149.二人だけの秘密
伍島さんが運転をして、瑞樹さんが助手席に乗っている車で実家へと向かっている最中。俺はやるべきことをやらないと。今回の騒ぎを起こしてしまった責任位は取らないとな。晶さんと恭介さんは目を覚ましたけど、まだ本調子ではないようだ。
「おじさん。迷惑をかけてすまない」
『何をしたのか分かっているんだよな?』
怒りがこもった真剣な声。会社の社員として、そして俺を知っているからこその心配もあるのだろう。だからこそ俺も真剣に答えようじゃないか。如月としての側面を前に出して。
「全て承知の上で行ったことです」
『将来を棒に振るほど重要な事だったのか?』
「私にとってはそうですね」
将来の道を一つ失った。それは如月の当主になれなくなったことを意味している。気分次第で一社を破滅させるような行動を取ったのだ。それがどのような影響を与えるのか俺だって理解している。
「私に対しての信用は失墜したでしょう。ですが今更の話です」
ある程度は回復させた琴音としてのイメージをさらに悪くしたのは分かっている。以前にも霧ヶ峰さんに説明して、それを防ぐために行動した。だけど結局は自分からそんな行動を取ってしまった。
「当主を継ぐ意思はなかったので丁度良かったです」
『そんな単純な話じゃない』
琴音の父が俺に対してどのような処罰をするのかは想像できない。最悪なので幽閉だろうが、今まで築いてきた他の面々との縁でそれは防げる。特に小鳥なんかは本気で琴音奪還を実行しそうだ。
『お前は如月との縁を切るつもりなのか?』
「無理でしょうね。父がいくら絶縁を望んでも家族がそれを認めません」
俺として行動していたのに、なぜか家族からは好まれてしまった。祖父母がどのような評価を下しているのかは知らない。それでも以前よりは評価を改善できていると思いたい。
「現状、如月家で私の敵は父のみ。いくら当主であろうとも家族を無視することは出来ません」
『全部、お前の思惑通りに進んでいるのか』
そんなわけではない。俺だってこの状況になったのはまったくの予想外であり、偶然の産物。それを利用しているようで若干良心が痛むけど、そこは全力で目を瞑っている。選り好みできるだけ余裕はないのだ。
「父との亀裂は今日でもっと進みますけど」
『何をする気だよ?』
「全力で殴るだけです」
『そうか。そうだよな。お前はそんな奴だったな』
現状でも琴音と父との亀裂は大きい。それを今日、俺が亀裂どころか粉砕する予定ではある。家族はどのような反応するだろうか。俺を怖がるか、それとも父を憐れむのか。あの家族は歪過ぎて俺でも分からない。
『琴音。これは確認になるが。今回の目的は何だったんだ?』
「気に入らない護衛会社を叩き潰すですが」
『それだけじゃないだろ。お前だったら我慢するなり、他の方法だってあったはずだ。どうしてここまで規模を拡大させたのかが分からない』
ふむ、目的ね。色々と理由はあるのだが、大事な部分は一つだけだ。
「それは私達だけの秘密です」
だけど教えてあげない。別に複雑な理由がある訳でもない。単純明快であり、それこそが俺の目的でもある。
『私達ということは誰かが関わっているのか?』
「それも秘密です」
『誰かの為に頑張るのは美徳だが、お前の場合は度を越している』
そんなわけない。だって関わっているのは琴音としてだから。俺と私だけの秘密を持っていたとしても不思議じゃないだろ。誰にも喋れないからこそ秘密なのだ。香織以外には。それに明確な理由だってある。
俺か琴音か。そのどちらかが消えるという確信があるから。
「私としては忘れられない思い出が残せたので結果としては上々でした」
各十二本家での騒動。そして誘拐事件の解決。どちらも本来の琴音では体験できない思い出。演出した部分はあるが、俺の内側で見守っている琴音は楽しんでくれただろうか。逆に怒られそうだな。
「色んな人の記憶に如月琴音という存在は残ったはずです」
『何を言っている?』
「別に深い意味はありません」
そもそも如月琴音という存在は普通では考えられないほど歪なのだ。一つの身体に複数の意思が混在している。多重人格などではなく、全く違う他人が住んでいるのだから、どこかで破綻しても不思議じゃない。それがどのようにして安定しているのかは分からない。
どちらかが消えるのは当然ともいえる。消滅するのか、統合されるのか。それも分からないけど、確信だけはある。その日が明日なのか、それとももっと先なのかは不明。でも不安を感じないんだよな。そして消える確信を持ったのは琴音との邂逅があったあの日だ。
『おい。本当に大丈夫なのか?』
「心配する必要はありません」
