15.お肉とスカウト
回復は順調です。頭痛は無くなりました。
左目がまだですけどね。ということで日向ぼっこしていました。
15.お肉とスカウト
ひたすら無言で作業を進めているが全く終わる気配がない。ファイルの束は減っているのだが元が多いので何とも言えない。今日で終わるとは思えないが俺が作業するのも今日だけだろう。
腹痛の連中がどの程度なのかは分からないが軽ければ明日には復帰するだろうしな。
「今日はここまでにしよう」
会長の一言で全員の作業が終わった。俺も作ったものを保存してPCの電源を落とした。時間を確認したら午後7時。まさかここまで遅くなるとは思わなかった。
「いつもこの時間なのですか?」
「いえ、今の時期だけだと聞いています。私も去年の時期は生徒会にいなかったので」
俺の質問に答えてくれた木下先輩も若干疲れが見える。これがもう数日続くのだから生徒会の人達も大変なことだ。俺としては自由な時間が削られるから所属したいとは思えない。
内申の為だと考えればちょっとは揺らぐが、琴音として考えればメリットが少ない。別に生徒会にいなくてもイメージの改善は出来ているからな。
「よし、皆でファミレスにでも行って晩御飯にしよう」
「会長、私はお金がないので遠慮しておきます」
「えっ、奢るよ」
「行きます」
やったー、食費が浮いた。それに久しぶりに他人の料理でしかも肉を食える。というか会長はよくファミレスに行くのだろうか。あまりそういうイメージがないのだが。
それに十二本家の人間がそういった所に行くというのもどうなんだろう。この人、葉月家の人だったよな。
「偶に親睦の為に連れて行ってくれるのですよ」
「へぇ、上司としてはいい人ですね」
「それに何たって僕以外は女子だからね」
そういえばそうだな。木下先輩、俺、斉藤さんとタイプは様々だが見事に綺麗所が揃っている。元が男だからそういったことに疎いのもあれなんだが。あんまり意識していないからな。
でも誘っているのに全く会長はそんなことを考えていそうにない。一緒に歩いているけど本当に部下を労う上司と言った感じだ。
「それじゃ行こうか」
「やっぱりこういう所は金持ちですね」
校門前に停められていたのは高級車。これでファミレスに向かうなんてどんな無駄遣いだよと突っ込んでしまうがこればかりは仕方ないだろう。仮に御曹司を歩いて行かせるわけにもいかない。
何が起こるか分からないからな。
「そういう如月君だってこれ位普通じゃない?」
「去年まではそうでしたが今は徒歩で登校しています」
「それはそれは。大変そうだね、誰かとは言わないけどさ」
俺も気づいていないのだが如月家の護衛がどこかにいるという話だろう。本家から出されたとはいえ俺もまだ如月家の人間なのだから誘拐などの可能性だってある。それを防ぐためだろう。
ただでさえ学園内で怪我まで負っているのだから。ただ何となく護衛は分かっている。バイト先限定ではあるのだが。あれは俺でも分かるわ。
「そこまで考えていなかったのでしょう、うちの家族は」
「まずは更生させることを第一に考えていたんだろうね。結果的に言えば大成功だろうけど」
「別の意味で心配は掛けていますけどね」
主に化粧とか女としてとか。美咲に色々と教わってチャレンジはしてみたのだが、部屋に置いてある化粧品の値段をネットで調べたら全て止めた。あんなもの今の生活で買えるかってんだ。
あれ買うだけで生活費全部飛ぶと考えただけで焦ったわ。何を考えているんだか。
そして他の人達とも他愛無い話をしていたらファミレスに到着。従業員の人達が慌ててないところ見ると結構な常連なのだろう。流石従業員、慣れているな。
「如月君は何を飲む?あと薫も」
「私は烏龍茶で。如月さんは?」
「私も同じで。会長、混ぜないでくださいよ」
「えっ、それはフリ?」
「真面目にです」
「冗談だよ。それじゃ行こうか、小梢君」
その前に店員にドリンクサーバーの許可を貰わなくてもいいのかよ。疑問に思っていたら「いつものことです」と木下先輩が言っていたのだから、本当に常連なんだなと思った。
というか本当に混ぜないでほしい。あれは自分がやるから許されるのであって他人がやったら怒る。そういうものだと思う。
「さてと何を頼もうかな。皆、いつも通り遠慮しなくていいよ」
本当に全員遠慮しなかった。ちなみに俺が頼んだのはサイコロステーキのセット。久しぶりの肉にワクワクドキドキしていたら斉藤さんが見ていることに気づいた。はて、何だろう。
「どうかしましたか?」
「いえ、何だか子供っぽいと思ったので」
「確かに今の如月君を見ているとそうだね。今か今かと待っている姿はまさにそれだね」
