144.文月から葉月へ
前話の番外編後書きにちび琴音のイラストを掲載しました。
そしてやらかし案件第四号。
文月が終わっていません!
目を覚ましたのは朝の八時。若干の眠気を抱えながら伸びをして、現状の確認をする。
「良かった。隣に小鳥が寝ていなくて」
あの子ならやり兼ねないと思っていたから。部屋へ無断侵入して、俺の布団の中へと潜り込む。その対策として、ベッドを移動させて扉を塞いだのだが。やり過ぎだったかな。
「いや、やり過ぎなくらいがちょうどいいかもしれない」
十二本家相手ならばこのくらいが適当かも。本人たちがやりすぎているのだから。その自覚を持ってほしいと思うのは俺だけだろうか。いくら俺でもライブ会場の建造や、浴室の増築なんてやらない。
「まずは戻すか」
ベッドを引き摺りながら元の位置へ戻す。床が傷んでしまうが、小鳥なら許してくれるだろう。自衛のための行動なのだから仕方ない。誰だって我が身は大事だ。寝起きドッキリなんて必要ない。
「さてと、今日の予定を確認っと」
本日行く予定にしているのは葉月先輩の別宅。実家ではないのは、葉月先輩がすでに別宅へ帰ってきているから。別宅の場所は学園がある街。つまり元の場所へ戻る。危険度は跳ね上がるけどな。
「頼んでいたものは大丈夫かな」
着替えて、髪を結って、いつもの恰好となる。ここまで逃亡していたのだからもう変装しても効果はないと思う。怪しいと思ったら顔の確認までやっているらしいからな。疑わしきは確認せよか。
「琴音さん。無事でしたか!?」
「全部終わった後だから無事」
「くっ、もう少し早ければ生着替えが」
欲望駄々洩れだぞ。この行動からここへ突撃してきたのはこれが最初じゃないだろう。絶対に開かないドアと格闘したのが分かる。やっぱり俺がやった予防策は間違いじゃなかった。
「霜月姉妹は?」
「まだ部屋から出てきていません。私は色々とやることがあったので徹夜です!」
だから変にテンションが高いのか。何をしていたのかは聞かないでおこう。何だか俺へダメージが与えられそうだから。思い当たる節が有り過ぎて、どれなのかが分からない。
「おはよー。二人は早いねー」
「おはようございまーす。朝は辛いでーす」
霜月姉妹がやってきたのは午前九時過ぎ。昨日までの馬鹿高いテンションはどこへ行ったのかと思うほど、眠そうである。朝は苦手なのだろうか。昨日は俺の方が起きるの遅かったから、今の状態は見れなかったな。
「おはよう、綾先輩。凜」
「珈琲飲みながら新聞読んでいる姿を見ると社会人にしか見えないわね」
失礼な。部屋では新聞を取っていないから仕方ないだろ。社会人としては情報を取り入れていないと話題についていけない場合だってあるのだ。最近だとネットで十分な情報を取得できるけど、紙ベースだって大事。
「これで眼鏡でも掛けていれば琴姉は完全体になる」
「凜の様子おかしくないか?」
「朝はいつもこんなものよ」
朝のテンションが良く分からないな。綾先輩はいつも通りになったのに、凛はまだ眠気と格闘している様子。二人が朝食を摂っている間に俺は必要な連絡でもしておくか。今日が一番大事な日だからな。
「琴音の今日の予定は?」
「葉月先輩に挨拶して、実家へ帰る予定」
「長月のところへは行かないの?」
「誰かさんの所為で予定が崩れたから無理になったんだよ」
行程が順調だったのなら長月へも挨拶へ赴くつもりだった。もちろんアポなしで。それも初日に崩れてしまったのだが。霜月家で一泊するつもりなんてなかったから。自覚のある綾先輩は俺から視線を外したな。
「琴音の家には行ってみたかったけど。私たちもそろそろ戻らないといけないわね」
「来訪者の対応をしないといけない。凄い面倒だけど」
その気持ちはあったのか。文月家へ同行してくれたのは大変助かったし、今日同行しないのはありがたい。実家へ連れて行くつもりは毛頭ないし、葉月先輩のところで話す内容はあまり聞かれたくないから。
「私はそんなものないから気楽だな」
「私だって一人暮らしを許されるなら」
「それは私が絶対に阻止する」
姉妹の間で火花が散っているが、俺からしたら綾先輩に一人暮らしは無理だと思う。実家からの支援があれば可能だけど、あのシェリーが甘えを許すとは思えない。それも歌手としての糧にしろとか言いそう。
「私は」
「小鳥に一人暮らしなんてさせられるか!」
久しぶりに見た気がするな、ここの父親を。溜息を吐いている小鳥の様子から微かな願望だったのだろう。この父親から少しでも距離を取りたいと。小鳥なら一人暮らしくらいやれそうな気はする。
「話がややこしくなるからあなたは黙っていなさい」
「だが小鳥の未来が!」
「あの子だって自分の将来くらい考えているわよ。あなたがどう思っていようともね」
