145.真実とは平凡である
葉月先輩の別宅は普通の住宅よりも大きい程度のもの。でもセキュリティは完璧だろう。誰かが配備されている訳でもないけど、すぐに駆け付けられる場所へ待機しているはず。
「無理言ってすみません」
「僕としてはどうして琴音がこの事件を知りたいのか疑問なんだけどね」
気になる部分ではあったからな。俺としても、琴音としても。誰かが関わっているのか、それとも全く関係がないのか。自分一人で調べるにしても限界があった。だから葉月先輩を頼るしかなかったのだ。
「以前、お世話になった人だったからかな」
「そんなに難しい内容じゃなかったからいいけどさ」
情報収集なら葉月先輩が適任だと思った。他の家だと下手に勘ぐってくる可能性だってある。一応は信頼できる人物であると思っているからな。弱みにもならない内容なら大丈夫だと。
「でもどうしてこんなに早くこちらへ戻ってきたんだ?」
「実家にいると疲れるからさ。挨拶の対応だけでもそれなりの数があるからさ」
色んな人物が実家へ新年の挨拶に来るのは知っている。それは如月家でも変わらないから。琴音はほとんど顔を出すことがなかったからその大変さを知らないけど。
「はい、これが資料だよ」
リビングに案内されて、テーブルの上に置かれていたファイルを手渡される。それほどの厚みもないことから複雑なものではないと予想できた。俺の杞憂だったか。
「殺害内容は毒殺。犯人逮捕の決め手はその場にいたから。目撃者も多数。自供もした。そして反省の色が全くない」
「悪い言い方をするならよくある犯罪だね」
残業していたのは俺一人ではなかった。それは決算時期が近くて会社自体が忙しい日だったからな。そこに差し入れを持ってきた同僚がやってきても不審には思わないだろう。その内にどんな気持ちを隠し持っているのか知らなかった。
「背後関係は殆どなし。彼一人が計画、実行した」
「誰かが関わっているのかと思ったのかい?」
「父とか」
「それはあり得ないね」
俺も同じことを思った。考えに出てきたのは俺の気の迷い。琴音の父親が関係していないのは考えればすぐに分かることだったのだ。それは葉月先輩だって即座に気付くほど。
「メリットがない代わりに、デメリットが大きすぎるよな」
「娘と関わった程度で殺しまで発展するような破滅的な思考は持っていないと思うよ」
如月の娘と一夜の逢瀬をした程度の関係性しか俺は持っていなかった。あの家族に無関心な父親がその程度を気にするとは思えない。なによりどうしてあの夜から期間を空ける必要があったのか。思考すれば色々と否定的な部分が出てくる。
「文月ならありえそうだけど」
「あの父親だからね。母親が全力で阻止するとは思うよ」
娘と一夜を過ごした男性がいたらあの父親なら誘拐までは普通にするだろうな。尋問及び、拷問をして一体何をしていたのかを聞き出し、そのまま亡き者にするまでが簡単に想像できる。大丈夫か、あの家庭。
「毒物の入手先はネットと書かれているけど、そんなに簡単に手に入るものか?」
「お金さえ積めば大体のものは手に入る世の中だよ」
それは否定しないけどな。俺が食べたのは一口だったと覚えている。思いっきりガブリといったけどさ。思い出すだけで気持ち悪くなってくる。だけどそれだけの量で人が死ぬ毒物を簡単に入手できるのは疑問に思うのだ。
「毒物を横流ししたのは医療会社の人間だったからさ。薬の入手くらい何とでもなったんじゃない?」
「高円寺か」
「うわー、琴音の地雷を踏み抜いた気分だよ」
大変よろしくない表情と雰囲気を出している自覚はある。横流ししていた人物の勤め先は高円寺グループの直轄。クソ婆は俺の死因にも関係してくるのかよ。真面目に縁を切りたい。ぶん殴ってからな。
「前から不思議に思っていたけど。高円寺に対する琴音の沸点の低さは何なんだろうね」
「それを言われても困るな。病気みたいなものだから」
あれが死なない限り治らない病だけどな。医療関係に嫁いだとなるとぽっくりと逝ってくれる可能性も低いか。事故に見せかけての殺しなら何とかなるかもしれないが、俺だってそこまでやるつもりはない。
「沖田総司殺人事件はすでに解決済み。琴音が気にするべき点は一切ないと報告するよ」
「この資料を見る限り、犯行は一人のみ。実行犯は獄中自殺。横流しした相手も逮捕済み。何かをすべきことすらないな」
だからこそ義母や勇実はやりきれないのだろう。恨む相手がこの世におらず、毒物を横流しした相手を恨むのも筋違い。怒りをぶつける相手がいないから拗らせる。それも俺となった琴音の登場で全部解決したように思える。
