138.文月家での新年①
悪役令嬢、庶民に堕ちるコミカライズ情報追加。
キャラクターのイラストが公開されました!
琴音と香織がカラーイラストで登場です。
情報の追加はこれで最後になると思われます。
数々の祝辞、そしてツイッターでのフォロー、ありがとうございます!
相変わらず追手に発見もされずに、文月家へと到着してしまった。逃亡してからそれなりの時間が経っているのだから、そろそろ俺の行動に感づいてもいい頃合いかな。あの街に俺がいないと気付けば、他に頼るべき相手は誰なのか想像がつくはず。
「初詣に行きましょう!」
そんなことを考えて、警戒心を上げないとなと思っていたのに、小鳥の一言で全てが台無しとなってしまった。どうしてこう十二本家の人達は俺の想像の埒外の行動をしようと思うのか。
「小鳥。私の事情を知っているよな?」
「お正月といえば着物ですよね!」
「話を聞けよ」
駄目だ。テンションが振り切れていてこちらの話を聞いてくれない。でも俺だって小鳥のテンションに負けてられない。
「着物は却下」
「どうしてですか?」
「着付けに時間が掛かるだろ」
残念そうな表情に庇護欲が生まれそうだったがグッと堪える。夕暮れまでそれほど時間もないのに、着物姿になるだけで周りは暗くなってしまう。それだったら今の恰好で参拝に行くべきだ。
「琴音の本音は?」
「歩ける気がしない」
袴なら着た経験はあるけど、女性の着物姿は未経験だ。あのような恰好で動ける気がしないし、転ぶ可能性は高い。それに追手に見つかった場合、逃亡するのが困難じゃないか。色々と可能性を考えているんだぞ。
「水無月君のところで時間を掛け過ぎたかな」
「あとで制裁しないと」
「止めてやれ。あれの事情を知った身としてはこれで制裁は可哀そうだ」
ヤンデレ気味の許嫁を抱えていて、勝手にやってきた俺達により被害を受けた身だぞ。それで小鳥から制裁を受けるなんて全く身に覚えのない罰だ。幾ら何でも俺だって小鳥の暴挙は止める。
「私は現在追われている。だからあまり外での活動はしたくない」
「怪しい人物を見つけたら処刑します!」
うん、今日の小鳥はいつもよりぶっ飛んでいるな。正月のテンションに浮かれているのは彼女も例外じゃないか。これに俺まで乗っかってしまうと、あの二次会以上の惨事になってしまうかもしれない。気を引き締めないと。
「テンション振り切れているわね。これなら追手に見つかっても大丈夫じゃない?」
「今が絶好の発見される機会」
「運が悪すぎるな」
正月早々に乱闘騒ぎは見たくないな。自分がやるなら全く問題ないけど。そしてどうして霜月姉妹はそんな場面を見たいと思っているのか。小鳥の無双を見たいのか。神社側があまりにも悲惨だ。
「初詣には行くけど、着物はなし。これが私の妥協点」
「琴音さんがそういうのであれば」
何もしないであれば小鳥の機嫌が損なわれてしまう。一応は本日の宿を提供してくれる相手なのだから機嫌は取っておかないと。その為に何が犠牲になるのかあまり考えたくはない。俺だって我が身は大事だ。
「機会なんて幾らでもありますから」
「おい、私に何をさせようとしているんだよ」
「秘密です!」
大変いい笑顔で。こちらはその笑顔に不安が押し寄せてくる。今更ながらに自分の行動を早まったかなと思ってしまった。やっぱり文月家にはやってくるべきではなかったのかもしれない。もう遅いけどな。
「それよりさっさと行かないと本当に暗くなるわよ」
「長月に頼めば泊めてくれないかな?」
「確かに無害な人選だろうけど、小鳥ちゃんが全力で阻止してくるわよ」
「下手したら長月先輩にトラウマを植え付けかねない」
被害が広がる、何処までも。俺の行動次第で全く関係ない人物も巻き込まれるのか。長月ならいいかなと思ってしまうのは仕方ない。あれは色々と経験すべきだと思っているから。
「近場の神社くらいでいいだろ。別に立派な場所へ行く必要も、時間もないから」
「琴音さんと一緒ならどこでもいいです」
「私達も別に構わないわね。凜はいいでしょ?」
「うん」
正直なところ、どうして霜月家がくっついてきたのか分からない。だけど今なら言える。来てくれてありがとう。小鳥と二人っきりだと何かが危険な気がしてならない。
「修学旅行で一緒に居られなかった分、今日は存分に堪能させてもらいます!」
「言葉の使い方、おかしくないか?」