おじさんの声から本当にこちらを気遣う感じが伝わってくる。俺が消えた場合はまた悲しむ人が生まれてしまうけど仕方ない。だって、そうだろう。死んだのに、まだ家族が生きている間に第二の人生を送れるなんてものは本来ならばあり得ない奇跡なのだから。
だからこそ必要だったのだ。俺と琴音、二人にとっての思い出が。誰かを巻き込んででも絶対に楽しむべきだという思いを伝える為に。そして何者にも縛られずに自由を得る大切さを知らせる為に。
「それではここからはお仕事の話をしましょう。部長さん。引き抜き工作をしてもらえませんか?」
『あの会社へか?』
「もちろんです。今回の騒動であちらの評価はどん底まで落ちるはずです。業績の悪化は避けられません。そしてコストを小さくするために一番最初に考えるのは何でしょうか?」
『人員の削減だろうな。だが、こちらにとってのメリットは何だ?』
「今回の十二本家への来訪であなた方は各家の内情を知りました。如月だけではなく、他からもお声が掛かるはずです」
間違いなくいくだろうな。訪問したのは霜月、水無月、文月、葉月の四家。護衛が内側へと入れたのは二つだけだが、遠慮する必要はないと判断された可能性は高い。それを考慮するならばこれから忙しくなるはず。
『人員を増加させる必要があるのか』
「一から育てるよりも、基礎が出来ている人材をもらい受けるのは悪くないと思います」
新人を雇い入れても訓練が必要になってしまい時間が掛かる。だったら最初から使える人材を引き抜いた方が時間の短縮に繋がる。もしかしたら依頼は早くやってくるかもしれないからな。十二本家は予想なんてできない存在だ。
『上層部へ検討するように進言してみるか』
「お願いします。原因である私のせめてもの罪滅ぼしだと思ってください」
俺が嫌っていたのはあくまでも如月が雇い入れていた奴らだけ。その他の人達には一切関心がないけど、巻き込まれて将来を無くしてしまうのは心が痛む。だからこその提案だったのだが、おじさんが受けてくれてよかった。
『だったらやるなといっても、また話が進まないな』
「終わったことをいつまでも悩まずに、建設的な未来を考えましょう」
『お前が言うな』
それは確かに。今回の騒動は全部俺の我儘が原因なのだ。魔窟が動くのだって俺が仕組んだ一部でもある。馬鹿達が動けばもっとおかしな状況になり、笑えるものになると確信があったからな。それでも参加してくる確率は低かったのだが。
『魔窟まで動かしやがって』
「私は悟へ相談しただけです。その後のことは知りません」
『あいつ等がこんなイベントを見逃すはずがないだろ』
俺が悟へ伝えたのは護衛を撒いて逃亡すること。そして実行日のみ。それだけで参加してくるのだからあいつ等の頭のおかしさが良く分かる。だけどあいつ等なら、俺ではなくなっても琴音を巻き込んで、面白イベントを引き起こしてくれるだろう。
何だかんだと琴音を気に入りそうな奴らだからな。
『琴音。やっぱりお前は当主になれたぞ』
「なぜですか?」
『結局は今回の騒動でお前には利益しか生まれなかっただろ』
「悪評が広まりましたが」
『それを抜きにすればお前の掌の上で踊らされただけだろ。葉月を抜いて全員が』
そんなわけないだろ。魔窟が動くのは一種の賭けであったし、計画とも呼べない杜撰なものばかり。失ったものだって多い。十二本家の連中には良い様に振り回されたからな。あれは無理だと確信したぞ。
「葉月で思い出しました。引き抜き工作は葉月も参加するはずなので足並みを揃えてください」
『あそこもかよ』
葉月も参加した手前、何かしらの責任は取ろうと考えているはず。今回の一件で黒服さんたちの見直しを図られるかもしれない。あそこは人がいても困らないだけ、役割を与えそうなイメージがあるな。
「上手く動けることを祈っています」
『お前は無茶するなよ。身体には気を付けろよ』
葉月に一切合切任せるのが一番楽であり、利益が出るだろう。でもそれだと会社としての面子が立たない。そこはおじさんたちが頑張らないといけないかな。俺だってそこまででしゃばれない。
「それじゃおじさん。お世話になった」
それで通話を切った。借り物のスマホは瑞樹さんへと返却する。もう使う機会はないからな。実家まで残り僅か。最後の締めは自分自身の手で行わないと。
真面目に考えたら物語が佳境に入ったみたいになりました。
深刻に考えすぎず、ある程度緩さを入れないと筆者の場合、悪い方向へと進みそうなので。
過去に完結させた黒歴史の作品で主人公は軒並み死亡しているのが証明になっています。
思いっきり話は変わりますが、以下は筆者の近況です。
頭を冷やそうと外へ出ようとしたら玄関が落雪で封鎖されました。
仕方なくトイレの窓から外へ脱出して、雪かきでしたね。
うん、何をしているのでしょうね。