔になってしまった。予想外過ぎる母さんの発言に思考停止に陥っているな。双子だって理解できていない表情をしている。誰にも話していなかったのかよ。
「実は霜月家の奥様から相談されている案件なのです。琴音を歌手としてデビューさせられないかと」
「霜月の奥さんとなるとあの有名な歌手であるシェリーからか。どうしてそんな話が舞い込んできたのだ?」
「琴音の歌声に惚れたそうです」
母さんと爺様が話している間に部屋から抜け出そうとそろりそろりと後退していたら、背中に誰かがぶつかる感触がした。後ろを振り返ると咲子さんが満面の笑みで立っている。逃亡させるつもりはないか。
「咲子さん。そこを退いて」
「駄目でございます。お嬢様よりも私は奥様の指示を優先させていただきます」
「娘の私も同じく」
美咲までも敵に回ってしまったか。実家にいる限り、俺に勝てる手も、逃亡できる手立てもない。まさしく四面楚歌。そして双子に両手を握られて、本気で逃亡を諦める羽目になってしまった。
「母さん。本当にそれを決める必要があるのか?」
「せっかく皆が集まっているいい機会だからよ。やるにしろ、やらないにしろ必要な話し合いよ」
「音葉。本当に琴音は歌手としてやっていけるのかしら?」
「霜月の奥様が太鼓判を押しております。琴音が歌っている様子を全部ご覧になられますか?」
「母さん。それは私にとって拷問だから止めてくれ」
「お姉ちゃん。僕は見たい!」
「私も見てみたいです!」
大興奮の双子をどうやって止めようか。そして運び込まれてくる大画面モニター。もう何でもありかよ。すでに気分は諦めの境地である。この家族を止めるのは不可能だ。
「見せてもらおうか。琴音の雄姿を」
「あらあら。気になるわね」
なぜ爺様も婆様も乗り気になっているのか。普通なら十二本家の人間が人前で歌唱を披露しているのは駄目ではないのか。なんで嬉しそうなんだよ。文月と同じような雰囲気になっている流れだな。
「美咲。耳栓とアイマスクを頼む」
「そんな都合よく準備しておりません。お嬢様は私を何だと思っているのですか?」
「万能侍女」
「嬉しくて涙が出てきそうです。そしてお嬢様の魂胆はお見通しです。私を煽てて便利に使おうとしているのですね」
「いや、本音だけど」
ポカーンとしている美咲も珍しい。表情変化が皆無でも、美咲が万能であるのは事実だと思っている。琴音が表に出てこれるのであれば、俺と代わることだってできるはず。今の内に感謝を伝えておいた方がいいだろう。
「美咲。ありがとうな」
「お嬢様がデレました!?」
美咲の表情が驚愕に染まるのなんて初めて見たな。いいものが見れたな。そして着々と動画再生の準備が整っていくのを現実逃避気味に眺めているのだが。美咲よ、固まっていないで俺の防御用品を準備してくれないか。
「それでは琴音の雄姿をご覧ください」
「待って! まだ私の準備が出来ていない!」
耳栓とアイマスクが無いのであれば両手で耳を塞いで、目を閉じればいいのだが。両手は双子に握られてそれが出来ない。目だけを閉じてもあの歌声が聞こえてくるのであれば意味がない。
「琴音。諦めなさい。貴女も自分の行いを振り返るのには丁度いい機会です」
「そんな機会はいらない!」 『そんな機会は必要ありません!』
琴音と意見が合ってしまった。やっぱり琴音にとっても自分が人前で歌っている姿は恥ずかしいのだろう。俺がやってしまった行動だとしても。姿や声は同一人物なのだから、自分と重ね合わせるのは簡単だからな。
「琴葉と達葉はそのまま琴音の手を握っていなさい。美咲は顔を固定させるのよ。自分が何をしたのかきっちりと見させる必要があるわ」
「母さん。もしかして怒っている?」
「別に私よりも先にあの人へデータを渡したのを不満に思っていないわよ」
凄い所から飛び火してきたよ!? 俺に対する不満というよりもまさか義母さんに対抗意識を燃やしていたとは。俺から言わせれば付き合いの年季が違うのだから仕方ないだろ。
「質問などもあるでしょうが、全ては見終わってから直接本人へ聞いてください」
「止め、むがぁー!」
美咲に口を塞がれながら画面のほうへ顔を強制的に向けさせられる。本当にこれは何の拷問だよ。自分の痴態を見せられながら、周囲からの反応を強引に聞かせられる。両隣の双子は映像と歌に興奮しているし、爺婆様は興味深く観察している。
「以上が、琴音のパフォーマンスでした」
なぜ映像の中に霜月家で行った歌唱祭まで混ざっていたのかは謎である。あれか、レストランでの映像は残されていないから代用で使ったのか。霜月家も外堀を埋める為に母さんへ協力しているのかもしれない。馬鹿なほど足が速いな。
「お姉ちゃん。凄かったよ!」
「お姉様。素敵です。さすがは私達のお姉様です」
純粋に褒めてくる双子の感想が辛い。俺はせめてもの抵抗で目を瞑っていた。美咲も口を封じていたのだから、そちらにまで手は回らない。それでも音だけは防げずに、顔を熱くしながら何とか耐えていたのだ。
「まさか、琴音にこのような才能があったとは」
「素晴らしい歌声だったわよ、琴音」
止めて。こっちは感想なんて求めていないのだ。結果だけが欲しい。駄目だ、歌手なんて認められないと。そうすればシェリーだって諦めてくれるかもしれない。願望であるのは分かっているけどさ。
「これならば歌手となっても問題ないだろう。あの霜月が絡んでいるのであれば致し方ない」
「そうね。琴音が全国デビューするのも悪くないわね。それに霜月なら仕方ないわ」
どうして否定してくれないのか。そしてその霜月に対する評価は一体何なんだよ。過去に何かをやらかしていないとそんな評価は受けないだろ。俺だって霜月が関わっているのであれば面倒だからと相手にしたくないけどさ。
「では琴音が歌手となる将来は如月家として容認するということでよろしいでしょうか?」
「決定ではないのか?」
「決定権は琴音が持っています。私はこれを強く推しておりますので」
他人に自分の将来を任せるつもりはないから母さんの意見は助かる。だけどそれだったらこんな場は必要なかっただろ。全部を俺に任せてくれれば何とか破談にすることだって出来た。でも如月家として考えるならば決定したことを全部否定できなくなってしまう。
「謀ったな。母さん」
「自慢の娘が全国の皆様に見てもらえるのは嬉しいじゃない」
外堀が完璧に埋められてしまった。これで俺が歌手には絶対にならないと言っても問題はないだろう。ただし霜月からの攻勢は止まないだろうから、それは俺一人で捌かないといけない。諦め悪いだろうな、あそこは。
「唯さんとの交渉は私に一任してもらえるんだよな?」
「そこは任せるわ」
なら最大限の妥協案を用意する必要がある。俺もそうだし、琴音だって人前で歌えない。ヤケクソで今までは乗り切ってきたけど、商業活動するのならばこの問題は重要だ。だったら顔出しNGでなんとかするしかない。
「問題は残したくなかったんだけどな」
恐らく今晩。琴音との語らいが発生する。琴音が表面に出てきたのだから間違いないはず。そこで俺達の今後を話し合う必要がある。それがどんな意味を内包しているのか、俺は自覚している。
配達「緋色様のお宅でしょうか?」
筆者「違います」
配達「住所は合っていますか?」
筆者「間違いありません」
絶妙に宛名が間違っていました。荷物から私宛なのは間違いなかったんですけどね。
担当者様。ネタをありがとうございます!