146.魔窟の実力
魔窟が行動開始した。その事実に通話で話しているおじさんは重い溜息を吐き出した。俺も同じだけど。何があったのか話せと目で訴えかけてくる葉月先輩は一時的に無視しよう。
『そうか。遂にあいつ等が動いたか』
「確率的には二割くらいの可能性だったけど。普通、動くか?」
『あいつ等だからな』
「そうだな。あいつ等だしな」
常識に囚われないのは良くも悪くも人様に迷惑を掛ける。相手は一つの会社として確立しており、尚且つ武力の面でも優れている護衛を仕事にしている。それを相手に喧嘩を売る馬鹿がどこにいる。
『琴音の予想では何人くらい参加していると思う?』
「半数、またはそれ以下。正月で帰省している奴らで愉悦連中がメインだろうから」
『驚異的な戦力だな』
おかしいよな。参加人数が半分以下なのにそれでも驚異的と言われるのは。率先して動くのは愉悦の連中だから仕方ない。これで他の面子まで参加していたら、おじさんも軽口を叩けない。
『お前達の参謀が参戦していた場合、止められる気がしないぞ』
「それなら大丈夫。悟はこちら側へすでに引き入れている」
『いつの間にやったんだよ』
「結構前に」
悟へ連絡を取って今回の計画を相談した。その際に仮想として魔窟が参戦した場合の対策も考えていた。俺ならこうする。悟ならこう対応すると。仮想上だからお互いに好き勝手やって被害がとんでもないことになったけどな。
『つまり、現在の奴らは指揮系統がないのか?』
「そうなる。だけど作戦立案は悟だと思う」
『おい、矛盾しているぞ』
「だって二重スパイだから」
『お前ら、仲間内で何をやっているんだよ』
仲間に引き入れたといって、安心してはいけない。奴らは面白くなりそうなら平気で裏切るから。背後を任せていたら奇襲されるのなんて当たり前。共通の敵が相手ならその可能性はなくなるが。
「ちなみに私の逃亡をリークしたのも悟だと思う。あとは瑠々がある程度の下調べはしたかな」
『やっぱりお前ら、頭おかしいな』
「何を今更」
敵味方が入り乱れての乱戦が俺達の持ち味だ。真面目に誰が敵になるか分からないので疑心暗鬼になるけどな。そこら辺の思考の読み合いが参謀には必要になってくる。明らかに現在の時代にはいらない能力だ。
「参謀役が裏切るのは滅多にないけどな」
『いや、裏切っているだろ』
「今回が特殊だから」
悟をこちら側へ引き入れたのは保険であり、当日の行動を縛るのが目的。あれが臨機応変に対応策を繰り出してきたら俺だってかなり苦戦するか、敗北する見込みがある。その能力に関しては群を抜いている。
「おじさん。忠告しておく。あいつ等はマジで相手を潰す気だと思う」
『いや、あいつ等が動き出した時点で予想は付くだろ』
「多分だけど、おじさんの想定は甘い。奴らの本気はガチで危ない」
すでに魔窟の連中は学生ではないのだ。社会人として働いている以上、過去以上に利用できるものが増えている。本気を出す以上、奴らは何でも使う覚悟があるはず。俺と悟はそれも想定して対策を練ったのだ。
『どう危ないんだ?』
「報道関係すら利用する」
『は?』
おじさんが絶句したのが分かる。そして目の前の葉月先輩は楽し気にこちらを観察している。俺の一言一句すら聞き逃さないように。楽しいイベントにはなるさ。傍観者にとっては。
「上空に報道ヘリは飛んでいないか?」
『正月の街の様子を映すとかでなら飛んでいるかもしれないが。まさか!?』
「最低でも二人は乗っているな。操縦者とカメラマンが」
『ちょっと待て!? いくら本気を出すといっても過剰すぎるだろ!』
「大丈夫だよ。ヘリは押さえられないけど、放送局は押さえたから」
『規模を考えろよ、馬鹿野郎!』
実行犯の確保が難しいのなら、目的を達成させない方法を探せばいい。映像を撮ろうとしているのならば、それが送られる場所を押さえてしまえば奴らの目的は達成できない。おじさんの怒声が耳に痛い。
「報道関係に勤めている奴がいるから、その勤め先へ警察を派遣しただけだぞ」
『お前らのコネはどうなっているんだよ』
「ちゃんと犯人を刺激してはいけないから、報道するなと伝えただけのはず」
警察として派遣したのは魔窟の中でも常識人の苦労枠。愉悦が警察官になれるはずがない。さすがにその現場を実況されている訳でもないから確信は持てないけど。奴なら大丈夫だろう。
『思うのだが、準備良すぎないか?』
「事前準備に抜かりはない。あいつ等が行動しないが一番の望みだったけど」
