143.文月家での新年⑥
画像を確認して、恥ずかしがって、突っ込んで、物理的に叩いたりとかなり騒がしい夜を過ごしていた。時間は気付けば日付が変わっていたのだが、それでも全員のテンションが下がる見込みが全くない。
「重大な事を突っ込んでいいか?」
「何かあったの?」
「どれだけ撮影したんだよ!」
一つの衣装に対して画像の枚数が明らかにおかしい。何よりも小鳥を中心としたものが多すぎるのだ。次いで俺なのは小鳥からの頼みだからかもしれない。霜月姉妹が少ないけど、総数が多すぎる。
「使用人たちのやる気がおかしいわよね」
「小鳥先輩のマスコット化が留まることを知らない」
実家ですら可愛がられているのは俺にも分かる。暴走していなければ愛らしいからな。現在の小鳥は俺が渡したぬいぐるみと戯れている。敢えてそちらは見ないようにしているけど、霜月姉妹がドン引きしている。
「これで琴音のテンションも爆発していたら面白かったのに」
「昨日やっていただろ」
「間違ってはいないけど。今日はいまいち盛り上がりに欠けているじゃない」
「誰にでも得意不得意はあるから。今日のは私にとって不得意な分野だったんだよ」
「琴姉。ただ着替えただけだから」
普通の着替えなら俺だって恥ずかしがったりしないさ。凜が選んだものはそれこそ普通のファッションだから問題はなかった。小鳥はひたすらに俺を可愛くさせようとしてくるので果てしなく疲れ切った表情になってしまう。
「問題がこの諸悪の先輩だ」
「私だって同じ格好しているのだから痛み分けじゃない」
「恥を知れ!」
何であんな恥ずかしい恰好をしてもこの先輩は平気そうだったのか。そしてどうして水着まで用意していたのか。大体、俺のスリーサイズをどうやって調べたんだよ。それに恐怖を覚えたぞ。
「琴音。深く考えない方がいいわよ」
「琴姉。知らない方が幸せな場合もある」
「怖くて聞けないよ」
「何がですか?」
小鳥の前で裸を見せた覚えはない。特殊な能力で、衣服の上からでもスリーサイズを言い当てられる人物はいる。そんな人物を雇ったにしても、それをいつ実行したのか分からないのが問題なのだ。
「でも琴音はもっと冒険すべきだと思うわね」
「琴姉は無難すぎて、つまらない」
「仕方ないだろ。冒険すると香織に駄目出しされるのだから」
色合いのバランスが悪い。今の流行と合わない。何で上と下でそれを選ぶのか理解できないとボロクソに言われてしまう。おかげで俺の私服はほぼ香織が選んでいるようなものだ。基本的な服装はやっぱり固定になっているけど。
「琴音の欠点はファッションか」
「あのお化粧ももしかして素?」
「素だよ。いまだに下手くそなままだ」
女性らしさが皆無だとこういった場面で困ってしまう。いつまでも美咲の世話になっているのも情けないのだが、全く成長している感じがしない。一時期は諦めていたのだが、社会人としても必要な技術だと思って再度挑戦している最中。
「以前の琴音さんのお化粧が気になるんですけど」
「あれは他人に見せられるものじゃない」
「前は率先して見せていたのにね」
意識が俺に変わっているのだから何が駄目なのかも理解できている。あれは真面目に恥でしかない。それと同レベルの俺の技術は元が男性だったからで妥協できない。それが最近気づいたのだ。
「意識改革には成功した。問題はその先だ」
「琴音もちゃんと将来を考えているのね」
いつまでも学生では終えられない。社会人として働くのならば必要な技術は学ばないといけない。女性として何が必要なのかはまだ学習している最中。相談できる相手が少ない上に、ちゃんと乗ってくれる人物はもっと少ない。
「その前に琴音の進路はどうするのよ?」
「二年の今頃でも遅いと思う」
「えっ、歌手ではないのですか?」
「それはまだ」
小鳥は俺が歌手になると思っているのか。もしかしたらアンノーンの正体を知っている人達はそれが当然だと思っているかもしれない。でもそれは俺の答えじゃない。他人の意見が俺の正解じゃない。
「自分の将来は私の意志で決める」
琴音の父親であろうとも俺が納得できる将来を提示してこなければ逆らう。家族の誰からも理解されないとしてもこの意志だけは変えない。だからこそ俺だった時は家出までしたのだ。この根底にある意志だけは絶対に曲げてはいけない。
「琴音らしいけどね。でも明確なビジョンだけは持ちなさい。そうじゃないと担任が大変なんだから」
