150.念願の一撃
コミカライズ三話目公開されました!
遂に親友の登場です。
実家の玄関へ到着して、屋敷を見上げているのだがやはり今だとここが自分の家だとは思えない。以前に誰かが言っていたが今の俺にとってここは戦場だ。油断はできない。
「それでは殴り込みを掛けましょうか」
「実家に何をしに行くのよ」
俺の隣には晶さんと恭介さんが復帰している。ダメージは残っているだろうけど、通常の業務には支障がないと思える。肉体的なものより、精神的なダメージの方が大きそうだけど。素人に負けたのはプライドに傷をつけたはず。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま、咲子さん。現状は?」
「全員揃っております」
父母、祖父母、双子が全員いるということだろう。屋敷の中がピリピリとした緊張感があるのはそのためか。咲子さんの表情も硬い。屋敷にいる使用人たちにとって今日は一年で一番緊張する日であろう。
「よし、気合を入れていこうか」
「お嬢様。少し落ち着かれてはどうでしょうか」
「多少興奮はしているけど、問題はないよ」
「いえ、お顔が怖いです」
咲子さんが差し出した手鏡で表情を確認してみると、そこに映っている俺は微笑みを浮かべていた。何かを楽しみに待っている表情の中に憤怒が込められているような歪な微笑み。他人から見たら不気味だろう。
「これが今の私です。それでは全てを壊してきます」
「お嬢様。いってらっしゃいませ」
何をしようとしているのかを家族や、使用人たちには話していない。俺が父を殴るという話は伝わっているだろうけど、誰もそんな凶行に及ぶとは思っていないはず。ただの冗談だと。あのお嬢様なら父と会えば昔に戻ると勝手に想像しているはず。
「明けましておめでとうございます」
全員が揃っている部屋へ入ってまずは挨拶。そして一礼。最初から一直線に目標へ向かうわけではない。やるべきことはやっておく。あちらにこちらを攻撃するような都合を与えないために。
「お爺様、お婆様はお久しぶりです。元気なご様子で安心しました」
「琴音もお久しぶりね。随分と様子が変わったみたいだけど」
「姿を見れて確信したの。音葉から逐一連絡を貰っておったが生まれ変わったかのように感じられるの。もちろん良い方向へ」
ちらりと母さんを見れば、困ったように微笑まれてしまった。別に悪いとは思っていない。義務でもあるし、祖父母の印象をいいものへ変える為に必要だったのだろう。味方を増やすために。
「事情を察してもらえて助かります」
「だが今回の騒動はマイナスである。それは分かっているの?」
「重々承知しております」
頭を下げておくが反省する気は一切ない。それに先程までの馬鹿騒ぎをすでに把握している時点で、十二本家の情報網は侮れない。こちらの動きなんて筒抜けであろうが、俺と魔窟の繋がりまでは把握できないはず。
「私としてはこちらの方が好みかしら。お姉様を思い出すわ」
「儂にとってのトラウマを思い出させないでほしいものだ」
祖父にとってのトラウマとは何だろう。祖母がお姉様と呼ぶのなら、祖父の姉か。殴られた当時の記憶が蘇るのかもしれない。俺にとっては凄く共感が持てそうな人物だけど、すでに亡くなったのを知っている。
「違和感を感じないのですか?」
「むしろ以前の琴音の方が私としては違和感が強かったかしら」
「無理矢理自分を形作っていたような感じは受けていたの」
元々の琴音を知っているのであれば、悪役令嬢としての琴音は違和感を感じられたのか。それとも如月の業をきちんと理解していた人にとっても、琴音の行動は異常だったのかもしれない。自身の身を顧みず、ただ底へと落ちていく姿は他人から見れば、異常者でしかない。
「すでにあの頃よりはまともになったと思っています」
「変な方向へと突き抜けている気はするがの」
「十二本家らしいともいえるわね」
祖父母の俺に対する評価がおかしい気がする。おかしな騒動を起こしてしまったのは認めるが、今回だけだぞ。それ以外なんて俺が企画したわけではない。巻き込まれて仕方なく協力しただけなのに。なぜ俺の仕業だと思われてしまうのか。
「いつまで話しているつもりだ?」
「あら、いらっしゃったのですね」
あえて存在を無視していたというの。最終的な目標に対して容赦なんてしない。俺が和やかに祖父母と話していればいずれこちらを意識してくれると思っていたさ。愚直に突っ込んでは防がれる可能性だってある。油断はしないぞ。
