134.霜月家での新年④
霜月家終幕。
綾視点でお送りいたします。
琴音の曲を聴いて、正直負けたと思った。それこそ完膚なきまで。技術面の話ではなく、琴音の特徴として感情を歌声へ乗せるのが上手い。私にはまだ習得できていない能力。やっぱり琴音は私のライバルにとって相応しい存在よ。
「本人が乗り気じゃないのが気になるけど」
拍手を背にステージから降りる琴音を見ながら考える。あれならばデビューしたとしても失敗することはないと思う。なのにどうしてあれほどまでにデビューするのを嫌がるのか分からない。確かに私達が強引に推している部分はあるけどさ。
「凜。逃亡を阻止するわよ」
「了解。綾姉」
下を向きながら真っ直ぐに出口へと向かう琴音を見て察した。明らかに恥ずかしがっている。何を恥ずかしがっているのかは謎だけど、まだ琴音を逃がすつもりはない。早足に移動する琴音に追いつくために、こちらは全力ダッシュよ。
「へい、彼女。まだまだ私達の時間は終わらないわよ」
「逃亡は駄目。まだ巻き込まれてくれないと困る」
「穴があったら入りたい」
顔を真っ赤にして、涙目の琴音を見たら並の男なら一発でノックアウトだろうね。艶があるというか、普段とギャップが有り過ぎる。私と凜で両脇から腕を捕まえて、強引に座っていた席へと連れ戻す。
「何をそんなに恥ずかしがる必要があるのよ。立派だったじゃない」
「一人で歌うのは恥ずかしいです。理由は分からないですけど、注目を浴びるのは慣れません」
何か口調が変わっている気がするけど、気のせいということにしよう。元々の琴音は凛々しく男らしい感じがするけど、今はどう見ても少女よね。モジモジとしながら下を向いて、周りをきょろきょろと確認している。大体、注目を集めるのが恥ずかしいのなら今までの行動を振り返ってみなさいよ。
「何というか琴音のキャラがいまだに掴み切れないわね。そこが面白いのだけど」
一年の頃の琴音とは接点を持たないようにしていた。つまらないし、私にとって益がない。不利益を被ると分かっている人物と付き合うのは嫌だから。二年の琴音に興味を持ったのはやっぱり薫の影響だろう。生徒会に素晴らしい人材が入ったと聞いたのだったか。
「どういう意味ですか?」
「二年の最初の頃は大人しかったのに、生徒会に入ってから大分やんちゃになったじゃない」
琴音が変わったと周囲が認識したのはその頃だと思う。葉月の影響が大きいとは思うけど、それでも琴音自身が変化したと誰もが思ったはず。何かよく分からない活動だってやっていたけど、あれは生徒会連中に弄られていただけよね。
「あれは葉月先輩が馬鹿やるから防衛行動しないといけなかっただけ」
「真面目な人間ほど苦労する場所だからね。それでも適応できたのは予想外だったわ。一年の頃の琴音を思えばね」
「私は一年の頃の琴姉を知らないけど、そんなに酷かったの?」
「酷かったわね。あれが本当に十二本家の人間なのかと思ったわよ。浅慮で横暴。十二本家がどんな存在なのか全く考えていなかったはずよ」
だからこそ今の琴音は随分と変化したと思うわ。本人からしたら十二本家なんて関係ないと行動しているつもりでも、その本質はきちんと十二本家のもの。無茶はやっても全て自分の利へと繋がっている。そしてやると決めたら何処までも真っ直ぐに突き進む。
「今の琴音なら後継ぎとしても問題ないとは思うけど、本人としてはその辺りどうなのよ」
「弟が適任だろうな。私は何かあった時のサポートが関の山」
やっと調子が戻ったみたいね。琴音ならその答えを出すのは予想できていた。私もそうだけど、後継ぎとして私達には決定的に足りない部分がある。自由を阻害されるのが嫌なのだ。それが私と琴音の共通している部分。
「未来を考えたら束縛されるのは無理ね。自由に歌うことすら出来ないじゃない」
「私はまだ将来を考えていないけど、後継ぎという将来だけは明確にイメージできないんだよな」
当たり前よね。やりたくないと考えているのだからイメージをできるはずがない。逆に言えば琴音は歌手としての未来ならば少しはイメージ出来ているはず。それでも拒んでいるのは何かしらの理由があるからだと思うけど。
「素直に歌手になればいいのに」
「さっきの私を見ただろ。あんな状態で歌手になれるはずがない」
そこは慣れの問題だと思うけど。琴音なら業界に入ってもつまらない結果になるとは思えない。ハプニングが多くて、大変面白い事態になりそうで私としては大いに期待しているのに。後は周囲の人間との関係とかね。ママとコラボなんてしたら絶対に面白おかしいことになりそうなのに。
「琴音改造計画でも発動しようかな」
「止めろ。絶対に碌でもない目に遭う」
ママも参加するからそうなるだろうね。計画を考えるならばママと一緒にゲリラライブに参加するとか、単独で何処かのライブ会場に放り込むとか。逃げられない状況ならいくらでも作り出すことが出来る。
「琴音だって学園生活は残り一年しかないのだから、そろそろ将来を考えた方がいいわよ」
「もう少ししたらきっかけができるから、その後だな」
きっかけね。それがどんな行動なのかは分からないけど、琴音としてのけじめなんだろうね。しかし、琴音の活動を身近に見れなくなるのは惜しいわね。先輩として干渉できるのもあと僅かだから。
