記念番外編:喧噪で微妙な日常
番外編三話目です。
瑠々さんがやってきたのは予想外であり、早々に退場していったのは予定通りというべきか。締め切り間近にネタ探しを敢行するのは瑠々さんらしいけど。付き合わされる奈子さんは大変だ。
「それでお悩みは解決しましたか?」
「あの光景を見て、普通に話を戻せるあたり。琴音も染まったよな」
「お兄さんと一年以上も付き合っていれば慣れます」
最初の頃は魔窟の人達にいつも驚かされてばかりだったけど、今では耐性がついたのかどのように対応するかと考えるようになってしまった。お兄さん曰く、私も策士タイプらしい。
「私に被害が無ければ平常ですから」
「何かあっても対応策を打ち出すのが俺達の役目だろ」
「問答無用で私は巻き込まれていますよね?」
「仕方ないだろ。魔窟の連中が琴音と関わりたいと思っているのだから」
どこから話が漏れたかといえば勇実さんの所為だろう。あの人が私の情報を拡散させたおかげで、魔窟の人達が私に興味を抱いてしまったのだ。自分達を変人として扱わない稀有な人物として注目されている。
「一時期、包囲網が敷かれて護衛と一戦やらかしましたよね」
「あれの後片付けは本当に大変だったな。師匠や義母まで巻き込んでの大騒動だった」
その時にお兄さんの家族と初めて対面したし、一泊させてもらった。私が十二本家の人間であると分かっているのに対応が変わらないのは流石はお兄さんの家族だと思った。
「あの一件以来、私も護衛達から変な目で見られるようになりましたよ」
「おめでとう。これで琴音もこちら側だ」
「全く嬉しくありません」
こちら側とは変人になったことかな。私は断じて違うのに。お兄さんたちと違って学園では優等生で通している。近寄りがたい雰囲気を出していると言われるけど、いたってまともなの。
「俺は琴音の学園生活を知らないからな」
「なら香織さんに聞いてみてください。私は無茶をしていません」
「偶に霜月先輩に捕まっている以外は特にないわね」
丁度良く近くを通りかかった香織さんがそれだけ答えて離れていった。あまり言ってほしくなかった内容が含まれていたけど、私が問題行動を起こしていないのはこれで証明されただろう。
「霜月というと他の十二本家か」
「そこにはあまり触れてほしくないのですが」
「そう言われると気になるな。十二本家同士で付き合いがあるなんてあまり聞かないから」
単純に噂に上らない程度の話だから。ただし、あそこの家は本当に頭がおかしい。あくまでも私は巻き込まれている立場だけど、解決策すら用意させてもらえないほど強引な部分がある。
「社交界で話すようになったら気に入られただけです」
「へぇ、平常時の琴音を。正直に話せ。何があった?」
嘘はついていないけど、核心の部分を話していないのを気取られたか。それにお兄さんは人前での私を知っている。どうせ私は知らない人や、親しくない人には不愛想ですよ。その心の壁をあっさりと超えたきたのが魔窟の人達だけど。
「社交界で話したのは本当です。学園でも接触してきました。そして拉致されました」
「唐突に事件だな」
護衛の人達には心配ないと連絡してなかったら本当に誘拐事件へ発展する所だった。あれは私も悪かった。手を引かれるままに車へと連れ込まれてしまったのだから。もう少し警戒して、抵抗しても良かった。
「それでその後は?」
「カラオケ店へ直行です」
「うん。中々に予想外の方向へ進むな。俺じゃなかったら混乱しているぞ」
私も魔窟の人達に慣れていなかったらどうしてそうなったのかよく分かっていなかっただろう。偶には何も考えず、ノリに任せて突き進むのも必要なのだと学んだ結果。霜月家に気に入られてしまったのだ。
「社交界で私がカラオケへ行くと漏らしたのが原因です。仲間が出来たと大いに喜んでいました」
「十二本家のご令嬢がカラオケへ行くのは確かに想像できないな」
「私もその中の一人なのですが」
「それについてはすまん。俺の所為でもあり、勇実の責任でもある」
お兄さんとだけカラオケへ行っているわけではない。むしろ勇実さんと一緒にカラオケへ行く機会が多い。遊び半分、真面目半分といった感じかな。勇実さんが歌い、私が聞いて感想を言い。私が歌ってみせて、勇実さんが直すべき点を見出している。
「おかげで私も問題を抱える羽目になってしまいました」
「俺で良ければ相談に乗るぞ」
「結構です。一考の余地すらない戯言ですから」
如月家の当主となる覚悟がある私にとって他の未来の可能性を提示されても無駄でしかない。問題となるのは父が私へ家督を素直に渡すかどうかによるのだけど。しかも霜月家の問題を私はまだ家族に話していない。
「あら、琴音さん。奇遇ですね」
