142.文月家での新年⑤
意味不明な撮影会を終えて、小鳥の部屋へと向かっている。小鳥は渋っていたが、霜月姉妹の要望により決意を固めたようだ。俺は精魂尽き果てたような状態になっている。
「本気で色々と失ったと思う」
「大袈裟な」
「琴姉は仕方ないと思う。あれの主役は間違いなく琴姉だったよ」
「興奮で鼻血が」
小鳥なんて本当に鼻血を出したからな。原因は俺にあるはず。だってあんな痴女紛いな服装をしていたのだぞ。胸が零れそうな不安でまともに歩けないし、撮影の時も何とか人の影に隠れられないかと努力はしたのだ。
「まさかステージから降りる時に躓いて、ポロリするとはね」
「思い出させるな」
着方が悪かったのか、それとも元々そういう仕様だったのかは分からない。しかもその瞬間を撮影班の使用人たちが連写でばっちり記録に残しやがったのだ。削除交渉をしても、小鳥の介抱に忙しくてそれどころじゃなかったみたいだし。
「ここが私の部屋です」
小鳥が扉を開けたので霜月姉妹と三人でまずは覗き見る。もしかしたら変なものがあるかもしれないと思ったからだ。可愛らしい内装や小物が置かれている以外、特におかしなものはないな。一点だけ気になるものはあったけど。
「意外と普通ね。これ以外は」
「私達の予想はいい意味で裏切られた。これ以外は」
「そうだな。このぬいぐるみ以外は」
どう見ても二頭身にされ、可愛らしくなった琴音のぬいぐるみがベットの脇に置かれている。小鳥が作ったとは思えないからオーダーメイドだとは思う。本人ですら似てると思えるほどのクオリティがあるな。
「琴音さん、お願いがあります。ぬいぐるみを抱いて座ってください!」
「こうか?」
別にその程度ならいいかと渡されたぬいぐるみを胸元で抱きかかえるようにして地べたに座る。そこからの小鳥の反応は早かった。持っていたスマホを構えると高速で動き回りながら撮影しだしたのだから。
「ダブル琴音だね。うん、さっきと違っていい表情かな」
「キョトンとしているだけだよ、綾姉」
「琴音は自然体が一番だから」
別にこの程度なら恥ずかしくもないからな。抱いているぬいぐるみを観察してみれば、特にほつれていたり、破けている部分もない。大事にされているのが分かるのだが、どうしてこんなものを作ったのか。
「それじゃ撮影したものの確認をしようか」
「このタブレットにデータは転送されていると話は聞いた」
凜が持っているタブレットに使用人たちが撮影した画像が保存されている。その確認作業と必要なものは自身のスマホへデータを移す許可を貰っている。時間としては夜も遅くなっているからさっさと終わらせたいのだが。
「私は借り物のスマホだからデータは必要ないかな」
「私が後で全データを琴音さんのスマホに送っておきます」
結構な量を撮ったはずだから情報量凄いだろうな。綾先輩も昨日のライブで渡していいところは後でディスクに焼いて渡すと言ってくれたのだが。昨日のライブはどう考えてもプレミア級の値段がつきそうだ。
「さて、最初は問題のこの衣装だけど。学園祭で着ていたら風紀委員がすっ飛んできたわね」
「営業停止待ったなし」
「絶対に誰も着なかったぞ」
あれで接客していたら絶対にトラブルが起きてしまう。放送事故どころの話じゃない。強制的な着用だったら、これを勧めてきた人物をクラス総出でボコりに行くな。扇動するのは俺だけど。
「琴音でいい実験が出来たわね」
「私は生贄にされた気分だぞ。ある意味でこの面子で安心できたとも言えるけど」
「一人、大ダメージ受けた先輩がいる」
あの瞬間を思い出したのか。小鳥が鼻を抑えている。あれは最後の場面だというのに。画像には同じ衣装を着た四人が映っているけど、衣装の手直しは文月家の使用人たちが行った。何者だよ、あの人たちは。
「凄かったわね。それぞれの体形に一瞬で合わせるなんて」
「バランスが崩れるのも最小限に抑えていた。熟練の技だと思った」
「精鋭中の精鋭です」
あれは使用人として必要な技量だったのだろうか。小鳥の為ならどんな要望でも叶えてみせるという気概を持っていたように思える。父親もおかしかったが、使用人たちも小鳥を中心として行動しているはず。
「琴音なんて私の影に隠れちゃってさ」
「仕方ないだろ。あんな恰好なんだから」
「改めて見ると琴姉の恰好が凄い。男性だったら確実に悩殺されている」