「イメージが全然違いますね。これで最後に如月さんの分が来たらどうなるのでしょう」
木下先輩、多分しょぼくれます。他の人達の料理が届いて俺のだけが遅れてきたら俺にとっては罰ゲームものだ。待ってもらうのも忍びないしな。その時は遠慮せず食ってくれ。
例え俺が恨めしそうな目をしていても。
「でもこうやって改めて見ると本当に変わったよね」
「化粧をしていませんからね」
「そういうのじゃなくて雰囲気かな。前はやっぱり刺々しい感じがあって近づこうとも思わなかったけど今の君からはそんなことないしさ」
「そうですね。前は攻撃的な印象が強かったですね。誰にでも噛みつこうとする狂犬みたいでした」
会長も木下先輩も容赦ないね。確かに以前の琴音は敵意を向け過ぎていた。会えば嫌味、会話も聞かず一方的に話し続けて結局は相手を貶している。興味を持った人物には近づくが到底好かれる行動ではないことをしている。
ただやっていたことはそれだけなんだよな。学園長からある程度聞いていたのだが如月琴音という存在はある種のデコイとして扱われていたようなのだ。何かしてもあの人の所為にしてしまえば済まされると。
もちろんバレて処罰された者達だっているがそれはほんの一握りらしい。だからといって琴音がしたことが許されるわけでもない。
「卯月家も馬鹿なことをしたよね」
「学園長はそこまで話していたんですか?」
「というか遅かれ早かれ噂でも流れるさ。何せ途中転校だからね。何かあったんじゃないかと探りを入れる者は絶対に出てくる」
「私はクラスが同じなので色々と聞いています。一番の有力候補が如月さんが流刑させたですね」
「流石に他のクラスの方のイメージ改善はまだまだですね」
間違ってはいないんだよな。俺とのいざこざというのもおかしいが、親公認であの場所へ送られたのだ。夏季休暇だろうが正月だろうが外出許可が許されない場所へ。
もちろんそんなことが許されるわけでもないのだが問題児が集まっているような場所であるし、志津音に関してはすぐにでも出てきて俺への報復を行いかねない。
「真実は卯月の暴走だっただけですからね。今回の如月さんは完全なる被害者ですから」
「そう言ってくれる人がいるのが救いです」
ちゃんと俺としての琴音を見てくれる人は確実に増えてきてくれている。ただこうなった切っ掛けはあれだが、それでも協力してくれた大人の人達にも感謝しないといけない。
その人達の協力がなければ今の現状を作ることなんて出来なかった。
「今の如月さんは私にとっても好感が持てます」
「斉藤さん、ありがとう」
ただ斉藤さんの場合は今の飯を待っている俺に共感を持ったのかもしれない。ファミレスの料理を心待ちにしているお嬢様というのもおかしいだろう。中身が庶民ですみません。
「おっ、どうやら全員同時に揃ったみたいだね。それじゃ冷めない内に食べようか」
「「「「いただきます」」」」
あぁ、久しぶりにお肉が美味しい。肉汁も残さず食らってやる。ウマウマ。というか最近、ご飯を食べているとよく視線を感じるのは何故だろう。今回もそうだけどさ。
「本当に美味しそうに食べますよね」
「何だか見ていてホッとしますね。斉藤さんもそう思いますよね」
ウンウンと頷いているがそんなに表情を顔に出しているのだろうか。美味しいご飯こそが笑顔を作るようなものなのかもしれない。自分が作ったものなら不味くても食うけどな。食材が勿体ない。
不思議に思いつつもナイフとフォークは止まらない。むしろ食欲が止まらない。
「ご馳走様でした。ゴチになります」
「あ、あっという間に食べたね」
他の人が作った料理って妙に美味しく感じる時があるんだよね。特に自分で作ってばっかりの時は。だからいつもより早く完食してしまった。でもお腹は膨れたのでいいだろう。
あとはのんびりと烏龍茶でも飲んでいよう。
「「「別人だね(ですね)」」」
やっぱり一番言われるのはこれなんだよな。人が幸せそうな顔をしているのがそんなに不思議なのだろうか。そうだな、あの厚化粧じゃ表情の変化だって読み取れないよな。終始怖いし。
だから今の俺は表情が良く読み取られるのだろう。
「そんなに違いますか。……違いますね」
自分で言っておいて何だが確かに違いすぎている。琴音としての人生を否定する気はないが、俺としての人生も否定する気なんてない。結局どちらを選ぶとしたら俺だろう。琴音の人生を真似たところで待っているのは破滅だ。
だから俺は琴音として生きることを辞めていた。それに責任を感じたからこそ琴音の罪を引き受けた。多分受け入れていた理由の一つはこれなんだろう。
「何か納得したのかな?」
「そうですね。それにしてもよく気付きますね、会長は」