そのまま奥さんが引き摺って馬鹿親父を退場させたな。文月家での風物詩になっているけど、これを当たり前だと思っている俺たちはおかしいのだろうか。こんな醜態を十二本家以外に見せているとは思えないけどな。
「琴音の将来が楽しみね」
「私は不安しかないさ。色々と抱え込み過ぎてな」
その一つを今日解決させるつもりだけどな。多少の眠気なんてこの楽しみの前には効果がない。思い立ったのは修学旅行と結構最近だけど、それでもやりたいことの一つに数えられる。目的があるのはいいことだ。
「何で拳を握り締めているのよ」
「今日の目的の一つだから」
「何をするつもりなのよ」
「父親を殴る。この一点のみ」
何を言っているんだ、こいつといった顔を全員がしているな。おかしな目的であるのは自覚しているけど。如月家の関係から想像できないだろうか。家族関係が歪みまくっているのだから。
「移動手段はどうするのよ?」
「葉月先輩に頼んでいる。もう少ししたら迎えが来るはずだから」
朝食を食べ終えた後に葉月先輩には連絡を取っていた。それによると迎えを寄こすとのこと。若干、小鳥が寂しそうにしているがさすがに俺ももう一泊するつもりはない。何よりこんな危険な場所に長期間の滞在はしたくないのだ。
「私たちと同じか。もしあれなら途中まで送っていこうと思ったんだけど」
「大丈夫だろ。ところで小鳥。私の護衛はどうした?」
「そういえば確認していませんでした。あとで玄関前に来るよう伝えておきます」
昨日言っていた犬小屋という発言が気になるんだけど。それは後で本人たちに聞けばいいか。なぜか小鳥がうちの護衛に対する扱いが冷たいような気がする。何かあっただろうか。
「正月三が日の最終日。気合を入れて頑張りますか」
「頑張る方向が絶賛迷走中だと思うわよ」
「それが琴姉の平常だと思う」
どこへ向かうのか分からずフラフラしているのが平常だとは思わないのだが。目的は明確にして、ただそこへ一直線に向かっているだけ。その目的がおかしい場合が多々あるけど。俺らしくはあると思う。
「それじゃこれで暫しの別れだな」
「あとで喫茶店に行くからよろしくね」
「私も同行する」
「私も今度こそ行かせてもらいます!」
始業式まで会わないわけじゃないからな。俺は基本的に喫茶店でアルバイトしているのだから会うのは簡単。こちらとしては売り上げが上がって万々歳。多少の絡みくらいなら許すくらい店員としては寛容なのだ。
「何があったんですか?」
「ドッグハウスに放り込まれたのよ」
全身毛まみれで唾液の跡が見て取れる。小鳥が犬を飼っているとは聞いたことがないけど、ただ話していないだけか。どうしてそんな場所に晶さんたちを放り込んだのかは謎だ。色々と臭うからどこかで着替えてもらう必要があるな。
「運転手にどこか寄ってもらいます。さすがにその恰好で十二本家へ来訪するのは不味いです」
「ありがとう。私たちが何をやったというの」
それは俺も知らない。知っているのは小鳥だけだな。結局、近場の入浴施設に立ち寄ることになったのだけど。これほど心安らかに入浴したのはいつぶりだろうと思ってしまった。最近、落ち着いて何かをしていた記憶がないから。
「次の葉月では文月みたいなことにならないわよね?」
「大丈夫です。私としても同席させるつもりはありません。外で待機になるはずです」
俺の秘密に関わることだから誰にも同席させるつもりはない。葉月先輩に頼んだのはあの人なら秘密は守ってくれると思ったからだ。貸し借りが発生するけど、無茶は言ってこないだろう。
帽子を被りながら車中での移動がメインになったのだが、こちらからでは相手側の護衛の姿は確認できなかった。近隣にいないと思って範囲を広げたのだろうか。こちらとしては大変助かる状況だけど、何か嫌な予感はするな。
「いらっしゃい、琴音。新年明けましておめでとう」
「おめでとうございます。今年は短い間ですがよろしくお願いします」
「短くするつもりはこれっぽっちもないからさ」
卒業後まで付き合いがあるのは理解しているけど、今ほど積極的に出会うこともないだろう。厄介な事態に巻き込まれないこちらとしては大変ありがたいのだが、卒業後まで持ってこないよな。
「家族はいないけど、中に入って。さすがに資料も広げられないからさ」
「じゃあ、頼んでいたものは大丈夫だった?」
「沖田総司の事件調査。色々なコネを使って入手したさ。この借りは高いよ」
葉月先輩に頼んでいたのは俺の事件の調査。詳細を何も知らない俺にとっては何よりも知りたい情報。おそらく琴音としても気になっている部分だろう。真実は簡潔なのか、それとも複雑なのか。どちらにせよ、過去の出来事だな。
隣車線から車が体当たりを仕掛けてくる。ブレーキとハンドリングで回避。
野生動物が飛び出してくる。同上。
屋根からの落雪。バックステップで回避。
電灯の落下。直撃、だけど無傷。
コミカライズ連載から一週間を簡単に書きました。
新年になっても何も変わらないです!