「何でこのタイミングでやってくるのですか。綾先輩」
話題に出していた人物がタイミング悪くやってくるのは何故だろう。まるで狙ったかのように私とお兄さんが座っている席へと進んでくる。まさかここであの話をするつもりなのか。色んな意味で爆弾発言になってしまうから止めて欲しい。
「いけませんよ、琴音さん。デビュー前にスキャンダルの種を育てるのは」
「お兄さんとはそんな関係ではありません。それにその話は何度も断っていますよね」
「私達はいつまでもお待ちしますし、何度でもお誘いします。琴音さんが承諾してくださるまで」
「まるで迷惑な押し売りみたいだな」
まさしくその通り。その気はないと何度も話しているのに、全く諦めてくれない。しかも誘ってきているのは目の前にいる綾先輩だけではない。母親までもが私の獲得の為に奔走しているのだ。
「それで何を押し売りされているんだ?」
「歌手としてデビューしないかと」
「うーん。んっ?」
珍しくお兄さんが混乱している。思考の許容量を超えてしまったか。どうして歌手として何の関係もない十二本家から歌手デビューを勧められているのか理解できないはず。それには理由があるのだ。
「お兄さんはシェリーを知っていますよね?」
「知らない人間の方が珍しいと思うぞ」
「これの母親です」
「あ?」
頬杖をつきながら適当に綾先輩を指さす。お兄さんは綾先輩を凝視し、先輩は頬を引き攣らせている。恐らく私がぶっちゃけ過ぎているのが原因だろう。霜月家の秘密を漏らしているようなものだから。
「琴音はシェリーからデビューの打診をされているのか?」
「全然諦めてくれなくて困っています」
「ご愁傷さまで」
これで私達の話題が一つ終わってしまった。相手に興味がないと分かれば他の話題を探すのが私達の共通認識。そんな私達になぜか綾先輩が肩透かしを食らったような感じになっている。別に素を出してもいいのに。
「随分と反応が薄いですね。それに琴音さん。秘密を打ち明け過ぎでは?」
「相手がお兄さんですから。私が信頼している人の一人です」
「失礼ですが、お名前を聞いても宜しいでしょうか?」
「沖田総司だ」
「知りませんね」
有名な家系ではなく、ただの一般人だから綾先輩が知らなくても仕方ない。恐らく私達みたいな家系を想像しているだろう。十二本家が信頼している人物は限られているから。これでお兄さんと綾先輩が意気投合すると私にとっては脅威になる。
「ただの一般人だからな。ちなみに琴音へ遊びを教えたのが俺だ」
「なるほど。分かりました。ナイスよ!」
唐突に素を出したよ。清楚キャラを脱ぎ捨てて、現れたのは楽しい事大好きの無駄に明るいキャラ。私としてはこちらの方が見慣れている。そんな姿を見ても、お兄さんの反応は薄い。それも仕方ないけど。
「琴音が引き摺られる理由が分かったな」
「あれー? やっぱり反応が薄いわね。私が素を出せば大体の人は驚くのに」
「特殊な訓練を受けた人ですから」
「あの環境で育った人間なら誰でもこうなると思うぞ」
その前にその環境から逃げ出そうと思うよ。真っ向から立ち向かおうなんて思うのは馬鹿か無謀かのどちらか。お兄さんは馬鹿に属する人間だとは思うけど、負けない為に色々と画策する人ではある。
「でもお兄さんはバンドでデビューするらしいですよ」
「マジで?」
「おい、琴音。何を俺を巻き込もうとしている」
いいじゃない。キラキラした瞳で見つめてくる綾先輩なんて貴重だよ。その頭の中で何を考えているのかは分からないけど。綾先輩の思考を読むのは霜月家の家族以外無理だと思うよ。
「私以外の十二本家も知ってもらおうかなと」
「嘘つけ。自分の被害を減らすための計画だろ」
「お兄さんだって魔窟へ私を売ったりするじゃないですか」
「あれは苦渋の決断なんだ。理解してくれ」
「なるほど。琴音が信頼する人物ね。これは馬に蹴られる前に退散したほうが良さそう」
「「違うから!」」
しまった。一番勘違いさせてはいけない人物だったのをすっかり忘れていた。社交界で話を出されると他の十二本家まで絡んできそう。学園でも同じ。霜月でも苦労しているのに、他の十二本家と接したいとは思わない。
「綾先輩。お願いしますから、この事は秘密で」
「デビューしてくれるならいいわよ」
「なら、します」
「琴音の判断基準が謎だわ」
「全く悩まない即答だったな」
私の大事な時間を守る為ならデビュー位してやりますよ。こうなればお兄さんをどこまでも巻き込んでやる。絶対に理不尽な流れ弾だというだろうけど、私には関係ない。
やらかし案件第三号。
そもそも番外編四話構成にしておいて、肝心の四話目が
未完成であった事実。仕事の休憩中に仕上げました。
突貫作業が原因でしたね。