151.如月家の歪み
コミカライズ四話目公開されました!
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晶さんが拘束を外してくれない。まだ俺が何かをすると思っているのか。背後に手を組まされて気分はまるで犯罪者だ。傷害事件を目の前で起こしたのは間違いない。でも相手は実の父だからな。立場は逆になってしまうが教育的指導だ。
「腕が疲れてきたんですけど」
「何を仕出かすか分からない以上、私がこれを外すことはないわ」
「どうしてもですか?」
「何? 実力行使するつもり?」
「いえ、実家の権力を使います」
晶さんたちは母さんの命令で動いている。母さんが目配せをすれば仕方なく、晶さんの拘束が外される。悲しきかな、雇われている弱みだ。だけど、俺から離れようとしないのはどうしてだ。
「最近の琴音は過激すぎて、胃が痛いわよ」
「色々と事情があるのですよ」
「どんな事情があったら父親を殺しそうな勢いで膝蹴りするのよ」
いや、本当はそこまでするつもりはなかった。衝動的にあそこまでやってしまった結果だな。反省する気は一切ないけど。だってやったのなら心のどこかでそれを求めていたはずだから。琴音に止められたのは予想外だったな。
「これで幾らか鬱憤が晴れましたね」
「あそこまでやって幾らかなのね」
股と鼻を抑えている奇妙な恰好をしている父親。そこへ近づく俺を警戒しながら傍にいる晶さんと恭介さん。どうして二人掛かりで俺を警戒しているのか。晶さんだけでも俺の行動を止めるのは可能だぞ。
「お父様。私が何を言いたかったのか分かりましたか?」
「絶対に分かるはずがないわよ」
呻き声を上げるばかりでこちらの質問に答えられない父親の代わりに、晶さんから突っ込みが飛んでくる。もしかしたら鼻が折れたかな。喉に血が流れ込むと話しづらいはず。飲み込むのに苦労するし、飲み込んだとしても気分が悪くなってしまう。
「これに懲りたら家族を大事にしてくださいね」
「まるで脅迫ね」
なぜ晶さんが答えるのかが分からない。相変わらず父親はこちらを睨みつけるだけで、返事をしようとしない。反抗的な目の中に、俺へ対する怯えが見え隠れする気がする。心を折るにはもう少し刺激が必要か。
「子供の意見にはしっかりと耳を傾けるべき、です!」
胸倉を掴んで上を向かせると、その右頬を思いっきり殴る。拳が痛かったけど、いい一撃が入ったな。問題なく父親は気絶してしまった。そして俺は晶さんに羽交い絞めにされて父親から強引に距離を取らされる。
「この、お馬鹿! 追い打ちかけてどうするのよ!」
「反省が見られないので追撃必須でした。それにこれで目的達成です」
金的を行い、顔面に膝を叩き込んだのだが、本来の目的は父親の顔面へ拳を一発当てることだったのだ。最初の一撃が防がれて、残念だったけど。父親はダメージが多い方を選んだのだから仕方ない。あと反省していたのなら追撃する気はなかった。多分。
「琴音の目的って父親を殴る為だったの?」
「はい。今回の騒動の最終目的はこれです」
「頭おかしいんじゃない?」
十二本家への訪問は単なる嫌がらせ目的。あとは撹乱の意味合いもあったかな。馬鹿達が参戦してきたのは予想していたけど、予想外でもあった。あいつ等の考えはこちらの予想を簡単に上回ってくる。能力のある馬鹿は制御できない。
「とりあえず、これの治療を始めてください」
俺の指示によって部屋の外に待機していた使用人たちが入ってきて、父親を運んでいく。あれで目を覚ましてくれるといいのだが。でも父親が目を覚ましてたとしても俺は認めるつもりはない。過去にやってしまったことは消えない。それは俺だって実感している事実だ。
「というかお爺様はどうしてガタガタと震えているのですか?」
「トラウマが刺激されたのでしょうね。似たような状況を体験しているから」
「顔面真っ青ですね」