「スッキリはしなかったけど、腑には落ちたかな」
「お世話になった人の死亡記録だからね。スッキリするはずがないさ」
自分の死因を調べたのだからいい気分になるはずもない。資料を読んでいても不快感しか感じなかった。自分が死んだ証明。それを読めば、けじめをつけられると思ったのだけど。心境に変化が訪れたとは思えない。
「うん。最初から諦めはついていたということかな」
「事情は知らないけど望みは叶ったかな?」
「多分。お手数をお掛けしました」
自分が死んだのを認められなかったわけじゃない。琴音として生きるのは最初から覚悟できていたからな。ただ過去に未練を残していたのは間違いない。その未練を無くそうと思ってはいたけど、今だとどうでもいいな。過去が問答無用で絡んでくるから。
「それじゃ報酬としてこの三日間何をしていたのか詳細を語ってくれないかな?」
「その程度でいいのか?」
「娯楽は何よりも大事なことだよ」
俺の行動を娯楽扱いしてほしくないのだが。これで今回の件の借りが帳消しになるとは思っていない。どのような手段で情報を集めてくれたのかは分からないけど、結構グレーな手段を使ったのかもしれない。
「長くなるぞ」
「大丈夫だよ。琴音としてもまだ時間は大丈夫でしょ」
実家に帰る予定は夕方くらいを設定している。その旨は母にも伝えているからな。そこら辺をちゃんと伝えておかないとあの人も心配してしまう。放置して成長させようとしていたのではなかったのか。
「初日は護衛を撒いて霜月家を目指したんだけど」
「正月にあそこへ向かうのはかなり無謀だと思うよ」
「行って後悔した。まさかライブに強制参加させられるとは思わなかったぞ」
三日間の葉月へ到着するまでを語ったらあっという間に時間を消費してしまった。偶に葉月先輩も口を出してくるから進行が停滞する場合もあった。もちろんお茶とお菓子をいただきながらだ。
「琴音は一つだけ勘違いしている部分があったね」
「どこが?」
「本当に文月家の夜が無事に終わったと思っていたのかい?」
無事も何も一つしかない出入口を塞いでいたのだ。誰かが入ってくることは不可能だし、仮に障害物を撤去して侵入してきたのならその音で気付く。何かをされた覚えはないのだが。
「文月が用意した部屋に何かが仕掛けられていても不思議じゃないよ。監視カメラや盗聴器なんかさ」
「いや、まさか」
「あの小鳥ちゃんなら確実にやっていると僕なら思うね」
ごめんよ、小鳥。葉月先輩の忠告を否定できない。むしろ俺の小鳥に対する疑惑の方が強くなってしまった。つまり徹夜した理由は何かの編集ではなく、俺の寝顔を観察していたのか。
「道理で素直に私と同室を諦めたわけだ」
「一緒に寝るのは嫌がられたのであれば観察するほうを選んだんだろうね」
「それに私が指摘しても証拠はない」
「琴音が現物を押さえたのであれば別だけど。朝、部屋を出た時点で全部回収されているだろうね」
怖いよ、十二本家。やる気を出した場合、常識なんて知らないとばかりに資金、人材、資材を全投入してくる。これを予測して未然に防ぐのは絶対に不可能だ。諦めて現状を受け入れるしかない。
「敵に回すと本当に厄介だな」
「琴音には言われたくないね。君だって同じ十二本家なんだから色々とやりそうだからさ」
俺は自分を特殊だとは思っていない。確かに見た目と中身が違う。だけど琴音の能力が発揮されるのは外面だけ。中身の能力は基本的に俺へ偏っているはず。琴音のおかげで能力向上しているけどさ。
「ごめん。何かの連絡がきた」
「どうぞ、どうぞ」
相手は晶さんか。何となく嫌な予感はするけど、聞いておいた方がいいよな。逃亡最終日に何も起きないとは思っていなかったさ。
『琴音、大変よ!』
「何か問題ですか?」
『琴音に似た人物が誘拐されたわ!』
表情が強張った気がする。それを見た葉月先輩がニコニコとした笑顔を向けてくる。誘拐した相手は敵対している護衛会社だろう。誘拐された人物についても心当たりはある。
「対策の為に部長へ連絡します」
『ちょっと!? 大事にするつもりなの! 何か言って!』
何も言わずに切った。だって大事になるのは決まっている。ついに奴らが動き出したのだ。連絡先に入っている部長を選択して発信。数コールもせずに出てくれたのは情報が入っているからか。
『琴音。報告は聞いている。お前の意見は?』
「魔窟が動いた」
それでは魔窟捕縛作戦を開始しようか。
変に複雑にすると物語が詰む可能性がありました。
色々と考えはしたんですけどね。
フラグの乱立にはご注意を。
筆者のフラグ管理はできていませんけどね。