147.魔窟対十二本家
コミカライズの二話目が本日公開です。
無料期間は今日から一週間だったでしょうか。
よろしくです!
葉月先輩が所有している車に乗り込む前に、現場指揮用の装備を受け取っておく。これがないと指示が出せないからな。受け取ったのはタブレットとヘッドセット。簡単に説明を受けて、使い方を覚える。
「後は相手側の情報を仕入れないとな」
相手側とは魔窟の連中。敵対している護衛はどうでもいい。あちらの未来はすでに確定している。それよりも被害が拡大するのを阻止しないといけない。
『僕も参加していいの?』
「駄目に決まっているだろ」
通話に出るなりこの言葉である。悟だけは絶対に参加させてはいけない。いくらこちらが指揮しても、悟に全部ひっくり返される可能性があるからだ。だけど情報源としては大いに役立つ。
「参加している奴らの顔写真を全部こっちへ渡せ」
『その聞き方だと脅迫に聞こえるよ』
お願いしているわけではない。脅迫と捉えられようが構わない。答えは「イエス」か「はい」しかないのだから。素直にこちらの要求に応えてくれるなら何もなく、断るのなら悟をある人へ売る。
「仮に断った場合、どうなるのか分かるよな?」
『僕も初音さんの相手はしたくないよ』
師匠と義母へ首謀者として差し出す。魔窟の連中にとって一番の罰となる。特に悟は義母なら聞き流しでやりすごせるのだが、物理的な痛みを与えてくる師匠を苦手としている。
「私との約束を破るつもりはないんだろ?」
『もちろん』
「それに私達にとっての想定外が増えたんだぞ。なら利用して遊びに一工夫するのが私達の流儀じゃないか」
『言えてるね』
想定外なのは葉月の参戦。元々の計画なら俺一人で解決するつもりだったからな。
『それじゃデータを送るよ。あとは他の面子も捕縛に動いているから気を付けてね』
苦労人の連中も独自に動いているのか。間違って捕縛したら可哀そうだな。簡単にあいつ等が捕まるとも思えないけど。それに悟だって理解しているのだからデータに含まれていないだろう。
「悟にも協力してもらおうか。これから私が言うことを参加者へ伝えてほしい」
『ゲームの説明は必要だよね』
「私が綾香を捕縛するまでの時間内に、捕まったら最悪の罰ゲームが待っている。逃げ切ったのなら今回の件は不問とする。ただし他人を捕縛することへ協力した場合は情状酌量が認められる」
『さすがは我らの理解者。自分に有利な方法を構築するね。オーケー、ちゃんと伝えておくよ』
俺から悟へ言えるのは以上だな。一番楽なのは悟に協力してもらって嘘情報を流して、魔窟の連中を一網打尽にする方法がある。でもそれだと面白くないし、葉月先輩だってつまらないだろう。
「さて、これで根回しは終了だな」
「こちら側が簡単になってしまうけど、いいのかい?」
「あいつ等相手に舐めた行動をすると痛い目を見るからな。色々と枷を掛ける必要があるんだよ」
「でも情状酌量を与えていいのかい?」
「別に与えるつもりなんて微塵もないから」
「理解はしているけどさ。やり方がえげつないよ」
葉月先輩ですら引いているな。俺は悟に一切嘘を言っていないし、悟も俺の真意を理解している。だけどそこまで考えの回らない馬鹿ならば、簡単に引っ掛かってくるだろう。あとは護衛の人達に連絡しておくか。
「護衛各員に通達します。これより送る顔写真を三分以内に記憶してください。それらを捕縛するのが仕事となります。そして対象の捕縛へ協力しようと他の対象が現れるかもしれません。ですが関係ありませんので全員捕縛してください」
嘘は言っていないからな。捕縛されれば罰ゲーム。捕縛協力で情状酌量ではあるが、だからといって捕縛されていいなんて一言も言っていない。言葉遊びみたいなものだが、俺のやり方を覚えていたら引っ掛からないな。
「こちらからの無理な依頼ですので、捕縛成功した場合は査定がプラスになるよう口添えします。年度末に特別支給があるかもしれませんよ」
「僕の方は確実に特別支給を出すから頑張ってほしいね」
これでこちら側のやる気も上がってくれるだろう。十二本家の人間が賞与関係で嘘を言う訳がない。詐欺みたいな真似はしない。家の評判にも関わってしまうから。俗物的な考えだけど、お金の力がやる気に直結する。
「それじゃ、ゲームスタートです」
誘拐事件なのに、俺達にしてみれば遊び扱いになってしまうのが酷い。深刻さなど微塵も感じさせない。魔窟対十二本家のふざけた勝負が火ぶたを切った。
「まずは先手を取らせてもらうよ。追跡している車両を確認して、顔写真と一致するなら確保よろしく」
悟の連絡を受けた直後であれば、まだ事態を把握できていないだろう。馬鹿達なら即行動するだろうけど、まだ周辺にいる可能性は高い。葉月先輩の部隊がどれほど魔窟の連中に接近しているかによるな。