「部下のことをちゃんと把握するのが上司の役目だからね」
「私は会長の部下ではないですよ。生徒会に所属しているわけでもないんですから」
「えぇ~、君は優秀だからスカウトしたいんだけど」
「大体今で役員は全員揃っているんですから私が入る所はないでしょう」
全ての役職に人材は足りている。確かに仕事量に対して人材が少ないかもしれないがだからといって勝手に会計を二人にしたりはできないだろう。大体俺を招いたら学園に混乱を招かないだろうか。
下級生はまだいいかもしれないが、同級生と上級生あたりが。
「いっそ一人をクビにしようか」
「止めてください。私が恨まれます」
それに伴って変な噂が出始める。これは確実にだろう。ただ会長が冗談で言っているのは分かる。だって木下先輩も斉藤さんも全く驚いていないのだから。だけど言ってしまえば俺をスカウトすることに対しても驚いていないことになる。
何を考えての判断なのだろうか。ある程度慣れているのだからあの程度は出来るというのに。
「それに私は学園長から頼まれたので手伝うのは今回だけですよ」
「「それは困ります!」」
まさかの女子からの抗議だった。何故だよ。
「如月さんの事務能力が無くなるのは惜しいです。今回の件で実感しましたが、たとえ二人が復帰しても時間が掛かり過ぎます」
「早く終わってゲームがしたいです」
斉藤さん、もう少し本音を隠そうな。しかし木下先輩が言っていることは本当だろうか。例え俺が抜けたとして所詮は一人の欠員だ。なら二人復帰するのであれば俺よりも劣ることは無いはず。
会計が今回の作業が苦手だとは思えないから庶務の人に何かあるのだろうか。
「そういうわけだから今回の件が終わるまで手伝ってくれないかな?」
「報酬次第です。それと今日休んだ方々の了承を貰ってください。どちらかが拒否した場合、私は生徒会室に入りません」
ただ働きは御免だ。それに受け入れ拒否された部屋に入るのも気が進まない。これが社会人としてなら我慢して一緒の部屋にいるが今の俺は学生だ。好んで雰囲気の悪い部屋に入りたくない。
言ってしまえば俺の我儘だ。だが学園長からの依頼は今日だけのはず。そう思いたい。
「もし二人が明日も休んだら?」
「その時は手伝います。報酬の上乗せも必要ありません」
補充要員として頼まれているのだからその場合は引き続き受ける。そういう契約みたいなものだから。俺の返事にニヤリと笑う会長が怖い。何をする気だよ。
「よし、明日も休ませよう」
「賛成です、会長」
「よろしく、如月さん」
携帯でメールを打ち出す会長に、木下先輩も斉藤さんも同意していた。本当に容赦ないな、この人達は!メールの内容は「無理せず、大事を取って明日は休みなさい」と受け取った者にとってはありがたいものだろう。
だが俺にとっては明日も参加させられる作戦を目の前でやられているのだからたまった物じゃない。
「そんなに残りの二人は駄目なのですか?」
「会計は大丈夫なんだけど、処理速度は如月さんが上。庶務は事務処理が壊滅的に駄目だね」
何故、生徒会に入れた。特にその庶務の人。記憶にあるのは体格のいい兄貴と呼ばれるような人だったな。確かにあのゴツイ見た目でキーボードを淀みなく打つ姿は想像できない。
もう一人は眼鏡を掛けた知的なイメージの人。どちらも琴音は名前を覚えていない。
「そういうわけだから明日もよろしくね、臨時役員の琴音君」
「勝手に所属させないでください。それにそんな役職ないでしょう」
「ありますよ」
「あるの!?」
木下先輩の一言に素で驚いてしまった。何だよ、臨時役員って。もしかして今回みたいに手が足りない時に緊急招集されるような役職だろうか。それはそれで嫌だ。唐突に呼ばれるのが嫌なのだ。
予定も何も入れられなくなってしまう。
「会長。確か、任命に強制力はありませんよね?」
「大丈夫。外堀から埋めていくから」
「厄介ですね!」
本人が拒否したのなら生徒会に所属しなくてもいい。それが学園のルールなのだが、この会長はまず俺を生徒会所属であることを吹聴する気だろう。それで生徒会のイメージが落ちると理解しているというのに。
そこまで俺を引き込みたいのかよ。まさか学園長がいらん指示を出しているんじゃないだろうな。
「こうなった会長はしつこいですよ」
木下先輩の言葉に項垂れてしまう。それはつまり、俺のことを諦めるつもりはないという事か。何で琴音のイメージが変わっただけでこんなことになるんだよ!
納得できないぞ!
日向ぼっこしていたら草刈を命じられました。何故に。
まぁいい気分転換にはなりましたが、立ち上がってから貧血で視界真っ暗です。
大人しく寝ました。