記念番外編:騒乱で異常な日常
番外編四話目です。
これで完結になります。
そして後書きにおひたし先生から許可を頂いたイラストを掲載しました。
ちび琴音が可愛すぎます!
予想外に綾先輩は早々に帰ってくれた。気を使ってくれたのかは謎だけど。あの人にそんな心優しい気持ちがあるとは思えない。何よりも面白いを追求している人だから。それとも何かを感じ取ったのか。
「お兄さん。唐突ですが、魔窟の動きは大丈夫ですか?」
「藪から棒に何だよ?」
「いえ、何か嫌な予感がしたので」
嫌な事態として真っ先に思い付くのは魔窟の人達がこちらへ向かっている状況。偶にそんな状況になってしまい、お兄さんとの逃避行が始まってしまう。一種の遊びではあるのだけど、捕まった場合が大変。
「グループには動きが無いな」
スマホをチェックしてもらったけど、そちらでの話題ではまだ上がっていないらしい。今回もお兄さんに逃げられ、どうしたら妨害できるかの反省会が開かれている様子。本人も見ているのに、何をしているのか。
「気のせいならいいのですけど」
「あいつ等の動きは予測できないから断定は無理だぞ」
「偶にしか襲いに来ないのでタイミングが計り辛いです」
何かしらの前兆がある訳でもない。唐突に襲撃を行ってくるから対策を立てようがない。臨機応変に対応して、魔窟の人達から逃げる。もしくは戦力次第で撃退を考える必要がある。お兄さんから最終手段は教えてもらっているけど。
「琴音が巻き込まれたの何回だ?」
「三回です。最初は護衛を巻き込んでの大騒動だったじゃないですか」
「あの惨劇を回避するために俺が頑張っているんだぞ」
お兄さんが必死になって魔窟の人達から逃げているのは騒ぎを大きくしない為。あれだけの大騒ぎと魔窟にとっての天敵から説教を受けたのに、あの人たちは一切懲りていない。日常をお祭りと勘違いしているのかな。
「二回目は私を売りましたよね」
「すまん。あれはすでに状況が詰んでいた」
「あの状況ですと私も何も思いつきませんね」
完璧な奇襲。確かビリヤードをしている時だったかな。気付かない内に包囲されていたし、突入班が実力者揃い。こちらは白旗を上げる以外に何もできなかった。私達の警戒が甘かったのが敗因ではあったけど。
「琴音が参加してくれると俺の負担が減って助かるんだよ」
「私の負担は激増です」
あの人たちは社会人のはずなのに十二本家である私へ一切遠慮がない。見た目で弄られ、お兄さんとの関係で弄られ、勝手にライバル認定されたりと大変だった。人のファーストキスを奪った綾香さんは許さない。
「普通、お兄さんとの関係が怪しいからと唇奪って確認しますか?」
「あれはマジで謎行動だったな。周りは大いに盛り上がったが」
本当にあれで何の確認ができるのか全く分からない。反射的にショートアッパーを綾香さんの顎に叩き込んだ私は悪くない。奈子さん曰く、完璧なスイングだったと。見ていたのなら止めて欲しかった。
「満足そうにぶっ倒れたよな」
「お兄さんに守ってほしかったです」
「ご冗談を」
「そこは男らしく絶対に守るとか言ってくれないのですか?」
「奴ら相手に守り切れる自信はない」
断言しないでほしい。倒れた綾香さんを他の苦労人たちが制裁していたけど。目を覚まさせるためにジャイアントスイングは間違っている。だってお酒飲んだ状態でそんなことをしたらどうなるのか分かっているはず。
「盛大に吐いていましたよね」
「回して、引き摺って、最速でトイレへ投げ込んでいたな」
制裁としては正解だけど、やり方はどうにかならないのかな。人間を回す時点で随分と周りへ迷惑を掛けている自覚はない。男性陣が受け止める気満々だったのはノリなのか、マジだったのか。スケベ心は誰にでも共通だった。
「お兄さんたちの飲み会は毎回あんな騒ぎなのですか?」
「魔窟の連中だぞ」
「納得しました」
その一言だけで私に伝わる時点で、かなり毒されていると思う。魔窟の人達と一緒に騒いだのは一桁程度なのに随分と慣れてしまった。それほどまでにあの人たちは濃すぎるのだ。
「出禁は何店舗ですか?」
「言えると思うか?」
地元では諦められているという話は聞いたことがある。あとは魔窟の関係者が経営している場所なら問題ないとか。一般店舗では自由に騒げなくて不自由だから、飲み会の会場から除外しているとも。
「落ち着きが欲しいですね」
「だったら魔窟なんて不名誉な名を貰っていないぞ」
それを堂々と名乗っている時点で本人達は不名誉だと思っていないはず。高校在学二年目で魔窟という名を頂いたと誰かから聞いた気がする。何かのイベントでクラス総出で本気を出したらしいけど。
「一体何をやったらそんな名を貰うのですか?」
「言えるわけないだろ、あんな度を超えた馬鹿騒ぎ」
お兄さんが言わなくても、魔窟の誰かに聞けば誇らしげに語ってくれると思う。主に愉悦の人達だと思うけど。私もその人達から聞きたくない。だって私にも被害が来るから。
「人脈が広がるのはいいのですけど、あの人たちの手を借りたいとは思いませんね」
「能力は一線級だぞ」
「人格に問題があるのを自覚してほしいです」
「言えているな」
これはお兄さんにも言えているのだけど、分かっているのかな。お兄さんの手を借りようと思うのは魔窟関係。普通の問題であれば魔窟の人達の手を借りようとは思わない。被害が拡大してしまうから。
「だけど戦力としては頼もしい限りです。本気で潰したい相手がいるのであれば」