「お父様もお元気そうで残念です」
「何?」
琴音の変化に気付けていない正当な反応だな。この馬鹿にだって俺の情報は伝わっている筈なのに、それを一切信じなかったのか。それとも興味がなかったのか。両方だろうな。だからこそ扱いやすい。
「私はまだ祖父母とお話していたいのに邪魔をなさるつもりですか?」
「お前如きが母と話をする資格はない」
「家族に話をするのが悪いとは初耳でした。随分とお父様の常識は外れているご様子で。一度人生をやり直してはいかがですか?」
俺みたいにな。そうすれば違った環境が見えてくるかもしれない。届かない夢に手を伸ばすよりも、現状を受け入れて関係を良好なものへと変化させようと思えるはず。俺の場合は予想外の連続だったけど。それでもかけがえのない経験を手に入れることが出来た。
「お前は何を言っているのか分かっているのか?」
「全て理解しての発言ですよ。お分かりになって頂けないようで残念です」
馬鹿の怒気が高まっているのを感じられる。母さんはハラハラと見守っているし、祖父母に関しては興味深そうにこちらを窺っている。これから何が起こるかによって俺の評価を決めるつもりだろうか。双子に関してはまだかなと期待を込めた眼差しを向けてきている。
「私を馬鹿にするつもりならば処分をするぞ」
「どのような手段に訴えるのでしょうか。私としては大変興味があります。こちらの陣営を正しく理解していればよろしいのですが」
一歩ずつ、着実に距離を詰め始める。それに俺の味方を改めて馬鹿へと考えさせなければいけない。俺を処分するのであれば、他の十二本家が動くのを忘れてはいけない。そんなことを祖父母が許可する訳ないだろ。
「家族へちゃんと目を向けろ。貴様の所為でどれだけ家庭が崩れているのかちゃんと気付け」
「家庭など知るか。……何のつもりだ」
その一言がきっかけとなり、渾身の右ストレートを放ったのだが簡単に受け止められてしまった。冷静さを可能な限り失わせたと思ったが、それでもまだ足りなかった様子で。だけどまだ俺の予測内だ。
「これは何のつもりだと言ってっ!?」
「下がお留守だ」
体勢は悪かったが、追撃の一撃は上手く入ってくれた。やったのは金的。男性にとって一番の急所といえる部分へ俺の足は突き刺さっている。悶絶して声も出せない馬鹿はいい気味だ。渾身の力を籠められなかったのは残念だけど。如何せん体勢が悪すぎた。
「おぐぁ」
「一生寝てろ!」
股間を両手で大事そうに守りながら前かがみになってきたところで、頭部をガッチリと捕まえて勢いをつけて下へと落とす。その先にあるのは俺の膝。落とす力と、上がる力の両方を込めた必殺の一撃。
『お兄さん! ストップ!』
「あっ。ごほっ!?」
直前で頭に響いた声で俺の動きは急停止をかけたのだが一歩遅かった。慣性に従って止まれなかった動きは馬鹿の鼻をへし折る程度に済んでしまった。そして俺は横から晶さんのタックルを食らって馬鹿から引き剥がされてしまう。
「ごほっ、げほっ。脇腹へもろに刺さった」
「琴音、正気!?」
「正気ですが何か?」
「全然正気じゃないでしょ! あのままだったら御当主が死ぬかもしれなかったのよ!」
蹴り上げるような膝と、叩きつけるように力を入れていた両手。双方の力が上手く合致していたら顔面陥没していたかな。俺の膝も死んでいただろうけど。新年早々に膝を壊すとか何の冗談かと聞かれそうだ。父親蹴り倒したと言ったらドン引きだろうな。
「やり過ぎた?」
「誰がどう見てもやり過ぎよ! 周りの反応を見てみなさい!」
晶さんに押し倒された状態で周りの反応を見て納得してしまった。母さんと双子はガッツポーズをしており、祖母はあらあらと困ったように微笑み、祖父は何かを思い出したようにガタガタと震えている。
「「「駄目だ、この家族」」」
俺と晶さんは同時に呆れてしまい、恭介さんは天井を仰ぎ見ていた。
前回のトイレからの脱出は初めてでしたが、侵入は一度と他経路で一度。
初めての侵入の際、コートを引っ掛けて穴を空けましたね。
窓は小さいし、高さは頭程度あったので失敗するのは当然でしたけど。
頭から落ちそうになった時は肝が冷えました。
もう一つの経路は梯子を使って二階から侵入しました。
以上、自宅への不法侵入を自白します。