何を堪能する気だよ。それに修学旅行で一緒だった場合に何をさせるつもりだったのかも気になる。本当に小鳥と一緒のクラスじゃなくて良かった。あのクラスでの小鳥の扱いがマスコットなのが信じられないな、今だと。
「この面子で行動するのは何気に初めてね」
「平時だと一緒にいる機会がそもそもないからな」
「学年も違う。クラスも別。プライベートもそれぞれで予定があるから」
「私もできれば琴音さんの喫茶店に行ってみたいのですが」
そういえば小鳥だけが喫茶店にやってきていないな。小鳥の両親はやってきたというのに。母親なんて何度来たのか。琴音の母親、長月の母親、小鳥の母親と集まって色々と歓談しているのは良く見かける。子供の教育に悪い内容であるから俺からは何も言えない。
「母親と一緒に来ればいいのに。それならあの父親だって邪魔はしないだろ」
「一人で行こうとすると父が物凄く邪魔をしてくるので。今度、その手を使ってみます」
喫茶店に来るだけで一体何の攻防を繰り広げているんだよ。邪魔をする父親の心境も全くの謎だ。あれの行動原理が小鳥に関係しているのは分かるけど。喫茶店に行かせたくない心境とは何か。
「今日の父親は?」
「他の方々への挨拶で身動きが取れない状態です」
「あれなら娘の為だと勝手に動きそうなのに」
「母が首輪を握っていますので」
リードじゃないのか。変な想像をしてしまった。文月家は当主が駄目で、奥さんが強いという図式が出来ているけど。小鳥が当主を継いだ場合、どうなるのか。現在の状態よりもパワーアップするのは分かる。それを抑えられる旦那は想像できない。
「強く生きろ。未来の旦那さん」
「琴音。変な想像しているところ悪いけど、こんな考えもないかしら」
「どんなの?」
「子煩悩夫婦」
「近寄りたくないなぁ」
それが普通の夫婦ならいい。だけど悪い例である小鳥の父親を見ている身としては悪い方向にしか考えられない。まともな子供が育つのだろうか。誰か厳しさを入れてやれよ。
「私があの父みたいになるとは考えられないのですが」
「子供が生まれたら分かるさ。そこから豹変する人なんてそれなりにいるだろ」
あまりの可愛さに性格改変するような人物はあまりいないと思うけど。問題となるのが子供自慢で俺の所へ突撃してきそうな点か。確かに可愛いかもしれないが、その時のテンションは計り知れない。絶対に俺が疲れるだろ。
「結婚する相手が想像できません」
「小鳥の場合は最大の障害になる父親をどうするかだな。あれを打ち倒せる男じゃないと文月に婿入りは無理だろ」
「中々の難題よね。あの父親なら何だってやりそうだし」
「過保護を通り越している。私が子なら反抗期まっしぐら」
縛り付けすぎるのも問題だ。それは水無月の許嫁にも言ったけど。やっぱり大事なのは飴と鞭。厳しくしても何かしらのご褒美は用意しておかないと。そうじゃなければ関係が壊れてしまう。
「それこそ神頼みしてみる? すぐそこまでやってきたのだから」
綾先輩の言葉通り、何気ない会話を繰り返していたらすでに神社は目の前。だけど新年最初の願いが父親を何とかしてほしいとは如何なものなのか。俺なら拒否したい。それこそ自力で何とかしないといけないはずだろ。
「あまり人がいないな」
「こんな時間だしね。それでもいる方じゃないかな」
「いつもですと閑散としていますね」
「お正月パワー恐るべし」
凜の様子がおかしくないか。突っ込み役として期待していたのに全く機能していない。もしかしたら力を溜めている最中なのかもしれないが、それをどこで発揮してくれるのか。
「願い事は決めたか?」
「私は大丈夫よ」
「私も決めています」
「オールオーケー」
横並びに立ち、代表で俺が鈴を鳴らす。財布から取り出しておいた小銭を賽銭箱へ投げ入れて、願いを頭の中で言葉にする。
『これから何があっても琴音が幸せになりますように』
『お兄さんが楽しい人生を送れますように』
聞かなかったことにしよう。人様の願いを知るのはご法度だからな。それが例え自分自身の存在であったとしてもだ。
神社で鈴を鳴らせば、鈴が落ち。
賽銭を投げ入れれば、弾かれる。
ちなみにどちらも一度だけではありません。
ツイッターでのイラスト公開となりましたが、連載が楽しみです。
クール系美少女の琴音なのに、中身が性別云々以前に破天荒過ぎて大丈夫かな。
現在の琴音のイメージが強すぎて、最初の頃が思い出せない愚か者です。