「こんな現場を男性には絶対に見せません!」
むしろ男性がいたら俺だって着替えていなかった。馬鹿になるとはいったが、まさかあんなトラブルに見舞われるなんて誰が思うか。衣服から胸がこぼれるとか想像できるはずがない。
「凜と小鳥ちゃんは色気よりも可愛らしさが主体ね。琴音が一番エロさを感じるんだけど、恥ずかしさのギャップで愛らしさまで持ってくるなんて」
「まさに逸材」
「詳しく解説するな。恥ずかしくなる」
ギュゥーとぬいぐるみを強く抱きしめたら、小鳥の撮影が激しさを増してしまった。大丈夫かよ、この子。ニマニマとこちらを見ている霜月姉妹に若干イラっとするな。
「何だよ?」
「いやー、可愛らしいなぁーと」
「こういう機会も大事だと思った」
「機会?」
「私と琴音みたいに自由ならいいけど。凜や小鳥ちゃんみたいに縛られている子達はこんな馬鹿騒ぎをやれないじゃない」
「人が見た目だけじゃないのは綾姉で分かっていたけど、他の人達もこんなに個性があるなんて知らなかった」
人によって二面性があるのは琴音で知っているし、俺としての知り合いでも関係を持っている。だけど、それが他人も知っているかと言えばそうじゃない。結局はどれだけの人達と、どれだけの時間を一緒に過ごせるかによるのだ。
「私や綾先輩が特殊ではあるけど、人によって個性が違うのは確かだな」
「琴音みたいに個性だらけなのも凄いわね。まだ全部曝け出していないと思うけど」
「女は秘密を持っている方が輝ける。綾姉はばらした後が問題過ぎる」
秘密だらけの俺は輝けているのだろうか。今の関係を琴音へ渡したとしても問題は山積み。ノリに任せて突っ走れる度胸が大事なのだが、絶対に嫌だというだろうな。少し頭痛がするのは琴音が拒否反応が出しているのだろうか。
「馬鹿やって親交を深めて、学生なら当たり前の経験を今の内に与えておきたいじゃない」
「それが姉としての贖罪か?」
「違うわよ。当たり前を提供するのに贖罪も何もないから」
それもそうか。ただ姉として心配している部分なのは間違いないだろう。常に姉の心配をして世話を焼いてくれている妹が当たり前を経験できていないが心残りなのかな。だったら馬鹿やるなと言いたいけど。
「綾姉。そう思うのならもう少し落ち着いて行動してほしい」
「あはは、無理ね」
「この姉は」
霜月姉妹はいつまでのこんな関係なんだろうな。友達と遊んだりもあるだろうけど、やっぱり姉妹で過ごしている時間の方が長い。二人の切れない絆はそうやって育まれたのか。幾多の苦難を妹が越えながら。
「凜。同情するよ」
「まだ最終兵器の薫先輩がこちらの味方なのが安心材料」
綾先輩と木下先輩の関係を魔窟の連中で例えるなら綾香と蘭みたいなものだな。ため息を吐きつつ、対応してくれる親友みたいな間柄。それがお互いにとって楽しいと思えるものならば関係に亀裂が入る心配もない。
「薫も今回のに巻き込めば良かったかな」
「確かに木下先輩のゴスロリファッションとか見てみたかった気がする」
「琴姉。絶対に薫先輩に恨まれるよ」
それは分かっていても見たいと思うじゃないか。木下先輩には落ち着いた格好が一番似合う。だからこそ他の似合わなそうな恰好をしてもらいたいと。馬鹿騒ぎなのだからネタに走るのが当たり前だろ。
「その行いは琴姉に返ってくるから」
「お互いにダメージを食らうのならば痛み分けだ。この先輩みたいにノーダメージはこっちが痛いだけだ」
「いやいや、私だって結構恥ずかしかったんだからね」
ちなみにゴスロリになった小鳥を見た使用人たちの反応は凄まじかった。猛烈なフラッシュが焚かれ、何人かは昇天していたからな。その横で俺は魂の抜けたような表情をしていたけど。
「改めて見ても、全く似合っていないな。小鳥は凄い可愛いけど」
「琴音は大きすぎる人形みたいになっているわね。小鳥ちゃんは語彙力足りなくなるくらい可愛いわね」
「これは普通に負ける」
「えへへ」
照れた笑いを浮かべるのはいいけど、そろそろスマホで撮るの止めてくれないかな。
結構急いで書いているのには訳があります。
連載日に記念の番外編を差し込みたくてキリのいいところまで進ませたいのです。
主に文月は確実に終わらせないと拙いかなと。
番外編もまだ完成はしていません。なので間に合わなかったら本当に申し訳ありません。
というか本気で間に合うのかな、これは。