140.文月家での新年③
本年最後の投稿となります。
今年一年、誠にありがとうございました!
良いお年を!
晩御飯の時間を終えて、問題の時間がやってきてしまった。最後まで諦め悪く入浴は交代でいいだろうと言い張ったのだが、有無を言わさず却下されてしまった。そして現在の状況は。
「まさか琴音がここまで渋るなんて」
「琴姉。諦め悪すぎ」
霜月姉妹に腕を掴まれて引き摺られている最中。そして小鳥は俺の入浴道具一式を持って隣にいる。この三人を論破できるほどの口を俺は持ち合わせていない。その前に人の話を聞かないからな。
「自分が悲惨な目に遭うと分かっていて、行きたいと思うか?」
「「思わない」」
素直に返しやがって。他人事で、自分達が楽しめるから霜月姉妹にとっては良いイベントだろう。俺にとっては散々弄られ、そして恥ずかしい思いをするのが確定しているのだ。だからこそ抵抗したのだが。
「琴音さんはお風呂が嫌いなのですか?」
「大好きだ。一人で入る場合だが」
即答で好きだと言えるくらい入浴は大好物だ。ただし、現在の俺は一人でという条件が付くけどな。誰かと一緒なんて琴音の家族くらいしか平気な人が思いつかない。この性格だけをどうして引き継いでしまったのか。
「なら今日は存分に楽しんでください!」
「綾先輩。小鳥がかなり無茶を言っているのだが」
「何で琴音は一人で入りたいのよ?」
「裸を見られるのも、見せられるのも恥ずかしいんだよ」
「乙女か!」
それは否定したいのだが。如何せん、本物の琴音がまさしく箱入り娘の乙女だから何とも言えない。もっとチャレンジ精神旺盛な子ならここまでの恥ずかしがり屋にもならなかっただろう。問題児としては変わらないか。
「琴姉。相変わらずギャップ狙いが上手くてあざとい」
「おい、誰かこの後輩を黙らせろ」
凜の暴走も悪化している。すでにストッパーとして機能していないな。暴走者三人とか、俺にしてみれば悪夢でしかない。やっぱり香織を連れて来るべきだったか。
「さて浴場にご到着。琴音も覚悟を決めなさい」
「嫌だ」
「諦め悪いわね、本当に」
「色々な琴音さんを見れて、私は幸せです」
「この先輩もやっぱり変」
凜からの冷ややかな視線を送られているのに、小鳥は自分の世界へどっぷりと嵌っている。しかし、脱衣所すら広くしやがったのか。これじゃどこかの旅館みたいだぞ。
「諦めるしか、ないのか」
「何でお風呂に入るだけでそこまで悔しそうにするのよ」
「一人でのんびりと浸かりたいからだよ」
誰かと一緒に入っていると落ち着かない。これだけが琴音となって一番変化したところで、欠点だ。和気藹々とのんびり浸かるのが温泉での醍醐味なのに、それすら味わえなくなっている。
「琴音。前から不思議に思っているのだけど。ギャップ酷くない?」
「それは私だって理解している。だけどどうにもならない部分だから仕方ないだろ」
克服しようと思ったことすらない。これが琴音としての一面なのだと受け止めている。それにこれを治そうと思ったらかなりの恥辱を受ける羽目になりそうな予感がするんだよ。学友も、魔窟の連中も、そして十二本家すら参戦しそうだ。
「時間かけても仕方ないし、さっさと着替えるわよ」
「いきなり脱ぎだすな!」
「琴音。確実に私の行動の方が正しいからね」
場所は脱衣所。浴場へ行くには服や下着すら脱がないといけないのは当たり前。俺の言動がおかしいのは分かっているのだが、それでも文句を言いたくなってしまう。
「ほら、琴音も脱ごうね」
「裸で迫ってくるな!」
「琴姉。往生際が悪い」
助けを求めるように小鳥を見れば、興奮した面持ちで何かを待っている。あれか、俺が脱ぐのを今か今かと待ち望んでいるのか。味方は誰もいない。なら自分でこの窮地を脱しないといけないのだが。
「もう諦めよう。誰かに脱がされるくらいなら自分で脱いだ方がマシだ」
「壁際に追い詰められるまで粘った台詞じゃないわよ」