「凜。何、その笑みは」
「何でもないよ」
絶対に私の考えていることを理解しているわね。凜は後輩として積極的に琴音と関わり合いを持てる。私に対する愉悦感の笑みなんだろうけど腹が立つわね。後でステージに上げて無茶ぶりしてやろうかな。
「凜。よく考えなさい。私が居なくなって平和になるだろうと考えているみたいだけど」
「その通りじゃないの?」
「琴音と付き合うなら私並みかそれ以上の災難に出会う可能性だってあるわよ」
驚愕の表情を浮かべるけど、何でその事実に気付かないのよ。琴音の友達である香織なんて色々と巻き込まれているじゃない。琴音だってフォローはしているけど、あれってフォローになっているのかな。私なら巻き込まれても楽しく過ごせそうだけど。むしろそれが目的だね。
「私はそんなつもり、一切ないのに」
「琴音の場合は縁の繋ぎ方がおかしいから。私や葉月ならドンと来いで受け入れるけど、今年の面子だとそんな想いなのは小鳥ちゃん位よ」
あの子なら琴音と一緒に何かをやるだけで喜びそうよね。私でも弄ろうとするなら多少の被害は覚悟している部分がある。葉月だって同じね。でも私も葉月もいなくて生徒会に所属していない琴音ならそこまでの事態に発展しないかな。
「そういえばそろそろ時間だな」
「何の?」
「今日の宿泊先である小鳥の所へ向かう時間」
本当に今回の琴音は怖いもの知らずね。私だって驚いたし、凜なんて何をやろうとしているんだという顔をしている。琴音の行動は自分から肉食獣の住み処へ乗り込むようなもの。普段なら考えられない暴挙のはず。
「琴音。我が身は大事にした方がいいわよ」
「琴姉。清い身体を保つのなら止めた方がいい」
「何を言っているんだ?」
駄目だ、何も分かっていない。琴音と二人っきりのお泊まり会なんて小鳥ちゃんが暴走するのは確実。父親が止めに入るかもしれないけど、パワフル小鳥ちゃんに変貌して撃退するのが目に見える。絶対に操の危機だからね、琴音。
「それに今夜は琴音の宿泊先はうちよ」
「どうしてそうなるんだ?」
「あの状況だからよ」
指先で示した先には酔っぱらった琴音の護衛の姿がある。パパがグッジョブしている様子から飲まされたんだろうね。あんな状態で次の家へと出発できるはずがない。必然的に我が家へ止まらないといけないのよ。ナイスよ、パパ。
「目を離した隙に何をやっているんだ」
「流石に相手が悪かったと思うわよ。パパからの酌を断れるわけがないじゃない」
次の取引先になるかもしれない重要人物だから。関係をこじらせると上司から何を言われるか分からないからね。それを分かっていてやるパパもあれだけど、面白くなりそうだと思ったんだろうね。後はママの為かな。
「小鳥に連絡しないと」
「私がやっておくわよ。一応は責任があるのだから」
琴音が連絡をしたら迎えに来るといいそうだからね。それを阻止するためにも私が何とかしないと。正直な思いは怖い。琴音が関わると小鳥ちゃんは豹変しかねない。穏便に済むなら琴音が連絡するのが正しいね。
「やっほー。小鳥ちゃん。新年明けましておめでとう」
『おめでとうございます、綾先輩。失礼ですが、私は大変忙しいのでご用件をさっさとお伝えください』
「琴音の身は私が預かった。ということで今回のお泊まり会は中止ね」
『は?』
うわ、怖っ!? たった一言だけど重圧が凄い。これは面と向かって言われたら私でも逃げようと思うわよ。葉月ですら言葉を失うと思う。もしかしたら十二本家最強は小鳥ちゃんかな。まだ他にも厄介な家はあるけどさ。
「いや、ちゃんと理由はあるのよ。琴音の護衛達が酔い潰れちゃってさ。移動が出来ないのよ」
『なら迎えに行きます』
「でもさ、小鳥ちゃん。よく考えてみなさい。琴音は必ず貴女の家へと向かうわよ」
『当然です』
「でも琴音は一泊したらすぐに出発するわよ。それよりだったら日中に訪問してくれた方が琴音と一緒にいれる時間は増えるわ」
『むぅ。もう一声』
「今ならなんと大サービスで琴音の新たなライブ映像を進呈しちゃいましょう」
『欲しいです! 仕方ありません。綾先輩がそこまで言うのなら私も我慢しましょう』
切り札を持っていて良かったー。琴音には悪いんだけど、今回のステージは録画しているのよね。私の研究用として。色んな人達の素の歌い方が分かるから勉強になるのよ。そこから琴音の映像を抜粋すれば小鳥ちゃんなんて楽勝よ。
「それじゃ明日はよろしくねー」
『お待ちしております』
最後に護衛の人達に犬小屋を用意しようという言葉は私の耳を素通りさせてもらったわ。怖いわー。本気でやる小鳥ちゃんが容易に想像できて怖いわよ。私のパパが原因なんだけど、それは言い出せないわ。絶対に流れ弾が私に向かってくるから。
「それじゃ琴音。延長戦、いってみよー!」
「何か私が売られたような気がするけど、気のせいか?」
「だって小鳥ちゃん、怖かったから」
あれはガチで怒らせたらいけない相手よ。ふくれっ面の琴音よりも小鳥ちゃんを優先させてもらったわ。それにしても今年のお正月は大変に面白くなりそうだわ。
「パンを食べればいい」父が言いました。
「ご飯があるのだからそっちよ」母が言いました。
「それじゃご飯で」私が言いました。
何故か私の昼食だけが用意されませんでした。
どゆこと?