「それは理解している」
生徒の将来を心配しているのは家族だけではなく、真面目な担任も同じ。大学へ進学するのか、それとも就職するのか。どこの大学へ行きたく、何の職種を選びたいのか。その提示をしてくれるのも担任である。
「最初は無難に進学と言っておく」
「琴音さんの成績ですと大丈夫だと思います」
「一年の頃のあれがどこまで影響するか分からないわね」
問題となるのがそこだな。品行方正だったのならば何の問題もない。だけど過去の琴音がやった行いが消える訳じゃない。それが内申に響く可能性は大いにあるだろう。十二本家の名を使ったとしても厄介な人物だと警戒される可能性がある。
「やっぱりそこが肝だよな」
「今の琴音なら内申も安定しているとは思うけどね。生徒会にも所属していたのだから挽回は出来ている筈よ」
「ならいいんだけど。あとは今年が何事もなく過ごせるかどうか」
「「無理」」
「だよなー」
霜月姉妹の断言に俺も同意しておく。小鳥は理解できていないけど、水無月の一件で何かしら問題が起きるのは確定だと思える。あとは現生徒会の連中が泣きついてくる可能性もあるからな。その際は梢さんも巻き込もう。
「新入生で問題児が清瀬だけだと願いたい」
「琴音のところの双子も入学よね」
「あっちはもう諦めている」
姉として問題の処理はするさ。あとは双子への教育も込みでな。家族の問題なのだから凜と同じようにそちらで手一杯になる可能性がある。その際に問題が起これば俺だけでなく、双子も巻き込んでしまう。うむ、混沌と化す。
「すでに二人ほど、双子と関わりを持つと揉める人物は特定できている」
「早いわね。意外と身近な人物かな?」
「ん」
一言で二人を指さす。俺を琴姉と呼ぶ凛と、見た目が幼いのに過剰なスキンシップで接してくる小鳥。絶対に双子はこの二人をライバル視するのが分かる。あまり接触してほしくないかな。
「お姉ちゃん大好きなのね」
「見た目はあまり似ていないけどな」
琴音は父親の顔と母親の顔が合わさった感じで、体形は母親似。双子の顔は母親がメインになっているから将来的に美形へと成長するかもしれないが、今だと可愛らしい感じだからな。
「琴音みたいなのが増えたら面白そうだったんだけどね」
「私にとっては地獄になるから勘弁してほしい」
姉妹で意見が真っ二つになってしまうのが霜月らしい。俺は凜の意見に賛成だけど。自分が馬鹿やって暴走している自覚がある。それと同じような行動をする存在がいるのであればお断りだな。
「琴音さんが複数人」
「変な想像をするな」
小鳥が明後日の方向へ妄想を飛ばしていたのでそれを止めた。自分で想像してみたのだが、最悪な状況しか思いつかない。最初の琴音に、二番目の琴音。そして俺としての琴音が集合した想像。大乱闘待ったなし。
「酷い絵面だ」
「琴音は何を想像したのよ」
「真実の一部」
「眠気で頭おかしくなった?」
綾先輩に言われて時間を確認してみるとすでに午前三時を過ぎていた。画像の確認や、脱線した話、将来や現在の話をしていたら時間を忘れていた。明日というか今日を考えると徹夜だけは避けたい。
「寝る。寝ないと拙い」
「別に徹夜でもいいじゃない。日中に寝るとかさ」
「今日は葉月先輩が相手だぞ。寝不足で相手が出来る人じゃない」
「あー、それは仕方ないかな。相手が葉月だとね」
後は保険としても万全の体調にしておきたいのだ。可能性が高いのは今日だから。でもまずは目の前の脅威へ対応しておかないといけない。
「琴音さんは私の部屋で」
「客間は用意してくれているんだよな? 小鳥」
「私の部屋で」
「客間の用意は?」
「してあります」
眼力と有無を言わせない口調で小鳥を黙らせる。悔しそうな小鳥だけど、これだけは譲れない。絶対に寝ぼけたフリをして俺を抱き枕扱いしてくるだろ。更にそこから何かをされたのでは俺が眠れなくなってしまう。
「流石の琴音でもそこは気を付けるのね」
当たり前だ。琴音としてのファーストキスを奪われているのだから、これ以上女性としての初めてを奪われてたまるか。俺が色々と申し訳なく感じてしまうのだから。
文月でのラストでした。
眠気と戦いながら何とかここまで書けました。
色々とやらかしもありましたが、いつものことなので割愛します。
ネタもマンネリ化してきましたね。むしろ覚えていないのが原因です。
取り敢えず、正月編はここが転換部分だと思っています。