「私はタレコミを信じようかな。F5地点へ移動。そこに一人倒れているらしい」
借り物のスマホへ一通のメールが送られてきた。内容は一人ぶん殴って気絶させたから回収頼むといった内容。ちゃんと誰がやったのか書かれているな。さすがは奈子。理解力と行動力がずば抜けている。俺の連絡先は悟からの提供だろう。
「協力者がいる琴音は楽でいいね。こっちも色々とコネを使おうかな」
「全力を出していいよ。あいつ等は一回痛い目を見たほうがいい」
そこからは指揮官である俺達も忙しくなる。護衛を動かして、相手を追い詰めていく。協力者の情報や、護衛達からの目撃情報を合わせて相手の行動を予測。先回りを駆使して捕縛を進めていく。
「何かを投げつけられたようだね。ゆで卵? 当たったら痛そうだけど」
「本命は次だな」
「腐った卵が直撃だって。どうやって準備したのかな?」
「私が知るか」
悟が全員へ作戦を伝えたのは大晦日か正月辺りのはず。その短期間に準備を整えた馬鹿達の手段なんて知らない。そもそも腐ったものをどうやって入手したかを考えるなんて馬鹿馬鹿しい。
「部隊にカメラを装着させているんだけど、彼らは本当に一般人なのかな?」
「一般的な社会人だな」
タブレットを覗き見ると明らかに動きが素人のそれじゃない。フェンスを一息で登りきったり、壁を利用しての三角跳びによる逃亡。明らかにコツを掴んでいる逃亡者の動きだ。それだけならばまだ護衛達も対応できるのだが。
「姑息な小道具を準備しやがって!」
「すっごい、面白いんだけど!」
明らかに葉月先輩のテンションが上がり続けている。馬鹿をやる連中というのは貴重な存在だからな。しかも相手はその道の達人ともいえる連中。馬鹿の達人ってなんだろう。
「A23地区を上下から捜索開始。挟撃を推奨する」
「T4地区で目撃情報あり。バイクに乗っているからこちらも乗り物が必要かな」
「そいつ、難易度高めだから人数をかけたほうがいいぞ」
「本当かい? なら車両を複数台と部隊を増員させようかな」
こちらの利点は目撃情報が容易に集まるのと、人数をほぼ無制限に投入できる点だな。情報は他の参戦者と葉月先輩のコネ。人材は護衛と葉月先輩所有の部隊。正直、過剰戦力だな。
「よし、ヘリによる上空偵察の構築完了」
「報道ヘリは放置してくれ。そっちはまだ使い道があるから」
「了解だよ」
どんどん投入されていく戦力で魔窟たちの逃げ場はなくなっていく。あいつ等にとってここまでの戦力が投入される事態なんて初めてだ。悟の支援があれば状況が変わるだろうけど、俺との密約により参戦することはない。
「ここまでやっても完璧じゃない気がするんだよね」
「油断していい相手じゃないからな」
どこから包囲を食い破られるか分からない。幾つかの護衛や部隊は撃退されている場面があったから。周囲に迷惑を掛けない方法をとっているが掃除するのが大変面倒である。そこは葉月先輩に丸投げしよう。
「こちらへの対処。裏切者への警戒。それでも引き下がらずに立ち向かってくるのは異常としか思えないけど」
「いやいや、引き下がってもらっちゃつまらないよ。年に一回はこんなイベントをやりたいよ」
「それは私も巻き込まれるから勘弁してほしい」
むしろ何も知らない一般人が巻き込まれてしまう。嘘企画でもでっちあげないと隠し通せるようなものじゃない。人目を気にしてあいつ等も人通りが少ない場所で騒いでいるけど、それでも限界がある。
「番組としてやったら視聴率取れないかな?」
「こんな恥を晒せと?」
自称一般人対プロの護衛なんて見出しなら興味をそそられるかもしれない。ただしプロが敗北するような醜態を晒せる訳もない。あいつ等が相手の為にワザと負けるはずもないからな。完膚なきまでに相手を翻弄するぞ。
「ちっ、やっぱり時間制限有りだと全員は捕縛できないか」
「いやー、凄いね。こっちの予測を軽々と上回るなんて考えられないよ」
何回か出し抜かれているからな。その度に葉月先輩が歓声をあげているけど、馬鹿達に興味を持たないでほしい。何人か引き抜き交渉をするだろうけど、あいつ等がそれに応えるとも思えない。
「琴音様。そろそろ目的の車両と接敵いたします」
「それじゃ馬鹿騒ぎを終わらせますか」
「名残惜しいけど仕方ないね」
本気で残念そうだけど、それはどちらだ。全員を捕縛できなかったことか。それとももっと魔窟の連中と遊びたかったのか。俺としてはさっさと終わらせたいのだ。その為に色々と犠牲にした部分がある。主に悟との密約だけど。
一回書ききって馬鹿さ加減が足りないと思い、久しぶりに没にしました。
でもやっぱり馬鹿度が低い気がします。
とことん突き抜けるのはやっぱり難しいですね。