「ブチ切れたお姉様にマウントを取られて顔面をひたすら殴られたの。全治何か月だったかしら」
どれだけ大叔母様はストレスを抱えていたのだ。出会っていたら意気投合できるとは思ったけど。なによりそれだけ過激な大叔母様だったら馬鹿親父に対して行動を起こさないとは思えないな。
「笑顔でひたすら夫の顔面を殴り続けるお姉様は私でも怖かったわ」
「儂はしばらく姉の顔を見られなかった。笑顔なんて向けられたら失神するほどのトラウマになってしまったぞ」
如月家の歪みが酷い。殴られたお爺様も酷いのだが、俺以上の行動をした叔母様もおかしすぎる。絶対に拳を壊しているだろうし、ひたすら殴ったとなると両手を使ったはず。日常生活に支障が出るだろ。
「そこまでやれば正気になるのですね。よし」
「待ちなさい琴音。今の貴女は御当主に近づいちゃ駄目。加減を知らない貴女が殴り続けたら殴殺してしまうわ」
早速実践して来ようと思ったら、晶さんと恭介さんに両腕を掴まれてしまった。俺だってちゃんと加減くらい分かるさ。ただしブレーキが効かない場合もあるけど。その前に両手が痛んだら止めるぞ。料理ができなくなるのは死活問題だ。
「仕方ありませんね。またの機会にしましょう」
「私達が徹底的にマークするから、そんな機会は与えないわよ」
「俺達の首が飛んでしまうからな」
護衛の警戒心を高めてしまった。なんか俺の護衛というよりも馬鹿親父の護衛になっていないだろうか。身辺警護が担当だけど、俺の周りでそんな危険な行動をする輩は現れていないけど。これからそんなのが現れるとも思っていない。
「まさかあの琴音がお姉様と同じような行動をするとは思わなかったわね、あなた」
「正気に戻る順番が違っている気がするが。良しとするか」
本来であれば馬鹿親父が先に正気へと戻るはずだったのだろう。年齢順ならそうだけど、琴音が正気に戻った原因は馬鹿親父が作ったもの。正気になったというのも若干違うか。だって俺が琴音になっているのだから。
「お爺様。どうして私から距離を取るのですか?」
「察してくれ」
「お姉様と同じ雰囲気を出している琴音に近寄りがたいのよね」
一定の距離から近づいて来ない爺様が不思議に思ったらそんな訳か。ニコニコ笑顔の婆様はちょっと感性がおかしいのかもしれない。十二本家の人間と結婚したのだから何かしらの一癖はありそうだ。
「私はそこまで過激な行動は取りませんよ」
「お姉様と違って一撃で仕留めにいったわね」
「過激さでいえばそんなに違いがないの」
仕留めるのに三撃を要したけどな。いや、正確には四撃か。一撃には程遠いな。しかしあれで馬鹿親父の心境に変化はあるだろうか。駄目だったのなら顔面が変形するまで殴らないといけないのならば、拳を保護する必要がある。
「お姉ちゃん、凄かった」
「流れるような動きでした、お姉様」
「どこでそんな動きを学んだのかしら。この子は」
俺の体術は主におじさんからの教育によるもの。男子ならば強くなければいけないとか、何の影響を受けたか分からない発言を当時はしていたな。こちらは暇を持て余すよりはいいかと結構乗り気でもあった。
「恭介。私達って必要なのかしら?」
「本当に琴音は一人でなんでもできるな」
いや、護衛だって必要だからな。俺にだって出来ないものは沢山ある。完璧な人間なんて存在する訳ないだろ。葉月先輩あたりは怪しいけど。あの人の欠点は何があるのだろうか。謎だ。
「そういえば琴音は何で一瞬躊躇ったのかしら?」
「さすがに親を殺すのは戸惑ったんだろ」
「殺す前提で行動しているみたいに言わないでください」
あれは琴音のおかげでもあった。今まで表側に出てくることはなかったのに、どうしてあの場面で俺を制止してきたのか。やっぱり父親の身を案じたのかな。幾ら叶わぬ恋から目覚めても、思い残していることくらいあるだろ。
春を感じさせられる暖かな日差し。
その日差しを一身に浴びた私は、
お腹を壊しました。
なぜ?