「琴音からの頼みなら断る連中じゃないからな。気に入られている証拠だ」
「その代償が大きいのですけどね」
金銭的な見返りではなく、娯楽の提供が魔窟へ渡すもの。その被害を誰が受けるかと言えば私になってしまう。誰かしらの生贄を用意すればいいのだけど、あの人たちが気に入るような人物を私は持っていない。
「弱みを握って脅すような真似はしないぞ」
「弱みをちらつかせて弄る真似はしますよね?」
私の質問に目を泳がせて、更に顔を逸らしてしまった。
「お兄さんにも自覚はありますよね」
もちろん、被害者側で。あの人たちも人で遊ぶのは大概にしてほしい。それに魔窟の人達と遊んでいると不名誉な画像が大量生産されてしまうのだ。あれを社交界で流れでもしたら私の人生は終わる。
「俺の弱みなんて幾つ握られているのやら」
「興味ありますね」
「絶対に聞くなよ。奴らなら嬉々として教えるだろうからな」
これは私を信頼して言ってくれているのだろうか。明らかに聞けという前振りにしか思えない。お兄さんたちの馬鹿騒ぎに関しては色々と聞き及んでいるけど、お兄さん個人のネタはあまり知らない。
「聞いたら怒りますか?」
「墓まで持っていくのなら構わないかな」
私の胸の内に留めておくまでならいいのね。相変わらず信頼している人には甘い。だからこそ魔窟の人達もお兄さんを信頼して馬鹿やっているのかもしれない。後処理を安心して任せられるから。
「いつか痛い目を見ますよ」
「それも込みで俺の責任だろ」
お兄さんの甘さは誰かが守ってやらないといけない。誰もが強いわけではない。魔窟の人達はお兄さんを頼ってはいるけど、守っているとは違う。精神的な支柱の一つとして無意識に思っているのかもしれない。
「お兄さんも誰かに頼った方がいいですよ」
「必要なら頼っているぞ」
本人が必要だと思わなくて、自分で解決できると思うのであれば誰にも弱音を吐かない。勇実さんの存在はお兄さんにとって精神的な支えにはなっているけど、それでも弱い。お兄さんには過保護なほどに構う存在が必要。
「月一ではなく、週一の頻度にあげようかな」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
それが無理なのは百も承知。お兄さんだって忙しいのだから頻繁に会えるとは限らない。それこそ負担になってしまう。過保護に守るにしても、それで私が負担になってしまえば意味がない。
「ところでお兄さん。何か気になることでもあるのですか?」
「何でそう思う?」
「癖が出ていますよ」
等間隔に腕を指で叩いている。あれは何かを考えている時に出る癖。そしてそれを私に言い出せないということは、私に関連する何かがある証拠。さっさと吐いてもらわないと精神的に安心できない。
「隠しても仕方ないか」
「それでは今日はここまでということで。私はそろそろ帰ります」
「待て。何かしら一品奢るぞ」
「お言葉は嬉しいのですが、時間を稼がせる気は一切ありません」
「勇実ならこれで釣れるというのに」
お兄さんが相手だとあの人は頭がパーになるから仕方ない。でも私は違う。たとえお兄さんでも必要なら疑う。主に魔窟が関連している場合だけど。
「実は魔窟から飲み会の連絡が回ってきたんだ」
「それで?」
「琴音を確保しろと指令が来た」
「丁重にお断りします」
「一応だが、理由を聞いておこうか」
「安全装置の奈子さんがいません」
女子最強の存在は締め切り間近の作家を追い詰める為に飲み会にはやって来ないだろう。更にいえば誰が参加するか分からない闇鍋状態。破廉恥な目に遭うのが分かる集会に誰が参加するものか。
「確かに奈子は来ないだろうな。出席者も今のところ謎だ」
「でしたら私に参加の意思はありません」
「俺が誘ってもか?」
「答えはノーです」
僅かな恋心よりも自分の安全を取る。それは当たり前の行動。ただしお兄さんがこの程度で諦めてくれないのは分かっている。ここからは私とお兄さんの攻防戦。ただ逃げるだけでは私がつまらない。
「なら遊びを開始しようか」
「お兄さんはどんな誘い文句を言ってくれるのでしょうね」
「その程度だと思うか?」
「打てる手は何だって使ってくるでしょうね」
楽しい時間。幸せな瞬間。いつも通りの日常で突発的に発生するイベント。以前の私では体験できなかったものをお兄さんは与えてくれた。だからこそ感謝をしているし、好感が持てる存在。言葉では恥ずかしくて言えないからこそ、ずっと胸の中に仕舞いこんでいるこの思いを。いつか勇気を出せたら形にしたい。
ありがとう、大好きですと。
『どうして私の世界はこんな結果じゃないの』
最後の一文は初代なのか、二番目なのかで捉え方が変わります。
羨望、諦観。怒り、怨嗟。この判断は読者の方々にお任せします。
筆者にとっては呪いですね。
さて、ここからはテイク2です。テイク1は徹夜明けで意味不明でしたので。
コミカライズが連載開始され、原作とはまた違う展開の庶民堕ちが見れるのは楽しみです。
原作は相変わらずですが、これをどうやってコミカライズで表現してくれるのか。
不安もありますが、やっぱり期待の方が大きいです。
原作も、コミカライズもどうかよろしくお願いします!
寝起きに見て、一瞬で目が覚めてしました。
番外編を書いた影響なのか、私には最初の琴音にしか見えませんでした。
今の琴音? 告知看板を振り回しながら筆者を追いかけ回しているイメージしか出ません。