参謀の悟と俺が組んだ時点で魔窟の連中に勝ち筋は残っていない。あるのはお仕置き一直線のコースのみ。それを眺めながら酒を美味しくいただいている悟の光景が目に浮かぶよ。
「誘拐されたのは可能性として一番高いのは綾香だろうな。あれの演技力なら騙せるだろうし」
『顔のメイクは得意な奴がいたな。だがどうやって敵対相手の場所を特定したんだよ』
「それは瑠々の得意分野だから。目につく場所に綾香を配置したら、食いつくような行動をすればいい」
大胆に行動するのではなく、人目を避けるような行動をしていると思われれば、奴らだって怪しむ。顔の確認をして、俺だと誤認したのならば慌てて逃げるような演技をすればいいのだ。
「綾香の身に何かあればすぐにでも対応できるように何人かは追跡しているはず」
『後ろを追跡している車両はないと報告がきたのだが』
「同じ車がずっと張り付いていたら怪しまれるだろ。ある程度追跡したら車両を入れ替えたりしているはず」
だから追跡用の人数は複数用意しているはずだ。交換用の車両は整備工場を営んでいる奴が協力しているとみて間違いない。ここまでは俺と悟が予測していたもの。むしろ作戦を考えたのが悟なのだから、情報が駄々洩れなのだ。
「それでもあいつ等の目的は達成しているようなものだけどな」
『誘拐されるのが目的なのか?』
「それだけの事実があれば護衛会社としては大打撃だろ。どこに本人と間違えて別人を攫ったりするんだよ」
『間違いなく信用は無くなるな。なら現在の行動は何なんだ?』
「遊びかな」
絶対におじさんは頭を抱えているな。補足しておくけど、別人を保護しただけでも大打撃だが。そこへ女優を誘拐したと付け加えられるとゴシップも大騒ぎになる。それを見越して綾香を餌としたはず。
『分かっているのか、琴音。これは如月家にとっての汚点になり兼ねないぞ』
「契約している護衛会社の不祥事だからな。勝手にやらかしたのは確かだけど、それが如月に影響を及ぼす可能性もある」
社交界のいい話題になるな。俺がそこへ参加しないけど、母と双子へ迷惑をかけてしまう。それはちょっと心苦しい。だからこそ俺が一肌脱ぐ必要がある。
『それが分かっているならどうして事前に止めなかった。そのくらい、お前だったらできただろ』
「この程度ならいいかなと。だけどあいつ等が実家へ辿り着くのは阻止する。我が家が大変なことになるからな」
『対策があるんだな?』
「もちろん。私が動いて実行犯を確保すればいい」
そろそろ動いた方がいい時間かな。誘拐現場が隣町であると仮定して、こちらへ近づいているのは確かなはず。全部予測で動いているが、間違ってはいないと思う。だって不測の事態が発生したら苦労人たちから連絡が来る手筈になっているから。
「誘拐を知った本人が実行犯の確保に動いて、事態を収拾する。これが最善手だと思っている」
『いや、最善手は発生前に止めることだからな』
「契約している会社の不祥事を、契約元が収める。これで如月の被害は最小限に抑えられるはず」
『最小限じゃなくて、無にしろよ』
「というわけでおじさん。車貸してー」
『いきなり他力本願だな!?』
だってまだ車の運転ができない年齢だから。やろうと思えばできるけど、それは法を犯してしまう。家族にも迷惑を掛けるのだからやっちゃいけないことはやらない。
「車なら僕が出すよ。もちろん僕を同行させるのが条件だけどね」
「おじさん。葉月が参戦してきた」
『止、め、ろ!』
「無駄だと思うよ」
一語ずつ強調しなくてもいいのに。それに俺から懇願したところで無駄だ。だって俺は現在、葉月に借りがあるのだ。それを持ち出されたら断れない。こちらとしては戦力が増えるのはいいことだから構わないけどさ。
「面白いことになりそうだね。これだから琴音との付き合いは止められない」
「面白いかの保証はしないぞ。それじゃおじさん。一旦切るから」
『おい、琴音! 琴音ー!』
無慈悲に通話を切る。ついでに着信拒否設定にしておくか。絶対に折り返しで何度も連絡を取ろうとするはずだからな。必要なのは晶さんたち実働班の報告で十分だ。
「それじゃ出発しようか。行き先の指示は私が出すから」
「構わないよ。僕はあくまでも協力者として立ち振る舞うからさ」
思わぬ形で戦力増強できてしまった。相手は確実に死ぬな。社会的に。
馬鹿で化物のような連中だと素直に思いました。
むしろ筆者の頭が大丈夫なのかな。
しかし一月中に正月編が終わりそうにありませんね。