「琴姉。女々しい。だから罰ゲーム」
「ぎゃぁー! 止めろー!」
堂々と裸で迫ってくる霜月姉妹を直視できず、対応が遅くなってしまった。その所為で覆い被され、衣服をはぎ取られ、果ては下着まで奪い取られる結果となってしまう。俺が一体何をしたんだよ。
「グスッ、汚された」
「真面目に泣いているわよ、この子」
「むふー。やってしまった」
「はぁ、はぁー」
ちょっと申し訳なさそうな綾先輩。勝ち誇ったような表情をしている凜。明らかに危ない顔をしている小鳥と三者三様の反応を示している。その中で俺だけが泣いているのは何か癪だ。
「もうヤケクソだ! さっさと入るぞ!」
「涙目で言われてもねぇ」
「琴姉。面白すぎ」
「背中を流します!」
身の危険を感じたら蘭と同じ方法を取ろう。つまり冷水をぶっかける。それで一時的ではあるが対応できるだろう。何度も使っていたら効果はなくなっていくが、何もないよりマシだ。
「というか、これは」
「私でも思うわね。やりすぎよ」
「スパだね」
「私の本気です!」
ライブステージを作り上げた霜月家も異常であったが、小鳥はそれ以上だった。あのステージは毎年使っているから再度の利用を考えられている。だけど小鳥が作ったこの大浴場は今回のみの利用しか考えられていない。つまり無駄でしかないのだ。
「これは断じて拡張じゃない。新造だ」
「細かいことを気にしても仕方ないわよ。なら楽しみましょう」
楽しむと言われても。浴槽自体が複数箇所あって、どれに入るか迷ってしまう。取り敢えず、身体を洗っておくか。汗を掻くような行動は先程の攻防くらいしかなかったのだが。湯舟に入る前にやっておいた方がいいだろう。
「何でこんな綺麗な身体を持っているのに、恥ずかしがる必要があるのかしら」
「喧しい。私だってこの性格には参っているんだ」
「みたいね。でもあちらでそろそろ我慢の限界を迎えそうな子がいるわよ」
敢えてそちらを見ないようにしていたのに。目が血走って、今にも俺へと襲い掛かりそうな小鳥の進路を凜が塞いでいる状況。浴場で何の攻防をしているんだよ。だけど言わせてもらう。
「ありがとう、凜。そのまま私の盾になってくれ」
「この時の為に体力は温存しておいた」
いや、その言葉はおかしい。凜が暴走していたのは確かだ。精神的な面で温存していたのは分かるのだが、体力の消費はいつもよりも多かったのではないか。俺が助かるなら何でもいいか。
「凜さん。退いてください」
「琴姉に近づきたかったら私を倒して」
「なら、そうします!」
凜の言葉を遮って突撃してきた小鳥を、どうやって凜が防ぐのか。気になって振り返ったら、凜が浴槽へ投げ飛ばされる瞬間を目撃してしまった。浴場で危険なことをするなよ。というか力業で突破するのか。
「小鳥。待て」
「はい!」
本当に俺の言うことは聞くのな。このままお預けが続けば、小鳥の煩悩が暴発するのは確実だな。少しは飴を与えておかないと、後々で俺が悲惨な目に遭いそうだ。小鳥が準備している衣装についても謎だしな。
「髪洗うの手伝ってくれないか?」
「喜んで!」
「扱いに慣れているわね。私は凜を救出してくるわ」
魔窟の連中のおかげでな。浴槽にうつ伏せで浮かんでいる凜は本当に大丈夫なのだろうか。あの体勢のまま水面にぶつかっていたから、相当に痛かっただろう。何で噛ませ役になっているんだ。
「琴音さんの髪はサラサラで、感触が」
「小鳥。とにかく落ち着け」
悪寒が止まらない。これで小鳥が俺の肌に触ったらどうなるのか。本気で自分の貞操の心配してきたぞ。
良い事も悪い事もひっくるめて色々とあった一年でした。
年末の情報量が異常に多かった気はしますけど。
来年早々にコミカライズの連載と楽しみが増えている現状です。
来年はフラグをなるべく立てず、平穏な日常を送りたいと思います。
それでは良いお年を。来年もよろしくお願い致します!